題名の無い幻想譚
誰にだってどうにも出来ないことはある。
何を望んだわけでも何を願ったわけでもなく、本人の意志とは無関係に、事は傍若無人に進む。
いつもそうだ。
いつだってそうなのだ。
喚こうが怒ろうが嘆こうが、どうにもならない事はどうにもならないのだ。

「では、始めますよ? 準備はいいですか? ルールは先ほど説明した通りです。
 負けた場合、不適任者として『不合格』とみなしますので、死に物狂いで頑張ってくださいね!」

それがいくら理不尽で迷惑極まりなく直接的に死活問題にまで発展することであっても、同じことだ。

「まあ、死に物狂いっていうのも殆ど冗談になりませんけどね」

また、そこが知らない世界であっても同じ事なのだ。

……







* 題名の無い幻想譚 * 第T章『不条理の行く末』



第1部  「WHITE BOX(白い箱)」



 俺は小さく唸って目を開けた。が、すぐに眩しさに目を細める。
 広がるのはただただ真っ白い空間。
 白いだけで他には何も無い。

 数秒の間ぼうっとしていると、次第に脳が覚醒してきて意識がはっきりしてきた。
 俺は6畳ほどの小さな部屋にいるらしい。それもうつ伏せで床に転がって眠りこけていたようで、右頬に軽い痛みを感じる。
 俺はゆっくりと身体を起こし、立ち上がった。
 部屋全体を見回してみる。
 凡てがまったくの白でできた部屋だった。とはいえ家具は何も無く、白いのは壁だけであり本当にこれを部屋と呼べるのかどうかは疑わしい。
 俺は脳を回転させる。
 ここは、どこだ? 俺は学校机の上で午睡を楽しんでいたはずなのだが、いつの間にこんな場所に?
 夢か? いや、夢にしては意識がはっきりしている。なら、なぜこんなところにいるんだ?
 寝起きの脳がクエスチョンの嵐に悲鳴をあげそうになる。
 寝ながら移動したというのはまずない。なら、誰かにこの場所に連れてこられたのか?
 誰かに、勝手に、知らない所に。
 ふと頭に単語が浮かんだ。

「拉致」

 口に出してみて、すぐにかぶりを振る。
 馬鹿か。
 どこの誰が授業中に寝ている高校2年生を、わざわざ学校に侵入するという危険を冒してまで拉致する?
 そもそも最近の日本は物騒だというが、テレビで報道されている事件と関係のあったことなど一度も無い。
 しかしそれではこの状況をどう説明すればよいか分からなくなる。
 頭を働かせろ。
 これは……そう、リアルな夢だ。時々、夢の中で食べたものの味を覚えていることがある。それと似たようなものだと考えれば、ありえなくも無いんじゃないか?
 俺は無理矢理自分を納得させると、とりあえずは部屋を調べてみることにした。
 といっても、調べるところは殆ど無い。壁か床ぐらいしかないのだから。
 俺は壁に手の平をペタペタとあてがいながら、カニ歩きで部屋を調べた。まるでパントマイムでもやっているかのようで、パントマイムをやる人には悪いがかなり滑稽なビジョンが出来上がっている。
 四面の壁を調べ終えて、1つ重大なことに俺は気が付いた。

「出口が無い」

 フザけろ。出口がない部屋なんてあるか? それじゃ部屋じゃなくて箱だろ。俺に餓死しろと?
 ……いやいや、落ち着け俺。
 これは夢なのだ。出口が無くても、そのうち夢から醒めたらオールオッケー万事解決。そしたらちょうど授業も終わっていて、後は帰宅部の活動をするだけだ。

「あのぅ……」

 不意に声を掛けられたのはその時だった。
 俺は凍りつく。
 おいおいおい、この部屋俺しかいなくなかったか?
 しかも密室だし、誰も入ってこれないはずだろ?
 俺がやってたパントマイム、じゃないがもしかして見られてたんじゃないだろうな?
 先ほど考えたオチが脳裏をよぎる。
 ……ああ、そうか、確かこれは夢だったな。突然誰かに声掛けられても不思議じゃないな、うん。驚いた俺がバカだったぜ。
 俺は平静を取り戻し、ゆっくりと振り返った。

 少女が向かい側に立っていた。
 端整な目鼻立ちで、部屋と同化してしまいそうな長い髪を後ろで1つに束ねているのが似合っている。服は、この前やったゲームに出てきた女神っぽいキャラの衣装によく似ており、淡白な色を基調とした、飾らない美しさを称えている。
 とそこまでは良かったが、俺の視線は少女の額に吸い寄せられていた。
 ユニコーンを連想させる一本の鋭い角。それが額からやや上方に先を向けて生えていた。

「おはようございます」

 少女は俺を見据えながら、少しだけ頭を下げて二言目を口にした。凛とした声だった。
 おはようございます、だと?
 夢の中で挨拶されるなんて、俺も末期症状かもしれないな。

