つたえたい、つたえられない
あの人を、あの瞳を、あの眼差しを。
僕は一生、忘れない。






つたえない、つたえられない




竜人と人間が共存するようになって、もう3年が経つ。
最初のことはどうなる事やらと思っていたけど、竜人の人はいい人が多かったし、僕らと大して変わらないんだって気づいて、うまくやってる。
……なかなか外見には慣れないけど。

今、僕は町の兵士の詰め所で働いている。
とはいっても、兵士になったわけでなく、詰め所の掃除や洗濯をしている。
結構重労働だけど、その分やりがいがあるし、稼ぎもそれなりにある。
一緒に働いてるメアリさんもいい人だし、僕は充実した日常を送っていた。



……ある一つの空白を除いて。




「シン、この本何?」

仕事が休みの日、家でのんびりとしていると、姉さんがそう尋ねてきた。
指さしているのは、僕の読みかけの本。
この間行商人から買ったばかりの真新しいそれのタイトルは―――「シルフェイド幻想譚」。

3年前この世界を救った英雄の伝説、つまり、ナナシさんの物語。

作者は無名、挿絵はそれなり、表現はやさしめ、小説というよりは絵本。
かわいい絵だとは思ったけど、見たとき買う気はなかった。
でも、あの人の物語だと聞いて、買ってしまった。

「それ?絵本。
 ナナシさんのことが書いてあるんだよ」
「ナナシさんの?」
「うん」
「そう……」

姉さんはどことなく寂しげにその本を見つめながら、

「今、どこにいるのかしらね」

そう呟いた。

「……そう、だね」


……僕は、知っていた。

彼女は、もうこの世界から消失していることを。

それはどれくらい前だったか、用事があってムーの村に行った時のことだった。
宿屋でナナシさんのことを話している人がいた。
用事を終えて、でもサーショに帰るには時間が遅くて、することがなくて暇を持て余していた僕は、その話をなんとなく聞いていた。

そして、知った。

彼女は人間と竜人の共存が始まったあの日、救世主と呼ばれた青年に別れを告げて、静かに「消えた」と。
立ち去ったのでもなく、「転移」のフォースを使うでもなく、まるで世界に還るように、空気に溶けていくように、「消えた」。
そう、聞いた。


まだ、何も恩返しできていなかったのに。


言いようのない悔しさと悲しみで、心を締め付けられた気がした。




昼下がりになり、姉さんは買い物に出かけた。
僕はベットに寝転がりながら、あの本の続きを読んでいた。

―――名無しの英雄は、とても優しい人でした。
       時には困っている人を救い、手を差し伸べ、やさしい微笑みを投げかけました。

「……違うよ」

―――彼女は、誰から見ても、すばらしい「英雄」でした。

「……違う」


まだ本は途中だったけど、僕はそれを閉じた。
だって、違った。

本に書かれているのは、「英雄」だった。
でも、僕が求めているのは、ナナシさん、その人だった。

だから、違った。


目を閉じた。
思いだそうと思えば、いつだって彼女のことは鮮明に思い出せる。
それほど、彼女は、名無しの英雄は、僕の中で大きかった。



彼女はあまり、というか全然笑わなかった。
いつも、無愛想とは違う、感情の薄そうな無表情だった。
初めて会ったとき、その表情がちょっと怖いと思った。

考えてることがよくわからなかった。
出会って次の日、なぜかドアの前に突っ立っていた。
何をしているかと聞けば、「……これ」とだけ言って、小瓶を僕の手に握らせてとっとと立ち去ってしまった。
その小瓶はエルークス薬だった。
いくら感謝してもしきれない、と思ったが、それと同時に「普通に渡せばいいのに」とも思った。

すごく優しい人だった。
姉さんの病気が完全に治った日、それを知るや否や綺麗な花を持ってきて、それから「おめでとう」と笑った。
何度も、「おめでとう」と言ってくれた。
そのときの笑顔は、とても綺麗だった。
こんな笑顔、他の誰も真似できないと思った。


