黒、黒、黒。


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「王様、例の者が来ました」
 高価そうな椅子に腰掛けながら、バーン王が窓の外を見ていたとき、側近の一人が部屋に入ってきてそう告げた。
 バーン王は、やっと来たか、と立ち上がると、部屋で最も高い位置にある別の椅子――――すなわち王座に移動した。
「通せ」
 彼はそういうと、威厳を示すようにゆったりと椅子にもたれかかった。
 そしてしばらくして、ある者が扉を開けて部屋に入ってきた。
 それは紺色のマントを羽織った若い女だった。
 二十歳前後のその女は、肩幅は広くなく、ひ弱そうに見え、どうみても、剣などを満足に振れるような筋肉ももっていない軟弱そうな体格だった。
 これが……例の者だというのか。
 こんなただの娘が、やったというのか。
「失礼だが、私が見たところそなたは強者には見えぬ。本当にそなたが砦を落としたのか」
 女はそう訊かれても何一つ表情を変えずに「はい」と答えた。
「私は疑り深い性格だ。砦を落としたことを証明するものはあるか。あるならばそなたに成果に見合う褒賞を授けよう」
「あります」
「それはなんだ」
「剣技です」
 女は自信ありげにそう答えた。
「剣技が何故証拠になるのだ」
「わたしの剣技を見てもらえば、砦一つを落とすほどの実力があるということが分かるでしょう」
 女がそう言っても、バーン王は眉間にしわを寄せていた。
「おそらく、王様は私がひ弱で剣一つ振ることができないとお考えでしょう。しかし、それは私が国の兵士と戦えばわかることです。私には50人の兵士と戦っても勝つ自信があります」
 国王の御前での、とんでもない発言だった。50人の兵士が1人のひ弱そうな女に負けるなら、兵士の質が悪いとも受け取れる。威信失墜の可能性も考えざるをえない。
 しかし、バーン王は女を兵士達と戦わせることを承諾した。
 本当にこの女が砦を落としたのなら、有効に利用すればよい。
 そしてはったりなら放り出せばよいのだ。
 どちらにしろ不利益なことではない。
 バーン王とその側近、そして女は城の外にある兵士の訓練場に移動した。

 側近は時間の空いている兵士をやっとのことで50人集めた。
 彼らにこれから行う内容は伝えてある。
 女を倒したら報酬を出す、という内容も付け加えて。
 特別訓練という名目で行うので、武器は真剣ではなく木剣を使用する。
 兵士に死者が出るとそれこそ問題になる。

 しばらくしてその特別訓練は始まった。
 しかしまもなく、バーン王は目を瞠った。
 女は兵士など及ばぬスピードで木剣を振るい、的確に兵士の首やみぞおちを打って気絶させたのだ。
 兵士達が一斉に攻撃してくるにも関わらず、全ての攻撃をかわすか木剣で横から払うかで身体にかすらせもしない。
 兵士の木剣が空を切る一方、女は一人ずつ戦える兵士の数を減らしていく。
 数分後、ついに最後の兵士が倒された。
 女がバーン王のもとに寄ってくる。
「これで信じていただけましたか」
「うむ、その実力ならそなたが砦を落としたとしても疑問はない」

 バーン王は王の間に帰ると、すぐに側近に大量の金貨を用意させた。
 側近たちがそれを用意する間、彼は考えていた。
 まずはこの女をどう利用するかが問題だ。
 この女は今まで見た中でもトップクラスの実力を有している。
 それゆえ難しいこともやってのけるように思われた。
 なら、あれをやってもらえばいい。
 あれが手に入れば、こちらは詰んだも同然だ。

「ところでそなた、名前を聞いておらんかったな。名は何と言う」
 褒賞を渡した後、バーン王はそう言った。
「ナナシです」
 名無し……?
 変わった名前だった。
 しかし相手がそういうならそういう名前なのだろう。
「ナナシというのか。では、ナナシよ、私から一つ頼みたいことがある」
「可能ならばお受けしましょう」
「では、太陽の剣という剣を知っておるか」
「聞いたことはあります」
「ならば話は早い。その剣を手に入れたら、私のもとに来て欲しい。太陽の剣は大きな力を秘めておる。トカゲ人に渡れば大変なことになるだろう。事は一刻を争う。できるだけ早く太陽の剣を見つけるのだ。見つけることが出来ればさらに多くの褒賞を渡そう」
「分かりました。手に入れたら、ここへ戻ってきます」
 そういって女は部屋から出て行った。


