異端者達の幻想譚
世の中には、『異端』と称されるカテゴリーが存在する。
例外的なもの。正統から外れているもの。正統な権威や存在に反発するもの。
それらの中で、多数派に位置する者々に与しないものは総じて『異端者』と呼ばれ、区別される。

例えば高名な魔術師。よくあるのは、『魔術学会』などといった権威ある組織の示す規律。
命を弄んではならないとか、いたずらに強い魔術を構築してはならないとか、社会に混乱を生み出してはならないとか。
そういったルールを多数派が勝手に作り上げ、それに違反した者を異端とみなし追放する。
例えその『異端な行い』が、将来的に魔術師、ひいては社会全体に益をもたらすものだったとしても。

例えば優秀な剣士。よくあるのは、王国や帝国といった強大な国家。
全ての剣士・騎士は人々の為に在れとか、魔物はみな害悪であるから倒せとか、人々を傷つけることは許されないとか。
有り体な倫理観を勝手に押し付け、たとえ些細であっても違反すれば異端とみなし攻撃する。
例えその『些細な違反』が、その場に居た全ての人間が肯定するような正義ある行為だったとしても。

そうしてあらゆる者を敵に回し、社会から隠れ、ひっそりと暮らす者。
生きていようが死んでいようが、誰からも気にされることはない。

ある男は若くして高名な魔術師だった。しかし人々の為にと思ってした行いを、異端な物だとみなされ追放された。
彼は魔術の研究の途中、些細な失敗によって起きた事故により吹き飛んだ。
ある女は優秀で気立ての良い若剣士だった。しかしある時善良な魔物を庇った事で、国家に異端とされ放逐された。
彼女は洞窟で剣術の修行の最中、運悪く落盤にあって圧死した。

例え傷を負っても治療してくれる者はなく、死んだところで看取る者はなし。
それが社会を追放された者たちの宿命であり、覆ることのない現実であった。

        「私の声が聞こえますか…?」

    ――これはそんな、異端者達の新たな生き様の物語である――





異端者達の幻想譚・序章   〜男の覚醒〜





辺りは一面、ほの暗い見知らぬ領域。視界をさえぎる物は無く、それどころかそもそも『物』が殆ど何も無いのである。
あるのは周囲を漂う、淡い光を放つ発光体のみ。その発光体にしたところで、何か動きがあるわけでもない。
まるで海中を泳ぐ海月のように、ただぼんやりと漂うだけ。時間だけがのんびりと流れていくのみ。



(なんだろうか、これは……?)

どれくらいの時間が経った頃だろうか。
ぼんやり漂っていた発光体の一つが動きを止め、他とは違う漂い方をするようになったのは。
自由に動く手足がある訳でもなく、ましてやそもそも身体すら存在しない。
そんな状態であるにもかかわらず、その発光体だけは周囲と少しだけ異なる動きをしていた。



(これが、俺?……身体はどうなった?)

ゆらゆらと動くだけだった発光体は、少しずつ自分の存在を認識する。
まるで今まで布団の中で寝ていた子供が、寝ぼけ眼で少しずつ自分の現状を把握していくかのように。
そのまま周囲を見回……そうとして、自分の身体が存在しない事に改めて気付く。



(……まるで海月だな)

身体がある訳でもなく、漂うことしか出来ない自分自身を『くらげ』と称した発光体。
それは、海――『意識の海』を漂う己自身の動きを無意識に、しかし的確に表していた。
自分が今何をしているのか、そもそもここは何処なのか。
自分の意識が顕在化していくにつれて、その発光体は少しずつ新しい疑問を生み出していく。
やがて。



(ああ……。そうだ、俺は死んだんだったな)

自分がもう『故人』であることを思い出す。今の自分は恐らく魂の状態であり、そして
ここが恐らく『あの世』なのだろうと理解するまで、それほど時間はかからなかった。



理解さえしてしまえば後はどうということはない。現状を受け入れるだけ。
何をどう足掻こうと彼は『一度死んでいる』訳で、恐らく生き返る事は出来ないのだから。
ましてや生き返ろうとしたところで、拠り所となる肉体がある訳でもない。
生前にそんな研究をし、健全な肉体の生み出し方を極めた気もするが、それが原因で追放されたのだから元も子もない。
そのまま全てを受け入れ、ぼんやり漂う事を受け入れようとした所で――



        「意識の海に漂う、そこのあなた……私の声が聞こえますか……?」



(……いったい、なんだ?)
(なんですか?)

