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シルフェイド異聞録 <瀬田幸人> 11/11 (17:49) 7999
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  感想ありがとうございます <瀬田幸人> 11/16 (17:13) 8003
  感想 <鳩羽音路> 11/16 (18:45) 8004
  感想ありがとうございます <瀬田幸人> 11/20 (13:24) 8006
  Re1:感想arigatougozaimasu <瀬田幸人> 11/16 (17:02) 8002
  今さらですが感想です <もげ> 12/20 (20:41) 8019
  Re1:感想ありがとうございます。瀬田です。 <瀬田幸人> 01/20 (16:08) 8036
  感想2 <もげ> 03/18 (12:21) 8048
  感想3 <鳩羽 音路> 03/19 (13:29) 8052
  感謝です。 <瀬田幸人> 04/21 (17:41) 8091

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シルフェイド異聞録  軋み始めた世界 by 瀬田幸人 2009/04/21 (Tue) 17:28
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 第五章 軋み始めた世界

 それは、ずっとずっと昔の話。

 罪を犯した。
 償う方法は、ひとつだけ。

 『ありがとうございます。貴方達のおかげで、この世界は災厄から救われました』

 ときおり、彼女は思う。
 もし自分に、世界に介入する術があったのなら。自分はあの人を召喚せずに済んだのだろうか。

 『…使命を終えた今、貴方の身体は消失し――その意識は『意識の海』へと還ることになるでしょう』

 そしてもし、彼がこの世界に来なかったなら。
 自分は今も、あの時のように、忘れてはいけなかったことさえ忘れ果て、神として君臨していただろうか。
 
 『最低限のお礼として…最後に、なにか――望みはありますか?』

 答えの出ない思考の中で、思い出す。
 記憶が擦り切れそうなほど、何度も何度も思い出して、また焼き付ける。

 どんな罵声より断罪より、自分の罪の深さを突きつけたその言葉。
 消え行く彼が、最期に遺していった言葉。

 《この世界に来れて、本当に良かった。――ありがとう》

 その日、世界はきっと救われたのだろう。
 誰もを苦しめる因果の輪が断ち切られて、皆が救われた。
 自身の抱く憎悪と絶望に灼かれて、消滅を望んだ白き竜神さえも。
 
 ――たった一人、消えてしまった彼を除いては。

 自分には何ができたのだろう。
 彼の言葉を消し去り、名を奪い、…彼の愛した世界から、彼を抹消した自分には。


 罪から目を逸らすことも、罪の重さにつぶれてしまうことも許されない。
 自分はこの世界を護る存在であり――彼はこの世界を愛したのだから。
 
                            ◆                    

 我が目を疑う。
 そんな諺が一瞬金色の獅子の脳裏によぎり――一瞬で訂正された。
【……………。なんというか、いろいろと言いたい事はあるのだが――】
 いや、疑うのは目ではなくこの常識なしの頭の中身だ、と。
【とりあえず、我はどこから突っ込めばよいのだ?】
 女神から名前を与えられ、つい数時間ほど前にこの世界に降り立った少年は――のんきに野犬の群れと戯れながら、え?と一つ首をかしげた。

                            ◇

 リクレールの話ではすぐ近くにあるはずのサーショの街を目指して数時間が経っていた。
 それはレオニスもそう遠くまでは移動できず、方向感覚その他もろもろが皆無のアークが迷いに迷った挙句もとの森に戻ってきたという数時間でもある。
 もう何をしていいかもわからないし、サーショに行くのは明日にして、とりあえず今日は野宿しよう。
 とうとうサーショにたどり着くことを諦めたアークにレオニスは頷き、――そしてなぜか自分の主人は獰猛な野犬と遊んでいた。

【水を汲みにいくといって出て行ったきり戻らないから、何事かと思えば――何をやってるんだお前は】
 もうこいつが何をしても驚かんぞ、と思いながらレオニスは一応聞いてみた。従者たるトーテムとしての使命感のなせる業である。
「えっと、河に来たらちょうどすぐ傍に美味しそうな果物がなってたんだけど、食べられるかどうかわかんなくて。どうしようかなぁって思ってたらこの子たちが来たので、一つ食べさせてみました」
 なぜか丁寧語で話す少年をぶっ飛ばしたいと思ったのはもう何度目だろう。レオニスは遠くなりそうな目を現実に引き戻した。
【…そうしたら懐かれた、と】
 野生の獣に近づけば、どう考えても襲われると思うのだが。なんで懐かれるのだ。
 道に迷うわ常識はないわその上に大物なのか馬鹿なのか。これで主は生きていけるのかとレオニスは心配になった。誰だこいつに世界を救えとか言った奴。もっと相手を選べ。
【……もういい。遊ぶのはほどほどにしてさっさと水を持っていって寝ろ。火はつけるなよ。獣が寄ってきたら困る】
 じゃれつく野犬の首元を名残惜しそうに撫でて、アークは立ち上がった。
「りょーかい」

