糸の先には…
世の中にはすぐに消えてしまうものがある。
例えば、空を漂っていた一片の浮雲。満開だった桜の風景。
さっきまで目の前の皿にずらりと並んでいた豪華なご馳走。
これらは有から無に変化することによって
人々の感覚に刺激を与える一時の存在である。

同時に、世の中には長い間残るものも存在する。
それは終わりの無い螺旋階段のように人々の心を締め上げ、
無邪気な幼児のように常に自己主張をして生活の中にベタベタと纏わりつく。
例えば、彼の脳裏に刻まれた忌まわしき記憶のように。





降り続いた雨も上がり、雲の隙間からは
透き通ったコバルトブルーの青空が顔を覗かせている。
そこから差し込む日の光と木々の葉から滴り落ちる雨粒の音、
そして湿った土の醸し出す匂いがここが墓地であることを思わせない程に
空間を彩っていたが、青年には全く関係の無いことだった。

飛行機と電車を乗り継いでこの七影霊園に着いたのは3時間程前。
供えられていた花を取り替えて以降、
一言も口に出すことなく墓標の前に立ち尽くしている。
黒く立派な墓標はまだ新しく、行書体で彫られた
「笹原家之墓」の文字は周囲のものと比べて一際重々しい。

いや、そのように感じるのは外見ではなく中に眠っている者のせいであろう。
彼の視線からは墓自体を見ていると言うよりも、
その更に奥深くを覗き込んでいるように見て取れた。

「あれからもう6年か………時間が経つのって早いね。」

時を待っていたかのように彼は長らく閉じていた口をゆっくりと開いた。

「僕、警察官になってからあのことを忘れようと必死になったんだ。
 いつまでも過去にとらわれてるままじゃいけないと思ってね。
 ………でも、出来なかった。 いつ、どこで、何をやっていても、
 必ず頭の片隅にあるんだ。幽霊にでも取り憑かれているみたいに。」

今の時間帯にこの場所を訪れている人は他にいないようで、
雨が止むのを待ちわびていた鳥のさえずりと
どこかで吠えている犬の鳴き声以外に音は無い。
この心落ち着く状態に青年は逆に虚しさを感じた。

「これは君が僕に下した罰なのかな?ねぇ、冬村さん?」

勿論、名前を呼んでも返ってくる言葉は無い。
墓標は変わらず表面で日光を反射ながらずっしりとそびえている。
そのようなことはわかっていながらも返事が無いことに虚しさが助長された。

「………辛いよ。」

霊園を吹き抜ける風がうつむいた彼の前髪をなびかせ、隠れる瞳を晒け出す。
生きている年数はまだ短いながらも多くの事実を焼き付けてきた
碧色の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

だが、それは辛さからきているものでも、
この地に眠る友を悲しんでいる為のものでもない。
直面している現実に音を上げている自分の弱さに対する
例えようの無い悔しさが形となって溢れ出ていた。

「そろそろ行くね。また来るよ。」

帰りの一歩を踏み出し、一度墓標を振り返るが
未練を断ち切ったのかすぐにまた歩き出す。
進む先には都会ならではの熱気と喧騒が手を広げ待ち構えている。
墓標に供えられた雪のように白い霞草の花だけが
彼の背中を最後まで見送り続けていた。






アクアフロート警察署は今日も慌しく職員が右へ左へと駆け回っていた。
監視カメラの存在により本州に比べれば半分以下の犯罪率ではあったが
その分人員は少なく一人あたりの仕事量が多いため、
日によっては日本で一番忙しい警察署となる。

特に、ここ暫くは。

そんな状態の中にも関わらず周囲のドタバタ騒ぎを尻目に御大ムツキチ警部は
ガムシロップとミルクがたっぷり入ったカフェオレ状態のコーヒーを片手に
のんびりと最近の事件のファイルに目を通していた。

事件ファイルといってもアクアフロートは犯罪自体少ない。
その上、起こるのは空き巣や車上荒らしなどの
物取りぐらいなので大したものではない。
事実、御大はこのファイルを既に7回も読み直し、
犯人の名前や犯行現場、時刻などを全て覚えていた。

