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ひとりといっぴきものがたり はじめの挨拶 <ケトシ> 04/11 (23:52) 8077
  :ひとりといっぴきものがたり お話の前に <ケトシ> 04/11 (23:55) 8081
  :ひとりといっぴきものがたり 思わぬ出会... <ケトシ> 04/11 (23:17) 8079
  ひとりといっぴきものがたり 盲導犬クロウ <ケトシ> 04/14 (16:27) 8082
  ひとりといっぴきものがたり お星様きらき... <ケトシ> 04/14 (16:22) 8083
  ひとりといっぴきものがたり 見えないもの <ケトシ> 04/18 (22:00) 8087
  ひとりといっぴきものがたり 雨のち晴れ <ケトシ> 04/24 (20:54) 8095
  逐一更新の後書き <ケトシ> 04/24 (21:23) 8078
  感想 <もげ> 04/14 (19:00) 8084
  かんしゃのかんそうがえし  <ケトシ> 04/18 (21:40) 8088

8087
ひとりといっぴきものがたり 見えないもの by ケトシ 2009/04/18 (Sat) 22:00
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3日目 サーショ
語り手 ウリユ

ギャグ率 24%

サーショは城壁に囲まれた街だという。でも外から来る人を拒むような感じはなかった。
城壁の外にも子供達の元気な声が聞こえる。森が平和になったから、きっと外で遊んでいるのだろう。シイルでは子供達の声をあまり聞かない。
クロウさんに手を引かれて(先導されて)サーショの町にやってきた。
ここでも何か借りた物を返すのかな、と考えていたところに声がかけられる。
「やあお嬢さん、こんにちわ。」
「あ、こんにちわ。」
一瞬誰だろうか、と思ったがクロウさんが町の兵士だ、とこっそり教えてくれた。
この世界の外から来る人の運命の糸は良く見えない。
クロウさんと一緒にいると、未来のことは曖昧にしか分からなかった。
新鮮だけれでも少し怖くて……でもクロウさんが居るからなんだか安心できた。先のことが分からないのに安心できるのは、とても心地が良かった。
クロウさんはまず最初に兵士詰め所に案内してくれた。暑苦しいけれど親切な兵士さん達が居るんだって教えてくれた。
自分から他の人に会いに行くのはとても久しぶりなのでなんだか緊張した。
「失礼します」
軽くノックをしてから扉を開く。
自分がノックをすることは相当久しぶりだった。私はずっと誰かのノックを待つ側だった。自分から誰かの所に歩み寄ることはあまりなかったのだろうか。
扉を開けた瞬間になんだか熱気を感じたけれど人が一杯いるからなのかな?汗くさかったけれどあまり気にならなかった。
「あれ?ずいぶん可愛いお客さんだね。誰かの娘さんかな。姉妹とか?」
「んー。見覚えはないな。とすると誰かの相方か?」
「おいおい、この子の年で相方って……そりゃけっこう危ない方向じゃねえか?」
「そうだよなぁ、柔な子が本場のどつき漫才のツッコミを受けると怪我するってばっちゃんが」
「ってそっちの相方かい!」
大きな風切り音と何かを殴った音が聞こえた。そして何かが壁にぶつかった……どちらかというとめり込んだような音が聞こえた。足下を揺らす衝撃とぱらぱらと何かが落ちた音。
何があったか聞いてみると、クロウさんは、”時々見えない方がいいこともある”と言っていた。
悪いことが起きことを伝えなければならないときに、私もそう思うことがある。だから納得できた。
でもなんだか楽しい雰囲気がするのは気のせいなのかな。

「ベンジャミン……お前のその力で、世界を目指さないか?」
「なんでサムズアップの余裕が在るんだ。勢い余って壁にめり込ませたのは悪いと思う。
だがお前がオーバーリアクションなんだよ。今壁から抜いてやる。あと俺はベンジャミンじゃねぇ。」
「いや、ツッコミの力で目指さないかと言ったんだよ、ベベン=ジャスミン」
「誰が目指すか。指の向きが逆さまだぞ、わざとか?外れた骨戻すから動くんじゃねえぞ。それとベベン=ジャスミンってだれだ。ベベンも疑問だが、ジャスミンがファミリーネームってびっくり仰天だぞ。男も女もジャスミンか」

やっぱり楽しい雰囲気がするのは気のせいなのかな。
クロウさんは”何故かあのベンジャミンに同じ匂いを感じる”と言っていたけれど、直後に”ベンジャミン違うわ!”と言われていた。本名を言わないベンジャミン(仮)さんもベンジャミン(仮)さんだと思う。
「……って犬がしゃべってるがな!?さっき何の違和感もなかったから突っ込んじゃったよ!?」
ベンジャミン(仮)さんが驚いていた。やっぱりみんな犬がしゃべるとは思わないみたい。ガビーンって音が直接頭の中に響いた。何の音だろう。
「リーリルで新しく開発されたフォース”ほんやくこ○にゃく”ってやつじゃないのか、ペレストロイカ?」