彼は、二人の少女の声を聞いた。





しばらくの間、三人(?)の間に訪れる沈黙。
少女の声に反応した彼は、自分のすぐ近くから別の少女の声がしたことに驚き。
その少女は、自分に声をかけてきた少女が居た事と、すぐ傍から男の声がしたことに驚き。
声をかけてきた少女は、同時に二人の男女から反応が返ってきたことに驚き。
やがて、初めに声をかけた少女が口を開いた。



「……まさか、お二人から返事を頂けるとは思っていませんでした。私の声が聞こえているんですね?」

(ああ……聞こえている)
(はい、聞こえています)

ややあって、二人が言葉を返す。男の方は無愛想に、女の方は丁寧に、それでいてどこか男の方を気にするように。



「私はリクレール……。トーテムに呼び覚まされし、全ての生命を導く者です……」

(……エクレール?)
(……おいしそうです)

「リクレールですっ!食べ物ではありませんっ!」

リクレールはヘソを曲げた。『トーテム』だとか『全ての生命を導く』といった単語に全く興味を示されず、
それどころか自分の名前を勝手に菓子パンにされては怒るのも無理は無いだろう。
微妙に口を尖らせ、興味を示されなかった単語を強調しながら、リクレールは話を続けた。



「……『トーテム』については後述させて頂きます。その前に、お二人の名前を教えて頂けますか?」

(私はシルフです)
(俺は……何だったか?)

先に答えたのは少女の方だった。男の方はどうやら自らの名前などどうでもよかったようで、アッサリ忘れてしまっている。



「覚えていないのですか……?では、便宜的に"ゴンベエ"さんというのはどうで…」

(ああそうだおもいだしたおれのなまえはセシルだ!)

前言を撤回する。流石にゴンベエという名前は嫌だったらしい。



「シルフさんに、セシルさんですか……。お教え下さって、ありがとうございます」

復唱するリクレール。穏和な対応に見えるが、何処となくがっかりしているかのようにも見える。
それはゴンベエという名を付け損ねたからなのかもしれない。
当事者であるセシルはどちらかといえばホッとしていた。



「それでは、本題に入らせていただきますね。私がお二人……
    シルフさんとゴ……セ、セシルさんに声をかけた理由について」

やはり未練タラタラだったらしい。







要するには、次のようなことらしい。

女神(自称)として生まれたリクレールは、天空に一つの大陸を作り出した。

そこは人々の住む平和な世界だったが、ある時『魔王』と呼ばれる存在と、それに従属する竜人という存在が現れた。

魔王達は人々を攻撃し、双方の間で激しい戦争が発生した。初めの戦争ではリクレール自ら魔王を倒した。

二度目の戦争では人々の中から現れた英雄が魔王を倒した。それからの間、人々は再び平和を取り戻した。

そのまま平和が続けば良いのだが、どうやらそうはいかないらしい。

今から15日が経過した時点で、大陸に住む人々に大きな災いが降りかかるようだ。詳細は判らないが、起こるという事は判る。

それを防ぎたいが、自分は今大陸に出向く事が出来ない。



ここに至るまでにリクレールが費やした説明時間はおよそ1時間である。
1時間の話を数行に要訳したセシルの要領の良さを褒めるべきか、この程度の
要訳に収まる説明に1時間費やしたリクレールの頭を哀れむべきか。
シルフと呼ばれた少女が、そんなどうでもいいことを考えていたりしたのはまた別の話である。



(……で、こんな話を俺たちにしてどうするんだ?まさか、その『災い』とやらに関われと?)