「少しは周りを手伝ってはどうです?落ち着いているのは警部だけですよ。」

御大の怠惰を見かねて狐狩ヨウコ警部補が声をかけた。
2人は長年のコンビであり、ほぼ正反対な性格でありながら
署内では知らない者はいない程の成果を挙げている。

自分では何故ここまで出来るのかがわからなかった。
互いの意見がぶつかり合い捜査の進行が止まるのはいつものことで、
取っ組み合いになって同僚に取り押さえられることも何度かあった。
署内からは、そうやって互いの短点をカバーし合っている、という声があるが、
狐狩にとってはどうでもいいことであった。

兎にも角にも、今はこの男を動かさなければならない。
御大は面倒臭そうに首だけ動かして辺りの状況を眺めた。

「ほぉ、皆は仕事熱心だねぇ。関心関心。」

「何呆けた事言ってるんですか。のらくらしてるとまた署長に呼び出されますよ?」

「別に良いじゃないか。そんなのは四六時中なんだからよ。
 ……お、これ見ろよ。こいつ、逮捕時にお前が身包み剥がした奴じゃないか?」

「ああ、それですか。武器を隠し持っていそうでしたから
 ……って、話を逸らさないで下さい!!」

組んで10年以上になるが、この男は初めて会ったときから
全くと言って良い程変わっていない。
事件現場では目を見張るような統率力と行動力を見せるくせに
デスクワークになると性格が180°変化し、
パソコンのマイドキュメントに保存した少女の写真集をにやけ顔で眺めたり、
今のように意味のない書類を見たりして過ごしている。
ここまで変化に富んだ人物は珍しいだろう。
探せば他にもいるのだろうが少なくとも孤狩の知る中ではいない。

「そう怒るなって。それより、何で揃いに揃ってこんなに忙しそうなんだ?」

「署長の話を聞いてなかったんですか?
今月末に総理大臣がアクアフロートにいらっしゃるから
 その準備をしているんじゃないですか。」

東京湾に堂々と浮かび、完成当初は日本の
最新技術の結晶とも呼ばれていたアクアフロートは
都心周辺部への人口集中を抑制といった他の人工島と同様の目的だけでなく、
街中に設置された監視カメラとICカードに内蔵される
盗聴器を用いた防犯の試験も兼ねていた。

これは当時官房長官であった滝沢内閣総理大臣が発案した、
犯罪防止、警察官の教育、警察力の再確認などの内容を取りまとめた
「警察機構改造計画」の根幹を成すものであり、
10年以上が経過した今、自ら現状を確認しようというのだ。

「あ、そうだったの?これっぽっちも聞いてなかった。
 あのジジイは普段どうでもいいことしか言わないからな。」

それも御大にはどうでもいいことなのだろう。
相変わらず飄々とした表情で軽い言葉をこぼすだけである。
このままでは埒が明きそうにないと判断した狐狩は毎度お決まりの切り札を切った。

「そうですか。では今の一言、しっかりと署長に報告しておきます。」

とたんにリラックスしていた御大の表情が急変した。

「お前は悪魔か?」

「嫌なら皆の手伝いをして下さい。只でさえ人数不足なんですから。」

「………ったく、わかったよ。よっこらしょっと。」

重そうに体を椅子からのそっと持ち上げる。
ここ暫くの間にかなり太ったように見えるのは気のせいではないだろう。
これもアクアフロートに犯罪が少ないことの証明だろうと狐狩は思った。
御大は小さな伸びを1つするとかったるそうに狐狩に向き直った。

「それで、何をすればいい?」

「五十嵐さんと一緒に第一会議室の掃除を
 お願いします。……サボらないで下さいよ?」

「サボるわけないだろ。どこかの小悪魔警部補にチクられたくないからな。」

「わかっているなら結構です。」

切り札はなかなかの効果があったようだ。
とりあえずサボりの心配は要らないだろう。
これでやっと安心して自分の仕事に戻れる、
と思ったがいつもいるはずの顔がいないことに気づいた。

「そういえば、シシト君の姿が見当たりませんね。」

「あぁ、あいつなら本州に行ってるぞ。
 多分またあそこだろう。……今月に入ってからこれで2度目だ。」

御大の言葉で狐狩の脳内に6年前の凄惨な事件現場が蘇ってきた。
人通りの多い商店街に流れる紅い河とうつ伏せに倒れこむ少女。
それはアクアフロート始まって以来一番最悪な事件だった。
犯人が身内だったという意味でも、被害者が彼の親友だったという意味でも。