斬新な名前のフォースだなぁと思った。

「著作権って知ってるのかお前。だから関節が一つ増えるから動くなって言ってんだろ。原型すら感じさせない暗号化に驚愕だよ」
「んー。さっきから思ってたんだけどツッコミちょっとくどいね。」
「誰がやらせてるんだよこの一連の流れは!?」
「いっつみー☆うんうん。分からないことはちゃんと聞けるように育ってお父さん嬉しいぞ」
「そんなんいいから小遣いくださいお父さん。てかうっかりぼけたけどお前は俺の親父じゃねぇだろ。ついで言うとお前未婚じゃね?」
「はっはっは。相方なら目の前にいるじゃないかペペロンチーノ!」
「こっちを見るな!その相方ってどっちの意味で!?あと俺はペペロンチーノじゃねぇ!」

しばらくぽこすかと楽しげな音が続いていたけれど、不意に中断した。誰かがやってきたらしい。足音から考えると、階段を上ってきたみたいだった。
軽快な足音なのに、一歩ごとにみしりみしりと音がする。嫌な具合に部屋に響いた。
クロウさんは一歩前に出て、足を踏ん張っているようだ。その緊張が私にも伝わってくる。
音が段々と大きくなり、そして止まる。熱い空気が身体にまとわりつき、直後に冬の風のように冷える。そんな感じがした。
兵士さん達が、ぎしぎしと軋むような音を立てながら口を開いた。
「メメメメメメアリーちゃん、これはあのその」
「けけけけ決して仕事をさぼって漫才をしていたわけでは」
メアリー、と言う名前に聞き覚えがあった。確か兵舎で働いている人だってゴンベエお兄さんが言っていた。たしか剣士の娘さんだったはず。
耳が痛いほどに静かになった。その静寂を破ったのは女の人の声だった。どうやらメアリーお姉さんの声らしい。穏やかでいながらはっきりとした口調だった。
「お二人とも?」
柔らかい言葉遣いなのに空気がなんだかぴりぴりする。その場のみんなが息を呑む気配が分かる。
なんだか、ものすごく危ない場所に来てしまったような気がする。
「……お仕事しましょうね?」
「「イエスマム!」」
見事なハモリ声だった。
この威圧感、それなりの重さがあるロングブレイドを10本まとめて運ぶ……と言う噂を又聞きしたのだけれど、あながち嘘ではないのかも知れない。クロウさんもびくっとしていた。
ばたばためきめきすってんころりんと騒がしい音がした後、メアリーお姉さんは私達に話しかけてきた。
「もしかして、お嬢さんは目が良くないんですか?」
「はい。でも、どうしてそれを?」
息づかいから察するに、言っても良い物かどうか躊躇っているようだった。何か私が失礼なことでもしていたのだろうか。だとしたらそれはとても申し訳のないことだと思う。
「今の光景が見えていたとしたら、普通の人間なら少なからずショックを受けるからな」
クロウさんがしみじみと呟く。なんだか失礼な気がする。
メアリーお姉さんもうんうんと頷く気配がしたが、地面を蹴る音と風を切る音がした後、少し遠くで鋭い声を上げていた。声と同時に再び空気がぴりぴりした。
「犬が言葉を!新手の魔物……!」
「ま、待て!確かに我は言葉を話してはいるが敵意はない!取り敢えずそのグランドブレイドを降ろしてくれないか!」
「では、ご要望にお応えして!」
「誰が振り下ろせと!?ちょっと待てー!」
風切り音と力強い足音。ちょっと冷静じゃなくなったクロウさんの上げた声が印象的だった。グランドブレイドって、なんだかすごそうな名前だなぁ、きっとすごく重いんだろうな、ってぼんやりと思った。
後で聞いたことだけれど、この日、街の人達は兵舎を遠巻きにして見守っていたんだとか。