 集めた枝を敷いた上に葉っぱをかぶせて枕代わりにし、身に纏っていた紺色のマントに包まりながら、アークはその晩、レオニスからトーテムについての説明を受けた。

 ひとつ。トーテムとは、人に宿る《精霊》であり、それぞれの特性に応じた力を与える存在であり、トーテムの憑いている人間――《精霊憑き》の力は、常人とは比べ物にならないこと。
 ふたつ。それゆえに、この世界での治安維持など戦闘力の求められる職種では、その多くが《精霊憑き》の存在を前提としていること。
 みっつ。またトーテムは人の『血』に宿ると考えられていれため、《精霊憑き》は子孫を残すことが求められており、さらに《精霊憑き》はその力の強大さのため国の管理下に置かれる事が通例であること。
「レオニスはこの国がどんな風なのか知ってるんだ?」
【いや、我が知っているのはあくまでもトーテムのみの知識だけだ。…この国が今どうなっているかは正直検討もつかん。長らく現世を離れていたからな…】
「…あれ、じゃあ僕の前にも、誰かをマスターに持った事があるの?」
【――大昔の話だ。忘れろ】
「…うん」

 ぶちまけたように盛大に豪奢に星の光る夜空が、木々の間から見えた。

「ねえレオニス」
【なんだ】
「今日は、道に迷ってごめんね」
【別に我は困らん。…だが、明日は我の誘導に従って動け。そうせんといくら時間が経っても森から出られん】
「……。」
【――どうした?】
「こういうとき、なんて言えばいいのかな」
【…我が知るか。早く寝ろ】

「――そうする。おやすみ」
【…ああ】

 眠る前にかけられる声は、自分が一人ではないと教えてくれる。
 今までは叶わなかった願いが一つ、叶ったような気がして、どうしたかあたたかい気持ちになった。
 ――明日も何かいい事があるかもしれない。
 まどろみながら、名を手にしたばかりの少年はそう思った。
 
                          ◆

 少し時間を戻し、アークがいまだサーショがどこにあるかわからずにおろおろしている頃。

 この天空大陸の政治の中心、王都バーンにそびえる王城【バーン城】の執務室で、お気楽そうな声が朗々と響いた。
 「どーも、宰相またの名を王様の苦情処理係のディナスでーす!お呼びですカー国王様☆」
 …徹夜明けで重い頭に、無意味にハイテンションな声ががんがんと響く。
 山と積まれた書類を横目に、男――第三十二代国王、アスフィラキス=ウル=バーンはうんざりとため息をついた。 
 光を受ければまばゆく輝く金色の髪に、晴れた空を写した碧の眸。傾城の美女と名高かった母親に良く似た整った美貌には、しかし隠しようもない疲弊の色がはっきりと見える。
 「朝っぱらから暗いなぁ国王サマ。せっかく超・イケメンに生まれたんだからもっと明るい顔しよーぜ?」
 「…もう昼をとうに過ぎている。それと他に誰もいないとはいえ、礼は守れ。不敬罪ものだぞ」
 あいかわらずな幼馴染の態度を眉をひそめてたしなめる。実際、実務能力が抜きん出ているとはいえ彼の若さや型を守らない態度――自分に言わせればただの演技だが――を快く思わない重臣は多い。ここぞとばかりにいらぬ攻撃材料をくれてやるべきではない。
 「そん時は助けてくれるだろー?」
 「法に私情は挟めん。知っているだろう」
 もう一度ため息をついてそう返す。王とは法の制定者であり執行者。それゆえに己の都合で法を曲げることなどあってはならない。
 「無用の危険は冒すな。…私もお前を失いたくはない」
 「はいはい、オレも皆をほっぽって死ぬ気はないよ。――で。伝令も書状も使わず、わざわざ暗部を使ってオレを呼んだんだ――何があった?」
 お気楽そうに見える緑の眸が、刹那刃の鋭さを宿す。  
 王国宰相、ディナスフレア=ケイナス=アグリーシア。他の四大都市の自治権が絶大な中、その地位は王都における王の執務の補佐と、他都市との外交役を意味するが――あらゆる危険の付きまとう宰相位に、現王の即位より6年間勤め上げているその器は、国の要職にある者すべてに知られている。
 「…。今朝、信仰都市シイルの《巫女》を通じて、竜人たちから緊急連絡があった」
 「へー、あの都市からか。それも竜人たちの側からの連絡ねェ…」
 軽薄そうに見えるその容貌が、冷やかさと厳しさを増した。
 この若き宰相も知っているのだ。かの誇り高き民が、些事で王都にまで連絡をよこすことなどないことを。

 果たして、若き王の告げた知らせは――紛れもなく、最悪に類するものだった。

 「彼らの『神』…神殿にいるはずの、『竜神』との連絡が…途絶えたそうだ」


 こうして、世界は軋み声を上げる。
 いつか犯された罪の償いを求めるように。
 どのような未来が彼らを待つか、今知る者は少ない。
 だから、願わくば。
 今は何も知らぬ少年に、安らかな眠りがあらんことを。

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