「夢の中じゃありませんよ?」

 夢の中で夢を否定されるなんて、本格的に俺も精神病院行ったほうがいいかもしれないな。

「だから夢じゃありません」

 これが夢じゃなきゃなんだというんだろうな、こいつは。

「現実です」
「なんか、心の中読んでねえ?」
「そのくらい読もうと思えば簡単ですよ。女神ですから」

 自分で自分を女神だとか言いやがった。
 というか、それ以前に女神なら心の中が読めるっていう根拠はどこからくるんだ。
 痛い奴だな……。

「『痛い奴だ』とか思いましたね? 私はいたって正常、つまりノーマルです」
「……何故分かった」

 ちなみに正常もノーマルも同じ意味だからな。

「女神だからです」

 こいつは女神で押し通すらしい。いつの時代に自分のことを女神と名乗る奴がいる?
 ……ま、これは夢だからな。そんくらいいてもおかしくないか。そう考えれば心だって読まれてもおかしくはない。元来、夢は不条理なものだ。

「何度も説明しますが、これは現実です。夢じゃありません」
「……証拠は?」

 起きたら意味不明な部屋にいて出口も無く、突然そこそこの美少女に声を掛けられて、しかもそいつツノ生えてて、己のことを女神だとか言うだなんて、夢以外の何物でもない。

「そこそこは余計ですよ」
「美少女は認めるのかツノ人間」
「でも、可愛いでしょう?」柔和に微笑んだ。

 ……可愛いかった。

「……顔が良いのは認めてやる」

 ついでに、お前のナルシシズムが結構な水準にあるのも此の際認めてやる。
 だが。

「それはそれだ。存在を全否定されたくなかったら証拠をみせろ」
「証拠ですか……うーん」

 少女は顎に手を当てて少し俯き、わざとらしく考える仕草をした。ぶりっ娘でも見てる気分になって少しムカムカしたが、我慢だ。
 ややあって少女は顔を上げると、何かを企んでいるのが丸見えな子供のような表情で俺に接近してくる。
 手を俺の頬に伸ばす。掴まれた。柔らかい手だった。

「どうですか?」
「……痛い」

 結構な力で少女は俺の頬を引っ張っていた。

「でしょうね。現実ですから」

 少女が手を放す。
 痛みが速やかにさっと溶けた。

「待て、それだけで信じるほど俺はイカレじゃないぞ」

 というか信じてたまるか。
 痛みの伴う夢があっても不思議じゃない、多分。

「なかなかに強情ですね……。まあいいです。夢だと思うならそれでも構いません、ええ」

 少女は呆れたようにそう言うと、俺が不服を訴える前に続けた。

「自己紹介が遅れましたが、私はリクレールといいます。以後よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる。
 夢の中の人物に名前まで付いてるのか。俺の想像力もたいしたもんだ。

「で、結局おまえはなんだ?」
「先ほども言ったように、女神のようなものです」
「じゃあ、女神ってなんだ?」

 こうなれば質問攻めにしてやる。

「文字通り、女の神です」
「じゃあ、女ってなんだ?」

 言ってみてセクハラっぽい感じがしたが、夢なので構わない。

「闘争本能の激しい生き物です」

 なんか深いな。

「……闘争本能とは?」
「やられる前にやる?」

 女って怖え。

「まあいい、億万歩譲ってお前が女神だったとしよう」
「えらい距離ですね……」
「そして、これが夢以外の何かだとしよう」
「やっと現実だと思ってくれましたか!」

 先ほどリクレールと名乗った少女の顔が輝く。

「勘違いするな。夢以外の何かだ。現実とは言ってない。例えば……そうだな、知らないうちにドラッグをやらされて幻覚を見ているとかだ」

 まあ、やらされてたらそれはそれで最悪な終末を迎えるだろうが。

「それって、かなり無理矢理じゃありません?」
「俺が良ければそれでいいんだ。で、その夢以外の何かで現れたお前は俺に何か用でもあるのか?」

 用があるなら早く済ませてくれ。俺は一刻も早くリアルに帰りたい。まあ、それで帰れる保証はどこにもないのだが。

「用ですか、えーと、なんだったかなぁ……ちょっと待ってくださいね」

 ツノ少女が体のあちこちをぽんぽんと手のひらで叩いて、何かを探す素振りをみせる。
 何を探しているのかはわからないが、まるでサイフでも探しているかのようだったのでほんの少しだけ微笑ましかった。

「ああ、ありました、ありました」やがてほっと安心したような表情を浮かべる。

 リクレールの手には一枚の小さな紙が握られていた。

「えーと、まずあなたのお名前を教えてください」

 どうやらカンペみたいなものらしい。
 俺の名は……。

「あら、あなたには名前が無いのですね。それでは私がつけて差し上げましょう」
「いや、まだなんも言ってねえし?」

 というか、何故勝手に名前を付けられねばならん。

「それはですね……。あ、そういえばまだ説明してませんでしたね、てへ」

 てへってなんだ、てへって。

「あなたが今ここにいる理由を端的に説明しますと……」

 しますと?

