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シルフェイド異聞録 <瀬田幸人> 11/11 (17:49) 7999
  シルフェイド異聞録 選ばれた運命 <瀬田幸人> 11/16 (17:00) 8001
  シルフェイド異聞録  差し出された手の先... <瀬田幸人> 11/20 (13:08) 8005
  シルフェイド異聞録  金色の獅子と女神の... <瀬田幸人> 01/20 (15:56) 8035
  シルフェイド異聞録  軋み始めた世界 <瀬田幸人> 04/21 (17:28) 8090
  シルフェイド異聞録  モノガタリの裏側 <瀬田幸人> 04/30 (15:08) 8097
  感想 <鳩羽音路> 11/14 (17:29) 8000
  感想ありがとうございます <瀬田幸人> 11/16 (17:13) 8003
  感想 <鳩羽音路> 11/16 (18:45) 8004
  感想ありがとうございます <瀬田幸人> 11/20 (13:24) 8006
  Re1:感想arigatougozaimasu <瀬田幸人> 11/16 (17:02) 8002
  今さらですが感想です <もげ> 12/20 (20:41) 8019
  Re1:感想ありがとうございます。瀬田です。 <瀬田幸人> 01/20 (16:08) 8036
  感想2 <もげ> 03/18 (12:21) 8048
  感想3 <鳩羽 音路> 03/19 (13:29) 8052
  感謝です。 <瀬田幸人> 04/21 (17:41) 8091

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シルフェイド異聞録  差し出された手の先に by 瀬田幸人 2008/11/20 (Thu) 13:08
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第三章 差し出された手の先に

 ――あたたかな、闇があった。
 まるで粘性を持った液体のように、昏(くら)く深い闇だけが自分の感じられる世界の全てだった。
 見渡す限りに――といっても実際に視覚があるのかもわからない――黒い闇が広がっているため、上下左右といった方向の感覚がない。背を丸めてひざを抱えているような感じもするが、そもそも自分に身体があるのかもわからない。それを言えば、自分が本当にここにいるのかも怪しかった。何もかもが曖昧模糊として、つかみどころがない。
 何かを考えようとしても、闇のあたたかさにほだされるように思考が淡く消えていく。感覚も思考も記憶も、『自分』という枠組みさえも、たとえるなら分厚い毛布に包まっているかのような安らぎの前に溶けて、緩やかに消えていく気がした。

 …こんな気持ちになった事が、これまであったろうか?

 他にすることなどないから、たいていは眠って一日をやり過ごしていた。けれど唐突に浴びせ掛けられる罵声と、振るわれる暴力に身体が勝手に警戒してしまい、ぐっすり眠ったことはなかった――何時間も続いた殴打に意識を失ってしまった時を除けばだが。
 何度思っただろう。勝手に防衛反応を取る身体を恨めしく思って、一度でいいからゆっくり眠りたい、と。そして叶うなら、安らかな眠りに捕われているうちに苦しめずに殺して欲しい、と。
 この場所がどこかはわからないが、ここには自分の望んだ全てがあった。もう「あの人」に呪詛を浴びせられてうなされることはない。包丁をこちらの首筋に突きつけている気配で起きてしまうこともない。引きつった作り笑顔で猛毒入りの料理を差し出され、狂喜して食べるような惨めさも味わわない。
 やっと、自分にとって牢獄でしかなかった『世界』は自分を解放してくれた。後はもう、何も気にせずに、安らかに眠ってしまえばいい――。

 ――だというのに。

 どうして自分はこんなにも足掻こうとしているのだろう。せっかく与えられた安息を破るように乱すように、必死にもがいているのだろう。この安息を拒絶したら、世界が示してくれた慈悲を踏みつけにするような真似をしたら、もう自分はどこにも行き場なんてありはしないのに。目を覚ませばまた「あの人」がいるのかも知れないのに。またあの幽鬼のような凄絶な表情でどうして死なないのかと詰られるのが関の山なのに。
 これまで自分の知らなかった安寧と平穏を打ち壊そうとするなんて愚かしい真似を、どうして自分はしているのだろう。
 そう、徐々に消えていく意識の端で思っていた。

 ――そこに光が現れて、自分の全てを覆う前は。
                 
                      ◆

 その光がいつ現れたのか、正確にはわからない。
 (――)
 ただ、『それ』の存在を知覚した時、このどこまでも心地いい闇とは相容れない『光』を望んだときに、貫かれるような衝撃を覚えたことはぼんやりと覚えている。
 望んでいたのに消えることを拒んで、恐れていたのにその光に惹かれて。ただひたすらに、その輝きに手を伸ばそうとした。
 だけどまとわりつく闇の心地よさに引きずり込まれて、必死に足掻いたけどその光には届かなくて、とうとう安らかな眠りに身を任せそうになった時、
 
