黒の中に潜む黒・白の中に潜む白 
ぐ・・・

身体が動かない・・・

おのれ・・・こんなところで死ぬというのか・・・

なぜだ・・・何故こんなところで・・・

あんな・・・人間どもに・・・

・・・おのれぇ・・・






〜プロローグ〜


・・・

・・・

・・・

・・・心地よい・・・

・・・ここは・・・どこだ?・・・

漂っているような感覚がする。
感覚がする、というだけで正確なことは分からない。
身体を動かそうとする気にもならなかった。
とても落ち着く場所にいるからだ。
まるで、一度来たことがあるような、
そんな気がした。
無論、それは錯覚だが・・・
・・・だが、どうしてもそんな気がしてしまった。
このまま漂っているのだろうか、そう「私」が思ったとき
どこからか声が聞こえた。


「もしもし・・・私の声が聞こえますか・・・」


声、という表現はおかしかったかもしれない。
その「声」は耳の鼓膜に響く「声」ではなく、
直接脳に語りかけてくるような「言葉」のように感じられたからだ。

(・・・誰だ)

無視しようかと思った。
せっかく気持ちの良い場所にいることが出来ているのに邪魔されたくなかったからだ。
そのためか少し、苛立っていたかもしれない。

「・・・聞こえているようですね。まずは自己紹介をしましょうか・・・私はリクレールと申します」

(・・・それはご丁寧にどう)
(ご丁寧にどうも有難うございます!!)

リクレール、と言う存在の声を聞いて言葉を返した瞬間、すぐ右隣から大声が聞こえた。
突然のことに驚き思わず、反射的に右を見た。

(だ、誰だ・・・!?)

しかし、そこには声の主はいなかった。
いや、正確には見えないというべきか。
すぐ右隣になにかがいる。
自分には見えないが、そこになにかいるのは分かった。
理解はしていない。ただ感覚でそこに何かがいるのが分かった。
しかし、ここで初めて「目」を見開いて初めて分かったことがある。
ここは白い空間だった。
他に色は無い。ただ白い空間。
ある意味ここまで白だと逆に不気味だ。
そんなことを考えているうちに「声」がまた聞こえてきた。
リクレールではなく隣からだ。

(あれ?私の隣にもだれかいるんですか?)

「ああ・・・すみません。今説明しますね。貴方たちの隣には人がいるんです。ただ、貴方達は「意識」だけの存在ですけどね。その証拠に・・・自分の身体を見てください」

(身体・・・?)

視線を下に落としてみた。
そこにはあるべきはずのもの――胴体が無かった。
正確には胴体だけではなく四肢も見当たらなかった。
「私」は腕や足を動かしてみようとした。
だが、感覚が無い。
動かしたという感覚が伝わってこないのだ。
思い返してみれば先程から「声」を発したような気はしなかった。
ただ喋ったような気がしただけだった。
そうなると、この「目」も同じなのかもしれない。
ただ見たという気がするだけ。
それだけなのかもしれない。


(これはどういう――)

(わー!どういうことなんですかこれぇ!!)


耳があったら確実に耳をふさいでいただろう大音量の声が響いた。
そもそも耳がないのにどうして音が聞こえるのか疑問だったが今はそんな事は特に関係はないと心の中で思った。
そして未だにギャーギャーと騒いでいる隣を無視してリクレールの答えを待った。

「・・・あなた達には酷なことを言うかもしれませんが、あなた達は既に死んでいます」

(えっ、死、死んでいる・・・)

突然、隣が静かになった。
死という言葉に反応したようだった。
リクレールの言葉は続いた。

「・・・嫌なことを思い出させてしまってすみません・・・けれど、あなた達には頼みたいことがあるんです」

(なっ、なんですか・・・)

隣の声は先ほどまでとは打って変わって声が小さくなり、震えていた。
何があったかは知らない。というか知り様もない。更に言うなら興味もない。だから無視した。
「私」はリクレールの言葉を黙って待っていた。

「あなた達にはシルフェイドと言う世界に行ってもらいたいのです。そしてそこで起こる”災い”を止めて欲しいのです」

(災い?)

「はい。それが何かは分からないのですが・・・それが十五日後に起こることだけは分かっているのです」

(・・・つまりそれを止めるために私達を呼んだのか?)

「私」は口を開いた。
その言葉にリクレールは一瞬戸惑いながら、はい、と答えた。
続けて言葉をつないだのはやはり「私」だ。

(言いたいことは分かった。だがこんな体で何ができると言うのだ。肉体がないというのに)

「それは大丈夫です。体を用意しています」

手際がいいな、と思う。
最初からこの調子ならばまだ何か用意しているかもしれない。
それを探るためにあえて質問してみた。

(肉体だけでどうしろと言うのだ?それだけでどうにかできるほど甘い物なのか”災い”とは)

質問の内容がストレートすぎたかもしれない、だがリクレールは答えた。

「・・・他にもありますよ。まず――十五個の命です」

(十五個の命?)

この言葉は「私」ではなかった。
今まで黙って聞いていた隣の存在だ。
だが、「私」はそれを無視した。
いまはリクレールの言葉の意味を理解する方が先だった。

(十五個の命とはどういうことだ?)

「言葉の通りです。一度死んでも復活できる・・・それが最大十五回だと言うだけです」

(ほぉ・・・)

これは便利だ。十五回再生できるのならばその”災い”がなんであろうと一回挑戦してそれで終わり、という事にはならない。
「私」はリクレールの回答に半ば満足した――のだが

(納得できません!!)

再び大声が聞こえた。
もちろん隣からだ。しかし今度の声は先ほどのような雑音に近い音ではなかった。

「ど、どうしたんですか?」

リクレールが動揺した。
隣は声を続けた。
先ほどとは違う、凛とした決意のある声を。

(なんで・・・なんで十五個も命があるんですか!普通、命は一つでしょう!?それが十五個もあるだなんて卑怯です!)

(・・・?)

隣の声に疑問を抱く。
どうしてここまで必死なのだろうと。

(確かに十五個あった方が便利かもしれませんけど、私は人間として一個の命を大事にしていきたいんです!だから十五個も命なんていりません!)

「ええと・・・どうしましょう。あなたはどう考えますか?」

リクレールがこちらを向いた。
「私」に聞いているのだろう。
まぁ正直に言えば答えはNOだ。
もらえるものを減らすことはない。損なだけだ。
だから隣の意見を無視するつもりだった。

(・・・そうだな、私は)

そう、無視する――つもりだった。

(そこの奴のいう通り一つで良い)

(・・・えっ?)

「・・・えっ?」

リクレールと隣が呆けた声を出した。

(・・・なんだ。私が同意するのがそんなに不思議か?)

「だ、だってさっき納得したみたいに(ほぉ・・・)って言ってたから・・・」

(・・・)

確かに先ほど納得も満足もしていた。
だがその考えを撤回した理由は言うつもりはなかった。

  私は人間として一個の命を大事にしていきたいんです!

なんだかコケにされた気分だった。

  人間として一個の命を大事にしていきたいんです!

まさか――

  人間として一個の命を大事に

クズのような存在が――

  人間として一個の命を

そこまで言うとは思っていなかったから

  人間として

人間ごときが・・・

  人間

調子に乗るなよ・・・私は――!

「あ、あのう〜どうしたんですか」

リクレールの声に、はっとした。

(いやなんでもない・・・なんでもないさ)

意識を取り戻した「私」は改めて答えた。

(同意したのは・・・そうだな)

そして「私」は心にもないことを口にした。

(私も一個の命を大事にしていきたいからさ)

「・・・そうですか。それでは十五個の命は渡さないでおきますね。」

(あ〜りがとうございまーす!!貴方、話が分かりますね!!)

再び声の質が雑音に戻った。
耳を塞ぎたい想いだったが手がないので仕方ない。というか手がないのに耳の感覚は機能しているのはどうしてなのだろうか。まぁそんな事心の底からどうでも良かった。
雑音は続く。

(今度ゆっくりお話しませんか?なんだか気が合いそうです!あ、そういえば私達の自己紹介まだでしたね)

勝手に話を進めていく。止める隙すら与えない。
狙っているのか、素でやっているのか知らないがものすごいマイペースのようだ。

(私はノイって言います!あなたはなんて言うお名前なんですか?)