「ごめんなさい、私、達者に言葉を話す犬は見たことが無くて……気も立っていましたから」
「いや、構わぬ。防御に専心していたから傷は微塵もない。だからウリユも安心してくれ」
結局、私が”届け物がある”と言ったことで、メアリーお姉さんがグランドブレイド(私が持とうとしたイーグルブレイドよりも重いらしい。やっぱり大人の人ってすごいと思う)を寸止めして収拾がついた。
勧められた椅子に座って今は落ち着いて話ができる。
とても頼りがいのあるクロウさんだけれど、なんだかぐったりしていた。怪我はしていない、と言っていたけれど本当に大丈夫だろうか。ハーネス越しに精神的、肉体的な疲れがくみ取れる。
「……ごめんなさい、クロウさん」
「謝る必要はない。むしろ何の説明もなく振り回すことになった我に非がある」
そう言った後、少し間をおいてからすまなかった、とクロウさんらしい硬い言葉を言った。真面目な口調は嫌いではないけれど、やっぱりぐったりしていた。
「早速ですが、届け物ってなんでしょうか」
「えーっと。何かの盾だったと思います」
荷台の中から平べったい物を手に取……。
「ねぇクロウさん」
「なんだ?」
「私って力がないのかな」
持ち上がらなくて困ってしまった。
「周りを見ればそう思うかも知れないが、一般的な人間ならば年相応な筋力だと思うぞ」
結局クロウさんが手伝ってくれた。
ごめんなさい、と言うと、これは我の仕事なのだから我がやって当然なのだ、こちらこそすまない、と返ってくるのだ。気を使ってくれているのかもしれない。でもなかなか謝れないのはなんだか寂しかった。
「私がウリユさんのころは、もう少し力があったように思うんですが……」
「メアリーとやら。窓拭きの時ひびを入れた経験はないか?」
「数回割ってしまったので次からはフォースでやってます。ただ、雑巾がけの時はやっぱり力を入れないと駄目ですからどうしても床にひびが」
「ありがとう。もう結構だ。」
クロウさんが疲れたように言った。
ガラスは割れやすい物だし、フォースは便利だ。綺麗にするには力を入れて雑巾をかけないといけない、と教わった。
聞いていてあまりおかしいとは思わなかったのだけれど、どこかおかしかっただろうか。
「これはゴンベエお兄さんからの届け物です」
「父を助けてくれたあの人ですね」
がさがさと音がする。メアリーさんが袋の中から盾を取りだしたようだ。そうして息を呑む気配がした。
「……この盾は、父の」
「大気の盾だ。サリムが使っていた物だと聞くが、そなたの父が使っていたのだろう?取り敢えずこちらに返しておく」
絵本の中にも出てくる伝説の武具を触っていたことに驚いた。大地の鎧は街にあったからなじみ深かったけれど思ったより世界は狭いのかな。
「……では、父が帰ってくるまで預かっておきます」
「頼む」
手間取った割にはずいぶんあっさりした作業だった。お互いにしばらくの沈黙。メアリーお姉さんの様子がおかしい気がした。
「あの、メアリーお姉さん。なんだか悲しそうですけれど」
「……いいんです。気にしないでください」
誤魔化されてしまった。少なくともそう感じた。
思えばこれまでの行動も何か無理をしているように感じる。根拠はないけれど、明るく振る舞おうとしていたのではないだろうか。
リードの動きからクロウさんが立ち上がったことを察する。私に気を使いながらも先を急ごうとしているようだった。

――他者のことを、深く詮索しすぎるのは良くない

そう言われているようではっとし、私も釣られて立ち上がる。メアリーお姉さんの道中気を付けて、と言う言葉を受けて頭を下げる。
扉を出ると、またクロウさんが先導してくれた。町の説明を受けつつも頭は考え事で一杯だった。
未来が見える。それは他の人の生き方に左右され、また、人の生き方を左右する。分かってしまう、ということが本当に良いことなのか、少し疑問に思えた。もしもその力を永遠に失ったのなら……。

ぼんやりしていたため、周りの気配に気が付かなかった。
「そこの道行くお嬢さん?良い物があるんですが見ていきませんか?」
私に会わせてくれているクロウさんの歩くテンポが僅かに乱れた。
「えっと……私、ですか?」
「そうそう。貴方ですよ」
声のした方に向き直って確認をする。と、クロウさんが軽くハーネスを引っ張る。そして小声でささやいた。
「ウリユ、構うな」
「え?でも……」
誰かに話しかけられたなら返事をするのは当たり前だし、何か用事があるはずだ。良い物がある、と言っていた。興味もあるし大事なことなのかも知れない。だからクロウさんの行動が理解できなかった。
「いやね、これバカには見えない服って言うんですけれど綺麗でしょ?お嬢さんにはぴったりだと思うなー。え、まさか見えない?そんなことはないですよねー?で、これがたったの2500シルバ!逃す手はないと思うよー?」
一方的に言葉をかけられ、理解するまでに間があった。綺麗な服を売っているらしいけれど、私にはそれがどんな物か分からない。
……ネーミングセンスが少し悪いような気がした。わざわざそんな名前を付けなくてもいいのに。
「さらに関東の人用にアホには見えない服も入荷、定価2500シルバの所を今回はなんと無料で付けちゃう!セットで50%オフのお買い得商品!二点セットで2500シルバ!さぁいかがか!」
かんとうて何だろう。本の最初や、一番優れている所を巻頭と言うらしい。けれど違いはよく分からない。
丁寧に断ろうと思う。持ち合わせだってそんなに多くは無い。
「あの……私、実は見えなくって。だから」
「え!?まさかそんなわけ無いでしょー?これが見えないだなんて!お嬢さんは見るからに賢そうじゃないですかー」
「いえあの。本当に見えないんです。ですから……ごめんなさい」
目が見えたのなら私も少しはその服の美しさを理解できたのに。とても残念だ。申し訳なく思って頭を下げる。少し残念ではあるけれど見えないのだからしょうがない。クロウさんに声をかけて先に進もうとした。すると服屋さんは回り込んできたようだ。少し強引に思えた。
「まぁ聞いて頂戴な。この服をつくるまでのお話を」
ん、うんと咳払いをして服屋さんは朗々と語り始めた。


