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ひとりといっぴきものがたり 盲導犬クロウ by ケトシ 2009/04/14 (Tue) 16:27
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2日目 シイル
語り手 ウリユ

ギャグ率 2%

地面をつま先でつつくようにして靴をもう一度履き直す。
こうやって地面に足をつけることはあったけれど、それはずいぶん昔の話だ。

「気をつけてね。クロウさんもウリユのこと、どうか頼みます」
「うむ。必ず無事に一周して戻ってくる」
私のお腹ぐらいの位置から落ち着いた声がする。手に握ったリードへ、ハーネスという器具からの僅かな動きが伝わった。
「大丈夫だよお母さん。ゴンベエお兄さんがいてくれるみたいな物だよ」
笑ってそう言うと、お母さんは少しだけ悲しそうにため息を付いたようだった。
もっとも、旅をしている最中のことは自分のことを含めて分からないけれど、と付け加える。

あまり長く挨拶をしていると出発しにくいだろう、と宿屋のおじさんに言われて、私はクロウさんと一緒に一歩目を踏み出した。

「行ってきます」
この言葉を、いったいどのくらい久しぶりに言っただろう。私の目が光を失い、未来を見ることが出来るようになってから私はいつも行ってらっしゃい、としか言えなかった。


ゴンベエお兄さんが救ってくれたこの世界。目の見えない私は”盲導犬”と言う新しい目を与えられました。
……願わくばこの世界の美しさを、もう一度この目で見つめられることを。

***********************************

「どうだろう。我を盲導犬として使ってみないか?」
「もうどう……けん?」
聞き慣れない単語だった。
ある日家にやってきたのは、落ち着いた声をした大きな犬さんだった。お母さんは、お座りの状態から前足でドアをノックしていたと言っていた……器用だ。
真っ白な毛皮で、森の中にいる魔物に似ていたらしい。ドアを開けた後すぐに閉めていた。
直後にちょっと焦った声がドアの外から聞こえてきた。
その中の、『ゴンベエから預かってきた物を返しに来た』と言う言葉に反応して、慎重に中に招き入れた。

まず、犬の話す言葉が分かることに驚いた。以前ゴンベエお兄さんが翻訳指輪と言う物をつけさせてくれたことはあるけれど。
ゴンベエお兄さんにあげたお守りを返しに来た、とクロウさんは言った。
――さっきお兄さんかお姉さんか尋ねたら、『一応は雄だが、性別や年齢はは殆どないに等しいな。それと呼び捨てでかまわない』と返された。
難しい言い方をする。つまりはお兄さんでもお姉さんでも無いので、さんをつけて呼ぶことにした――
ゴンベエお兄さんとどんな関係で、何故そのお守りを持っていて、何故返しに来るのか。色んな疑問が浮かんだ。
クロウさんはゴンベエお兄さんさんのトーテムだったけれど、今は独立して肉体を持っていると言うことを話してくれた。
トーテムについての知識はリクレールの伝説で知っていたし、ゴンベエお兄さんが少しだけ話してくれていたのでなんとか理解できた。
でもその途中で、ゴンベエお兄さんはもう居ないのだと――とっくに頭のどこかで感じていたのだけれど――しっかりと理解させられた。
クロウさんは私の心が落ち着くまで無言で待っていてくれた。……泣いたつもりはないのだけれど、どうだったのかな。

落ち着いてから、ゴンベエお兄さんが借りた物を返す旅をしようとしていることを聞いた。
さっき夢の通り、村のおじいちゃんが”大地の鎧が返ってきた”と大騒ぎしていたからこれは本当のことなのだろう。借りた物を返すのは当然のことだけれど、リクレールの所へ持って返ったのなら、それこそ本当の持ち主の手元に返ったはずなのに不思議なことをするんだな、と思った。何か事情があるのだろうか。

「ウリユ?」
クロウさんの呼びかけで我に返る。
「あ、ごめんなさい。ええと。もうどうけんって何?」
「固い言葉で言うと、身体障害者補助犬の一種だな。視覚障害の歩行を助けるための存在だ」
……難しい言い方をする。言われた言葉を反芻してもその意味をうまく理解できない。
少し気まずい沈黙を破っ、てクロウさんが補足説明をした。
「少し簡単に言うとだ。ウリユのような目の見えない人、目の見えにくい人を安全に目的地まで誘導するための犬だ」
クロウさんはそこで言葉を切って、躊躇いがちに続けた。
「”行きたい時に、行きたい場所へ行けない。会いたい時に、会いたい人に会えない。それが出来ないだけで人はとても悲しくなる”と。ゴンベエが以前言っていた」
一日だけゴンベエお兄さんと会えなかった日がある。その日はひどく長く感じられた。その次の日にはやってきてくれたのだけれど。それからすぐにゴンベエお兄さんは居なくなってしまった。
今日は来てくれる、今日はきっと、今日こそはと思い続けてもう大分時間が経ってしまった。
宿屋のおじさんが宿町を持ってきて”ゴンベエさんが来るときは確実にベットを開けておきたいから”とゴンベエお兄さんが来る日を予言してくれと聞きに来たけれど、私はそれに答えられなかった。
時々絵本を読み聞かせてくれる図書館のお姉さんも、やっぱりゴンベエお兄さんに会いたいみたい。新しい料理の本がせっかく入ったのにね、と寂しげに笑っていた。