「はい。どちらかといえば、関わるどころかいっそ止めて頂きたいとさえ思っています」

妙にサッパリとした顔で話すリクレール。先ほど菓子パン扱いされた事に対する仕返しのつもりだろうか。
そんな話を聞かされたセシルは半信半疑で、リクレールのことを胡散臭い奴だとさえ思っていた。
一方、すぐ隣(?)に居たシルフは完璧に信じきっており、既に自分が出来る事は何なのか考えてさえいた。
生前コイツは人によく騙されていたのではないか?と、セシルが方向違いの疑問を抱くのに時間はかからなかった。



(俺達には、そもそも身体が無い。災いとやらに関わるかどうかはさておき、
    幽霊な状態なままで旅をしろというのはいささか無茶が過ぎるのではないか?)
(そ、そういえばそうでした……)

コイツのおつむは弱いのだな、とシルフをみつめるセシル。当のシルフはそんな視線にも気付かず、
自分の身体が無い事にあらためて気付きうな垂れていた。



「身体については、私が用意します。旅に必要な力も差し上げましょう」

(随分と手際が良いのだな。まるで、ハナっから断られる事を想定してないみたいだ)

「……身勝手な御願いだという事は判っています。
    貴方がたにとって理不尽な要求であることも。……それでも、引き受けて頂けませんか?」

(話は判った。だが、今すぐに結論を出す訳には……)
(もちろんですっ!)
(ってオイッ!?)

横に居るシルフは既にやる気満々であり、そもそも最初から迷ってすらいないようだった。
そこまで堂々とオーケーを叫ばれれば、いっそ清々しくさえ感じるだろう。
なにより、最初から選択肢は無い。断ればこのまま宙を漂う幽霊となり、
いつ新たなイベントが起きるか判らない。あるいは、永久にこのままなのかもしれない。
数秒ほど迷った後、セシルは自分の現状を把握し、

(……『災い』とやらに関わるんだ、命の一つ二つは覚悟せねばなるまい。
    当然、それに見合うだけの報酬は用意して貰えるんだろうな?)

「……貴方が望むもので、私が叶えられる範囲で宜しければ」

(オーケー、それでいい。交渉成立だ)

意外にもあっさりと承諾したのであった。





ほの暗かった空間から一転して、セシルとシルフ、そしてリクレールの三名は真っ白な空間へと移っていた。
今や二人にはいっぱしの身体があり、黒髪・黒瞳を持つ少年と少女になっていた。そしてそれぞれの傍には
生き物の姿を持った存在があった。彼らは『トーテム』。リクレールの手によって生み出された、
実体を持たぬ人ならざる存在である。

セシルの傍らには竜の姿のトーテム。彼女(?)は自らをスケイルと名乗った。
かつて生きていた頃、高名な魔術師だったセシル。この世界での魔術に当たる『フォース』に興味を持ち、
それを使いこなす事を旅の副目的に選んだ。その為の補助に彼女を選んだのは道理と言えよう。

シルフの傍らには鳥の姿のトーテム。彼(?)は自らをフェザーと名乗った。
優秀な剣士として生きていたシルフは、自らの軽い身のこなしを武器としていた。
それを生かし、役立てる為にフェザーを選んだのは、彼の性格を気にしなければ真っ当な選択だろう。



「……これで準備は終わりです。それでは、お二人をシルフェイドの世界へお送りしましょう」
「これから、お二人には沢山の苦難が待っているかと思います。ですがどうか……」

「時間が迫っているのではなかったのか、エクレ……げふんげふん、リクレール?」

「ワザとですか!?ワザとなんですよねっ!?」

自分の喋りを遮られた上に再び菓子パン扱いされ、リクレールは思いっきりヘソを曲げた。
菓子パン扱いしたセシルはしてやったりの顔を浮かべ、横で聞いているシルフはスケイルやフェザーと共に苦笑している。
そのまましばらくぶつぶつと呟いていたリクレールだったが、やがて元の女神らしい表情に戻ると、