この服の素材を記した本を探しに探して60と7月。古の文書を求めては、あ、南に北に飛び回り、魔物に追われて西東。

やっと見付けた手がかりを元に、飛び込んだ洞窟はトカゲの兵の骨の山。たいまつの火を近づけるとなんとその骨が意志を持ったかのように動き出す!
さぁ洞窟の中は大騒ぎになった。
動き出した骨の包囲は軽く見積もり十重二十重。
命あっての物種なれど、今度ばかりは剣を抜かねばならぬ。刃渡り二尺九寸ばかりの無銘の業物、愛剣ロングブレイドを握る拳も固くなる。

さぁ正面の兵が剣を振り上げた!

その瞬間、臍下丹田に気合いを込めた裂帛の一撃を、むき出しのあばらに払い抜けるが如く打ち付ける!兵はしたたかによろめいて周囲を巻き込み仰向けに倒れ込んだ。
これはしめたと背面に跳び、振り向き様に襲いかかる兵の脛を切る。
場所を変えつつ兵を相手取り大袈裟小袈裟下がり面、突きに払いに切り山椒。
あ、ざく、ざく、ざくざくざくざくちょきちょきちょきちょき、きーざみに刻んで八面六臂の活躍だ!
」(このお話はフィクションです)

思わず拍手をしてしまった。時折ベベン、と音がしたいたけれど何の音だろうか。
なんだか面白そうだった。けれどどんなにすごくても私に見えないことには代わりはない。
困ってしまい、リードを使ってクロウさんに助けを求める。クロウさんは心得た、とでも言うように座り直した。
「見事な口上だな。これはいいものを聞かせてもらった。」
クロウさんが言葉を紡ぐ。服屋さんは少し驚いたようだ。でも褒められて悪い気はしないのか、とても得意げに、だろう、と言っていた。魔物扱いされなくて、本当に良かった。
一転、残念そうにクロウさんが言葉を紡ぐ。
「だが生憎とこの娘はな、目が見えないのだ。さらに言ってしまえば(ゴンベエと違って)お前のような輩に騙されるほど愚かではないのだ。いやはや、ご愁傷様だ。」
気が付かない間に騙されていたのだろうか。とても意外で驚いてしまった。私は騙されている自覚はないのだけれど、周りから見たら騙されているように見えてしまったのだろうか。またクロウさんに心配をかけてしまったように思い、少し情けなくなった。
「そいつは悪かった。じゃ、どうだいわんちゃん?君にはこの服が見えるかい?」
クロウさんはふん、と鼻を鳴らしてからゆっくりと話し始めた。
「ああ……もちろん見えるとも」
おっしゃあ!と服屋さんが小声で叫んだような気がした。器用だ。
「実は犬用もあるんだ。見えるのなら買ってもいいんじゃないかい?」
また口上やろうか、と言っていたがクロウさんは笑いながら断った。
……。本当は少しだけ聞いてみたかった。
「遠慮しておこう。我が服を着たところで別段良いことはないからな」
服屋さんはクロウさんに断られてため息を付いていた。相当自信があったのだろう。売れなかったのがやはりショックだったようだ。足音がして気配が遠ざかる。
「まぁ待て。我は買わないが、少し話がある」
クロウさんが引き留める。服屋さんもすぐに足を止める。
「時に、人間用の服を今預かっていてだな。返品したいと思うのだ。汚れてなどいないし新品同様だ」
服屋さんが動揺した気配がわかる。服が気に入らない客がはじめてで、返品されることなど考えていなかったのだろうか。すごい自信作だったのだと思う。ゴンベエお兄さんがそれを買ったのなら、私もどんな見た目か知りたかったし触ってみたかった。あるならば言って欲しかった。
「どどどど、どこにあるんですかそんな服。」
クロウさんがぽんぽんと荷物袋を叩く音がした。
「ほら、ここにあるだろう?それとも、お前には見えないと言うのか?」
服屋さんが息を呑んだようだ。何かを言おうとしてはやめ、上手く言葉が出せないようだった。でもぽんと手を打ってああ、と感心するような声を出した。
「見えました見えました。おおおおお!見事な服ですね。でも私から買ったという証拠がどこに」
「紺色のマントの男が買っただろう。我はその男の供をしていた。」
クロウさんは、その時はお主には見えなかったのだろうがな、と言った。
服屋さんも小さく驚きの声を上げていた。やっぱりゴンベエお兄さんのことを知っていたようだ。色んな所に知り合いがいるんだな、と改めて思った。
旅をしていれば色んな人と知り合いに成れるだろうか。友達がたくさんできたら良いな、と思う。
「……。分かりました。下取りいたします。お金はこちらのバカには見えない通貨でよろしいでしょうか」
「こちらの通貨で払ってもらいたいところだが、まぁいいだろう。」
「では、こちらの服を受け取りまして……。はい、確かに受け取りました。保存状態も良好ですね。」
「では、返金を受けて……。うむ、確かに受け取った。ほう、実に品質のいい貨幣だな。」
服屋さんとクロウさんの間でやりとりがあった。
その後、クロウさんが意味ありげに咳払いをする。すると服屋さんは忙しく挨拶をしてから去っていった。
最後に『もうこんな商売やめたー!』と言っていた。転職だろうか。ちゃんと新しい仕事が見つかると良いのだけれど。
そのことを口に出すと、クロウさんに呆れられてしまったようだ。おかしいところがあっただろうか。