「あなたは選ばれた人間だからです」
「は? 誰に?」
「私に」

 リクレールは胸を張った。
 よくわからんが、お前が悪いということだけは分かった。

「何のために俺は選ばれたんだ?」
「それは……」

 リクレールは口ごもった。
 言うか否か考えているようだ。俺は次の言葉を待った。

「今はお話しできません。
 時期がくればお話ししますが……その前にテストをしなければならないんです」
「テスト?」
「はい。あなたが適任者かどうか判断するテストです」

 激しく不合格したいんだが。

「ただし、あまく見てると痛みとか伴いますので本気でやってくださいね」
「それは我慢できるレベルなのか」
「我慢というか、おそらく死にますね」

 リクレールは平然とそんなことを言ってのけた。

「死ぬって……冗談だろ?」
「冗談じゃありません。不合格の場合も同様です」

 不合格も同様。
 それすなわち合格以外に道は無い、と。
 ……いや、まだある。

「というかそもそもなぜ俺がそのテストを受けないといけない?」
「私が選んだから、というのでは不服ですか」

 不服に決まってんだろ。

「拒否権を行使したい」
「行使してもいいですが、どちらにしてもこの部屋で餓死することになりますよ? ここは完全な密室ですからね、壁を壊すか穴でも掘るかしなければ外には出られません、まだ現実だと思っていないならそれでも構いませんが、残念ながらこれは現実ですので。どうします?」

 リクレールは畳みかけるように一気にそこまで言うと、俺の決断を待った。
 軽く脅迫されてるな、俺。
 こうなれば、俺に用意された道は一つしかない。

「くそ……わかった。合格、すればいいんだろ!」

 まだ完全にこれが現実だと信じたわけではない。
 しかし、あまりにもリアルすぎた。五感は全部機能するし、コイツに頬をつねられたとき、痛かった。声も満足に出すことができるし、昨日の晩飯も思い出せる。
 俺は知らぬ間に、少しくらい信じてみようと思い始めていた。
 そもそも信じたからといって俺が損することはないわけだし、これが現実だとしたらこんな所で最期は迎えたくない。そうだろ?

「ようやく信じましたね。では、少し場所を変えますので、目を閉じてください」

 本当は、何故目なんて閉じる? とかつっこむのが俺の平生だったが、この時は自分でも驚くほど素直に目を閉じていた。

「もしかしたら、意識とか飛んだりするかもしれませんが……」
「もうどうにでもしてくれ、死ななきゃいい」
「では……っと、まだ名前を聞いてませんでしたね」

 俺は名を名乗った。

「……なんだかややこしいですね」

 名前についてそう言われなかったことは一度もない。

「じゃあ、ややこしい部分はとってアヤメさんでいいですね」
「勝手にしてくれ。どうせ覚えられたことなんてないんだ」

 実話である。
 また、定期テストの時に数秒出遅れるのは必至だったりする。

「では、参りますよ。準備はいいですか?」

 ああ。

「カウントダウンします。10……9……」

 8……7……6……

 少し緊張してきた。

 5……4……3……

 そろそろだ。

「0!」

「ちょ、2と1とばし――――っ」

 俺の意識は一瞬で吹っ飛んだ。


第2部  「VIRTUAL SPACE(仮想空間)」




 体全体の倦怠感、臓器がひっくり返ったような不快感、四肢を何かに打ち付けたような感覚。
 それらが同時に本能を外側から刺激して埋もれた意識を持ち上げ、覚醒へのカウントダウンを刻ませる。
 もう少し、寝ていたい。
――ぺち。
 何かが頬にあたる。
――ぺちん。
 また何かが当たった。さっきより少し強い。
――起きてください。
 誰かの声。小さな声。
――起きてくださいよ。
 少し大きくなった。
――起きてくださいって!
 更に大きくなった――

「一生おねんねしていたいんですか?」

 俺は本能的に殺気を感じ取り、本当に一瞬で起き上がった。が、突然起きたせいで頭がぐらりとゆれ、不意に頭痛が襲う。またなぜか全身の筋肉という筋肉が痛い。

「やっと起きましたね。もう少し私が辛抱強くなかったら殺ってしまうところでしたよ」

 俺は混乱しながら前方に立っているやつの姿を確認した。
 リクレール。ぐらぐらする頭の中に単語が浮かんでくると、それとほぼ同時に怒りに似た感情が沸々とこみ上げてきた。

「お前……2と1言ってなかっただろ」

 心の準備が中途半端になっちまっただろうが。
 つーか意識が飛ぶ「かも」とかいう次元じゃなかったよな、見事にぶっ飛んだよな、大気圏抜けて宇宙までぶっ飛んだよなぁ?

「さて、なんのことでしょうか」

 俺の中で軽い殺意が芽生えた。が、まあいい。俺はこんなことでいちいち目くじらを立てるような小さな男じゃない。

「で、ここはどこなんだ?」

 あたりを見回してみる。
 景色自体はたいして変わってはいなかった。これでもかというほど白い空間はやはり同じで、最初はさっきと同じ部屋にいるんじゃないかと錯覚したが、よく目を凝らしてみると奥行きが随分ある。どこまでが奥行きなのかは、白すぎてよく分からない。

「ここは私が作り出した『仮想空間』ですよ」
「さっそく意味がわからんが」
「えっ、そんなこともわからないんですか?」

 黙れ、んなもん分かるわけ無いだろ。

「まったく知的レベルの低い人ですね」

 リクレールは「やれやれ」のポーズをとった。
 頭に少し血が上る。
 だが、怒ったりはしない。俺はこんなことでいちいち目くじらを立てるような小さな男じゃないのだ。

「……その『仮想空間』というのは何なのか説明しろ」
「人に物を頼むときの態度をご存知ですか」

 こ、こいつ……!