ノイは勝手に自己紹介して勝手に聞いてきた。
明確に無視しようかと思ったが、そうするのもなんだか馬鹿らしい気分になってきたので素直に「私」は「私」の名前を告げた。

(私の名前は・・・シンク。そう、シンクだ)

「私」は無表情に言い放った。

それに反して「私」は笑っていた。
心の奥底に今は眠り続けている、
死しても尚私の魂に憑いてきた、
魔王の――殺戮衝動は。





















私の名前はシンク。
元々私は魔王という存在だった。
人間達を殺戮した恐怖の存在・・・だったのだ。
しかし、ある二人組みに私は敗れた。
死ぬ瞬間には死への恐怖は無く、ただ憤りを感じた。
なぜこんな人間達に負けるのかと意識が途絶えるまで思い続けた。
・・・そして私は死んだ。
だが――私はここに、再びこの世界に足を踏み入れている。
私が確かに存在していた世界――シルフェイドの世界へと。

・・・かなり不機嫌になる形で。





    一



今から数十分前。
ノイとの自己紹介を終え、私はリクレールの話を聞いていた。
リクレールの話によると「トーテム」をくれるらしい。
トーテム。
私も生きているときにはその話、もとい噂を聞いたことはある。
詳しいことは知らないが人間の身体能力を向上させる、ということであるらしい。
魔王の立場にいた私はそれ以上のことは知らない。
というよりもあの時は問題視にしてすらいなかった。
・・・まさか私を破るほどの力を備えているものがいるなど夢にも思わなかったからだ。
まぁ、それはともかくトーテムを持って入れば強くなれるようだ。
そのトーテムはリクレールのお手製とやらで喋ることができるらしい。
・・・喋らないのが普通なのだろうか?
まぁ、どうでもいいが。
さて、候補は三人・・・いや、三つ?三匹?うん、三匹の方がしっくり来る。
クロウ、フェザー、スケイルという三匹らしい。
それぞれに特性があり、
クロウはパワー、
フェザーはスピード、
スケイルはフォース、
この中で私はノイとの適当な話し合いの末、フェザーを選んだ。スピードが重要だと私は思ったからだ。
ノイはスケイルを選んだ。理由は知らん。まぁ、どうでもいい。
フェザーは私が選ぶと少し不満を漏らした。
それは、男より女がいいという理由らしい。
私のことを男だと分かったのは声の質からだろうか。
それより、そんなことで不満を漏らすとはいい度胸だ。
あとで軽くシメておこう。うん、これが相手になめられた時の正しい対処法のはずだ。
ノイとスケイルは声しか聞こえなかったが、仲良く話しているようだった。
・・・まぁ、どうでもいい(三回目)。
ちなみにこの時初めてリクレールからシルフェイドの世界が私の生きていた世界だということを知った。
私達が死んでから何年後かは流石に分からないらしい。
だがそれだけで「私」は歓喜した。
私の中にいる「私」、正確には魔王の殺戮欲求とでも言うべきか。
胸が高鳴る。
私ではなく「私」が喜んでいるのだ。
殺せ、と。
再び惨劇を起こせ、と。
「私」が言うのだ。
「私」が何故私の肉体が死んでも憑いてきているのか分からない。
だがこの「声」はあの時と同じだ。
私の中に「私」が入ってきた時と同じだ。
強烈に頭に響く声が聞こえた。
殺せ、と。
惨劇を起こせ、と。
・・・だが、あの時ほどの「声」ではない。あの時ほど強烈ではない。
眠っているのだ。私の中で。おそらく、力を蓄えるために。
死して失った力を再び取り戻すために眠っているのだ。
・・・他人に好き勝手されるのは好きではない。
この衝動に耐えてみよう。
でなければ、私は「私」に勝つことはできない。
そのためにリクレールの頼みを聞いたのだから。
・・・そして私はシルフェイドの世界に降り立った。
・・・
・・・
・・・
・・・ものすごく予想外な出来事とともに。



サーショの街付近

「・・・ここは・・・」

シルフェイドの世界に降り立った私は、辺りを見回した。
周りは木々が並んでいる。
林の中なのだろう。
そして、隣には髪をポニーテール状にしている人間の姿が見えた。

「・・・お前は」
「あ、シンクさんですか。私・・・だれだか分かりますよね?」

誰、と言われても一人しか心当たりがない。
声がとても高く、そして落ち着いているような声だったので一瞬迷ったが答えを私は口にした。

「ノイ、だろう」
「あっ、やっぱり分かりますよね!あ〜良かった!もし「誰?」なんて言われたらどうしようかと!」

・・・前言撤回。迷う必要はなかった。間違いなくノイだ。
ノイがまだ何か言葉を叫び続けているが、気にせず周りを見てみる
そして、私はある一点に目を集中させた。

「・・・ちょっとシンクさん聞いてますか!?」
「・・・来るぞ」
「えっ?」

その言葉と同時に林の中から何かが飛び出してきた。
飛び出してきたそれを私は身をかがめてそれをかわした。
ノイは慌てて横に飛びのいた。
そして私達は飛び出して来たそれがなんなのか確認した。

「・・・犬か。野犬だな」

私は目の前に居る魔物と呼ばれる存在を一瞥すると、これからの対抗策を考えようとした。
するとどこからともなく声がした。

『荷物の中にショートソードが入っていますよ!』
『ノイさん。大丈夫ですか?今から戦い方を教えますね』

聞いた事のある声だ。すぐに分かった。
フェザーとスケイルだ。

「・・・これか」

突然聞こえた声だったが特に驚くこともせずに私は即座に武器を取り出した。
軽い。その一言に尽きる。
リーチが短いことに気をつければ問題はないだろう。
私は向きなおした。
近くではスケイルが何かノイに話している。
あちらはフォースが主流だ。接近戦では私が何かしなければならないだろう。
そう思っていると、野犬が再び飛び出して来た。

「シャァアア!」
「馬鹿が・・・」

私は身をかがめながら野犬の飛んでいる下スレスレで剣を突きたてながら前進した。

「グァアア!?」
「飛んでしまったら方向転換はできない。翼があれば別だがな。覚えておけ」

野犬の腹部に一本の線ができた。
そこから血が流れ出している
痛みからか野犬が横に倒れた。

『す、凄いですね・・・あんなことできるだなんて』
「それはともかくフェザー、私はお前に用事がある」

倒れた野犬の前を通り過ぎてフェザーの前まで歩いた。

『なんですか?』
「いや、先ほどお前は――」
「シンクさん!危ない!」

その時、ノイの言葉と重なって、私の右腕に激痛が走った。
死んだと思っていた野犬が噛み付いたのだ。

「――ぐっ!貴様!」

私は怒りと同時に野犬の背に剣を突き立てた。
だが、野犬は放す様子がない。

「シンクさん!その犬を剥がして下さい!私が“火炎”を撃ちます!」
「火炎を使えるのか!?」

痛みに耐えながら声を出した。
私の言葉にノイはこくりと頷く。
その様子を見て私は決断した。

「構わん!私の右腕ごと撃て!」
「え!?で、でも・・・」
「やれ!」

私は野犬の噛み付いている右腕をノイの方向に突き出した。
ノイは一瞬の迷いの後――

「火炎!」

そう唱えた瞬間ノイの方向から火の塊が出現し、私の方へ向かってきた。
そして、


「グッギャアアア!!」

命中し野犬は燃え尽きた。
私は痛みは消えて新しい痛みが発生した。火傷である。

「・・・ぐ、まぁ仕方ないか・・・」
「シンクさん!大丈夫ですか!?」

ノイの言葉と私の言葉は重なった。
ノイが駆け寄ってくる。

「すみません!腕がこんなに・・・」
「気にするな。撃てと言ったのは私だ」

ちらりと燃え尽きた野犬を見た。
完全に私の油断だ。
舌打ちをしたい気分に駆られたがやめた。
しても仕方がない。

「さて、これからどうするかな・・・」

小さく呟いた。
ふと前を見ればまだノイがおろおろしている。

「・・・気にするなと言ったはずだが」
「で、でもでも・・・」

余計に焦ったようだ。
なぜここまで焦るのかよく分からなかった。
・・・だが私は次のノイの言葉に驚愕、いや停止した。

「・・・女の人にこんなに傷が残ってしまったのに・・・」

・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・こいつ今なんて言った?