6年という時が流れても彼はまだあのことを引きずっているのだろうか?
日常生活を見てる分には大丈夫そうであった為、意外なことに驚くのと同時に
身近な人物の苦悩に気付かなかった自分を情けなく思った。

「………彼、まだ立ち直ってないんですかね?」

「さあな。だが、俺達には見守ってやることしか出来ない。
 復活するか、そのまま潰れるかどうかはあいつ次第だ。」

考えることは御大も同じだったらしく、顔つきが現場のものに切り替わっていた。

「さてと、さっさと掃除してくるとするか。確か第一会議室だったな?」

そう言うと答えが返ってくる前にのしのしと体を歩かせ、
廊下へと通じるドアの向こうへと消えていった。

『俺達には見守ってやることしか出来ない。』

この言葉は正義感の強い狐狩の胸を貫くだけでなく
事件に苦しむ人を助けるのが警察だという信念を崩壊させ、
ぽっかり空いた隙間に途方もない無力感を満たし始めた。
見た目はまだ幼いあの青年が心の闇と戦っている。それも1人でだ。それなのに……

「見ているだけというのは、私には耐えられません。御大警部はどうなのですか?」

ドアの向こう側を見ながら独り言のようにぼそりと呟くと
狐狩も自分の持ち場へと戻っていった。





9月下旬になるというのに、街中はアスファルトが反射する太陽熱と
先程まで降っていた雨の湿気の影響で夏の余韻を強く残している。
このような天気の下で冷えた飲み物や
アイスクリームの売れ行きが好調になるのは自然なことで、
ショッピングモールの所々では冷たい物を求める人々が殺到していた。

村上シシトもそのうちの1人で、「氷」の旗がたなびく喫茶店で
メロン味のシロップがかかったかき氷を頬張り暑さをしのいでいる。
テーブルに備え付けられた小さい扇風機で涼みながら
腕時計を見ると時刻は午後3時47分。
飛行機の搭乗時間までにはまだかなり残っているが、
特に行きたい場所ややりたいことがあるわけでもない。
暇を持て余しつつおもむろに視線を右へ移すと
テレビで午後のニュースを放送していた。

(次のニュースです。今月26日のアクアフロート訪問に向けて滝澤総理は───)

「総理大臣の訪問か……。今頃皆どうしてるのかな?」

頬杖を突きながら今頃の署内の光景を想像する。
同期の職員は監視カメラの報告書をまとめるために机に向かい、
山のように積みあがった書類の束と戦っているのだろう。
御大警部が怠けてまた狐狩警部補に怒鳴られているのは間違いない。
署長の禿げ頭が汗で光っているのを想像した時には思わず吹き出して笑いそうになり
残ったかき氷を喉に強引に流し込んで堪えた。
溶けた氷がするりと食道を通過するのが冷たさで伝わってくる。

ふと外を見ると、どうやら青空に再び厚い雲がかかったようで
猛威を振るっていた日なたが消えていた。
店から長く延びる行列はまだ止まるところを知らない。
食べ終わった後もくつろいでいることを恨めしく思っているのか、
何人かがこちらを恨めしそうに睨んでいる。
これ以上の長居は迷惑そうだ。
直射日光が無くなっただけでも
十分に体感温度が下がると考えたシシトは東京の街を歩き出した。

大通り沿いを羽田空港方面へと進んでいくと人通りは一層増え、
一国の首都らしい印象と活気を見せ始める。
すれ違う人々を一瞥するだけでも、上下綺麗に着飾った年配の女性から
ジーパンを腰の位置まで下げてよれよれのTシャツを被るように着る少年まで、
一人一人の個性が混ざり合って祭りさながらの状態である。

また、それぞれが手にした携帯電話のディスプレイに視線を下げ、
メールをしているのか、
はたまた、アプリケーションのゲームをやっているのか、
せわしなく指を動かしている。
車道を挿んだ向かいに目をやると大手量販店のビルが
巨大な垂れ幕で安売りの宣伝をしながら自動ドアの大口を開け、
そこから30〜40代の主婦達がテレビでよく見かけるような
商品の奪い合いを繰り広げているのが見て取れる。