「冗談ですって、怒らないでくださいよ」愉快そうに笑った。

 ゼッタイ後で泣かす――俺は心に決めた。

……

……

「『仮想空間』は、その名のとおり実際には無い空間のことです。存在しない空間、それがここの実態なんです」

 その存在しないはずの空間がなぜ存在し得るのか。
 それは、空間には亀裂を入れることが可能であり、その亀裂はまた広げることも可能だから。
 確かに存在するが、実質的にはそれは存在していないのであり、作り出した当人にしかコントロールすることは出来ない。
 それが仮想空間。

「……その説明をそのまま鵜呑みにしろと?」

 俺みたいな普通の人間、つまりぶっ飛んだ思考回路を持ち合わせていない人間が、こんなとんでもない設定を全部信じるのは流石にハードルが高いと思うが。

「まあ、本当のことですからね。そもそもこんなもの私にとっては常識です」
「俺にとっては非常識なんだよ、馬鹿」

 そうだ、全てが非常識だ。ツノの生えた人間なんて、まず非常識だし、思い当たるものと言えば鬼くらいなもんだ。まあ鬼は額からツノは生えてないが。
 嗚呼、それにしても、いつになったら俺は常識の世界に帰れるんだろうか、というか帰ることは可能なんだろうか。もしかして本当に俺の頭がいかれてしまって、帰る場所すら失っていたりして――――嫌な憶測が脳裏をよぎった。かぶりを振る。馬鹿か、んなこと考える方が本格的にいかれてる。しっかりしろ俺。

「で……これから俺は何をされるんだ?」

 記憶を辿るに、テストがどうとか言っていたが。

「受け身で訊いてくるということは、マイナス要素の内容を期待してるんですか?」
「期待はしていないが推測はした」
「そうですか。まあ、そんなに難しいことではないので大丈夫ですよ」

 そうか、ならいい。いちいち心配しても良くない。

「そして、テストの内容ですが……」

 ですが?

「まずお話ししておきたいことがあります」

 話? そんなもの後回しにしてさっさとテストとやらをやってくれ。

「無理です。というのも、もしもアヤメさんが不合格となった場合にこの話を出来ないという所に問題があるんですよ」

 そんなケースを考慮しなくても全然いいというか、むしろするな。気分が悪い。

「『意識の海』というものを知ってますか?」

 リクレールは俺の意志などかまわずそう訊いた。

「知らん」
「まあ、知ってたらこっちが驚きですよ」

 じゃあ訊くな、馬鹿野郎。

「もうひとつ質問です、生き物は死んだらどうなると思います?」

 死んだらそこで終わりだ。その後はなにもない。

「そこは幽霊になるとか可愛いこと言ってくださいよ」

 悪いな、そういうのは信じないタチなんだよ。

「生物が絶命すると、魂が肉体から離れます。死んだら終わりだとアヤメさんは言いましたが、元来魂は無くなってしまう物ではないんです」
 
 それで?

「私は肉体から離れた魂のことを『意識』と呼んでいます。この意識は世界に留まることはできず、別の場所に移ります。その場所が『意識の海』です」

 少し頭が痛くなってきた。……つまり、『意識の海』はあの世みたいなものか?

「だいたいそんなものです」

 リクレールは満足げに頷いた。

「そしてここからが本題なのですが、稀に面白い現象が起きるんですよ」

 それは何だ。

「睡眠中に『意識』がふらふらと意識の海にやってくることがあるんですよ」

 『意識』、すなわち魂が寝てるときにふらふらと?

「そうです。確率的には0.0000000000000000001%くらいでしょうか」

 一体、少数第何位なのか数える気になれない。

「分かりやすくしますと、アヤメさんをバラして空中に放り投げたら元通りになるくらいの確率ですね」

 いや、それ余計に意味不明だから。

「とりあえずあれか? 『幽体離脱』みたいなのか?」
「そんな感じです。思い当たりませんか? アヤメさん、さっきまで何してました?」

 さっきまで?

「お前のせいで気絶してたと思うが」
「鈍いですね、それより前のことですよ」

 それより前――
 学校机の上で寝てた。

「あ……」
「思い当たったようですね」

 そうだ、俺は寝ていたのだ。
 つまりこいつが言いたいのは1つ。
 俺にとっては受け入れがたい状況。

 ――俺、もしかして死んでる?

「ええ、死んでます」

 リクレールはあっさり肯定した。
 俺は一瞬でリクレールの胸倉を掴んだ。

「戻せ、一秒でも早く生き返らせろ」
「まあまあ、落ち着いてください」

 なんかしらんうちに死んだとかいうのに、落ち着いていられるか。

「といっても本当に死んだわけじゃないんです。実際、ここに生きてるでしょう?」

 それは……確かに。死んでない、生きてる。俺はリクレールから手を離した。

「とにかく大丈夫です。心配ご無用です。テストに合格したら元に戻しますので。信じてください」

 信じなくてもどうせテストとやらは受けさせられるのだろう。ここは信じておこう。

「では話を戻しますね。というわけであなたは一時的に『意識の海』にきていたんですよ」

 ……といっても行った記憶は無いんだが。

「『意識』だけでは記憶するのは難しいので、抜け落ちているんでしょう。ところで問題視するのは、何故『意識』だけが睡眠中に離れたかです」

 お前の話が本当だとすると、俺も気になるところだ。

「それは実のところよくわからないのです」

 わからないのかよ。
 
「とりあえず希有な現象というのは確か、ということで私は引き揚げたわけです」

 リクレールはそこで一呼吸つくと、最後に「アヤメさんを」と付け加えた。
 なるほど。俺は珍しかったから引き揚げられたのか。そうかそうか。
――やっぱお前が全部悪いんじゃん。