「・・・は?」

咄嗟に体を見てみる。
あの空間にはなかった手がある。
足がある。
胴体がある。
顔を触ってみれば顔があった。
そして――本来男性にはないはずの膨らんだ胸があった
それと同時にリクレールの言葉が蘇って来た。

『大丈夫です。体があります。』

「・・・リ・・・」

・・・男性の体を用意してたとは言っていなかった。
体を用意したと言っただけだ。
それに気づいた私は叫んだ。

「・・・リィクレェェエエエエエーール!!!」

ノイが体をビクリと振るわせた、かなり驚いたようだ。
あと、フェザーに対してシメを入れるのを完全に忘れてしまった。
まぁ、どうでもいい・・・(四回目)。







殺せ

殺 せ

殺  せ

殺   せ

殺    せ

殺     せ

殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺
………
……





考える暇すらない程の圧倒的な意識が流れ込んでくる。
最初は幻聴かと思ったその声も時間が過ぎるたびに鮮明に、そして圧倒的な質量を持って迫ってきた。
…気付いたときには既に手遅れだった。
それだけは憶えている。
正確に言うなら“そこしか覚えていない”のだが。
その前のことは憶えていない。
…人間だったときのことなど忘れてしまった。
思い出、というモノは忘れてしまったよ。
魔王のときのことはいくらか憶えているがな…
…だからこそ時々「  」になる。
私は、私は誰なのだ。
名前しか知らぬ私は何なのだ。
…ここにいる「私」は正しいのか?
「私」は…何だ?何なのだ…?
正しいのか?私は…


       二 巻き込まれて


私が天に向かって「・・・リィクレェェエエエエエーール!!!」と叫んでから数時間後、私は近くの街の宿屋に滞在していた。
どうやってここまで来たのか記憶が定かではない。ノイに連れて来られたような記憶があるような無いような…
…まぁそんなことはどうでもいいんだ…
問題は…

「………この体どうするべきか…」

この女の体をどうするかと言うことにあった。
私は前世は男だった。…ような気がする。
…うん、それは間違いない。間違いないからこそ問題が発生しているのだが。
前世が男だっただけあってか、どうにもしっくりこない。
女であっても別に戦うのに問題は無いのだが…どうにもしっくりこない。どうしてだろうか。
そもそもの原因はあのリクレールにある。あのリクレールが私の性別さえ聞いておけばこんな事態には…今更どうしようもないことだがそう考えてしまう。
私はよろよろとベッドに倒れこむと顔に右手を当てて再び考え込む。
…いっそのこと仕方の無いことだとして割り切ってしまえればよいのだが…

「シンクさん。もうどうしようもない事ですから諦めましょうよ」
「…フェザーか」

右手の隙間から天井をみると其処には鳥が一羽いた。
…この鳥は他人事だと思って言っているんだろうな。

「シンクさーん。そろそろ元気出して行きましょうよ。何が問題なんですか?別に男でも女でもいいじゃないですか」
「フェザー。貴様出発するとき女のほうが良いと言っていたのに今のはどういうことだ?」
「えっ、あ、いやその他意は…」
「…そう言えば貴様をシメていなかったな」

私は素早くフェザーの片足を掴むと近くにあったリュックからショートブレイドを取り出した。

「シ、シンクさん?それは一体…」
「安心しろ…刃の方だ」
「え?こういう場合「峰だ」っていうところじゃ…ああ!や、止めてください!ちょ、足離して!当たる!当たっちゃいますから!ぎゃあああああ!!」

抵抗するフェザーの足を離さないように注意しながら私はショートブレイドを振り回す。
なんとか当たらないようによけようとしているフェザーの姿を見て、私は自然と笑みをこぼしていた。
その笑みが魔王としてのものか、人間としてのものか私には分からなかったが。




三十分後



「ただいまー!シンクさん元気にしてまし…って、その顔の傷はどうしたんですか!?」
「気にするな」

あの後フェザーの思わぬ反撃をくらった。
完全に優勢だと思っていたんだが…あのクソ鳥め。

「それよりもどこに行ってたんだ?」
「あれ?言いませんでしたっけ?この街の事調べてくるって」

…言ってたような気がしないでもない。
私が聞き逃した可能性が大だ。

「それでですね!いろいろとこの街面白いことがあるみたいですよ!」

ノイは私の返事も待たずに話し続けてきた。
まぁ、どの道聞くつもりだったから手間は省けた。
…と思っていたら油断したよ、ああ畜生。ノイの集めてきた情報はほとんどが無駄だった。正確に言うと子供でも分かるガセばかりだ。
宝箱の中に兵士が入っているとか。
この街の中では時間が経たないとか。
鬼ごっこをしている兵士達の真ん中に立つと兵士達のスピードが極端に上がるとか。
…んな訳ないだろうが。馬鹿かこいつは。
宝箱の中に兵士だと?宝箱の中に入る意味は無いし、そもそも入ることが出来るのか自体が疑わしい。
この街の中では時間が経たない?馬鹿馬鹿しい…私はこの部屋で寝ていたら時間が経っていた。寝ていた時間は数十分だったが確実に時間は経っていた。というか常識的に考えてそんなことはまずありえないだろうが。
最後に兵士達のスピードが上がるだとかだが…意味が分からん。
ノイの話だと兵士達が四角状に走り回って追いかけっこをしているとかいっていたが…この話、信じたとして言うなら、その兵士達馬鹿か!?先回りするなり何なりすればいいだろうが!どれだけ馬鹿なんだ!
そもそも真ん中に入るとスピードが上がるとか…無理だろ。スピードを上げることは出来るかもしれんが、二人の人間達がほぼ同時にスピードの加速など無理だ。打ち合わせておいてもそんなに上手く行くはずが無い。
ということを説教がてらこの馬鹿に説明してやりたかったのだが、気になる情報が一つだけあった。
それは、

「あ、そういえば変なおばあさんに会いましてね!占ってもらったんですよ!」
何をだ、クソガキ。
「ク、クソガキって酷い!えっと、そのおばあさんに、私がこの後どんな運命を辿るかです!」
…それで、結果はどうなったんだ?
「あっ!興味が出ましたね!ふふふ、シンクさんも占いを信じるタイプなんですか?」
黙れ、ゴミガキ。続きを話せ。
「ゴ、ゴミガキってさっきより酷い…。まぁ、そのおばあさんが言うにはですね、私達は今から北にある洞窟に行ってみるといいそうです」
…それのどこが占いなんだ?
「占いですよ!占い師のおばあさんに占ってもらったんですから!」
「…お前は一体何を持って占いを占いだと…いや、もういい。それより『私達』って何だ」
「え?そりゃあ、私とシンクさんのことでしょう?」
「お前…私のことを他人に話したのか?」
「いえ、話してませんよ…あれ?じゃあ、あのおばあさんは…」

ようやくこの馬鹿も気付いたか。
この馬鹿が私のこの状態のことを喋ったのかと思ったが…この様子を見る限りどうやら違うようだな。
しかし、その老婆は一体どうやって私のことを知ったのだろうか。
宿屋に入るときに二人組みだったのを見ていたのだろうか?
…それならいいが、もし本当に占っただけで分かったのなら、その老婆は只者ではないことに――

「あのおばあさんは、占い師じゃなくて超能力者だったんですね!」

…この馬鹿は!!本当に心底馬鹿か!!

「お前、何を言って」
「と言うことは、超能力者のあのおばあさんの言ったことはさらに信憑性が増しますね…ふふふ、これは早く洞窟に言ってみなければならないようですよ!シンクさん!」

こ、こ、こいつは何を言っているんだ?
そんなことを思っていると、ノイは私の服を握ってニコニコしていた。
嫌な予感がする…!

