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リレー小説企画『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 by 風柳 2008/04/13 (Sun) 21:33
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桜も大方の地域では散り始めてきた今日この頃、モニターの前の皆さまにおかれましてはますますご健勝のことと思われます。
・・・なんて、堅苦しい挨拶はこれ以上続ける自信が微塵もありませんっ。

というわけで皆さんこんにちは。
この度は当企画に興味を持っていただいてありがとうございます!
交流BBSに新設されたテキストBBS関連スレッドにて立ち上がりましたこの企画を、いよいよ実際に始動できることになったことに正直言って私自身興奮を隠し切れません。

申し遅れました、私はテキストBBSにて拙著を何作か公開させていただいております風柳という者です。
初めましてな方もそうでない方も、今後ともよろしくお願いします。

さて、それではそろそろ具体的な企画説明の方に移らせていただきたいと思います。
最初の企画ということもあり、基本的なルールは非常にシンプルで簡単なものとなっています。
今回の企画は表題にも掲げさせていただきました通り、『リレー小説』となっています。
その言葉で内容を理解していただける方も多いでしょうが、リレー小説とは複数の作者によって順番に書き上げられたひとつの小説作品のことを言います。
今回はそのリレー小説を、皆さんご存知『シルフェイド幻想譚』をテーマに書かせていただきたいと思います。

もう少し詳しいルールを説明しましょう。
当企画のコンセプトはずばり『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』。
つまり、各作者さんが主人公の歩む一日を一話としてそれぞれ担当することによってシルフェイド幻想譚の世界を書き上げようというものです。
ストーリー、設定等は原則として原作シルフェイド幻想譚でのそれらを尊重することにし、オリジナル要素は極力排除することに努めます。
ただし原作に存在するフラグについては、それが主人公の自然な行動を阻害する場合についてはある程度無視することを容認しています。

また、ジャンルにつきましては基本的に各作者さんの裁量に委ねています。
シリアスな展開の直後にコメディチックな流れになっても、それはある意味では当企画の醍醐味として笑って受け入れていただければ幸いです。
ただし、そのコンセプトから過度に作品やキャラクターを崩壊させるような展開、ギャグについては禁止としています。
また当掲示板は多数の方の目に留まるということもあり、過度のエログロ等も禁止とさせていただいています。

参加者および、一巡目のリレーの順番は以下の通りとなっています。

プロローグ:風柳
一日目  :オタパ
二日目  :神凪
三日目  :慶
四日目  :もげ
五日目  ;風柳
六日目〜十日目:未定(以上五名でもう一度抽選を行います)
エピローグ:もげ

各作者さんに対して綿密な締め切りというものを設けているわけではありませんので、更新のペースはかなりまちまちになってしまうことと思われます。
それでも最後までお付き合いくださればと思います。

最後に、私を始めとして全ての作家さんは読者の方からいただく感想の言葉を養分として成長しています。
図々しいお願いであることは重々承知しているのですが、ここであえてこう記すことをお許しください。
当企画作品を通して何かを感じていただけたなら、どんな短い言葉でも構いませんのでお伝えいただければこれ以上の幸せはありません、と。



当テキストBBSでは、投稿作品に感想を書き込む際のルールが少しわかりにくくなっています。
ここで簡単に説明させていただくならば、それは『該当作品の、一番下の記事に返信する』という形を取っていただきたいということです。

例を挙げましょう。
テキストBBSに書き込まれている拙著『ある穏やかな日の小話』に感想を書き込む際は、作品記事である『件名:ある穏やかな日の小話』に返信するのではなく、同スレッドの一番下の記事、『件名:感謝を書くっきゃないっ』に返信していただきたい、ということです。

お手数をお掛けしますが、以上の点をよろしくお願いします。
7988
プロローグ by 風柳 2008/04/13 (Sun) 23:47
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君の瞳には何が映る?
君の耳には何が聞こえる?
君の鼻には何が香る?