「それでは……お二人とはここで一度お別れです。次に会う時は世界に平和が戻り、
ここでお二人と和やかにお話が出来る事を願っています。……どうか、頑張ってください」

そう言って、二人を光の柱で覆った。その柱が姿を失う頃にはもう、セシルとシルフの姿はそこにはなかった。

「どうか……お気をつけて……」

残されたのは、独りになったリクレール。彼女の祈るような呟きだけが、辺りにこだましていた。












異端者達の幻想譚・壱章   〜見知らぬ世界、二人で〜





二人の男女を包んでいた柱が姿を消すと、そこは一面に鬱蒼と木々が生い茂る森だった。
朝早くの日の光を浴びて、薄暗いながらも森には明るさが灯っていた。



「ここが、シルフェイド……。これから『災い』が起きるとは思えないほど、平和な風景だな」

「そう、ですね……」



降り立った世界は、生前に自分達が住んでいた世界とは違う『見知らぬ世界』。
自分たちの存在が改めて『異端』である事に気付かされ、二人はしばし言葉を失った。



「さて、シルフさんとやら。……俺はここが何処だかよく判らないのだが、君は判るか?」

「いえ……私もよく判りません」

《……初めて降り立った場所の事を詳しく知っている人の方が少ないと思いますよ、セシル様》



シルフに声をかけた直後、ややエコーがかかったような声が二人の耳に届く。
声の主はスケイル、セシルが選んだトーテムだった。このトーテムなる存在、一般人には
知覚する事が出来ず、ましてや声を聞くことも出来ないという。トーテムと話をしている姿を
見られたら変人扱いされるので気をつけろと、リクレールの妙な忠告を受けたばかりである。



「それもそうだな……。すまんな、シルフさん」

「いえ、気にしないで下さい。セシル様」

「……様?」

「あ、いえっ、何処と無く偉い方のような雰囲気がしたものですから!
    それに今さっきスケイルさんが『様』って付けてたから、ついっ……!」

(……それは俺が年寄り臭いって事か?)



セシル自身、確かに生前は高名な魔術師であった。それ故、様付けで呼ばれる機会はそれなりにあった。
しかしながら、今さっき対面を済ませたばかりの少女に『様』付けで呼ばれるのはどうか。
それも、同年代に見える少女からである。シルフからすれば特に意味は無かったのであろう。
単純に『なんとなくエラい人』に対する接し方としては間違っていない。
しかし、それはセシルにしてみれば『お前はなんとなくジジイっぽい』と言われたに等しい。彼は微妙に傷ついた。



「……とりあえず、俺の事はさん付けでいい。様なんて呼ばれてもこそばゆいからな」

「は、はいっ。じゃあ、私の事もシルフって呼んでください」

「判った、シルフ。ついでにスケイルもだ。様なんぞ付けなくていいぞ」

《えー、それじゃあ私のアイデンティティが失われてしまいますよー》

「なんだそれは?」

《ご主人様に『様』を付けるトーテムってあんまり居ないんですよ。ですから、これが私のアイデンティティです》

「……あ、そう」

セシルは半ば呆れていた。

「まあ、それならそれでいいか……。まあ、とりあえず街を探そう。
    いくらなんでも、森で野宿というのは悲しすぎるからな」

「そうですね。……でも、その前にやるべき事があるようです」

「……違いない。出かける前の一仕事、だな」



そう言うと、二人は同じ方角の草むらに目を向ける。
数瞬あって、ガサガサとした音と共にそこから黒い影が飛び出してくる。



――野犬。それも、飢えた野犬だ。



「一匹だけ……ですか。大したことはなさそうですね」

「……いや。仲間が居るぞ、それも七匹だ」

「えっ?」



セシルは足元にあった小枝を拾い、近くの草むらへと勢い良く投げ込む。
すると"ギャウッ!"という鳴き声が聞こえ、同時に六匹の犬が飛び出してくる。
少し遠くに、眼を小枝で貫かれた犬が一匹。どうやら即死だったらしい。
それを見たセシルは、チッと小さく舌打ちをする。