「さぁ早く行きましょう!15日しかないんですから!善は急げ、鉄は熱いうちに打て、ですよ!」
「な、なんだその言葉は、しかも何か間違っているような気が…」

私が言葉を最後まで発する前にノイは私を強烈なスピードで引きずって宿屋の出口に向かっていた。
行き先は…言わなくても分かるだろう。



洞窟内



「ふふふふふ…目の前が全く見えません」
「ノ、ノイさん?何で笑ってるんですか?」
「なんとなくですよ。スケイルさん。こういうところは雰囲気を大事にすべきなんですよ。そう雰囲気。It’s the雰囲気!」
「ノ、ノイさん、大丈夫ですか?頭は大丈夫ですか?」
「スケイルさん。意外と毒舌ですね…しかし、本当に何も見えないですね…」

ノイは光の差し込まぬ洞窟内で壁伝いに進んでいた。
光の無い場所ではこうやって進むしかない。

「どうにかして、光を作れませんかねぇ…」
「あ、それじゃあ。火炎を使ってみませんか?」
「火炎?」

ノイが疑問の声をあげる。

「ええ。ノイさんには備わっているんですよ。フォースを使える力が」
「フォース…?」
「まぁ、それは後々に説明するとして…ええと、そうですね。炎をイメージしてみてください。」
「炎を?」
「ええ。ノイさんの想像で結構ですので」

ノイは目を閉じて炎をイメージしようとしてみた。
そこでノイは不思議な光景を見る。
イメージした炎は暖炉の火だった。
そこには自分が暖炉の前で温まっているのが見える。
とても、とても暖かい暖炉だった。

「…ノイさん?どうかしましたか?」
「え?」
「涙が出ていますよ?」
「え?え?」

スケイルに言われて自分の頬に涙が垂れているのが分かった。
急いで服の袖でふき取るが、ノイは何故自分が泣いたのか分からなかった。

「…ノイさん。どうしたんですか?大丈夫ですか?」
「…ええ、大丈夫です。すみません」

ノイは先ほどまでとは打って変わって真面目な表情になった。
スケイルはその表情のギャップに僅かに不安を抱いたがその不安は無理矢理かき消されることとなる。

「えい!」

そのノイの掛け声と共に炎が生み出されたのだ。
発生した炎はノイの前方。あまり強い炎とは言えなかったが、辺りを照らすには十分な炎だった。
ノイはたまたま近くに木の棒が落ちているのを見つけると、もう一度炎を出し松明代わりに使った。

「スケイルさん、見てください!上手く出来ましたよ!」

スケイルは子供のように無邪気にはしゃぐノイの姿を見ると不安は打ち消された。
しかし、ノイの表情が困惑しているように見える。ノイが周りをキョロキョロと見始めたからだ。

「どうしたんですか?ノイさん」
「いや…シンクさんがいないなぁと思って?どこ行ったんでしょう?」
「あれ?気がつかなかったんですか?」

スケイルが今気付いたの?という表情を見せる。
そして、一呼吸置いてノイに告げる。

「シンクさん、洞窟に入らずにどこかに行っちゃいましたよ?」
「えっ?」

この2秒後、洞窟内で大絶叫が起こるのだが…そのとき別の場所にいたシンクは知りようはずが無かった。




「…全く馬鹿馬鹿しいな、あんな馬鹿に付き合う暇は無い」

シンクはノイが自分の服を一瞬はなした隙を突いて逃げ出した。
その後ノイに気付かれなかったのは幸運だからだろうか、それともノイが馬鹿だからだろうか。…おそらく後者であろうが。
シンクは逃げ出した後、西の森に来ていた。
街に帰ろうかと思っていたのだが、ふと大きな森が目に入ったので入ってみたのだった。

「しかし、予想以上に大きな森だな…」

かれこれ数十分は歩き続けているが、一向に出口が見えない。
…だからといって迷ったわけではない。うむ、迷っているわけではないはずだ。
そう、シンクは自分に暗示をかける様に思うと目の前を向いた。
すると、

「シシシシシ、シンクさぁああああん!!」
「うおぉおおお!?…む?焼き鳥か?」
「や、焼き鳥ってなんですか!今はスルーしますけどシンクさん!大変なんですよ!あっちの方で女の人がトカゲに襲われているんです!」
「…は?」

焼き鳥、もといフェザーが訳のわからないことを口走り始めた。
私が理解しようと思考を回転させていると、フェザーは私の服の袖を足で掴んだ。
…また嫌な予感が――!

「ああ、もう!事情は後で説明しますから早く来てください!」
「お、おい!止めろ!引っ張るな!もう、巻き込まれるのはこりごり…」

気付いたときには既に遅く、フェザーは私を全力で引っ張っていた。
この鳥のどこにこんな力があるのか不思議だったが、私は考える暇も無く再び引きずられていった。










三 急げ、走れ、そして転ぶ



「シンクさぁあああん!早くぅ!あの女の人を助けないと!」
「わ、分かったから引きずるな!走る、走るから!」

と言っているのにフェザーは一向に服を引っ張ることをやめようとはしない。あせり過ぎだろうこいつ。
こいつうざったい……!後で焼き鳥にしてやる!

「あ、いました。いましたよシンクさん!あそこにみえますか!?」

鳥が叫べば、成程。確かに見える。
木々が邪魔で中々見えにくいが、確かにトカゲと人の存在を確認できる。
ここからだと、彼らのちょうど横から乱入することになるだろう。今のところ、二人ともこちらの存在には気付いていないようだ。
……今なら奇襲すれば一撃で倒せるな。
懐に手を入れる。先刻の戦いでも使ったショートソードを使うためにだ。
普通の剣より幾ばくか攻撃力に心配があるが、横から奇襲し急所――たとえば首を一撃で切り落とすことが出来れば大丈夫のはずだ。
そうでなくとも相手にダメージを少しでも与えるためにも……

「……ん?」

懐に手を入れた。が、感触が無い。
つまり、剣が無い。

「……!?」

驚愕。驚き。戸惑い。――様々な感情が心の中をのたうち回った。
今の心境を言葉として表すならば。
……………………ぬっぅ。
という言葉しか出なかった。腹の底から出てきた言葉だ。
あまりの驚きに顔面に冷や汗が出てくる。
思い出せ。
……最後にショートソードを使ったのは……
フェザーと宿屋で争ったときだ。
……あの時リュックからソードを取り出して……切りかかって……フェザーに蹴られて……それから逃げやがったから机の上に置い……!!

「シンクさん!もう着きますよ、準備はいいですか!」

全ッ然、良くないわ――!ふざけんなこの野郎!!
……そう思いはしたがもはや手遅れ。トカゲと人との距離はもう、すぐそこだ。
ど、どうすれば!?い、いや落ち着け。私は魔王だぞ!元だけど!そうだあんなトカゲ一匹素手でもなんとか……ハッ!そう言えば今の身体は人!しかも女!た、体格的にも不利な要素が多い!ええい、だが落ち着かねばッ!こういう時こそ精神を落ちつければ勝機も見えて……
と、その時腕にかかっていた負荷が消えた。
見ればフェザーが離れ、上空へと上昇して行っていた。
途中、フェザーは一度こちらの様子を窺うように顔をこちらへと向け、

「じゃ!後は頼みますシンクさん!私に戦闘能力はありませんから!」
「こんの焼き鳥……!」

言い放つ無責任な言葉に罵倒を浴びせてやろうかと思ったが、時間が無い。焼き鳥タイムは後だ。
邪魔な木々をよけ、二人の近くへと走る。トカゲは剣を振り上げ、人に迫っていた。
人――まぁ、女性だな。その女性は恐怖のために足がすくんでいるのか知らないが、動けないようだ。
まだ間に合うはずだ。しかし、判断を誤れば事態は最悪の展開を迎えるだろう。
ど、どうすればいい……
どうすればこの状況を治めることができる……?
どうすれば……
どう……

「ど……」

あの焼き鳥ぃ……!

「どっせっ――い!!」

覚えてろよコンチクショ――!!
妙な掛け声とともにトカゲの頭部に――とりあえず全力のとび蹴りをくらわせてやった。
……何だ?どっせっ――い!って?