 しばらくして側近も部屋から出て行った後、突然バーン王は笑い始めた。
 はじめは抑え気味な笑い声だったが、後になっていくにつれてそれは高笑いに変わっていった。
 そう、これでいい。
 これで奴が剣を手にすれば、思うつぼだ。
 剣を頂いてから一瞬で殺してしまえばいい。
 ククク…………なんて単純なのだ。
 馬鹿な娘だ。
 さらに彼は腹を抱えて笑い出した。
 その声は、今度は低く、幾重に響くおぞましい声になっていった。
 声が変化するにつれ、彼の背中から翼が生え始める。
 バーン王……いや、魔王は取り乱すと今は人間であることを忘れそうになる。
 魔王は気を引き締め、現れた翼を元に戻した。
 とにかく、あの女が剣を持ってくれば全てがうまくいく。
 人間のためにしていることが我々竜人のためになる。
 なんとも痛烈なシナリオではないか。
 そう思うと、また笑いがこみ上げてきた。


 それから二日後、驚くほど美しい鞘に収められた剣を携えて女は城を訪れた。
 魔王は喜びと同時に驚きの念を抱かざるを得なかった。
 魔王でさえ太陽の剣がどこにあるのか今まで分からなかったのに、女はたった二日でそれを手に入れて帰ってきたのだ。
 やはり思ったとおり、この女には相当の実力がある。
 それゆえ、竜人にとっては危険因子だ。
 剣を奪ったらすぐにでも消す必要がある。
「ナナシよ、よくやった。それでは約束通り、見合った褒賞を与えよう。しかしまずはその太陽の剣を渡すのだ」
 前の時と同じように王座に座った魔王は、そう言いながら心の中ではもっと別のことを考えている。
 剣を手に入れた後は小さな村から順につぶしていけばいい。
 人間達の目の前で人質を処刑し、実力者を連れてこさせてその者たちを皆殺しにすれば、絶対に竜人が負けることは無い。
 女が王座の前まで礼儀正しく近づいてくる。
 もうすぐ頭の中で考えた展開が現実になろうとしている。
 魔王はにやりと笑ってしまいそうになるのを我慢しながら、じっと女が目の前に来るのを待った。
 ついに女は王座のすぐ前まできた。
 そして鞘に収められた太陽の剣を魔王に…………手渡しはしなかった。
 女は突然太陽の剣を抜きはなった。
 そして魔王の喉元に刃先を向けた。
 魔王は混乱した。
 一体何が起こっているのか分からなかった。
 自分が手にするはずの太陽の剣が喉元に向けられている。
 今まで反逆的な態度を見せなかったこの女が何故突然……?
「国王の御前であるぞ。剣をしまえ! しまわぬなら斬る!」
 それを見た側近が声をあげた。
 しかし女は未だ魔王の喉に剣をつけているので、魔王は動くことすらできない。
 側近が剣を抜く。
 その時女が口を開けた。
「うざい。消えて」
 女がそう言うと、側近は吹き飛ばされ、壁に激突した。
 側近は床に倒れると、ぴくりとも動かなくなった。
 この女が同胞をためらわず殺したという事実に、魔王ははっきりとした恐怖を感じた。
「な、何故そなたはこのようなことを……」
 魔王は椅子に座ったまま何もできずにそう言った。
「理由が聞きたいの?」
 女は敬語を使わなかった。
 魔王は混乱する。
 自分は今人間達の王であるはずだ。
 それなのに、なぜこの女は同類を殺し、王に剣を向けているのだ。
 まさか、正体がバレているのだろうか。
「んー、別に理由なんてないかな。ちょっと人を殺したかっただけ」
 推測は外れていた。
 魔王はたくさんの人間を殺してきたが、人間が人間を殺したいなどと言ったので、逆にそれが恐ろしく感じた。
「ということは私を殺そうというのか」
 女は即答した。
「うん。王様って一回殺してみたかったんだ」
 こいつは本気で言っているのだ。魔王はそう思った。
 ならば本当の姿になって、この女を殺してしまえばいい。
 ククク…………この我を狙ったのが貴様の失敗だ。
 しかし、そう思った時、魔王の体に激痛が走った。
 魔王は思わず悲鳴をあげた。
 激痛に震えながら自分の腹を見る。
 そこには、魔王の腹に刺さった太陽の剣があった。
 すぐに血が溢れるように出て、足までつたった。
「私ね、旅していく中でね、たくさんトカゲ人を殺したの」
 女は太陽の剣の柄を握り、グリグリと回した。
 魔王はさっきより大きな悲鳴をあげる。
 それはもう人間の声ではなく、魔王本人の声だった。
「殺した数は数え切れないわ。でも、殺していく中でわかったことがあるの。私は殺すのが好きだってこと。苦痛に顔が歪んで、泣きそうな顔になってるのを見るのが楽しいのよ。でもトカゲ人って人間の私から見るとあまり表情が豊かなほうじゃないでしょ。だから人間を殺すの。でも、やっぱりただの人間を殺すのは面白くないから、一番偉い王様を殺そうと思ったのよ。それに前世で身分の高い奴らに恨みがあるしね…………まあこっちの話だけど」
 さらに女は柄をもって剣を前後に動かした。
 もう魔王は悲鳴さえあげられないほどの苦痛で気絶寸前の状態であり、隠していた翼や尻尾も本来の肌も現れてしまっていた。
「あら、あなた人間じゃなくてトカゲ人だったの? どおりでまだ気絶してないわけね。人間じゃなかったのは残念だけど、なんだか強そうなトカゲ人だしまあいいわ。それに私はあのリクレールとかいう女から選ばれた勇者。悪い奴らを倒すのは本意に叶ってるわよね。あ、ほら、もっと苦しそうな顔をしなさいよ。痛いでしょう? 助けてほしいでしょう? でもだーれも助けてくれないわ。かわいそうなトカゲね。側近さんも死んじゃったし。まあいたとしても今は私に加勢しているでしょうけど」
 魔王は意識が朦朧としていた。
 女のしゃべる言葉が、エコーがかかったようにぼわぼわと響いていた。
 しかし、まだ戦う意志は残っていた。
 彼は力を振り絞って、女にめがけて雷光を放った。
 だがそれは無意味に終わった。
 女に当たるかと思われたが、女の周りに薄いベールのような物が張って雷光を反射し、反射された雷光は彼に直撃した。
「ぎゃあああああああああああ!」
 魔王の耳を劈くような悲鳴が部屋に響き渡る。
「雷光なんて使ったら私がダメージくらっちゃうじゃない。反射の理力を使ってたから良いけど。ただ顔が真っ黒に焦げちゃって表情がわかりにくいのが残念だわ。お仕置きよ」
 もう魔王は視界すらはっきりしていなかった。どんどん彼の視界は狭まって黒く塗りつぶされていく。
 嗚呼、こんなところで我は死んでしまうのか。
 なんという情けない死だ。
 こんな結末は予想すらしていなかった。
 …………
 …………
「ほら、あなたこんなに血が出たわよ。もう助からないね」
 彼が最期に見たのは、血まみれの剣を見せつけて微笑む悪魔だった。