 たおやかな白い腕が、こちらに向かって伸ばされて。
 
 『 …意識の海に漂う、そこのあなた……… 』
 
 その手が自分の『意識』に触れた時、はじめて、その人の姿を、見た。

 「                ――  ―  ―          !!」

 …なにかを言っただろうか。何かを叫んだような気がする。何も言わなかったような気もする。
 自分が光だと思っていたものは、輝きをまとった女のひとだった。
 はじめて見るその人は、自分がこれまで見た事もないほど真っ白な髪をしていて、とても綺麗な色の眸をしていた。おでこのあたりから髪の色とは少し違った色をした角は、他の人たちとは少し違っていたようだったけどよくわからない。正直そんなことはどうでもよく、この場所に誰かがいることに驚愕していた。否、この女の人が、この自分に手を差し伸べたそのことが何よりも深く自分の意識をおののかせていた。
 彼女はこちらを見て、ただ驚いたように目を見開いていた。こちらをどうしていいかわからないというかのように。
 やがてその表情が自失から覚めて、――かわりに、少し悲しそうな、痛みを堪えているような表情になった。
 『…生きたいですか…?』 
 柔らかに響いたその声も、表情と同じに悲しげだったけど、とても綺麗な声だった。
 話し掛けられるとは思っていなかったから、驚きで身がすくんだ。正確にはその感覚があった。
 『…生きていても、楽しいことなんてないかもしれません。辛いこと、苦しいこと、泣きたくなること、涙さえ出ないことが、沢山あるでしょう。楽しくても、幸せでも、それらは時間と共に移ろっていく。そしていつかは永い眠りにつかなければなりません。それでも、生きたいですか…?』
 泣いてしまいそうになるのを必死に堪えているような、そんな声だったけど、綺麗だった。 
 だから。
 『…このまま、苦しいことも辛いこともなく、眠ってしまってもいいんですよ?輪廻の輪が、理に従って、あなたに新たな生命の息吹を吹き込むその時までの、穏やかな眠りに。それでも、理に反してでも、生きたいと願いますか?』
 言っていることはよくわからなかったけど。泣きそうな声だったから。
 きっと、楽しくて笑っている時は、もっとずっと綺麗な声だろうと、思った。
 だから、勇気を振り絞って、『声』をかけた。

「…おねえちゃんも、悲しい事があったの…?」
 
 意表を突かれたような、酷く驚いた顔をされた。
『――悲しい…?』
 さっきよりずっと驚いている顔に、言ってはいけないことを言ったのだろうかとぞっとして、けれど必死に言葉を繋いだ。
 このひとが悲しいと思っているのなら、自分には何かできないだろうかと。
「おねえちゃんの言ってること、よくわかんないけど…痛いって、つらいって、つたわるよ。どうして?ぼくが生きたいって、おもうのは、「我儘」だから…?」
 自分が何か言うと「あの人」はいつも我儘を言うといってひどく折檻した。お母さんと呼んだときはもっと酷く殴られたけど。
『ち――違います!!あなたが何かを恥じる必要なんてありません!!恥ずべきは、わたしの、方です…』
「……?」
 どうやら怒っているわけではないらしいと安心したけれど、この人が何を悲しいと思っているかはわからなかった。
 『…も、もしあなたが望むなら、わたしはあなたに新しい身体を与える事ができます。交わされる言葉を知る力と、わたしの創り出したトーテムをその身に宿すことで、普通の人たちとは比べ物にならない力を身に付けることができるでしょう。――でもその身体は理に反したもの。それでも、生きたいと欲しますか?』
 ことわりにはんしたもの。
 よくわからない言葉だったけど、「父親」がなんだか似たような言葉を使っていたことを思い出して、なんとなくだけど意味がわかった。
 …つまり。自分が生きるということは、いけないことなのだ。
 いけないことだとわかっていて、それでも生きたいのかと聞いているのだ。
 いけないことをしたら相応の罰を受ける。
 どんな事になるかはわからないけど、「あの人」から受ける折檻よりもずっと酷い罰かもしれない。きっとそうだろう。 自分みたいなモノが不相応な望みを叶えるのだから。
 ――それでも。 

「…うん、生きたい。そうしたら、身体、くれるんだよね?」
 このまま、あの闇に埋没する気には、ならなかった。 
『…え、ええ。――では、あなたの名前を教えてください。』
 思いがけない事態に、頭が真っ白になった。
 …名前?
 なんと言えばいいだろうか。なまえ?モノを呼び表すことば、だよ、ね?
 「あの人」はこちらを指してよく脈絡のない単語を口走っていたけど、それではないという気がする。というか沢山ありすぎて覚えていない。
 なら「父親」は?彼はときどき酷く神経質になってこちらを怒鳴りつけたり足蹴にしたりしたけど、大体の時は放っておいてくれた。死なないようにと食事を支給もしてくれていた。
 あの人はなんと自分を呼んでいたろうか。
「…バケモノ。クズ。まざりもの。被験体0771。できそこない――」
 思い出した単語を羅列していく。女の人の綺麗な顔が、衝撃を受けたかのようにゆがんだ。
『も――もういいです!!それは名前ではありません!!』
 …違ったらしい。自分は間違ってしまったのか。この人も自分を嫌いになるのだろうか。そう思うと思考が鬱に沈んでいった。この人は綺麗で、優しそうだったけど、やはり自分では駄目なのだろうか。またバケモノと排斥されるのだろうか――。
『…あなたには名前がないのですね。では、わたしがあなたに名前をつけましょう』
 物思いにかまけていたせいで、言われたことの意味が、とっさにはわからなかった。
 いや、言葉自体は難しくなかったから意味はわかる。だけど。
 (…ぼくに?名前を?)
 …そんな、ことは。

『…あなたの名前は――アーク。これで、いいですか?』
「…?それ、ぼくの、名前?」

 今まで、誰も、してくれなかったのに。

『ええ。あなたの、あなただけの、名前です。』
「――ぼくだけの、名前……」

 …なんだろうか、これは。

『もう一度だけ、聞きます。あなたは、理に反した命を、欲しますか?』

 頬を、何かが伝っていく感触がする。

「…ぼくは――」

 なにをされても、こんな風に、泣いたことは、なかったのに。

 わけがわからなくて、胸がつまって、耐えられなくて、思いっきり、『意志』を持って、叫んだ。


「――生きたい!!」



――いまだ知らぬ困苦と苦難のみがその道を待ち受けると知りながら、抱きとめる安息の腕(かいな)は拒まれ、人は道を歩き出す。
彼の者の先にあるものを、このとき知る者はない。
しかし、叶うなら。
どうか彼の者に、精霊の加護のあらんことを。
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