シシトはこのような光景があまり好きではなかった。
人口密度の低いアクアフロートという環境に6年間も
住んでいたせいもあるかもしれないがそれだけではない。
今までの人生の中で築き上げてきた人間関係や
アクアフロートに移り住む以前の経験、
その他諸々の因子が絡まって互いに影響し合い、
いつの間にか村上シシトという人格の根本を成す部分にインプットされていた。

どこかにこの濃すぎる生活臭を避けられる場所は無いのか、
と人ごみの中からちょこっと首を伸ばして辺りを探る。
どこを見ても人、人、人。
むさ苦しいこの地上の海の中にそれらしき場所は見当たらない。
諦めてこのまま進み続けようと首を前に戻す途中、1本の道が視界に写った。
先に何があるのかは暗くてよく見えなかったが
人通りがある様子は無いことは確かだ。
シシトは迷わずその場所へと足を運んだ。

先程見えなかった部分にはまだ道が続いていて、
途中には茶色い野良猫が黄色い目を光らせこちらを凝視している。
左右に道が走っている様子は迷路さながらで、
やたらに深入りすると迷う可能性もありそうだ。
幾ばくの注意を込めて、シシトは歩みをゆっくり進めた。
どの建物も硬いコンクリートの壁を向け、
踏み出す毎に靴音が反響し鼓膜をくすぐる。
野良猫は目の前を通過すると何もしてこないことを理解したのか
体を丸めてまどろみの中へと沈んでいった。

暫く進むと道が左右に分かれていた。
どちらを向いても同じような光景しか見られない。
心理学からするとこのような場合人間は左に行く傾向があるという。
俗に言う「迷ったら左」というものだ。
それを知っていてのことかは定かではないが、
暫く迷った後にシシトは右の道を選んだ。

区画整理が行き渡ったアクアフロートには
このような場所が無いせいか、驚きを隠せない。
通りに出るまでどのぐらいあるのだろうか、
もしかしたらずっとこの光景が続くのではないか、
仮にそうだとしたらどうするべきだろうか、
などと想像しながらひんやりとした空気の立ちこめる中を進み続けた。

大通りで感じていた嫌悪感は既に吹き飛び、
逆に、シシトは何とも言えない開放感に包まれていた。
考えてみれば、大学生活は勉強尽くし、
警察官になってからも働き詰めの日々が続いていた。
パトロールからデスクワークまで全てのことをこなし、
家に帰れば死んだ様にベッドに体を横たえて
その日に溜まった疲労を除去することに専念する毎日。
同僚に勧められた有休も、時間が惜しいから、
と断りひたすら与えられた任務に就いていた。
だが、本当に時間が惜しいとはこれっぽっちも思っていなかった。

『自分を追い込まなければ自分の中の何かが消えてしまう。』

殆どルーティン化したこの生活を成り立たせているのは
常日頃感じるこの感情だった。
そしてこの感情が表れ始めたのは……

と、2つ目の曲がり角に差し掛かった時、
突然右側から現れた影に反応することが出来ず、
物思いにふけるのはここまでになった。

「うわぁっ!!」「きゃっ!!」

激しい衝撃をまともに受け、シシトは必死にバランスを保とうとしたが無駄だった。
受身はとれたものの、水溜りに倒れ込む。左背面全体に冷たさを感じた。

「ごめんなさい!!大丈夫ですか!?」

倒れた頭上から若々しい声がかけられた。トーンの高さからすると女性だ。
濡れたズボンの感触を気持ち悪く感じながらシシトは立ち上がると
正面には心配そうにこちらをうかがう少女の姿があった。
身長は165cm程、年齢は10代半ばから後半といったところだろう。

「僕は大丈夫。君は?」

「私も大丈夫です。本当にごめんなさい!」

少女が頭を深く下げると長く伸びた白髪がふわりと踊った。
と、何かに気付いたのか直ぐにはっとした表情になって
手で首周りを確認し、次に辺りを見回し始めた。
落とし物だろう。シシトも少女と一緒に視点を地面に走らせる。
たった今倒れこんだ水溜りにペンダントを見つけるまで時間はかからなかった。
拾い上げて見ると、三日月を模った飾りが
角度を変える毎に神秘的な色合いを放っている。
何で出来ているのかは想像できないが、見るからに只の金属ではない。