少しでもいいから教えてほしいんだ。
君のことを。君が住む世界のことを。
それが僕の世界を照らす光だから。

僕の感覚は未だ閉じられてしまってる。
でも恐れない。迷わない。
直に訪れる朝の明るさを僕は知っているから。

君はこれから幾度も困難に立ち向かうだろう。
時に傷つき、時には傷つけ、心が体が痛みを訴えるだろう。
そんな時は思い出して、僕がいつもそばにいるから。

だから迷わず踏み出してごらん。
方角なんて決めなくたって構わない。
どこにたどり着いたとしても、君自身がそれを誇れる旅路にすればいい。

もう一度言うよ。何度でも言うよ。
僕はいつでも君のそばにいる。
だから君は、その一歩を恐れないで。





どうにもならないって思ってた。
何度やり直してみても、敷かれたレールからは逃れられない。
私にできることは、ただただ連結部で適切な判断を下すだけ。

繰り返す日常、変わらない仲間、退屈な日々。
永遠はあるとその頃の私は思っていた。
ただしそれは自由の園ではなく、単なる牢獄として。

でも、最近こう思うようにもなってきた。
たとえレールから逃げ出したとしても『脱輪』なんて笑えない。
くだらない日常だとしても、それで乗客が満足してくれるならいいじゃないか。

運命に従って何が悪い。
どうして道を自分で切り開かなくちゃならない?
誰にでもできると思ったら大違いだ。

要はそれを自分自身が誇れるかどうか。
私は運命の放浪者ですと、胸を張ってそう言えるかどうかだ。
卑屈ではなく、本当に心からそう思えるかどうかだ。

もう一度言おう。何度でも言おう。
私は運命を生きている。
だから私は、何物にも迷わない。





かくして物語の幕は上がる。
演ずるのは僕。君はただそれを見ているだけでいい。
柔らかい客席から、どうか僕の舞を見守っていておくれ。

ただ、もしも君が僕に何かを感じたのなら――
その時は、どうか素直にそれを言葉にしてほしい。
それこそが僕に力を与えてくれるのだから。

さぁ、準備はいいかい?
それではそろそろ開演だ。
始まりの言葉は、君もよく知っている言葉だ。



――意識の海に漂う、そこのあなた・・・。
――私の声が、聞こえますか?

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『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 1日目 by オタパ 2008/04/18 (Fri) 11:55
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「意識の海に漂う、そこのあなた・・・・・・
 私の声が聞こえますか・・・・・・・・・?」