ある民家の前でクロウさんは足を止めた。
「少し早いが宿を取って休んでいてもいいぞ?昨日の野宿で少し疲れているだろう」
心配してくれているのはうれしいが、まだ余裕があったから大丈夫だと答える。クロウさんはしばらく黙った後、もう一度口を開いた。
「少し辛い話になるかも知れない。ゴンベエのことを良く慕っていた者がいる」
どうやら、疲れているだろうから休んでいても良い、と言うのはただの口実だったようだ。とても遠回しな気の使い方だと思う。
「誰かの、別れを押しつけられている姿は今まで見てきただろう。ウリユはもう十分経験した。だから……」
確かに予知によって色々な形で別れを経験してきた。誰かの、本来知る必要のない別れまで知ってしまったような気がする。慣れてしまえる物でも気持ちのいい物ではない。何度心折れそうになっただろうか。
けれども。
「私は、大丈夫」
自分の気持ちを確認するように言葉を出す。
「私はゴンベエお兄さんの歩いた道を、一緒に歩くって決めたんだ。平気だよ?」
ただ単に、平気だと自分に言い聞かせたかっただけなのかも知れない。辛いことを聞いても決して心折れない。そんなゴンベエお兄さんにあこがれているのだろう。
クロウさんは一言、そうか、と言ったあとノックをするように頼んだ。
「シズナと言う人間に会う。荷物の一番上の薄いプレートを借りていた」
ノックをしながらクロウさんの簡単な説明を聞く。
シズナ……と言う名前は聞き覚えがあった。ゴンベエお兄さんが助けたお姉さんだったはずだ。薬草を毎日摘んでいたと聞いた。ゴンベエお兄さんは私にも何か知っている薬草はないか、と聞いてきた。薬屋として知っている限りのものを伝えた。
……その翌日。とても苦かったと報告してくれた。塗り薬として使うんだよ、と言ったらしばらく沈黙した後、からからと笑っていた。
扉の向うから若い男の人の返事が返ってくる。この年代の人の声を久しぶりに聞いたような気がした。
扉が開く音がする。中からほのかなお茶の香りが漂ってきた。
「あの。どちら様でしょうか?」
「私はウリユと言います。シイルから来ました」
名前を言って頭を下げる。
「僕はシンです。その年でシイルからご苦労様です」
成り行きで自己紹介をしてしまう。シン、と言う名前に聞き覚えがあった。私より少しお兄さんで病気にかかっていたとはずだ。ゴンベエお兄さんが一生懸命薬を調達していたと聞いた。
「女の子をいつまでも待たせる物じゃないよシン。入れておあげ。その子達はお前達に用があるんだよ」
おばあちゃんの声が奥から聞こえる。シンお兄さんははい、と答えて私たちを入れてくれた。
「あれ……犬をお連れですか」
「はい。クロウ、さんです。」
もしかしたらクロウさんを中に入れられないのかもしれない。
「いいんだよ、シン。その犬もゴンベエと深い関わりがある」
「ゴンベエさんと?」
「そうさ。一番ゴンベエのことを理解しているんじゃないかね」
おばあちゃんの楽しげな声を聞きながら、勧められた椅子に腰掛ける。クロウさんもそばに座ってくれた。シンお兄さんがお茶を淹れてくれるそうだ。
「私はオーバ。占いのおばあちゃんさ。よろしく予言者の娘さん」
オーバさんの自己紹介に頭を下げて返事をする。ゴンベエお兄さんは”あの人はお盆と正月と祟りに台風と春一番がいっぺんに来るくらい恐ろしい人だ”と言っていたけれどとても優しそうだった。男の人には怖いのだろうか。
「クロウと言ったかい?トーテムの時の姿と、そっくりそのままじゃないか」
「分かる物なのだな」
「もちろんさ」
平然としているオーバさんの後ろから、シンお兄さんが小さく驚いている声が聞こえた。
「返す物がある。それを渡したらすぐに宿を取ろうかとも思っているのだが」
「用件はわかっているよ。シズナはもうすぐ帰ってくる。少し休むといい」
シンお兄さんがお茶を置いてくれた。お言葉に甘えて一口飲む。温かいお茶でずいぶんリラックスできた。クロウさんはお茶ではなく水を頂いているようだ。
「ええと、シズナお姉さんはどちらに?」
黙ってしまうのが気まずくて、疑問に思ったことを口にする。
「姉さんは森に行っています」
シンお兄さんが椅子に座りながら答えてくれた。森に一人で出かけるのは危なくないのだろうか。トカゲの人は居なくなったけれどもまだ野犬が居る。
そう言うとオーバさんは笑いながら安心させるように、理力もそれなりに得意だから大丈夫だ、と教えてくれた。それに近くにオーバさんの知り合いが住んでいるらしい。森の中に住んでいるのだろうか。
聞いてみたけれど、平和に生きていく上では必要がないこと、とはぐらかされてしまった。
オーバさんの知り合いもシズナお姉さんも森で何をしているのか気になったが、失礼に当たるかも知れないと思って聞くのを止めた。もう一度お茶に口を付け、ゆっくりと深呼吸する。


