人形アソビ
*注意
スケイルさんが怖い意味で壊れています。
嫌な方は見ないことをお勧めします。
なお、グロテスクな描写は含んでいません。









私は歩いていた。
今日は女神様に会う日。
その道のりを、ゆっくりと歩いていた。

私の住む大陸には英雄伝が三つある。
一つは一角獣の女神様の物語、
一つは勇敢な戦士と聡明な賢者の物語、
一つは……名無しの勇者と、これから会う女神様の物語。

女神様はとても退屈しているらしい。
仕事はいっぱいあるけど、楽しみがないそうだ。
だから私は、お話相手としてここに呼ばれた。
とても緊張する。

やがてたどり着いたのは一つの大きなドア。

「……失礼、します」

軽くノックして、その扉をゆっくり開けた。
するとそこに居たのは……とてもきれいな人だった。
漣立った碧の髪、紅玉みたいな瞳、そして何より、とても優しい微笑み。
女神、と言う言葉がぴったりだと思った。

「ようこそ、よく来てくれましたね」

真珠を転がしたようなまろやかなメゾソプラノ。
一瞬私は聞き惚れて、それからあわててお辞儀をした。

「そんなに緊張しなくてもいいですよ」
「は、はい」

―――そんなコト言っても、緊張するよーっ!!
心の中で思わず叫んだ。
私が固まっていると、女神様はくすくすと楽しげに笑いながら椅子を勧めてくれた。
座ってみると、それはとても柔らかくて、私の緊張をほんの少し楽にしてくれた。
きょろきょろと辺りを見回してみると、この部屋が紺を基調にした部屋だと気が付いた。
壁紙も紺、じゅうたんも紺、テーブルクロスも紺、よく見れば私が座っている椅子も紺。
確か紺って、名無しの勇者様が着てたマントの色だっけ。

「落ち着きましたか?」

そういって女神様は私の前に紅茶を置いた。
ふわりと柔らかい湯気が立っている。

「は……はい、女神様」
「女神様、じゃなくて、スケイルで良いですよ?」
「でも」
「…………」
「……スケイル様」
「……まぁ、良しとしましょうか」

うう、ちょっと女神様が怖かった。
飲まないのも勿体無いので、私は勧められた紅茶を一口すすった。
……あんまり味がしない。もしかして女神様、いやスケイル様って、紅茶入れるの……下手?
あ、こんなこと思っちゃいけないよね。

「では、早速お話しましょうか?」

スケイル様が言った。
私は当然うなづく。だって私の来た理由は、スケイル様とお話するためだもの。

「そうですね……じゃあ、私の話を聞いてもらえますか?」
「はい」
「では、名無しの勇者様のお話を」

そういってスケイル様は一度目を瞑り、暫くの後に徐に話を始めた。

「彼は素晴らしい人でした」



病気の人がいれば救い。

竜人も人間も関係なく、自分が守りたいと思ったものを守り。

そして、そのためには自分を省みず。

何時だって笑っていた。

とてもとても、優しい笑顔だった。



「私はそんな彼が大好きでした」

紅の瞳が微かに揺らいでいた。
……そうだよね、確か二人は……

「でも、無情にも時は私たちを引き裂きました」



それは誓約。

輪廻の摂理を破った者への断罪。

世界を救った後に、彼は消滅した―――



「辛かった」

部屋の空気が冷たい。
悲しい、冷たさだ。

「悲しかった」

メゾソプラノの響きも愁いを帯びている。

「他の人は生きているのに、なんで彼が」

ぽろり。

「世界を救ったのは彼なのに―――っ!!」

ぽろぽろぽろ。

「……何度そう思ったことか」

涙に濡れた瞳でスケイル様は笑った。
……なんて、悲しい微笑み。
この人が、可哀想で仕方ない。

「……お茶、入れますね」

スケイル様はそう言って立ち上がり、空になっていた私のティーカップに再び熱い紅茶を注いだ。
その横顔が、酷く寂しげだった。

「話の続きですが」

彼女はゆっくりと涙を拭って、再び優しげな微笑みを浮かべた。

「そのあと、私は思ったんです。
 神が竜人だけの世界を作ろうとしたなら」

数拍の後、桜のような色の唇が信じられないことを呟いた。



ワタシモ、カレトワタシダケノセカイヲツクレバイイ。



かたん。
うっかり私が倒したティーカップが、音を立て倒れ、入っていた熱い紅茶が私の足に零れ落ちた。

「とても単純で、とても素晴らしいでしょう?」

スケイル様は微笑む。
……怖い。この人が怖い。

「私には彼しか要らない」

狂気じみた愛情。
それは、とても恐ろしいものだと誰かに聞いた覚えがある。

「私と彼以外の生き物なんて要らない―――」

怖い。怖い怖い怖いコワイコワイコワイ。

「そう思いませんか?」

コワイ。
そして、気付いてしまった。

「ふふ、どうかしましたか?」

―――味のしない紅茶。

―――『私と彼以外の生き物なんて要らない―――』その言葉。

―――そして何より。



―――なんで、熱い紅茶を被った私の足はやけどしていないの?