いつしか、僕は彼女に恋していた。


口数は少ないし、あまり表情は変わらないし、それに加えて顔立ちが整っているから、冷たそうな人だと思っていたけど、

彼女は、あたたかい人だった。

僕が思うよりずっと、ずっと、あたたかかった。




「……会いたかったな」

最後にもう一度、あの姿を目に焼き付けたかった。
だけどもう叶わない。
彼女はいない。

それに、これは推測にすぎないけれど、多分ナナシさんは自分の消失を悟っていた、もしくは知っていたんだと思う。
だから最期に、救世主の青年に別れを告げた。自分がこの世界からいなくなる前に。


だとすれば、それが仲間としての意識であれ他の意識であれ、僕はその人に負けていることになる。



―――ナナシさんにとって、僕は、一番大きい存在ではなかったということに、なる。



もし彼女がまだここにいたとしても、僕はどっちみち涙を流さずには居られなかったのだ。


悲しい。

会いたい。

悲しい、悲しい、切ない、狂おしい、


会いたい―――……!!


「ナナシ、さん」

雫が僕の頬を滑り落ちた。
それは止め処なく、次々、乾くことを知らず、流れていく。


「……好き、だったよ」








すごく、すごく、だいすきだったよ。

あなたのこと、だいすきだったよ。




ずっと、ずっと、わすれないよ。


あくあまりん
2009/04/02(木)
23:23:43 公開
■この作品の著作権はあくあまりんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
とあるお人から「もっとやれ」と言われたので調子に乗ってやってみました。
あ、ちょ、石投げないで、アッーーーー!!

最初は普通にシンくんとナナシちゃんのほのぼのになるはずだったのにこんなんになっちまった不思議。
・・・何でなんでしょう?(聞くな)

この作品の感想をお寄せください。
>もげさん
感想どうもです!
今回は心理描写に力を入れてみたので、そう言っていただけると本望です・・!
楽しみにしているなんて、そんなこと言われたらもう自重が空にすっ飛んでしまいますよっ!!

>白夜さん
またまたレスありがとうございますです・・・!!
前作とリンクしてるのは、無口っこナナシちゃんが気に入っちゃったからとかいうそんなくだらない理由だとか秘密です←
って、そんな自重するななんて言われたら空にすっ飛んでしまうと言ったじゃありませんかっ!!

お二方、感想ありがとうございました!
そして自重するなというお告げが舞い降りたので、次はシンくんでも幸せにしようと思います。
Name: あくあまりん
PASS
■2009-04-04 12:27
ID : .rDWXIUG/mo
ものすっごいキュンとしました!前作とのリンク(アルナナ要素)がある辺りも個人的に美味し…!(←
…とアルナナ病の私ですが、シンも幸せになれるといいなぁと思いました(´・ω;`)
読んでて気持ちがシンに物凄いシンクロして、ホントに胸が苦しくなる位切なくなりました…

もうホント自重せずどんどんやって欲しいです!!
Name: 白夜
PASS
■2009-04-04 03:23
ID : Gq92jibgjnw
拝読させていただきましたので、感想を書かせていただきます。

うーん、あくあまりんさんの心理描写は本当にリアルです。
シンの気持ち、現実との寒々しい壁みたいなものを肌に感じる思いでした。
短い中にこれだけ巧みに内面を描き出せるなんて憧れちゃいます><
アルナナの良さは実感している私ですが、シンには幸せになってほしいです。

次の作品も今か今かと待ってます! それでは。
Name: もげ
PASS
■2009-04-04 00:38
ID : NZOnp0ycUpg
>hagsさん
どうも、今作でもレスありがとうございます!
シンくんの出てくるお話はそれなりにはあったはず、です、けど、メインに持ってきている作品はあまり見たことがなかった気がしたので書かせていただきました〜。
一応前作とリンクしていますが、続編とはっきり位置づけているわけではあったりなかったり(どっちやねん)です。
読んだ方がお好きに解釈して下さったらいいなーとかそんな感じです、はい。

感想ありがとうございました!!
Name: あくあまりん
PASS
■2009-04-02 23:44
ID : .rDWXIUG/mo
読ませてもらったので感想を書かせてもらいます。
いままで、シンくんが出ている話ってあんまり見たことなかった(多分)
のでとても面白かったです。
この話は、前作の続きのお話なのでしょうか?
シンくんの伝えたいけれど伝えられない思いが
ひしひしと伝わってきました。

これからもよい作品を作ってください。
Name: hags
PASS
■2009-04-02 23:40
ID : CQPSApuGrfk
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