「仲間が死んだくらいでは退かないってか。相当飢えてるようだな」

「あ、あの……セシルさん?あなた魔術師……ですよね?」

「魔術師といえども、護身が出来なければただの脆い的だ。
    相手の気配を読み、動きを察知出来ない奴はすぐに死ぬ。
    殺られる前に殺れ、足止めされる前に足止めしろ。
    魔術が使いたければその後だ。敵には隙を見せるな。……俺がいた時代の、魔術師たちの教訓だ」

(だからって、枝を投げただけで野犬を殺せる魔術師っていうのはどうなんでしょうか……?)
《世の中には、色々と規格外な人が居るって事ですかねぇ〜》

シルフの心情に同調するのはフェザー。彼女が選んだ、鳥形のトーテムであった。
お調子者な性格をしているらしく、半ば初対面に近いセシルの事を『規格外』と称する辺りにその片鱗が見て取れる。



ともあれ、二人が野犬七匹に狙われている現状には変わりが無い。
逃げた所で回り込まれるし、そもそもこの森の構造を知らないのだから闇雲に逃げる訳にはいかない。
地の利が無いと判った以上、対抗するしか術は無いのだ。



「……スケイル。俺はフォースとやらの使い方がよく判らんのだが、どうすればいい?』

《簡単ですよ。『火炎!』と言葉を発すればいいんです》

「……は?」

《ですから、『火炎!』と叫べばいいんです。向ける相手を意識さえすれば、後は勝手に飛んでいきますよ》

「そんな簡単でいいのかよ、フォース……」



魔術を使うために逐一魔方陣を作ったり、言葉を詠唱するといったような世界に居たセシル。
あまりに単純なフォースの用法を知り、世界の違いに愕然とする。
そんな姿を見てか見ずか、一匹の野犬が彼に向けて飛び出してくる。しかし――



「てぇぇぇぃやぁぁぁぁっ!!」

『ギャッ!?』



はっとしたセシルが前を見ると、そこには首を切り落とされた野犬が一匹。
傍らには、血に塗れたショートソードを構えて立つ、剣士の顔をしたシルフが居た。



「……気を抜いてると、野犬に噛まれてしまいますよ?敵には隙を見せるな、ですよね?」

「それもそうだったな……。すまん」

《フフン、これで貸し一ですね〜》

凛とした顔立ちで野犬をみつめる少女と、飄々としたツラでセシルに接するフェザー。
セシルはフェザーのツラが何となく気に食わなかったが、助けられた事は事実なので黙っていた。
なにより、

(あの動き、俺の動体視力でも捉えるのがやっとの速度だった)
《私は全く見えませんでしたよ……》

そう。シルフの動きがあまりに速かった為に、セシル自身とても驚いていたのである。
リクレール自身にトーテムの能力について説明を受けていた事もあり、あの俊足は
フェザーが一枚噛んでいるであろうという事は想像に易かった。
性格はどうあれ、実力が伴っているのならばそれは認めるべきである。
生きていた時代にはそんな思想が当たり前だった事もあり、セシルは素直にフェザーを認める事にした。

(とはいえ、このまま黙って見ているというのも癪だな……)

野犬の残数は六。全てシルフに任せてしまっても良いかとも思ったのだが、
それでは何となく格好悪いし始末が悪い。一匹か二匹くらいは仕留めておきたかった。

(確か……集中して唱えれば良いのだったな)

「すぅ……。かえぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっっっっ!!!!」

深く呼吸し、目の前の野犬を見据えて放つ。

魔術と同じく、フォースの効果もまた、使用者の能力に左右される。

生前は魔術師だったという男、セシル。果たして彼の放ったフォースは――。












《まったくもう、あと少しでワタクシ達まで焼け焦げる所だったじゃないですかっ!》
(危うく焼死体になる所でした……)

「すまん、ちょっと気合を入れすぎたようだ……。本当にすまん」
《……というかですね。火炎って本当は単体用なんですけど……》



後方からの強烈な気を感じてシルフがとっさに飛びのくと、すぐ後ろから莫大な炎が飛び込んできた。
セシルが放ったフォースは『火炎』。敵一匹に対して有効な、炎の力を持ったフォース。……の、はずだった。
その炎はそのまま野犬の群れを襲い、彼らをあっという間に消し炭にしてしまった。
……そう。『単体用』であるはずの火炎が、『全体』を丸ごと焼いてしまったのである。
木々に飛び火したら森ごと燃える危険もあったのだが、そうならなかったのは運が良かったのか。
あるいはセシルの意志が止めたのか。ともあれ、たった一発の火炎が野犬の群れを消し飛ばしたのである。
フォース使いが聞いても誰も信じないような、あまりに荒唐無稽な話だった。