と、女性の声が聞こえてきた。

「私はリクレール・・・・・・。
 トーテムに呼び覚まされし全ての生命を導く者です・・・・・・。」

その声の主はリクレールという名前の人らしい。
トーテム・・・はよく分からなかったので今は考えないでおいた。

「あなたがこの世界に降り立つ前に、いくつか教えていただきたいことがあります・・・・・・。」

リクレールという人は淡々とした調子で話を進めている。

「まず、あなたの性別を教えてください・・・・・・。」

私はとりあえず質問に答えることにし、
自分が女性であることを教えた。

「あなたは女性なのですね・・・・・・。
 次に、あなたの名前を教えてください・・・・・・。」

自分の名前・・・・・・、暫く考えても思い出せなかった。
仕方ないので名前が無いことにした。

「まあ・・・あなたには名前がないのですか・・・・・・?
 では、私が名前を付けてさしあげましょう・・・・・・。」

名前を付けてくれることになった。
・・・・・・変な名前にならないことを祈った。

「名前は・・・・・・そうですね・・・・・・。」

リクレールという人は暫く考えている。
少し時間がたって、名前が決まったらしい。

「・・・・・・ゴンベエさんとナナシさん、
 どちらの名前が良いですか・・・・・・?」

・・・想像した名前より普通だったが、祈ったより変な名前に感じた。
女性でゴンベイは・・・と思ったので、ナナシにした。

「分かりました・・・・・・これから、あなたの名前はナナシさんです・・・・・・。」

「ではナナシさん、次の質問です・・・・・・。
 これから始まる旅では、多くの戦いを切り抜けなければなりません・・・・・・。」

どうやら自分は旅をすることになるらしい。
戦い・・・・・・苦手とは言わないが得意とも言えない。

「そこで、これからの旅を乗り切るために、
 あなたを導く神獣『トーテム』の力を一つだけ授けましょう・・・・・・。」

トーテムは神獣らしい、そしてその力で戦いが楽になるらしい、私は少々安堵した。

「あなたの求めるトーテムは、次の内のどれに当たりますか・・・・・・?」

リクレールという人はそう言って3匹のトーテムを紹介した。
・・・ついでに理力とは何かということも教えてもらった。

私は肉体での戦いは苦手な方なので、スケイルにした。

「分かりました・・・・・・。
 あなたのトーテムはスケイルですね・・・・・・。」

「これで質問は終わりです・・・・・・。」

質問が終わったらしい、・・・・・・これだけでいいの?

「残りの必要な説明は、あなたが世界に降りてからにいたしましょう・・・・・・。
 さあ、シルフェイドの世界へと降り立つ時が来ましたよ・・・・・・。」

そして私は光の柱に包まれ、シルフェイドという世界へ降り立った。



降り立った場所は森の中だった。
少し周囲を見回している内に、世界が光に包まれた。

そして空中から、獣耳と角を生やした人が現れた。

「・・・・・・ナナシさん、見えますか?私です、リクレールです・・・・・・。」

どうやらこの人がリクレールのようだ。

「まず最初に、シルフェイドの世界へようこそ・・・・・・。
 ここは、私の作った名もなき天空大陸。
 人々が平和に暮らせる世界・・・・・・のつもりでした。」

・・・つもりでした?

「ですが間もなく、この島に悪いことが起きようとしています・・・・・・。
 この島のすべての人々にかかわる、
 とても大きな『災い』が起きようとしているのです・・・・・・。」

「災い・・・?」と私は呟いた。

「・・・・・・『災い』の正体は分かりません。
 ただ、15日後にそれが起こる、ということだけが、私には分かるのです・・・・・・。」

私は、15日後に何らかの災いが起こる、と覚えておくことにした。

「・・・・・・そこで、あなたにお願いがあります。
 あなたに、これからどんな災いが起ころうとしているのかを、
 どうか見つけだして欲しいのです・・・・・・。」

「そして出来ることなら、その災いが起こる前に、
 何とか阻止していただきたいと思っています・・・・・・。」

災いを15日で阻止する・・・・・・一からそれは難しいんじゃないかと思った。

「・・・・・・そのために、あなたに3つの力を授けましょう・・・・・・。」

3つの力か・・・・・・それで少しは楽になればいいんだけれど・・・。

「一つ目の力は、トーテムの力・・・・・・。
 あなたは、その身に宿るトーテムにより
 普通の人間とは比べものにならない力を身につける事ができるでしょう・・・・・・。」

・・・って、それ降り立つ前にくれたんじゃないの?という疑問は胸にしまっておいた。

「二つ目の力は、15個の命・・・・・・。
 あなたは戦いで命を落としても、
 15回まで私が新しい体を作ってさしあげる事ができます・・・・・・。」

ということは計算上1日1個・・・って、そんなに死ぬ気は無いんだけど。

「三つ目の力は、この世界の人々と話をするための言葉・・・・・・。
 この島の人々の話や文字は、あなたが理解できる言葉として
 認識できるようになるはずです・・・・・・。」