「訊いておくが、なぜこの話をテストをする前にしなければならなかった」
「それはまあ不合格で死んでしまった時に可哀想なので経緯だけでも教えておこうと……って何を――――っ」

 俺はリクレールの頬に両手を伸ばした。

……

……

「そんなに強く、引っ張らなくても、いいじゃ、ないですか……!」

 俺は両手をリクレールの伸びた頬から話すと、やっとまともに発音が可能になったリクレールは涙声でそう言った。
 目に涙が溜まっているので、「ゼッタイ後で泣かす」という俺の決意はしっかり消化されたわけだ。

「女神である私のほっぺたを、引っ張った、罪は、重いですからね……」
「一つの生命を珍し半分に弄んだ罪の制裁にしては軽いと思うが」

 まあ男相手だったら半殺しだっただろうが、それなりに可愛い顔してるからほっぺただけで許してやろう。嗚呼、間違いなく俺は半分は優しさで出来ている。
 にしても。

「俺はお前に引き揚げられたらしいが、何故身体が存在する?」

 『意識』だけが肉体から離れたんだ。何故その肉体がある? 矛盾している。

「それは、私があなたに身体を与えたからです。『意識』は肉体のことは覚えているので、仮の身体を作るのは難しくないんですよ」

 涙を腕で拭き終えたリクレールはそう答えた。毎度毎度、ご都合主義な設定にもほどがあるってもんだ。
 まあいい、この際どんな設定でも驚かん。今まで驚く要素が多すぎて呆れのほうが強い。

「そういえば、テストは何するんだ?」

 テストテストと言いながら、内容はなにも聞かされていない。
 リクレールは俺の質問を聞くと、咳払いをした。

「戦ってもらいます」
「は?」

 戦う? 戦うって、戦うのか?

「はい、戦ってください。相手は強敵ですが、頑張ってくださいね」
「待て、勝手に話を進めるな。突然戦えって、お前、無茶だろ」
「無茶? お茶なら用意しますが」

 リクレールが指をパチンと鳴らすと俺の目の前に本当にお茶が出てきた。麦茶のようだ。
 ってバカか。寒いしセンスを感じねえ。俺は力任せに遠投した。

「まあ、大丈夫です。アヤメさんなら軽いですよ」
「その根拠はどこからくる」
「私の人選の良さからに決まってます」

 どこまでも身勝手な奴だった。

「とにかく戦ってもらいますからね。これはアヤメさんの能力を計ることが目的ですので」

 何故そんなもの計る?

「それはテストに合格したら話しますから。じゃあそろそろ始めましょう」
「ルールは?」
「相手に少しでもダメージを与えられたら勝ちです。アヤメさんが死んだ場合負けとなります」

 死んだら負けって……死んだ時点で負けてるだろ。

「武器とかはあるのか? まさか素手で戦えと言うんじゃないだろうな」

 殴り合いはそれなりに自信があるが、正直何が起こるか分かったもんじゃない。

「確かに武器くらいは必要ですね」パチンと指を鳴らす。

 腰のほうに重みを感じた。即座に目をやる。
 双剣がぶら下がっていた。刃渡り約1m、右のものを鞘から抜いてみると両刃の剣のようで、真剣に触れたことは一度もなかったが、正真正銘の本物であるということは俺にもわかる。刀身で反射した光にはぞくりとするものがあった。

「これで戦うのか?」
「ええ。使ったことあります?」
「あるわけないだろうが」

 あったら俺はブタ箱に入っている。
 それより、真剣なんて使っても大丈夫なのか。血を見るようなことはしたくないんだが。

「それは心配無用です。それより自分の血を見ないように本気でやったほうがいいですよ」
「ならいいか。さっさと始めろ」

 わかりました。リクレールはそう言うと先ほどやったように指を鳴らしてみせた。
 次の瞬間、俺は目を瞠った。
 空間に亀裂が走っている。
 ピキリ、パキリ。
 卵の殻が割れるかのように、目の前の空間の亀裂は広がり、中の暗闇を俺に見せつける。

「さあ、出てきてください。ナナシさん、出番ですよ」

 リクレールがそう言うと、亀裂から何かが出てきた。

「……女?」

 女の子だった。それはもう、可愛らしい顔をした。
 リクレールにも負けず劣らない、黒いローブに身を包んだ美少女。
 ショートとロングの中間くらいの髪が肩にかかっている。

「こんな子と戦えと? リクレール、正気か?」
「もちろん正気です。でも、油断してはだめです。彼女、ナナシさんは強いですから」

 そう言い終わるか終らないかのうちに、ナナシと呼ばれた少女は視界から姿を消していた。
 どこ行った?
 そう思ったとき、背中に衝撃が走り――

 俺は吹っ飛ばされた。

                   
第3部  「TEST(テスト)」





「…………痛え」

 主に背中が痛いが、着ている服、すなわち学生服の数カ所が床との摩擦で焦げており、その内部、つまりは地肌までもが擦りむけており非常に痛い。どのくらい痛いかと言うと、鼻毛を抜くよりも痛い。……うむ、我ながらうまい比較かもしれん。
 俺は起き上がり、先ほど居た位置を確認してみた。20mまでもいかないが、確実に10mは離れている。どれほど床を滑走したかは不明だが、少なくとも5mは滞空したんじゃないか?
 いや、そんなことはどうでもいい、冷静に分析している場合ではない。