「あなたは賢いですね」

止めて、それ以上言わないで。

「こんなに早く気付くなんてね」

止めて、気付かせないで。

「私と彼以外の生き物なんて要らない。
 だけど」

ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ!!






「―――遊ぶ為のお人形ぐらいは居てもいい」








私の足は、やっぱりなんともなかった。








「また壊れちゃいました」

そういってスケイルは目の前に倒れている少女、正確には少女の人形を見下ろした。
彼女の表情は照れたような笑顔。
罪悪感のない、無邪気な、子供のような笑顔だった。

「……また、か?」

ふと、彼女の後ろから声が聞こえた。
スケイルは聞き覚えのあるそのバリトンヴォイスに、些か苛立ちを含んだ顔で振り向いた。
そこにいたのは銀の狼。
つややかな毛並みを持ちながら、野生の中で戦い抜いてきたような洗練された気配を持つ、不思議な狼だった。

「何か悪いですか?クロウさん」

クロウ、と呼ばれた狼は、そういって唇を尖らせた女神を見て重い溜息をついた。

「悪いも何も、いくら理力で動かした人形だからと言ってこの仕打ちはないだろう」
「いいじゃないですか、人形ですよ?」
「……いい加減にしろ、スケイル」

ギロリ、と、サファイア色のクロウの瞳がスケイルを睨んだ。

「お前はいつからそんなに変わった?
 第一、シルフェイドの女神としての役目はどうしたんだ。
 お前を失った大陸は、惨いことになっているぞ……?」
「知りません」

そっぽを向いたスケイルを、クロウは再び睨んだ。

「スケイル!!」
「だってどうでも良いんです!!
 彼の居ない世界がどうなったって!!」

スケイルは激情のままにテーブルを殴りつけ、手近にあったティーカップをクロウに投げつけた。
思いもよらぬ攻撃に、クロウは身をかわし切れずに若干破片を浴びた。
とは言うものの、クロウには実態がないために痛くも痒くもないのだが。

「私には彼しか要らない……」

真紅の瞳は、今や狂気の光しか宿していなかった。

「後は彼だけなんです、この世界に必要なのは」

徐にスケイルは人形を抱き上げ、その髪をゆっくりと梳きながらそれに微笑みかけた。

「あなたもそう思うでしょう?」



―――私の、お人形さん。






人形は動かなかった。
あくあまりん
2008/07/18(金)
14:58:14 公開
■この作品の著作権はあくあまりんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
初投稿です。
……ダークです。私的には。
男主人公を失って壊れたスケイルさん、という設定です。
主人公は……あまり多く語らないことにします。

気が向いたらちょっと書き足すかもしれません。

2008/7/18/14:56

加筆修正しました。

この作品の感想をお寄せください。
>AKIRA様
はじめまして、レスありがとうございます。
私も幻想譚をプレイした後、そのことについて色々考えていたのですが、基本的にハッピーエンド好きなのでどこかで再会できたらなー、と言う方向に想像することが多かったのです。
が、ある日ふと、病んじゃうかもしれないな、と言う考えが浮かんで生まれたのがこの作品です。
最初はクロウ視点にしようと思っていたのですが、それだと展開的に面白くないかと思いあの人(?)からの視点にしました。
読む人の予想を覆せればよいなと思っていたので、思い通りになって嬉しいです(笑)

それでは、感想本当にありがとうございました!
Name: あくあまりん
PASS
■2008-07-26 09:56
ID : .rDWXIUG/mo
初めまして、AKIRAと申します。

作品を拝見しましたが、読み終えたとき、WILL使用の衝撃を食らったような気分でした。
勇者を失った後、スケイルがどうなるのか。
このことについては、僕も幻想譚をプレイしてからずっと考えていることです。
その中には立ち直ったり、復讐したり、はたまた自ら命を絶ったり・・・。
様々な妄想が僕の中で渦を巻いていました。
しかし、まさか勇者と二人だけの世界を創るとは。
その発想に、スケイルの想いと傲慢さ、何よりリアリティを感じました。
また、このどんでん返しに持っていく、作品の流れも素晴らしいと思いました。
最初はセタかシズナかと思っていましたが、完全に予想を覆されました・・・。

それでは、お体にお気をつけて・・・。
Name: AKIRA
PASS
■2008-07-25 13:49
ID : M6fOBmk8bAA
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