それは正直助かる、会話が通じないとなると色々厄介なことになるし。

「・・・・・・これらの力を使い、この世界に起ころうとしてる災いを見つけ、
 そしてどうかそれを防いでください・・・・・・。」

「・・・・・・。」

暫く黙り込んだので、ん?と私は思った。

「・・・・・・これが身勝手なお願いかもしれないという事は、分かっています・・・・・・。
 これまでに説明した私のお願い・・・・・・聞いていただけますか?」

ここまで来て今更断る気は無いので、私は承諾した。

「・・・・・・ありがとうございます。
 意識の海から見つけられたのがあなたで、本当に良かった・・・・・・。」

しかし私には一つ疑問があったので、聞いてみた。

「・・・質問なんだけど。」

「はい、何でしょう・・・?」

「仮に断った場合、私はどうなるの?」

すると、リクレールは残念そうな顔で淡々とこう言った。

「・・・断った場合・・・ですか・・・、・・・・・・ナナシさんには申し訳ないのですが、
 崖から16回落として意識の海へ戻ってもらい、別の人を見つけます・・・・・・。」

「わざわざ16回も崖から落とすの!!?」

私は色々と驚いた、1回落として肉体を作らなかったらいい話じゃないの!?等、
色々言いたいことはあったが抑えておいた。

「・・・・・・私は、あなたの旅の無事を祈っています・・・・・・。
 これから15日間・・・・・・どうかあなたにトーテムの加護がありますように・・・・・・。」

そしてリクレールは消え、世界を包んでいた光も消えていき、再び森の中にいた。

「・・・・・・私の声が聞こえますか?」

突然、別の声が聞こえた。

「私はスケイル、あなたのお手伝いをするためにつかわされたトーテムです。」

「これからナナシ様に様々なアドバイスをいたしますので、
 不安な時はいつでも相談してください。」

「私とナナシ様は、言葉を交わさずともお話ができますから、
 いつでもどこでもお話をしてくださって結構ですよ。」

「では何はともあれ、まずはここから移動しましょう。」

・・・そういうことで、移動することにした。


【時間:06:00】
森を出てすぐ、街を見つけた。

「まずはあの街へ行ってみようかな。」

そう言って私は街へ行った。


【時間:06:10】
街に着いた、が、

ドン!

「きゃっ!?」

直後に背後から衝撃を受けた。

「ただいま!今さっき城の仕事終わったー!
 っていうか大ニュース大ニュース!!ちょっと聞いてくれよおまえら!」

どうやら兵士が小屋へ急いでいたらしい。

「ナナシ様、大丈夫ですか?」

スケイルが心配そうに訊いた。

「・・・一応大丈夫よ。」

驚いた気持ちを落ち着けながら私は答えた。

「何だか、とても興奮した様子の兵士さんでしたね。」

少し考えて私は、

「・・・大ニュース・・・か、聞いていこうかな。」

と言って、小屋の中に入った。


「いいか、よく聞いてくれよ!
 ちょっと前な、エージス隊長が城に呼ばれた事あったろ!?
 もう聞いてるかもしんないけど、エージス隊長、魔王倒しに旅に出たんだよ!」