「なにすんだこの野郎……!」

 前方、リクレールの隣に佇む少女ナナシに怒鳴る。
 不意打ちしやがって……マジ痛いんだぞ、鼻毛抜くより痛いんだぞコラ。

「…………」

 結果、無視。なめやがって。

「おい、黙ってないでこっちきやがれ。10倍返しにするところだが性別を考慮して5倍で我慢してやる」

 そう言うと、ナナシが動きを見せた、次の瞬間少女は視界から消える。
 ……消えた? いや、消えるはずがない。ならどこへ?
 おそらく、冷静ないつもの俺だったら気がついていたのだろうが、ナナシは消えたわけではなく、一瞬、本当に一瞬で高く飛翔し俺の死角へ移動したのだった。飛翔というのは決して大袈裟ではない。人の限界を超えた高さである。
 もちろん俺はそんなもの知らず、すぐ後ろにナナシがいることも知らなかったわけで。

「来たけど?」

 突然後ろでそう言われた時は、心臓が止まるかと思うくらいビビった。
 ホラー映画を一人でみていて、かなり緊張感のあるシーンで部屋のドアがぎぃと鳴った時のように反射的に振り返ると、俺は少し後ずさった。

「おまえ、いつの間に……!」
「いつの間も何もないと思うけど。で、来たけど何?」

 かわいい顔をしているが、蛇の如き眼力が俺の目ばかりか筋肉組織すべてを捉え機能停止させるほどものすごい。
 今の俺はまさに蛙だった。

「何って……おまえが不意打ちするから……」
「ふーん、それで?」
「背中とか痛いし服はボロボロになったし……」
「そうなんだ。よかったね」

 不意に俺の腕をとる。そして懐に素早く潜り込み……俺の視界が回転する。
 背負い投げ? マジかよ。

「やめ……かはっ――――」

 見事な形で俺は床にたたきつけられた。一本!

「どう? ちょっとは痛くなくなったんじゃない?」

 バカか、逆に痛え。

「痛すぎると痛くなくなるってどこかで聞いたことあるんだよね」
「だからって痛めつけることはないだろこのアマ」

 俺は転倒させてやろうとナナシの足に手を伸ばした。
 が、無惨にもかわされ、頭を踏みつけられる。逃れようと動こうとするが、床に叩きつけられた衝撃でうまく動けない。
 嗚呼、なんという屈辱的な図だろう。泣きたくなってくる。

「キミさあ、さっき性別を考慮してとか言ったでしょ。ボクはそういうの嫌いなんだよね」

 ぐりぐり。足の力が強くなる。

「別に女の子に優しくしてくれるのはいいんだけどね、ちょっと言い方が悪かったかな」

 めりめり。

「それにこれから『テスト』なんだよ? キミはボクと戦わなくちゃいけない」

 みしみし。

「だからそんなんじゃだめだよ。ほら、なんか言いなよ」

 頭が、割れ――――

「そのへんでやめないとアヤメさんが死んでしまいますよ?」

 リクレールがすぐ側まで来ていた。
 激痛の中で、助かった、そう思った。
「それもそっか」ナナシは俺の頭から足をどけた。
 頭が変形してないか不安がよぎり手をのばしてみたが、大丈夫らしい。
 俺は何とか四肢を動かして立ち上がった。

「そろそろ始めますか」

 リクレールが言った。『テスト』のことを言っているのだ、ということに気づくまで数秒かかった。
 わかったことがある。死んだら負けというのはジョークではないということ。ナナシはものすごく強いということ。
 俺は後にも退けず、渋々了解をリクレールに伝えた。

「では、始めますよ? 準備はいいですか? ルールは先ほど説明した通りです。
 負けた場合、不適任者として『不合格』とみなしますので、死に物狂いで頑張ってくださいね!」

 リクレールはいつの間にか視界から消え去り(本当にいつの間にかだった)、アナウンスのように拡張された声だけが響いた。

「まあ、死に物狂いっていうのも殆ど冗談になりませんけどね」

 最後にそう皮肉ると、ゴングのつもりなのか空しくもカンと開始音が鳴った。



「そういえば、自己紹介、まだだったね」

 向かい合っている少女が言った。

「ボクの名前は……本当は違うんだろうけど、今はナナシ」
「意味がよくわからん」
「別にわからなくてもいいよ。キミの名前は?」

 名を伝える。

「すごく長いね……、短くしてアヤメでいいかな?」
「勝手にしろ」

 みんなそう俺を呼ぶ。

「じゃあアヤメ。最期に言い残したい言葉はある?」
「何を物騒な」
「そのくらい危険ってことだよ」
「それはおまえを見てればわかる」
「失礼だなぁ……これでも女の子なんだけど」
「性別がどうこうってのは嫌いなんじゃなかったのか」
「それはそれ、これはこれだよ」
「便利な言い回しだな」
「まあね。じゃ、そろそろ始めよっか」
 
 ナナシが体勢を低くし、臨戦態勢をとった。武器を持っていないところを見ると、俺相手にそんなものは不要であるということが伺える。
 俺のほうは慣れない手つきで剣を抜く。重い。こんなんでこいつにダメージなんて与えられるのか。
 おそらく、いや、十中八九素早さではこいつにかなりの遅れをとる。信じたくはないが、あの小さな体で俺の体を投げ飛ばすくらいだ、力においても劣っているかもしれない。
 喧嘩は一度も負けたことはない。しかし、これは喧嘩ではない。戦闘だ。何も考えず、思いっきり相手の顔をぶん殴ればいいというものでもない。
 どうやら、策を講じる必要があるらしい。しかし、どんな策を。