「うぇええ〜ん……」

泣き声が洞窟に響き渡る。
泣き声と言ってもどこか嘘くさい泣き声だが。

「怖いよ〜暗いよ〜じめじめしてるよ〜」
「……ノイさん。我慢してください。暗いのもじめじめしてるのも、洞窟なんだから当たり前です」
「ええ〜ん……スケイル〜」
「はい?」
「かえろうよ〜」
「ちょ、ノイさんが来たいって言ったんじゃないですか!?」
「知らないもん!シンクさん帰っちゃうし、唯一の灯りがさっきの火炎でつけた松明だけだし、魔物いるし!もう最高!」
「途中まで言ったことと、最後に言ったこと全く違いますよ!?」
「ふふふふふ、時代は移り変わるものなんですよースケイル君」
「ノイさん大丈夫ですか?特に頭は大丈夫ですか?サーショの街に戻りますか?大丈夫、ここで戻っても誰も咎めませんよ」
「……なんか前回より酷くない?まっ、それはともかくサーショの街に戻ることにはなりそうだけどね」

えっ、というスケイルの疑問の声が響いた。
次いで、スケイルは若干諦め顔になって、

「……そうですか、やっぱり頭がおかしくなったんですね……安心して下さい。私が責任もってお医者様をお探しいたしま――」
「ストップ、ストップ!頭は大丈夫だから!ほら、前見て前!」
「前……ですか?前には壁しかないじゃないですか……ノイさんの望んでいた宝はどこにもありませんよ……眼科行きますか?」
「別に宝さがしに来たわけでもないから大丈夫だよ。それよりも壁が目の前にあるってことは――」

一息。

「ここが終着点、ってことだよね」

ぐるりと、ノイは辺りを見渡す。
自分が入ってきた道を除けば他に道は無い。
ここに来る前にいくつか枝分かれしていた道は全て探索し終えた。そしてその最後の道を通ってきた結果がこの場所だとすれば、この地点が最深部となるだろう。

「そーですね……確かにここが最深部のようですね。でも最深部までちゃんと到達できるなんてノイさん意外にしっかりしているんですね」
「意外、ってどういうことかな?意外って」
「えっ!あ、いや、その、そ、それにしても最深部だけど何もありませんね――ち、ちょっと拍子抜けです!」

あはは、と笑ってごまかすスケイルを半眼でノイは見据え、

「うん、そうだねー……あの超能力おばさん嘘ついたなー!!」

唐突に、怒りだした。
怒りはこの洞窟に来る元となった“超能力”おばあさんに向いているようだ。

「……別にあのおばあさんは超能力者ではないかと……」
「いーや、あのおばあさんは超能力者だよ!だって不思議パワーで占ってくれたんだよ!それだけで超能力者じゃん!」
「不思議パワー云々はともかくそれだけだと占い師のように聞こえるんですが……」
「でも超能力者なの――!」

子供が駄々をこねる時のようなテンションでノイは怒って(?)いる。
しかし言いたいこと言ったら満足したのか急におとなしくなって、

「――ま、帰ろっか」
「ず、随分あっさりしてますね」
「だって何もなかったんだし。うじうじしてても仕方ないよ。ぶっちゃけ暇だっただけだし」
「あれ?最後何か変な単語が……」
「さっ、帰ろ!シンクさん帰ってきてるかも知れないし!」

半ば押し切る形でノイは洞窟の外へと歩いていく。
スケイルもしぶしぶついていく形でノイを追う。――と。

「ふぎゃ!」

転んだ。
スケイルではない。ノイがだ。
何かに躓いたのか思いっきり前の方向へとノイは転んだ。

「ふぎゅ〜……」
「……ノ、ノイさん大丈夫ですか!?」

気の抜けたうめき声に一瞬反応が遅れたスケイルだったが、あわててノイの元へと駆け寄った。
するとノイは顔をゆっくりとあげた。鼻先が赤くなっており、いたそうだ。若干涙目にもなっている。

「な、何事だー!この私を罠にはめるなんてどこのどいつだー!!」
「いやノイさんはふつうに転んだだけじゃぁ……」
「うるさーい!姿を見せろ化け物め!たたっ切ってくれるわー!」
「フォース!さっき教えたからフォース使って下さい!せめて!」

聞かず、ぶんぶんとソードを振りまわす。
うがぁー、という妙に気合の入った声も聞こえる。敵いないから無意味だけど。
そんなことをしていると、

「むっ、後ろかぁ!?」

何かの気配を感じ、後ろを振り向く。
そこには洞窟の暗闇が広がっている――はずだった。
が、

『……』

そこには光があった。
ただの光ではない。
何かの形をしている光だ。

「私は……」

人だ。
その形は人の形をしていた。
否、一点だけ違う個所がある。
額だ。額に角のようなものがついている。
時間がかかるにつれてその光はある人物の形を正確に象っていく。
それは――

『私はリクレール……』

リクレール、だった。








……世の中一寸先も見えないとはよく言う。
まぁその通りだろう。どれだけ未来を予測したとしてもその予測通りに事が運ぶかどうかなんて完全には分からない。
どんな人間にも未来の予測など不可能だ。
私が以前魔王だった時代でも未来の予想は不可能だった。
未来の予想は不可能――だからこそ人は一つ一つの結果に歓喜したり悲観したりするのだろう。
未来がわかっていて、その未来がそのまま訪れたら歓喜も悲観もする必要がない。
一言で言うと――”つまらない”状況だ。
そんな”つまらない”状況なんて誰もいらないだろう?
皆、楽しんで生きていきたいはずだから。
未来が見える必要性など――どこにもないはずだ。
……
……
……いや……
……うん、だから……
……その、さ……

「……」
「シンクさん!これはどう言うことなんですか!私が洞窟に行ってる間に何舎弟と彼女さんを作ってるんですか!」
「姉御ぉ〜!愛してますぜ姉御ぉ〜!!」
「お茶、おかわり入ります?」
「アッーハッハハハッハハ!!困ってる困ってる!ヒッー!アハハッハハ!!」
「……フ、フェザー?いくらシンクさんがこんなに女性や男性に手早い性格だったとはいえ笑っちゃいけませんよ。……で、どんな風に知り合ったんですか……!?」





……これは俺の責任ではないよな?
あ、お茶はおかわり下さい。
フェザーテメェは後で焼き鳥の刑だ。



四 シンク、史上最大の闘い!(笑)




さて、まずは何がどうなっているかの説明から行こうか。
私があまりの混乱に「どっせっ――い!」とか言ってた後辺りからだが……


〜結構前(時間的な意味で)〜


「ウガッ……!!」

横からの全力とび蹴りが功を奏し、トカゲは勢いよく地面に倒れた。
ただ、トカゲは背中の方が先に地面につき、頭は地面に当たらなかったためさほどのダメージはないだろう。
トカゲを見る。
奴が持っている武器は剣が確認できる。先程振り上げていたものだろう。
強く持っていたのか、地面に倒れてもなお剣を手放してはいない。
――手放してくれればそれを奪えたのだがな……
過ぎたことを言っても仕方ない。
次いで、辺りを確認する。武器になりそうなものは……
……ない――な。
そこいらに落ちている石や木の棒などなら有るが、そんなものでは大した武器にはならない。
人間――を見てみても、武器になりそうなものは持っていない。
――武器もなしにこのような場所に?
不注意か、それとも何か魔物に会わない自信でもあったのだろうか。
……まぁ、今はそんなことどうでもいい……
武器がないとすればやはり自分でどうにかするしかない。
とはいえ、今の自分の武器はこの身体一つ。
先程は奇襲で何とかなったが真正面から戦闘になった場合の不利は否めないだろう……

「ふぅ……」

トカゲが立ち上がろうとしている。
――さてどうしたものかな。
フォースが使えれば何とかなるかもしれない。あれが使えればこのようなトカゲでも一瞬で消せる。
が、問題がある。フォースを使っていた魔王時代は――
……なんか適当やったらでてたんだよなぁ……それも自然に。
それが今は何故か出ないような”気がする”。
何故かは良く分からない――人間だからだろうか?
魔王時代、アレは”出そう”という感覚すらなく、人間でいうスプーンを持つ感覚に近かったような気がする……
炎をイメージし、そしてそれを相手にぶつける。などと言うことはしていなかった。
ただ敵を見つければ、日常的な感覚で使う……出るのが当然というような感じだった。
腕を相手に向けて振るう。単純に言うとそれだけだ。
それだけで炎が出て、雷が放たれ――そして、相手は死んだ。
……人間など。
弱い。
撫でるだけで死にそうな奴ら。
脆弱だ。
――だからこの女もこの程度の相手に死にそうな目に会うのだ。
横目で女を見れば、かすかに震えていた。
――怖いか。
下らない。
――なぜ人間はこうも弱い。
下らない。
――そして今なぜ私は――この程度のトカゲに苦戦している?
下らない。
――人間だからか?
下らない。
――ああ、ああ、本当に、全く――

      ク ダ ラ ナ イ

「グッ、グッ……」

トカゲが立ち上がる。視線はこちらだ。
……ああ、そうか。

「来るのか」

……いい度胸だ。
武器が無かろうが、フォースが使えなかろうが。

「貴様など敵ではない」

来るがいい。

「一撃で沈めてやる……!」
「ウッ……アッ……!」

距離はさほど離れていない。
お互い、一歩踏み込めばお互いの戦闘範囲に入るだろう。
いや、剣のリーチ分、こちらが不利かもしれないが。

「い、いきなり蹴り倒すとはなんと酷い……!」

トカゲが喋り出した。
剣を構えることはせず――

「蹴り倒すぐらいならもっとハードに!」

……は?