「ちょっと長くなるけど、この話聞きたいよな、お前ら!なっなっ?」

私はとりあえず横で聞いてることにした。

「じゃあ話すぞ!これは一週間ぐらい前の事で・・・・・・。」

そしてその兵士は、1分間くらい話をした。


「・・・・・・ってワケ、どうよ!?
 あーでも、もうエージス隊長から聞いたかな?」

すると、他の兵士達は「え?」という顔をした。

そしてその内の一人の兵士が言った。

「ちょっと待ってくれ、エージス隊長、帰って来てないぞ!?」

すると話をしていた兵士は驚いた。

「えっ、マジ!?
 でも確かにサーショの街に帰るって言ってたハズなんだけど・・・・・・あれ?」

サーショの街に帰ると言ってたけど、帰ってない・・・・・・。

「・・・一体、どうしたんでしょうか?」

スケイルは不思議そうに言った。

「う〜ん・・・・・・。」

少し考えたけど、今考えていても仕方ないと思ったので今はとりあえず小屋を出ることにした。


少し街を散歩していたら、ある家の中で声が聞こえた。
私はその家に近づいた。

「姉さん・・・・・・そろそろ、北西の森で薬草取ってくるよ・・・・・・。
 ・・・・・・。
 早く病気が良くなればいいのにね・・・・・・。」

その話が聞こえた後、足音からして中にいる男性は扉の前に来たことが分かった。

「・・・・・・姉さん、いってきます。」

扉が開いた。

「あの・・・・・・。今から、出かけますから・・・・・・。
 用事があれば、僕が帰ってからにしてください。」

そう言って男性は出かけた。

「推測するに、姉と弟で二人暮らしのようですね、今の方。
 お姉さん、もしかして寝たきりの身なのでしょうか?大変そうですね・・・・・・」

スケイルは心配そうに言った。

「でも、武器も持たずに森へ行くなんて、
 いくら何でも危険すぎると思うのですが・・・・・・。」

・・・・・・私はその言葉であることに気が付き、ため息をした。

「・・・ナナシ様、どうかしましたか?」

スケイルの問いに対して、私は無言でサイフの口を下にして振った。

「あ・・・・・・。」

スケイルは気付いた。
そう、今自分達はお金を持っていないのでこちらも武器無しということになる。

「だ・・・大丈夫ですよ!こちらには理力がありますから!」

フォローするようにスケイルは言った。

「・・・大丈夫かなあ・・・。」

私はため息混じりにそう言った。
あの男性の無事も気になったので、
私は街の入り口の兵士にいくつか薬をもらって街を出た。


【時間:7:00】
約40分前に森に着いてからあの男性を捜し回り、
途中で戦闘もあったがなんとか男性を見つけた。

が、その男性はトカゲの兵士に襲われていた。

「あ、あの人、襲われていますよ!どうするんですか!?」

スケイルが慌てた様子で聞いた。

「行くわよ!」

もたもたしていたらあの男性は殺される、私はすぐに決断した。

素早くトカゲ兵に近づいた。
トカゲ兵もそれに気が付いて、戦闘になった。

少々苦戦しかけたが、理力を使って勝利した。

「くそっ、まさか伏兵がいたとは・・・・・・ゴフッ!」

トカゲ兵は倒れた。
私は周囲の安全を確認した。

「・・・・・・す、すみません、助けていただいて・・・・・・。」

確認が終わった頃に、男性が言った。

「あの、家の前で会った人・・・・・・ですよね?
 ・・・・・・。
 ・・・・・・よければ、あなたの名前を教えていただけませんか・・・・・・?」

「ナナシよ。」

私はとりあえず名前を教えた。

「ナナシさん、ですか・・・・・・。
 いい名前ですね・・・・・・。」

・・・・・・こんな事思うのもなんだけど、いいの?

「・・・・・・。」

男性は立ち上がった。

「大丈夫なの?」

私は訊いた。

「あっ、僕のケガは・・・・・・大丈夫ですから。
 それでは・・・・・・これで・・・・・・。」

男性は少し歩いて、振り向いた。

「・・・・・・ありがとう・・・・・・ございました。」

そして男性は帰っていった。

「あの人、助かって良かったですね。
 ケガも軽かったですし、大丈夫だと思いますよ。」

とスケイルは言った。

「それにしてもあの人、いつもこんな危ない状況で薬草を
 採取しているのでしょうか・・・・・・。
 ちょっと、心配になりますね・・・・・・。」

・・・確かに、こんな事が二度も三度もあったらたまらないだろうなと思った。


森を出たところで、たき火の煙が見えたのでそこへ行ってみた。
そこにはバンダナを巻いた男がいた。
どうやら世界を一周する旅をしてる途中らしい。
彼から、あの男性がサーショの街に帰ってくのを目撃したことや、
ここから北東に洞窟があることを聞いてサーショの街に戻った。