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「こういうものを書いてみたんですけど」
「ちょっと危ないので却下」
鳩羽 音路
2009/03/19(木)
15:49:10 公開
■この作品の著作権は鳩羽 音路さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
推敲とかまったくしてないのですごく乱雑な文章になってます。
そして勢いだけの作品なので、あまり細かいところは気にしないほうがいいです。
しかも結構危ない内容なので、女幻主のイメージが崩壊してしまったらごめんなさい。
でも見ることを推奨しないと前書きに書いてあるので、責任はとれませんぜ!(

この作品の感想をお寄せください。
こんなものを読ませてすいませんでしたと初めに言っておきます。音路です。
短い物を書こうと思った時、真っ先にこの話が浮かびました。
ダークな話が浮かぶのは多分僕がダークだからでしょう(ぇ
それに良い話が書けないので、こうなるしかなかったといえばこうなるしかなかったのかもしれません。
ちなみに最後の落ちはぶっちゃけ思いつきです。
別に無くても話としては成立したはずですが、最後まで黒いと後味悪いので加えました。
特に二人が誰かは考えてませんでしたが、書いたのが僕で却下したのがもげさんということにしますか(おい
Name: 鳩羽 音路
PASS
■2009-03-19 19:45
ID : uoIGA1haTlA
拝読させていただきましたので、早速感想をば。
まず場面を把握し、主観となる人物を把握し、物語の時勢を把握しました。
これをどんな風に持っていくのか…それに注意して見ていただけに、衝撃は予想以上でした。
ここまで過激な女主は初めて見たかも知れません。
ディープで残酷で…いやはや、短い中でこういう気分が味わえるとは思いませんでした笑
また、最後のオチも秀逸でした。ただ惜しむらくは作中における筆者とダメだしをしてる人が誰だったか分からなかったことですね。誰だったんだろう…と想像力を掻き立てる手法だったのでしょうか笑

何かグダグダな感想で失礼いたしました。それでは。
Name: もげ
PASS
■2009-03-19 17:59
ID : UYrAXbn.OU.
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