「来ないなら、こっちからいくよ?」

 ナナシが動いた。やはり速い。一直線にこちらへ向かってくる。
 あのスピードでまともな攻撃を食らったら、どうなるのだろう。
 ぐしゃっ(拳が顔にめり込む音)、ばきっ(鼻やその周辺の骨が折れる音)、ぶっしゃあ(出血する音)。
 ……なんて恐ろしいんだ。避けなければ。

「はぁっ――――!」

 右ストレートが俺の顔面めがけて繰り出される。俺は必死で体を傾け、ギリギリでかわした。そのとき、シュッというよりシュバァァ!という感じの音を聞いた。
 命名しよう。これは殺人パンチだ。大袈裟かもしれんが、食らえば即死に違いない!
 続けて2弾目が放たれる。今度は左の殺人フック。俺は大きく後退し、逃れる。俺の首をもぎ取る気か?

「へー……なかなかいい動きをするんだね。でも多分次は避けられないと思うよ!」

 ナナシは不敵な笑みを浮かべ、俊敏に間合いに入ってきた。何をするつもりだ?
 ナナシは素早く回転しながら右足をあげた。回し蹴りだ。反射的しゃがんで俺はかわそうとした。
 頭の上を殺人キックが通過する。なんだ、避けられたじゃねえか。
 しかし、そう思ったのは俺の油断だった。

「残念。歯食いしばりなよ!」

 頭上を通過したキックが、右回転に弧を描き軌道を修正していた。
 こんなの、常人に成せる技じゃない。

「くっ――――!」

 左肩が爆発した。俺は横へ吹っ飛び、数メートル床を滑走する。
 脳から何か分泌されているのだろうか、痛みはそれほどない。だが、体の方は確実なダメージを受けている。
 こいつはなんなんだ? 人間なのか? 化け物じゃないのか?

「もう動けないの? 情けないなぁ」

 ナナシが近寄ってくる。あっちいけ、化け物め!

「でもね、このテストが終わる方法は二つしかないんだよ。
 一つは、キミがボクにダメージを与えること。
 もう一つは……」
「俺が、死ぬこと?」
「大正解!」
「……見逃してくれ」
「ボクだって人を殺めたくないんだけどね、リクレールって人に本気でやれって言われてるからさぁ……」

 くそ、悪いのはやっぱりあいつか。

「本気でやらないと殺すみたいなことも言われたしね」

 鬼畜すぎだろリクレール。

「キミも死にたくないなら『死に物狂い』になりなよ。どうせ意味ないと思うけどね」

 ……言わせておけば。俺だって、男だ。こんなところで意味もなく死んでたまるか。
 そう思うと、体に力が戻ってきた。俺は立ち上がった。

「まだ立ち上がる力残ってたんだ……しぶといね」
「うっせえ。これからは本気だからな、俺はおまえにちょっとダメージ与えて生き残ってやる!」
「それ、あんまり格好良くないよ……」

 勝手に言ってろ。俺は右剣だけを構えた。左は動かないが、絶対に、こいつの攻撃を見極めてやる。そして生き残るのだ。
 ナナシが軽捷に間合いに入ってくる。足が上がる。蹴りか、腹をねらっている!
 だが、俺はすぐには避けず、インパクトの瞬間に小さく後ろに退いてかわした。

「なっ……!」

 ナナシが驚いた表情を見せる。

「その一瞬でかわすなんて……やっぱりキミ、やるね」

 もう一度とばかりにナナシが蹴りを繰り出した。ハイ、ミドル、ロー。しかし俺はそれぞれを紙一重でかわした。

「うそ……ボクに蹴られる前より動きが速くなってる。なんで?」
「俺は本当は最強に強いんだよ」

 俺ははったりをかました。本当はただの火事場の馬鹿力というやつである。
 次は俺から攻撃してやる。一足踏み込み、右剣を振る。ナナシははっとして後退した。

「おいおい、どうした? まさか俺が恐いのか? もしかしたら負けるんじゃないのか?」
「……まさか。そんなわけ、ない!」

 表情が真剣になっている。そうだ、もっと怒れ。感情を高ぶらせろ。そうすれば自然と動きが雑になる。
 ナナシが高く飛ぶ。最初と同じ、ということは後ろからくるか?
 視界からナナシが消えた。俺は振り向きざまに一太刀一閃する。予測通り、そこにはナナシがいたが、さっと退いてかわされた。
 そのときだった。俺は閃いたのだ。そうだ、俺が勝つ方法はこれしかない。失敗後のリスクは大きいが。

「遅いな、次なら俺はおまえに攻撃をあてられる」
「んなわけないでしょ、ボクより動きの遅いキミが攻撃をあてる? 無理に決まってる!」
「だったら試してみたらどうだ? さっきみたいに後ろに回ればいいじゃねえか」

 俺は口元に無理やり笑みを浮かべ、挑発するように言った。

「……後悔しないでよ!」

 よし、その気になった。単純な奴で良かったぜ。
 ナナシが飛翔した。こいつのことだから、後ろにまわってくるはずだ。
 例のように視界から消える。俺は振り向きざまに……剣を投げつけた。