「ああ、良く見ればお美しい女性……あなたに蝋燭の溶けた液体を浴びせかけられたい!!身体中を紐で縛られて、鞭で叩かれて……ああ、もう。貴女が素敵すぎるからもう私の興奮はピークですよ!?どうしてくれるですか全く!と言うわけなので――」

トカゲがいきなりこちらに動いてきた。
正確に言うと、両腕を大きく広げ、抱きつくような感じでこちらに――

「私を縛って女王様――――!!できれば母のように優しくそして厳しく――――!!」

私は無言かつ真剣な表情で、トカゲの腹に拳を叩き込んでやった。







同時刻。
外とは違い、肌寒い空気が広がっている洞窟。
光など一切届かない洞窟の最深部。しかし、今ここには光が二つあった。
一つはノイの火炎で火を灯した松明。微弱ながらもその光は闇を照らす重要な役目を伴っていた。
そしてもう一つの光、それは最深部の丁度中央辺りに光はあった。
中央の光はノイの持っている松明のそれとは光の輝きが全く異なっていた。明るさが違うのもある、が、その光はどこか”種類が違う”光だったという点が最も異なる部分であろう。
”種類が違う”――それはどう言うことか。
これはノイがその光を見て、感じ取った感想のようなものだ。
いわばそれは主観――そう、ノイの主観にすぎない。
しかし。
しかし、だ。
マッチに火をつけて生じた光と、この世界にはないが、電気によって生じた――例えば蛍光灯などの電気による光を人は同じ光だと言うだろうか?
違うだろう。
光を生じさせる発生条件、必要なエネルギーの種類。
それら二つが違い過ぎる。
……
しかし、
今例えとして火と電気を出したが。
この、”種類の違う”光はその程度の違いではない。
いわば存在そのものが違うのだ。
洞窟内を白く覆うその光は――

意思を、伴っていたのだから。


 五 M!M!M!




「ボベッ!」

妙な声を出してトカゲが後ろに吹っ飛んだ。
……予想以上に綺麗に入ったな。
未だに拳に腹を殴った時の感触が残っている。
しかし、
……何だこいつは。
女王様だの、縛ってだの、訳の分からない単語を連発していた。
とりあえず身体がなんだか知らないが「こいつは危険だ!」という警報を鳴らしていた。しかもフルパワーで。
が、相対してみればさして大したことのない奴だった。
……人間の身体は不便だな。
おそらく、通常の人間よりもはるかに強い竜人を相手にしたために身体が警報を鳴らしたのだろう。
ふぅ、とため息をつく。
……やれやれ時間の無駄――

「女王様!!」
「うぉっぅ!?」

両足を、声と共にいきなり捕まえられた。
下を向けばそこにいたのは案の定先程のトカゲで、

「いきなりの強烈な腹殴り……中々のモノでありました……」
「ちょ、こら、離せ!」
「話せですって!よろしいでございます、私がどうしてこのようなMになっているのかじっくりねっとりと半日かけて――!」
「その話せじゃねぇー!その手を離せ、この屑が!」
「あああ!いい!今の凄く良い!もっと、もっと罵ってぇええ〜〜!」
「嬉しがるな――!!手の握力を強くするな――!!」

足から手を離そうとじたばたするが、中々離そうとしない。いや、むしろ離されまいと手を強くしている。
……こ、こいつは一体何なんだ――!?

「罵ってぇえええ〜〜〜〜ん!」
「うるせぇえええ!本気でうるせぇえお前!」
「一つ一つの言葉も男前ぇ!素敵ぃ!」
「いい加減にしろ――――!!ッ、あ!?」

トカゲを追い払うために足だけを暴れさせていたら――思いっきり、後ろにこけてしまった。
背中から倒れたわけではないため、怪我はしなかったが尻もちをつく体制になっている。

「っく、こんな無様な……ん?」
「おぉ、お、おおお……」

転んで乱れた視界を正せばトカゲがいる。当たり前だが。
問題なのは――そのトカゲが何故か歓喜に打ち震えているような表情をしていることにある。
……何故だ?何故このトカゲはこんな表情をしているんだ?
先程までと変わったことは自分が転んだことぐらいだ。こいつは自分が痛めつけられて喜ぶ……私には理解できない性癖の持ち主だ。
そんな奴が私が転んで喜ぶはずが無い。つまりもっとなにか別の理由が――

「ん……?」

見た、私は。倒置法である。
何を見たか。それはトカゲ――の右手の方。
何か掴んでいる。
それは――靴のように見える。
それは――私の履いていたモノのように見える。
それは――おそらく転んだ時に勢いで脱げてしまったのだろうと見える。
そして――それをトカゲが――

「ああ、女王様の履いていた靴が目の前に……私の手の中に!うっぉっぉぉおおお!!匂いを速攻吸収――――!!ああ匂いがたまらない――!!」
「うっ……」

その光景を見た私は――

「う、うわぁああああああああ!!!」

気づいたら右手に拳を作り、トカゲの顔面に向け――いや、もう殴ってた。
後ろに吹っ飛ぶトカゲを逃さず追撃し、吹っ飛んだ先でマウントポジションを取る。
その後は顔面ラッシュだ。オラオラだ。
顔面を殴打しているため相当なダメージが奴に入っているはずなのに……やけにトカゲの顔が恍惚とした表情をしている、が……おそらく私の気のせいだろう。
……き、気のせいだと言ってくれぇえ……!!

「た……」

私はトカゲの「あふぅ」とか「もっとぉおん」とか言っている顔面を殴り続けながら――

「た、助けてぇえええええ!!」

誰かに助けを求めていた。
……攻撃している側が助けを求めているという矛盾な光景が広がっている。
カオスだなぁ。
と現実逃避をしてみる。
……現実は変わらないのだけども。






六 どれだけ痛みを伴おうとも、私は決して倒れません。




「はぁ、はぁ、はぁ」

私は今息が荒い。

「っ、く……は、ぁ、はぁ、はぁ……」

拳が焼けただれるような痛みを伴っている。
血が出ている。もはや両手に感覚は無い。

「――ぐっ!」

動かない手。それを肩を動かして無理やり動かす。
振るう形だ。いわば鞭のような攻撃方法。
狙いは敵の顔面。無理やり動かした右手が敵に振るわれる。
激突の音が響く。

「――」

敵は何もしなかった。
防御も、回避も、反撃もしなかった。
ただ受けた。
苦痛の声も響かせない。

ただ

ただ敵は。
痛みを感じていないかの如く――

         リ

    タ

と笑った。

「――――馬鹿な……!」

先程から何度相手に拳を出しただろうか。
相手のこういう笑みを、三日月形の口を何度見ただろうか。
敵のあのぎらぎらと光る目を、何度攻撃しても衰えない目を何度見ただろうか。
……化け物め!