「これ、探してたの?」

「あ、はい、そうです。ありがとうございます!」

再び深いお辞儀を1つすると少女はペンダントを受け取り首にかけた。
余程大事なものなのか、表情からは安堵が読み取れる。

「大切な物なんだね。」

「ええ、お父さんから貰った物ですから。」

三日月を握り締めながらはにかむその様子にシシトはつい見とれてしまっていた。
その時、頭の上を赤い点が生き物のように動いているのが目に留まった。
それが何かと判断するより先に体が反応していた。

「危ないっ!!」

シシトが覆い被さり少女を伏せさせると、
風を切る音と共に近くの地面で光が爆ぜた。
間違いなく銃撃だ。砕けたコンクリートを見てシシトは確信した。
使用されたのは恐らくレーザーサイト付きのライフル。
殆ど音が無かったところからするとサイレンサーも付けているはずだ。
どこからか、とすかさず上を見上げると建物の屋上に人影が見えたが、
それも一瞬のことだった。

「ごめんね、大丈夫?」

ひとまず安全であるのを確認するとシシトは少女の手を取り立たせた。

「平気です。助けていただいてありがとうございました。」

「気にしないで。僕が勝手にやったことだから。
 それより、ここは危ないから人通りの多い場所まで行こう。」

「わかりました。」

一般女性ならパニックに陥いるか、
銃撃にすら気付かずに、変態、と張り手をかましているはずだが、
少女は異常な程に落ち着いていた。
寧ろ、こうなることが分かっていた、と言った方が正しいかもしれない。
驚きを抱えながらがらもシシトはポケットから携帯電話を取り出し、
1、1、0の順にプッシュした。
3回のコール音の後に、暇そうにしていたのだろう男性のやる気のない声が続いた。

「もしもし、たった今銃撃に遭いました。場所は───」

通話をしながらも周囲への警戒は忘れない。
空いた左手で少女においでと合図を送りながらもと来た道を引き返し始めた。
少女は素直に従った。

「………はい、そうです。…………何だって!?
 それは本当ですか!?そんなはずありません!!」

言われたことが信じられなかった。
人影があった場所には監視カメラが設置されているが誰も映っていないというのだ。

「確かにあそこには銃を持った誰かがいました!地面に弾痕も残ってます!
 1人でもいいんで送って下さ…………もしもし?……っ、切られちゃったか。」

結局イタズラとしてしか扱われなかった。無理もない。
本州でも銃を用いた事件は1000件に1件あるかどうか。
しかも証拠となり得るカメラの映像に誰も映っていないのだから。
しかし、それがこのままにしておいて良いという理由にはならない。

大通りはまだ熱気に溢れ、人の海と化していた。
この喧騒に再び溶け込まなければいけない憂鬱感を
押し殺しながらシシトは少女に向き直った。

「家まで送るよ。また狙われるかもしれないし。」

警察が動いてくれない以上、今後は自分で何とかしなくてはならない。
別の場所でまた狙われることを考えると一番妥当な考えだ。
ところが、返答する少女の顔色は暗かった。

「お気遣いありがとうございます。でも、1人で大丈夫です。」

「無理しなくていいよ?」

「いいえ、………これ以上あなたを巻き込んでしまいたくないので。」

「それってどういう───」

「失礼します。色々ありがとうございました。」

シシトの言葉は途中で遮られ、呼び止めることも出来ずに無言で見送る形となった。
人込みの中に小さな背中が隠れるとシシトの頭の中は疑問で満たされた。
あの時、一体誰が狙っていたのだろうか、何故カメラに映っていなかったのか。
それ以前に、さっきの冷静さといい、あの少女は何者なのだろうか。
考えれば考える程ますます混乱し、
何が起こっていたのかさえ分からなくなってきそうだ。

オーバーヒート寸前の思考回路を切断して腕時計を見ると時刻はまだ午後4時18分、
ショッピングモールを出てからそれ程時は経っていなかった。
とりあえず濡れた服の替えを買いに行こう。
少女が残した優しい香りを微かに感じながら、
名前だけでも聞いておけばよかった、と後悔した。



これから起こる騒乱の中へ既に足を踏み入れていたとも知らずに……。
Tune
2007/07/31(火)
22:29:14 公開
■この作品の著作権はTuneさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
暇を見つけてはちまちまと書いてます。
小説を書くことにはまだまだド素人ですが、
シルエットノートをプレイされていない方にも楽しめる
作品を目指して頑張りたいと思います。

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