みんな、会いたい人に会えないことを我慢している。今なら私も分かる。ゴンベエお兄さんと出会えたから人間らしいこの感情を思い出せた。

「うん……確かにそうだね」
「ゴンベエに会うことは無理だが……ゴンベエを知る者に会いに行くことは出来る。ゴンベエの所に行くことは出来ないが、ゴンベエが歩いた所に行くことが出来る」
私が知らないゴンベエお兄さんが行った場所。それを知ればどうなるというのだろうか。そんな考えもあったけれど、理屈じゃなくて、ただ行ってみたいと思った。
「無理にとは言わない。行ってみたいと思ったら声を掛けてくれればいい」
クロウさんが立ち上がって歩き始める気配がした。引き留めようと慌てて声を上げる。
「待って!私、行ってみたい」
「む。即座に決めたな」
だってゴンベエお兄さんがこの街を守ってくれたとき、お兄さんはすぐに行動を起こした。お昼ごろに私に会いに来て、一言”また明日話を聞きに来る”と言い残して、村の入り口に向かって歩き出した。その決断に比べれば、私の場合は悩みとすら言えない。
なんだか恥ずかしい気がしてクロウさんにはそう言わなかったけれど。
「我が先導し、支援も行うが主体となるのはウリユだ。楽な道ではない」
「うん。それはわかってる。でも私……」
窓がある方向へ顔を向ける。今の私には外に何があるのか、形は見えない。それでも僅かに光が射している気がする。
「ゴンベエお兄さんと”一緒に”歩きたいな」
クロウさんはしばらく黙った後に穏やかな口調でそうだな、と言ってくれた。
後で聞いたことだけれど、この時だけ虹が架かっていたらしい。


***********************************


「待って」
「……なんだ?」
感触を頼りに、私は荷物から思い出の物を取り出す。自分が作ったお守り。
膝をつき、新調したひもをクロウさんの首にかける。ふかふかの毛皮に埋もれない程度に場所を調整する。
「長さ、丁度良い?」
ひもの長さを調整しながら問いかける。首が締まっちゃ行けないし、歩くのに邪魔になったり地面につくのも良くない。
「大丈夫だ。だが……何故これを」
「これはクロウさんに持っていてもらいたいな」
これはゴンベエお兄さんにあげた物だから、お兄さんになじみの深い人に持っていて欲しい。それを付けている人が安全でありますようにと願いを込めて作ったのだから、誰かが身につけていてくれないと意味がない。
手に当たるふわふわの毛の感覚から、しばらくお守りを見つめていたことが伺い知れる。
「きっと似合ってると思うんだけれど……だめかな?」
「いや。謹んで受け取ろう。感謝する」
固い言葉でなくても良いのに、と思ったけれどクロウさんらしいと思った。生真面目で、一生懸命だ。
「クロウさん、最初はどこに行くの?」
方向だけでも聞いておかないとと思い、質問を投げかける。
「サーショだ。城壁に囲まれた町だが……今日中に着くのは難しいかも知れないな」
「そっか……じゃあ、ゆっくり行こう?」
「もちろんだ。まずは歩くことに慣れることが先決だからな」
「うん。ええっと、よろしくお願いします……だね」
クロウさんが笑ったような気配がした。立ち上がり、行こう、と促す。
「任せてくれ」
私の歩幅に会わせて歩いてくれている。久しぶりの地面はでこぼこしていたけれども柔らかい。
歩くごとにクロウさんが見える草木や景色を教えてくれる。私は昔見た光景を思い出しながら一つ一つ想像する。今はきっと目にいたいほどに青葉が綺麗な季節なのだろう。クロウさんのつたないけれども一生懸命な説明を聞くと、良く茂った草木の中に色鮮やかな花が咲いているのが目に浮かぶようだった。

涼しくなったことと、クロウさんの説明で森に入ったことを知る、虫や鳥の声も良く聞こえるようになった。少し歩きにくくなったけれど、クロウさんが誘導してくれるおかげで殆ど疲れなかった。
植物の種類や数が増えて、クロウさんが必死に言葉にしてくる声がなんだかおかしかった。ゴンベエお兄さんが食べて大変なことになっていたとか、薬草になりそうな草を探したけれどやっぱり分からなかったとか、色んなお話を聞いているとお兄さんの一挙一動を思い描くことが出来る

「……良い風だね」
頬を撫でる風に微笑み掛けながらゆっくりと歩く。風の通り道さえ見えるようだった。
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