シンお兄さんが新しくお茶を入れてくれたとき、扉が開く音がした。
「おかえり、シズナ」
「ただいま、オーバさん」
シズナお姉さんが帰ってきたけれどその声に力はない。私たちに気が付かなかったようだ。疲れているのだろうか。だとしたら用事だけ済ませて、私たちはすぐに帰った方がいいのかも知れない。
「ええと、私たちすぐに出ます」
そんなことを考えて声をかけると、シズナお姉さんが私たちに気が付いた。
「お客様ですか?すみません気が付かなくて……」
頭を下げられたように思えてこちらも慌てて頭を下げる。自己紹介をすると、シイルから来たことを労われた。シズナお姉さんも疲れていたように思えたのだけれど、なんだか悪いと思ってしまう。
クロウさんが身を起こし、シズナさお姉さんに頭を下げたようだ。シズナお姉さんもそれに応じようとしたが、クロウさんがいきなり話し始めたので驚いていた。
「では、本題に入らせていただこう。ゴンベエが借りていた物を返しに来たのだ」
息を飲んだきり言葉を出さないシンお兄さんとシズナお姉さんの後ろの方から、オーバさんが口を開いた。
「月の聖印のことだね」
クロウさんに促されて指示された物を袋の中から取り出す。軽い不思議な文様の金属だった。
机の上に乗せ、ゆっくりと手を引っ込める。それに合わせてシズナお姉さんが口を開いた。声の聞こえた場所から考えると、机の上に軽く身を乗り出しているようだった。
「これは確かにゴンベエさんに渡した……」
驚きと悲しみと疑いと。そしてほんの少しの諦めと納得。そんな感情が入り交じっていた。私が悪いことを予言したときと似ていて、少し悲しくなった。
「どうして、これをあなた達が」
クロウさんは言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。とても苦しそうで、そこまでしなければならない仕事なのだろうかと思ってしまう。
「ゴンベエに託された品々を……我も本人が感謝と共に返せば一番だと思うのだが……我らが代わりに届けているのだ」
歯切れがとても悪かった。
「ゴンベエさん、今はどうして居るんですか!?」
一転、必死な声でクロウさんに問いつめる。声の方向から察するに途中、私にも顔を向けたのだろう。その時に私はどんな顔をすればいいか分からなかった。
「シズナ」
オーバさんが穏やかに声をかけた。
「もう本当は分かっているんじゃないかい?」
諭すようにゆっくりと悲しげな声だった。でもシズナお姉さんはまるで聞こえなかったかのように、ゴンベエお兄さんについて呟くように問いかける。
「ゴンベエさんはどこにいるんですか……会ってお礼をしなきゃいけないのに、会わなきゃ行けないのに」
シンお兄さんがオーバさんと同じ事を言う。もうここには居ないのだ、だからもう会うことは出来ない。そう暗に言っている。私がクロウさんから告げられて、向かい合わなければならなかった現実がそこにあった。受け入れたくない気持ちはよく分かる。
「お願いクロウさん、本当のことを教えて」
ゴンベエお兄さんのトーテムだったクロウさんなら、きっと他のことも知っていると思いたがっている。そのことが痛いほどに伝わってきた。
声の位置から察するに膝をついてクロウさんと目の高さを合わせているのだろうか。
「……ゴンベエは元々、長く生きられる身体ではなかったのだ」
クロウさんは迷ったあげくに本当のことを言った。シズナお姉さんが息を飲む。
「森で出会ったとき……ゴンベエの命は残り15日だったのだ。そう、決して長くはなかった」