「えっ…………くっ――――!」

 ナナシは俺が普通に斬りつけてくると思い込んでいたんだろう、思わぬ攻撃に体が硬くなり、かろうじて足で剣を弾く。
 しかし、俺のほうは一気に接近していた。ほとんど一瞬の出来事だった。

「なぁっ――――!?」

 拳を上げて、ナナシの顔を狙う。
 俺の作戦は、剣に意識を集中させておいて、顔を殴るという、言ってしまえば牽制戦法だったのだ。
 そもそもな、剣なんていらねえんだよ。拳で十分。
 しかし、さすがはナナシだった。その拳も既に俺の顔を狙っている。
 俺の拳が、確かにナナシの頬に当たったと思ったとき――――俺の意識は――――









 パチ、パチ、パチ。
 白い空間で、一人分の拍手が響いた。

「いい試合だったじゃないですか、ナナシさん」

 リクレールがどこからともなく現れた。
 顔には満足げな表情を浮かべている。
 対してナナシは物憂げだった。

「で、この男はどうなるわけ? ボクは何にも怪我してないけど?」

 最後、ナナシは先に拳を相手の顔に打ち込んでいたのだった。
 男の拳はたしかにナナシの頬に当たったが、力のこもったものではなく、ダメージはなかった。

「本当にそうですか? もうちょっと考えてみてください」
「いや、ほんとに何にも…………?」

 ナナシは不意に痛みを感じた。

「……足?」
「そうです。気づきませんでしたか?」

 気づく? 一体何に?

「最後のアヤメさんの攻撃。本当は、あなたの顔が狙いじゃなかったんですよ」
「そんなことあるわけないよ、確かにあの時…………あ」

 そうか、あれはフェイントだったんだ。
 普通に斬りつけるかと思わせて剣を投げ、顔を殴ると思わせ、足を踏みつけるダブルフェイク。気づかなかった。

「でも、途中までは顔を狙ってたんでしょうけどね」
「……どういうこと?」
「多分、顔を殴りたくなかった。もしくは殴るのが躊躇われたのかもしれません」

 リクレールは顔を綻ばせた。

「女の子には優しいようですね、彼は」

 ナナシは何も言うことができず、倒れている男をちらと見た。
カラス
2008/04/05(土)
17:06:26 公開
■この作品の著作権はカラスさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
目次(?)
第T章『不条理の行く末』
1頁:第1部  「WHITE BOX(白い箱)」
2頁:第2部  「VIRTUAL SPACE(仮想空間)」
3頁:第3部  「TEST(テスト)」

ギャグ路線となりますがちょこちょこシリアスも入れる予定です。
タイトルは思いつかなかったのでそれをタイトルにしました(ぇ
ちなみに、まったく作品と関係の無い短篇等も挟むやもしれませんので、読者様方には不親切となってしまう可能性がありますがあしからず。

第3部のあとがき−−−−−−

ナナシ強くしすぎた感マックス!
つーかボクっ娘ですいません。ごめんなさい。大好きなんです(市ね
色々と雑な仕上がりですが、見逃してください。
よく考えると一ヶ月ぶりなわけですが、書くペース遅くてすいません。
次話も遅くなると思われますが、読んでいただけてたら幸いです。

この作品の感想をお寄せください。
ふと新テキストBBSをのぞいてみると、僕は目を疑いました。

レス 1

え、えええぇー!?
そ、そんな馬鹿な! ありえん!
タイトルおよび作者名の段をもう一度確認。
でもやっぱり、

レス 1

うっはぁ、まじかよ、ハァハァ。
心臓とかいろいろ止まるとこだったじゃないかーあはは。
そして、開いてみるともげさん、あなただったのですね!
感謝感謝です。
感想返しするのも久しくなってますので喜びは無限大っす。

アヤメ君に関しては、皮肉っぽい感じでキャラを作っていこうと考えてます。
出来るだけ斜に構えさせようという方向性です。
リク様は、所々に自己中が見受けられるようなイメージ。あくまでもイメージですが(汗
ナナシについては次回分かるか分からないかという感じです。

実を言うと全部ギャグにしてやりたかったんですが、書いてる途中にそれは僕には無理だ、と思い直し方向転換。
ギャグシリアス? まあそんな感じかもしれません。

にしてもキャラ作りを褒めて頂けるなんて……単純に嬉しいです。
ナナシのキャラはお楽しみにしていてください、フフフ(何

ではでは本当に感想ありがとうございました!
カラスでした。

PS リレー企画復帰なさったようですね。頑張ってください!
Name: カラス
PASS
■2008-03-14 00:23
ID : uoIGA1haTlA
どうも、もげです。感想遅れて申し訳ありません!
そんなわけで遅ればせながら「題名の無い幻想譚」読ませていただきました!

これは本当に面白い、素敵な作品だと思います。
特に主人公のアヤメくん、とにかくキャラがいい! モノローグが笑えて、本当に楽しい気分になってきます。
そしてリクレールさんのキャラ! これも素敵ですね、怖い女の人でありながら、彼女本来のお気楽なカンジもうかがえるなんて、キャラ作りに長けてらっしゃる!

今後のバトルなどもあわせて、楽しみにしていますよ!
それでは駄文ですがこれにて。もげでした!

Name: もげ
PASS
■2008-03-13 14:17
ID : hwLoCx5z0JQ
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