「う……」

右手を再び振り上げる。
本物の鞭のように、しならせて勢いをつける。

「うぉぉぉぉおおおおおお!!」

そして振う。
今度こそ倒れろと、今度こそ息絶えろと、
そう、願いながら。
しかし――その願いは叶わなかった。
再び敵の顔面に振るったはずの右手が、
止まる。

「――なっ!?」

相手の顔面、正確にいうなら右頬の寸前。
そこで私の右手が止まっていた。
否。
止められていたのだ。
何故?
敵が止めたからだ。
どうやって?
相手が私の右手首を掴んだからだ。
どうして?
―――――知るか。

「ぐっ!?」

トカゲは手首を掴むと勢いよく立ちあがった。
――反応が遅れた。
まずい、と思うのも遅くなる。マウントポジションを取って優位に立っていた私とトカゲの立場が――
逆転、した。

「あ……?」

声が頭の中に響いた。
声がやけに高い。
……そういえば今私は女だったな。
なんて暢気な事を考える。
しかし改めてその事を考えると――
……今押し倒されている形になるわけなのだろうか?
あんまり焦りはないけれど、そう言う事を考えてしまった。
……魔王時代は性別的には……男だよな?……まぁ、だったからこんな形になるなど想像したことが無かった。
男からの立場としてもあの時の私は――人間と見れば即殺していたのでこんなこと考えてもいなかったけれど、今は女だ。別にだからどうだというわけでもないが――
…………
……
マテ、待て待て。
そんな事はどうでもいいだろう。
今はこの状況を打開しなければ――
死ぬ、かな。
トカゲが先程人を襲っていた時剣を持っていた。
この状況でトカゲが剣を出してくれば――抵抗する間もなく殺されるかもしれない。

「――くっ!」

現在の状況から抜け出そうと身体を動かす。
何としても抜け出せなければいけない。
そう思うが、中々抜け出せない。このトカゲ意外に重い。
――ん?
見ればトカゲが腰にあるポケットの中を探っている。
――剣、か?
背中に悪寒が走った。
やばい――身体がそういう警報を発しているようだった。
ふと、その時。

トカゲの顔が眼に映った。

赤く血走った眼がこちらを見ている。

人間と同じような緑色の腕。しかし人間よりもはるかに強い力を伴っているそれが私の右手首をしっかりと掴んでいる。

振り払えない――

トカゲが空いている左手でポケットから何か出した。
それが何か、私は確認できなかったが――
ま、ずっ――!
そう、声に出す間もなくトカゲは左手に持った何かを私に向けて、

振り下ろした。

私はなすすべもなく――

ただ目を閉じただけだった。












……
……
「……ん?」
しかし何時まで経っても自分に何か突き刺さる衝撃は無い。
そればかりかトカゲの体重すら感じなくなっていた。
これは一体――そう思って目を開けてみると――

「……」

私の胸元に棘付きの……鞭がおかれていた。
あの鞭のしなる部分……なんていうんだろうか。ええと、とりあえず痛みを与える場所のしなる紐の部分が丸く収められていて、多分長さが二・三メートルくらいのものだと推察できた。
……で、トカゲはと言うと――

「……まだですか女王様!」

少し離れた場所で、背中をこちらに向けてうずくまっていた。

「ああ!さきほど私が鞭を持っていたことに思い出していきなり立ち上がってしまったことに怒ってなさるのですね……申し訳ありません!罰として私めの背中にその鞭で思いっきり死の烙印を刻んでください!」

死、死の烙印って何だ?
というか状況がよく呑み込めな……

「ハッ!……そうか、これは一種の放置プレイなのですね!今から始めるぞ、始めるぞという雰囲気を出しておきながらしない……お、おお!これは新感覚!」

……

「なんという……このやり方はまさに革命……素晴らしい!こんなやり方を考えつくなんてまさしく貴方は本物の女王様……うう、しかし少し長引かせ過ぎだと思いますぞ!この、い・け・ずぅ!ゴバッ!!ちょ、いきなりボハァ!」

とりあえず初めて鞭を使ったが上手くトカゲの顎元にクリーンヒットしてくれた。うん、結構使えるなこれ。
あーはっはっはっはっは、そーら三発目。四発目。五発目。六発目。七発目。八発目……
……なんだろう。どこか病みつきになりそうだ。





『私はリクレール……』

洞窟――そこに声が響く。
暗闇に包まれていたそこはいつの間にか白い光に包まれていた。
そしてその白い光の中央にはリクレールがいた。

「リ、リクレール様?……いや、これは……」
『私は……トーテムに呼び覚まされしすべての生命を導くものです」
「過去の映像……みたいなものでしょうか……」

言葉を発するのはスケイルで、リクレールの姿を呆然と見ている。

『トーテムの力を持つものよ、よくぞここまでたどり着きましたね……。あなたが何者かは存じませんが、きっとあなたは勇気ある方なのでしょう……』
「やっぱり……ノイさんの事を知らない、というよりも私たちに向けて話しているわけではないようですね。いずれ訪れるであろう誰かに向けてこれをリクレール様は残して……」
『私には今、この世界に干渉する力がありません。あらゆる魔物や脅威に対応することができないのです。』

スケイルの推察通りか、リクレールは、いや、リクレールの映像は二人を気にせずに喋っている。
言葉は続き、

『ですが、あなたのようにトーテムの力を得たものならば、それらに立ち向かえるはずです。この闇を越えてきたあなたに、ささやかながら力を与えましょう……。さあ、目を閉じて……』
「ノイさん。どうやらここは目を閉じた方がよさそうですよ……ん、ノイさん?」
「……」

ノイは眼を開けたままだった。その眼はリクレールをしっかりと捉えていて目を閉じる気が無いようだ。

「ノ、ノイさん?」

スケイルが言葉を投げかけるが、反応が無い。
ぼんやりと呆けているかのようだ。
そうしていると、リクレールの所から白い光の粒子がノイに向かって近づいて行き――静かに、接触した。
光の粒子はノイの身体の中に入っていく。自然に、それが当然だというかのように粒子は抵抗もなくノイへと吸収されていくかのようだ。
そして全ての粒子がノイの元へと入った時。

『次に目を開いた時、あなたは以前より少しだけ強くなっているはずです……。その力が、力無き人々を守るために使われる事を、私は祈っています……。そしてまた、あなたにトーテムの加護があらん事を……』

それだけを言うとリクレールの幻影は姿を消した。
辺りに広がっていた白い光も徐々に引いていき、元の暗闇が戻ってきた。
しかし――それでもノイは一向に反応を示さなかった。

「ノイさーん……?どうしましたー?ていうか目を開けたままだったけど大丈夫でしたかー?」
「……」

それでもノイは反応が無かった。
やがて暗闇が完全に元の状態を取り戻し――洞窟の中にはノイの持っている松明の火が唯一の光となっていた。

「ノイさーん……?」
「……」

何度目の呼びかけか。ようやくノイがゆっくりとスケイルの方へと視線を合わせた。
呼び掛けに反応の無かった事に心配になっていたスケイルはほっと一息――だったが。

「す、すけいる〜」

なんだかノイが目を涙で一杯にしていた。
今にもあふれんばかりの勢いだ。

「ちょ、どうしたんですか!?そんな目を潤ませて……」
「ゆ……」

突然ノイは松明を投げ捨てて、スケイルに向かって抱きついた。
そして、息を吸い思いっきり――

「ゆーれいが出た―――!!」

泣き叫んだ。思わず漢字で書くところをひらがなで書くくらいの驚きようだった。(?)

「怖かった―――!スケイル――!怖かったよ――――!!!びえええええ!!」
「え、えええぇええええ!?ノ、ノイさん!さっきのはリクレール様だったじゃないですか……ていうか、さっきまで反応が無かったのはもしかして気絶してたんじゃ……!」

スケイルがそう言ったその時――何故かノイが投げ捨てた松明の火が突然消えた。
原因は洞窟内に水たまりでもあったのだろう。ジュッ、という音とともに洞窟内唯一の光が消え全てが暗闇に満たされた。
そして、それに連動するかのようにノイがヒッ、という声を出して――

暗闇に次いで、今度はノイの絶叫で洞窟が満たされた。












「あふぅん!」

鈍い音が森の中に響き渡る。
殴る音だ。それは低い音で辺りに聞こえた。
右腕が振るわれる。

「ほへぇん!!」

トカゲの顔にクリーンヒットだ。拳には殴った時の感触が残っているだろう。
しかしトカゲは倒れなかった。ふらふらになりながらも殴っている側に向かっていく。
今度は左腕が振るわれる。

「ぐぽ……ぺっ!」

次は腹だった。
下から掬いあげるような、つまりはアッパーのような軌道で左腕はトカゲの腹へと吸い込まれていった。
鳩尾――の辺りだろうか。さすがに鳩尾に入ったのには耐えきれなかったのかトカゲがゆっくりと倒れた。
トカゲが倒れたその時、その場に立つ者は一人。倒れる者は一体。
そして――それを今まで尻もちをついた状態で眺め続けていた者が一人。
彼女は思う。
今まで起こってきていたことを一通り彼女は眺めていた。
その彼女が、今思う事は――

