強さの意味

 ――ギィンッ!!ギィンギィンガンッ!!
 雨と、観客たちの視線が降り注ぐ中、金属が唸りをあげる音が幾重にも重なって聞こえる。
 ―――どうしてですか?
 わたしには、わからない。
 ―――どうして、ですか?
 自分が決して聡明ではないということを、彼女は知っていた。この学院に集う奇人変人才人の中にいればすぐに分かる事実。むしろ自分がこの学院にいられるのは、自分が愚かであると自覚し研鑽と努力を怠らなかった結果だと思っている。
 だから、わからないことがあったって、何の不思議もない。自分にとっての世界はそういう風にできているものなのだと、彼女はもう思い定めてしまっていた。
 だけど、剣については、驕りではなく――他のことよりも、多くのことを知っている。そう思う。
 ただ強くなりたくて、踏みにじられないだけの『力』が欲しくて、踏みにじらせないだけの強さを手に入れようと願って、ずっと剣を振ってきた。そこに願いと決意と過去の弱さを封じ込めて、振り下ろす先に何かを掴めると信じて、自分の身体の一部と思えるほどには鍛錬を積んだ。
 ――なのに。
 ――どうして、あなたは。
 嫉妬でも負け惜しみでもなく――自分にはわからない。
 
 ―――何が、あなたをそんなに強くするんですか…?
 
 彼もノーザニア島出身であること、最近トーテムが覚醒したらしいことは知っている。最近アルバート=ウェスタリスと鍛錬をしていたことも知っている。だけど…違うのだ。
 剣の重みが、向けられる眼差しが、立ち会ったときの感覚が、これは『違う』と訴えている。
 覚醒による身体能力の向上。鍛錬による技術の習得。そんなものを越えて――打ち込まれた剣の重さが、打ち込んだときに伝わる感覚が、言っている。
 ――彼は、わたしがどれほどの『力』を得ても、どんなに打ち込まれても屈しない、と。
 敗北は数えきれないほどあった。自分より強い者など掃いて捨てるほど見てきた。底知れぬ力の前で無様に膝を屈したことも十や二十ではきくまい。
 それでも――あんな感覚を、感じたことはなかった。
 
 ――オオォオオ!!
 周囲の観客から歓声があがる。見れば、年嵩の男の一撃が、対戦相手をしたたかに打ち据えたところだった。強烈な一撃を浴びて、相手はたまらずに倒れ伏す。
 …順当な結果だろう。彼は毎年この大会で優勝し続けている、彼女の知る『最強』に最も近い存在。
自分とて幾度となく部の修練で立ち会っているが、一度として勝ったことがない。
 まして今の彼は本気だ。鍛錬ではなく試合、――いや、試合ではなく『勝負』をしている彼を見たこと自体、彼女は初めてだった。

 ――なのに、
 
 ギィィィンッ!!
 立ち上がったその青年の一閃が、教頭――ロベルトを後退させる。

 わたしには、

 「…よくここまでやったと、褒めてやろう」
 青年の最後の力を振り絞っただろう攻撃を難なく受けて、古強者は称賛の笑みを向けた。
 「せめてもの餞だ。私の全力で終わらせてやる」
 それは指導する『生徒』ではなく、己に相対した『敵』に送る笑み。
 「――奥義、龍王の舞」
 残影を生むほどの神速の斬撃が、もはやかわすことも防ぐことも出来ない彼に殺到する。
 それは紛れもなく、自分に相対した彼への敬意の表れであったろうか。

 かれがまけるところが、めにうかばない―――

 「お――あぁぁあっ!!」
 言葉を発する余裕もなく、ただ吼えて。
 何の悪あがきか――青年は、よりにもよって『前に出た』。
 いかに試合といえど、あの神速の斬撃を悉く喰らうことにでもなれば――今の彼では命さえ危ないというのに!!
 「………っ!」
 喉が、引きつれたような悲鳴を漏らした。

 「……――なにっ…!?」
 優雅ささえ感じる剣の軌跡が――唐突にブレる。
 「――あぁあっ!!」
 ブレた剣先は、それでも青年の右肩に打ち落とされ、
 彼の、突き出した剣が。

 ――エシュター=クレイトン。

 ロベルトの、左肩を強く突いて。
 「ぐっ……!!」

 彼の剣が、手からこぼれて、地に墜ちた。

 ――あなたは、どうして。

 『――――オオォォオオッ!!!』
 一際大きい、この大会始まってより最も大きな歓声が、がんがんと鼓膜を震わす。

 ――そんなに、強いんですか?

 彼女は自分の口元に浮かんだ笑みに、最後まで気づかなかった。
瀬田幸人
2009/07/03(金)
19:07:18 公開
■この作品の著作権は瀬田幸人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
…突発的に書いてしまいました。
見聞録の大会、ナダ視点です。

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