この時のシズナお姉さんがどれだけ悲しかったかは、私には分からない。きっと私が思った以上に辛かったのだと思う。

小さな嗚咽が聞こえた。こんなときはどうすればいいのだろうか。
周りにオーバさんやシンお兄さん、そして私が居るから、みんなを心配させまいと心を押さえつけているようだった。そうするともっと悲しくなることは良く知っている。知っているだけに、私も辛い気持ちになった。
「ゴンベエさんが持っていないと意味がないのに」
オーバさんから受け取った、持っている人が幸せになるように、と願いを込めたお守りだという。自らの幸せをゴンベエお兄さんに託したのだろう。
もらった幸せを、自分がとても大事だと思っている物で返す。それほどゴンベエお兄さんのことを大事に思っていたのだろう。
「シズナ。これはこの世界の人間が持っていなければ意味がないのだ。シズナが受け取ってくれなければ意味がないのだ。」
わかってくれとクロウさんは言う。
ゴンベエお兄さんはもう居ない。
だから、持ち主の元に返す。
それはとても理にかなっている。
それを受け入れてしまったら、ゴンベエお兄さんのことを忘れてしまうように思えてしまう。大事な物を渡す覚悟が無意味だったように思えてしまう。
「あの」
気が付けば声をかけていた。
「私も、ゴンベエお兄さんにお守りを渡しました。同じようにクロウさんから返されて……」
みんなに注目されているようで恥ずかしかったが、がんばって言葉を探す。
「私はもともと自分が大事にしていた物をあげたわけではありません。それでも返された物を受け取ったら、ゴンベエお兄さんとの繋がりが完全に途絶えてしまう。そんな気持ちは分かります」
それは私がクロウさんに会ったときに思ったこと。
「私は一度お守りを受け取りました。私がゴンベエお兄さんのこと忘れないように、そう思ったんです。」
受け取るときは苦しかったけれど、それでも受け取って良かったと思っている。
「今はクロウさんがそのお守りを付けています。クロウさんが持っていれば、少しでもゴンベエお兄さんとの繋がりがある。心の底ではそう考えたんです。」
自分でもよく分からないけれど、ゴンベエお兄さんに関わっていたかった。
「ゴンベエお兄さんは、私達の物を要らないから返すわけじゃないんです。」
ゴンベエお兄さんが、私たちの物をどんなに大事にしてくれていたかをクロウさんから聞いている。
「自分が行く世界に持っていけないから、クロウさんに託したんだと思います。きっと、せっかくの思い出を持っていきたかったのに……」
ともすれば夢だったのか、と思うほどに儚く短い存在だった。
でも、ゴンベエお兄さんはちゃんと存在した。
「私たちに、思い出を残してくれたんじゃないでしょうか」
存在して、その思い出は今も私達の心に残っている。
「ゴンベエお兄さんならきっとこう言います。『忘れて欲しくない。でも自分に縛られないで欲しい』って」
存在したことを忘れないために、私たちは思い出の物を受け取るべきだと思う。
そうして、自分の納得のいく形でそのことを受け入れるべきだ。
そうすれば忘れるはずがない。
忘れないように思い続ける限り、絶対に。