「……ま、まぁ。私たちも怪我が無かったですし、良かったですよ」

「ああ……。本当にすまん」

「いえ、気にしてませんからっ!」

気落ちしながら謝罪するセシルに対して、なんでもないように振舞うシルフ。
しかし、その姿がやけにへっぴり腰である事については誰も突っ込めないだろう。

《(スケイル、セシルさんだけは本気で怒らせない方が良かったりしますかね?)》
《(街ごと吹き飛ばされても良いなら止めませんよ?)》
《(ヒィッ!くわばらくわばら……)》

……トーテム同士にしか聞こえない耳打ち話で、そんな会話が発生していても、誰もとがめられやしないだろう。




「わぁ……おっきな街!」

「そうか?……どちらかといえば小さい方な気もするが」

森での野犬騒ぎからしばらく後。ほどほどに歩き回った二人は、ようやく最寄の街に着いた。
その街の名はサーショ。近くに大きな城のある、城下町としては程ほどの規模の街だった。

「そうですか?私の居た世界では、このくらいだと十分立派な街だったんですけど」

「そうなのか?俺の所では……って、まあいい。昔の事を言った所で意味が無いな。
とりあえず今は、色々と情報を集める事から始めないとな。さしあたってまずh……ウベロッパァ!?」

まずは宿屋に部屋を、と言おうとした所でセシルの言葉が止まった。いや、「止められた」。
いきなり後ろに気配を感じたと思いきや、そのままセシルに向かって「ソレ」は突っ込んできた。……人間である。
そのまま勢いに負けたセシルは前に盛大に吹き飛び、後にはぽかーんと口を開けたシルフとトーテム二体だけが残っていた。

「おや!?何か轢いたかな!?ごめんよっ!」

後からそんな言葉がシルフの耳に届く。が、顔面から前方へ飛び込んだセシルの耳に、それが届いたのかどうかは判らない。



(ウベ……ロッパァって……なん……だろう……な……?)

自分が発した謎の叫び声に疑問符を浮かべながら、セシルはそのまま気絶した。





「……まだ、頭がクラクラするのだが」
《まぁ、顔から見事にダイブしてましたからね……》

「あはは……ご愁傷様です」
《いやぁ、降り立って早々いいものを見させてもらいました。ワタクシは満足ですよ?》

あれからしばらく後、ここはサーショの宿屋の中。目を覚ましたセシルに対し、三者三様の言葉をかける。
店主の話によれば、サーショの兵士はクセモノが揃っているらしい。些細な事故なら日常茶飯事だとか。

「アレで些細、か……」

自らに治癒を唱えたのでケガは無いようだが、やはり吹き飛ばされた本人としてはなんともいえないようだ。
渋い顔をするセシル。一方でシルフはといえば、セシルが寝ている間に町中に聞き込みを済ませていたらしい。
フェザーと二人(?)で得た情報を手土産に、セシルのふてくされた気分を和らげてあげようと必死になっていた。



曰く。
一、 武器はここでしか売られていないこと。
一、 理力を使う術、すなわちフォースはこの街では売られていないこと。
一、 リクレールの話で聞いた『竜人』は、ここでは『トカゲ兵士』と言う名で呼ばれていること。
一、 ここから南にある城の王様が、太陽の剣という伝説の武器を探していること。
一、 運命を占ってくれるお婆さんが居て、その人の占いは結構当たるということ。
一、 そのお婆さんに会ってみたが、曰く『北東の洞窟にアンタ達二人と二体が必要とする物があるね』とのこと。
それから云々、それから云々。