……何が一体どーなってるんでしょうか。

だった。



七 スパープロレスコンボ




とりあえず状況を整理しようと彼女は思った。
@ 自分が薬草を取っていると後ろからトカゲが近づいてきた。
A 逃げていたら追い詰められて絶体絶命になった。
B その時誰かが割り込んできた。女性だった。変な掛け声がしたような気がしたが気のせいだろうか?
……うん。ここまでは特に問題は無い。最後の掛け声はよく分からないけど。
問題はここからだろう。
剣を振り上げられた瞬間恐怖のあまり目を閉じていた。そして次に目を開けた時には――
……打撃音とともに女の人がトカゲ相手にマウントポジションを――
ここで一つおかしいことがある。トカゲたちは人間たちよりもはるかに身体能力が高いはずだ。そのトカゲ相手にマウントポジションをとれるとは、この女性は一体――とかいう真面目な疑問は、

「うふぅん……もっと、もっとぉおん!」

という妙に……喜んでいる声によってどこかに吹き飛んでしまった。

「まだ生きてたか――!」

倒れたトカゲが言葉を発したら妙に強い女性が再びデジャヴの如くマウントポジションを取る。再び打撃音再開です。
そうそうこんな感じの体勢でこんな感じの打撃音を――

「グフッ!ゴフッ!て、的確!入る場所が的確に急所をゴバッ!」
「うるせぇええええええ!あんだけ殴っておけば嫌でもレベルアップするわぁ!」
「や、やった!私が女王様の役に立っている!急所を正確に殴ると言う行為を女王様に伝授することがぁあああちょっとイタイイタイイタイイタイタイ!でもシアワセ――――!」
「黙らんかぁあああああ!!!」

……
……まぁこんな感じでしたね。
しかしあれだけ殴られてあのトカゲはなぜまだ喜ぶのでしょうか。
もういくつも痣や打撲が避けられないはず……
……まぁ。
まぁそれはともかく……あのトカゲは私の命を――確実に狙っていたトカゲです。
別に心配しなくてもいいのかもしれません。
トカゲは人の――敵なのだから。
それが、今の世の中の一般的なあり方なのですから。
……
……
……でも、
彼には意思がある。
……痛みを快楽と感じる変な性癖があるけれど、
それでも彼には意思がある。
もしかしたら何か特別な事情があったのかもしれない。
彼も同じことを考えているのかもしれない。
人間は――竜人の敵なのだから、と。

「おふぅ!へふぅ!くふぅ!こ、超える――!ダメージ限界量を流石に超える――!」
「超えろぉ――!そして死ねぇ――!」
「ひ、酷い!いくら私がMだからってそれでも意志のある人間ですか貴女は!ああでも気持ちいい――!!」
「前世は違うから大丈夫だ!それにテメェも喜んでるだろうがぁあ!」
「否定はしませんよ!私は……Mですからね!!」
「この状況で胸張って言うことがそれか!?」
「YES!!私は竜人であるまえにMなのです!」
「だったら誰かに一生殴られてろよ!」
「その役目を今こそ……貴女に!!」
「脳内会議の結果、大絶賛でお断りだこの屑が!!」
「い、今の良い!屑って言ったところもう一回!頼みます!もっ一回!」
「せめて意識飛べ貴様ぁ――!!その口開くなぁ!!」

……
……全然違うかも。





「ううう〜……ぐすっ、えぐ」
「……そろそろ泣きやんでくださいよノイさん。ほら、外に出ましたよ。まだ明るいですよ〜」
「ヒック……で、でもでも、もう夕方になりそうだよ〜」

泣きじゃくるノイの言うとおり、辺りはまだ明るいものの太陽は沈みかけていた。まもなく夜が訪れるだろう。

「夜が来る前に街に戻ればいいだけですから……ほら。帰りましょうね〜」

まるで中々泣きやまない子供を励ます母親のような口調にスケイルはなっていた。
それもそのはず。ここに辿り着くまでにノイは露結した僅かな水が落ちる音にも、蝙蝠が飛びさる音にさえも敏感に反応し中々前に進んでくれなかったからだ。
そんなノイをどうやって前に進めるか――スケイルは必至に思案した結果、今のように子供を持っている時の親の心境になりきることにしたのだ。

「街もすぐそこですし……もうここからは怖くないですよ〜。街まで戻ればひとまず安全でしょうしね。」
「……で、でもシンクさんいないし……」
「……そーいえばそうですね……どこ行ったんでしょうか……」
「ううう、シンクさんも私を見捨てるし、ゆーれいは出てくるし……今日は約美だぁ――!!」
「ノイさん漢字違う!“約美”じゃなくて“厄日”!」
「うるさ――い!!うわぁぁあん、グレてやるぅ――!!」
「何でそうなるんですかぁ――!」

……私も泣きたくなってきました。ぐすん。






「あ、ああ――!涙が、涙が出てくるぅ――!初めて!こんな快感初めて――!!」
「黙れと言っているだろうが貴様――!!」

……どうしましょう。すごい話しかけたくないです。
この人たちが何をやっているのかだんだん分からなく――というか怖くなってくる勢いです。どうしましょう。
……帰っちゃおうかな。
そんな不遜な考えを何度したことでしょうか。とりあえず彼らは今女性の方がトカゲの方をコブラツイストから即座にバックドロップかけるという離れ業やっています。あ、今四の字固めに……あ、トカゲさんが白目向いてます。

「あ、あのぉ……」

なんだかたまらず話しかけてしまいました。なんというか、その、ええ色々状況が悲惨なので。

「あなた方はいったいさっきから何を――」
「逃げろ!」

えっ?

「いいか、ここは危険だ今すぐここを離れるんだ。危険は私が責任をもって排除するから!」

危険はあなたです、とツッコミ入れるところなのでしょうかここは。

「き、危険ですと!いったいどこに危険が!女王様私にお任せを!女王様の手など汚さずに、危険などこの私がすぐさま排除して――ごばぁ!な、なぜこのタイミングで殴りますか――!」
「危険はお前だ――!!」

いえ貴方もです。
あ、四の字から筋肉ドライバーを……

「…………ゎぁぁぁぁぁん」

あれ、遠くで何か聞こえたような……

「…………ぅぁぁああああん」

なんというか、そう泣き声のような……
あ、すぐ近くからも聞こえますけど近くのほうはちょっと喜びながらですのでちょっと気持ち悪いです。
それとはちょっと違う……なんというか、そう。

「……うわあああああああああああああん!!」

こんな子供みたいな泣き方――って、あれおかしいな目の錯覚かな。マンガとかでありそうな砂煙を生じさせるほどの勢いでこっちに近づいてきている人が――

「じ、じんぐざぁああああああああああん!!!」
「ん!?そ、その声はノイ!?なんでここに――のべッ!!」
「うえあああああああ!ごわがった!ごわがったですよ――!!」
「わ、分かったから離れろ――!鼻水と涙をつけるな――!」

……すごい勢いであの女の人に突進したようです。
よく泣いているあの人は……お知り合いなのでしょうか?ノイとか言われていましたが……あ、女王様が絞め殺されない勢いで抱きつかれています。愛されてるんですね。
と、その隙をぬってトカゲさんが女王様の足に接近をあ、蹴り飛ばされた。
……もう何がどうなってるんでしょーか……



あ、薬草とり忘れてた……





asd
2009/05/07(木)
21:45:51 公開
■この作品の著作権はasdさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
どうもasdと申します。
旧テキストのものと同じものです。
違う場所はあとがきくらいです。旧テキストでは毎回変えますが新テキストでは変えません。
理由は気分です。まぁなんとなくです。
ではこの辺で〜

この作品の感想をお寄せください。
優希さん。感想有難う御座います!
ながらく学校の方が忙しく、休みの方も自分の別の小説を書いていて全く書けなかったのですが、
もうすぐ一段落しそうなので続きを書こうと思います。
もう少しお待ちを!
Name: asd
PASS
■2007-11-25 22:27
ID : .EmyXsSRm5E
はじめまして!
最近参加し始めた優希というものですm(_ _)m
男なのに女の体を持ってしまったシンク・・・。
面白かったです。
続きがとっても気になります。
応援してます
がんばってください(O^-^O)
Name: 優希
PASS
■2007-11-21 20:41
ID : wYrXUlNADU2
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