……パン、パン、パンとゆっくりした拍手の音で我に返った。
「見事な物だ。よくぞ言ってくれたね。」
オーバさんが穏やかな口調で褒めてくれた。
「ゴンベエのことを過去のことにしたくない気持ちは分かるよ。でも現実に過去のことなんだ。せめて思い出として忘れないことが、唯一ゴンベエに対して出来る事じゃないのかい?もちろん、思い出に縛られちゃ行けないけれどね」
よく言われる陳腐な言葉だけれどね、とオーバさんは笑っていった。でも、見失いがちだからこそ何度も言われるのだし、その言葉で救われる人もいるのだろう。
しばらくしてシズナお姉さんが、ゆっくりとした穏やかな口調で話し始めた。
「私、ゴンベエさんに会いたいだけでした。会えないことは分かっていたのにだだこねて……まるで子供ですね」
自嘲するような感じはなかった。シズナお姉さんのすぐ近くにいるクロウさんの、優しく見守っている様子がよく分かった。
「ゴンベエさんがこれを持っていれば、いつかきっと返しに来てくれる。だなんて勝手に思って。無意識のうちにゴンベエさんのこと、縛っちゃったのかもしれません」
シズナお姉さんの言葉は優しく笑っている。シンお兄さんもほっとしたように軽く息を付いていた。
「もう思い出に縛られたりしません。もちろん忘れたりもしません」
はっきりとそう言って聖印を受け取ってくれた。届けてくれてありがとう、と優しく言われた。
その言葉を噛みしめてどういたしまして、と言う。
とシンお兄さんとオーバさんからもお礼を言われた。それにも丁寧に言葉を返す。
クロウさんも、届けた甲斐があるものだ、と誇らしげに言っていた。
冗談交じりにオーバさんは、ゴンベエお兄さんがが間違いなくこっちに来るように、クロウさんを人質にするのもいいかもしれないと言っていた。みんなも笑いながら賛成したけれど、良い考えかも知れなかった。
クロウさんもできることならそうしたいな、と言っていた。ゴンベエお兄さんとクロウさんが一緒にいてくれる。いつか本当にそうなったら良いな、と私も思う。

その後、シズナお姉さんに連れられて、近くの川に水を浴びに行くことにした。やっぱり歩いていて汗もかいていたし、さっぱりしたかった。クロウさんはずいぶん迷っていたが、森は通らないし、くシズナお姉さんが居るなら大丈夫だろうと言っていた。まだ返すべきものがあるそうで、時間を無駄にしない意味でも良いそうだ。私も手伝うと申し出たのだけれど、元々自分の仕事だと言われてしまった。
クロウさんはまた何か気を使っているようだった。大丈夫だろうか。

シズナお姉さんに手を引かれて外に出る。空いている方の手で着替えを持つ。シズナお姉さんの手は、暖かく乾いていた。ハーネスとはまた違った感覚だ。
家から出てすぐに忘れ物に気が付いた。
「あの、シズナお姉さん。私タオル荷物の中に置いて来ちゃって……」
少しうっかりしていた。無ければ困る物だ。もしかしたら貸してくれるかも知れないけれど迷惑はあまりかけたくない。
やっぱりシズナお姉さんは、貸してくれると言ってくれたのだけれどそれはやっぱり悪いと思う。
甘えたい気持ちもあるのだけれど、私は目が見えないだけで他の人に苦労させてしまっているのだ。必要以上に甘えることはしたくない。
そう伝えると、シズナお姉さんはくすくす笑った。
「じゃあ一度取りに戻りましょう」
返事をして、再び一緒に家に向かって歩き始める。扉の前に来たとき、クロウさんたちの話し声が聞こえた。
盗み聞きをするつもりはなかったのだけれど、入りにくくてしばらくその場に立っていた。

――それは自分達で解決するから、あんたが気にする事じゃないよ。あんたはお嬢ちゃんを支えてあげな。
――心得た。
――さ、ところで誰に何を届けるんだい?事と次第によっちゃ手伝ってあげようかね。
――あまり重い物は持てませんけれど、僕も手伝います。
――気持ちは嬉しいのだが、我の仕事から代わってもらう分けにはいかない。鍛冶屋のガランに預かった物がある。買ったに近いのだが景品をもらった。
――そうですか。でも大変だと思ったら言ってくださいね。
――いや、気にはしないでくれ。では行ってくる。
――ヒッヒッヒ。この本の内容より私の方がずっと行けてるんじゃないかい?盾は返さないと行けないね。
――あのオーバさん、そう言う本はあまり開かないで頂きたいのですが。
――いつの間に荷物からー!?確か我は一番底に入れておいたはず!?
――この写真は置いて行きな。大事にするからねぇヒッヒッヒ。
――ぎゃぁぁ!持っていくのも嫌だが良いのかこれでー!?

シズナお姉さんは少し躊躇ったあとノックをした。すぐにシンお兄さんが出てきてくれた。
シンお兄さんとクロウさんに何があったのか聞いてみると。
「時々見えない方が幸せなこともある」
と言われてしまった。
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