「……俺が寝ていたわずかな時間でそこまで調べたのか。すごいな」

「えへへ……ありがとうございます」

フェザーの力で素早い速度を得たシルフにしてみれば、短時間にいくつもの動作をこなす事は難しくない。
実際、セシルが気絶してから宿屋に運ばれ、そして目を覚ますまでの時間は十数分しかなかった。
それだけの時間にこれだけの情報を町中から集められたのも、ひとえにシルフ+フェザーというコンビだったからであろう。
そのスピード力に目を丸くするセシルを見て、シルフはいつもの50%増(当社比)くらいに微笑むのであった。



「『占ってくれる婆さん』というのは……アテになるのか?
    占いってのは確かにアタリもあるが、大半は下らないハズレだったりするんだが」

「うーん……。私は結構、信憑性がある話だと思いますよ」

「その根拠は何処から出てるんだ?」

「今さっき、私が説明した事を覚えていますか?」

「さっき……?」

目を丸くしていたセシルが真っ先に疑問に思ったのは、『占いの婆さん』についてであった。
魔術という理論的な学問を嗜んでいたセシルにとって占いとは、理論的な裏づけの無いあやふやな代物という認識だった。
まさに下駄を投げて明日の天気を調べるが如き。確証の無い話を鵜呑みにする事には抵抗があった。
しかし。



「『北東の洞窟にアンタ達二人と二体が必要とする物があるね』、か?
    こんな占い、怪し過ぎて信憑性に欠け……ん?アンタ『達二人と二体』……?」

「……セシルさん、そのお婆さんに会っていませんよね?
    それに私……セシルさんの事、お婆さんに一言も喋っていませんよ?」



なるほど、とセシルは思う。会ってもいない自分の事だけではなく、トーテム二体まで頭数に含める。
ただのボンクラな占い師ならそんな芸当出来る筈も無いし、ましてやトーテムそれ自体が見えないだろう。
トーテムの事を含められる時点で、その婆さんが普通の占い師ではないという事は明らかだった。



「……信じられるかどうかは微妙な所だが、賭けてみるしかなさそうだな。
    スケイル、俺が使えるフォースは『火炎』と『治癒』だけだったか?」
《はい、そうですよ。セシル様が使えるのは今、その二つだけです。
    南にあるリーリルの街へいけば、もっと多くのフォースが手に入るみたいですが》

「いや、いい。今の段階で新たなフォースを手に入れても、使いこなせそうにない。
    ヘタすれば、さっきの火炎みたいに威力が上がりすぎて街を吹き飛ばしかねないしな」

(……否定出来ない所が、セシルさんのすごい所ですよね)
《そうですね、ハイ。ワタクシもアレにはガチでビビりました》



微妙にトラウマになっていそうな一人と一体(?)を尻目に、セシルはさっさと準備を始める。
現状で役立ちそうな情報がその『北東の洞窟』に絡む物くらいしかないと悟り、早々と覚悟を決めたのである。



「ほら、シルフも。北東の洞窟とやらに足を運ぶだろう?準備をしてくれないか」

「え?あ?は、はいっ!今すぐ準備しますっ!」

耳打ち話に没頭していたシルフは反応に一瞬遅れるが、持ち前の素早さ(withフェザー)で即座に準備を始める。
フェザーと何を話していたのだろうかとセシルも少し気にしたが、きっと先ほどの火炎の一件だろうと見当を付け、
苦笑しながら考えを打ち切る事にした。一方スケイルは、

《(私もセシル様と秘密の相談とか、したいです……)》

などと間違った方向に思考を始めていた。



かくして、シルフェイドの世界に降り立った二人(と二体)。
シルフェイドの世界で生まれた訳ではない、文字通りの『異端な者達』。
『災い』を十五日後に控えた中で、そんな二人の旅は静かに、そしてどこかコメディ色を秘めながら始まったのである――。
ギョー
2009/01/15(木)
10:46:03 公開
■この作品の著作権はギョーさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
どうも始めまして。
『異端』な二人を主人公にした物語を作ってみることにしました。

幻想譚のキャラクターとどんな風に絡ませて物語を作っていこうかと、色々考えている所です。
今後とも宜しく御願い致します。

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