【時間:07:30】
私達はサーショに着いた。

「ナナシ様、これからどうするんですか?」

スケイルの質問に私は、

「とりあえず・・・休むわ。」

と答えた。

そういうことで、宿屋『旅人の巣』へ行った。
どうやらクイズに正解すればタダで泊まれるらしい。
私はクイズに正解し、休憩した。


【時間:09:00】
その後私はあの男性が無事帰っているか確かめるために家に行った。

私はドアを開けた、男性はちゃんと帰ってきていた。

「あっ、あなたはナナシさん・・・・・・。
 ・・・・・・あの時はどうも、ありがとうございました・・・・・・。」

男性はお礼を言ったので、

「いいのよ。」

と私は言った。

「僕の名前、まだ言ってませんでしたよね・・・・・・。」

と男性は言った。・・・そういえば聞いてなかった。

「僕の名前は、シンと言います・・・・・・。」

彼の名前はシンというらしい。

「ベッドで眠っている女性が、姉のシズナです・・・・・・。」

そして姉の名前はシズナというらしい。

「あの・・・・・・。
 ・・・・・・。」

シンは何かを言いたそうな感じだったが、

「・・・・・・いえ、何でもありません。」

と言って終わらせた。

「・・・シズナさん、どうかしたの?」

と、私は訊いた。シンは、

「・・・去年から突然病気で倒れてしまって・・・・・・ずっとそのまま眠ったままで・・・・・・。」

と答えた。

「・・・・・・。
 この街から北西の森で採れる、
 とても新鮮な薬草だけが病気の進行を抑えられるそうで・・・・・・。
 だから、毎日取りに行ってるんです・・・・・・。」

「そう・・・。」

と私は答えた。
シンは話を続けた。

「本当は、この病気によく効くエルークスという薬があるそうですが・・・
 ・・・・・・貧しくて手が出なくて・・・・・・。
 ・・・・・・。
 すみません、こんな事言っても、仕方ないですよね・・・・・・。」

「・・・・・・。」

私は暫くして、挨拶した後家を出た。

その後、戦闘で手に入れたお金で治癒を教わって、街を出た。


その後私は北東にある洞窟へ行ってみた。
その洞窟の奥には光の玉が浮いていた。
その玉に触れてみたら、光に包まれ、リクレールが現れた。
そして少し強くしてもらった。
・・・スケイルによると、あれは虚像らしい。
私は洞窟を出た。


【10:50】
サーショの街に戻って、途中で手に入れたお金で防具を買って、休憩した。


休憩が終わって、

「これからどうするんですか?」

とスケイルが訊いたので、私は、

「そうね・・・、折角だし、川を渡って東へ行ってみるわ。」

と答えて、街を出た。


暫く東へ進んでいくと、街が見えたので行ってみた。


【13:20】
街に着いた。
この街で暮らしている人の話を聞いて、ここはシイルの街だということが分かった。
そして予言者の話も聞いたので、そこへ行ってみた。

道具屋に入ったとき、話し声が聞こえた。

「えーと、明日の昼にトニーさんが来て、それ以外は誰も来ないのね?」

「うん・・・・・・トニーさんは、結婚が取り消されないかどうかを聞きに来るみたい。」

二人の女性・・・というより、女性と女の子が話をしているらしい。

「他には、あさってまで、お客さんも相談したいっていう人も誰も来ないよ。」

「分かったわ、それじゃあ今日はもうお店を閉めても大丈夫なのね・・・・・・。」

・・・話を聞いてる限りでは、女の子の方が予言者らしい。

「・・・・・・。
 ・・・・・・何だかいつも悪いわね、ウリユ。」

「えっ、そんなことないよ・・・・・・。
 だってわたし、目が見えないから店番もできないし・・・・・・。
 だから・・・・・・ちょっとでもお母さんの役に立ちたいし・・・・・・。」

「もう、この子ったら・・・・・・。」

どうやらウリユという女の子とその母親の二人暮らしらしい。

「・・・・・・とりあえず、今日誰も来ないなら、お店を閉めてくるわね。」

・・・あれ?いるんだけど?

そして別の部屋から女性が出てきた、恐らくウリユという子の母親だと思う。

「・・・・・・え?」

その人は驚いた。・・・予言が外れたのだろうか?

「あっ、いらっしゃいませー、お待たせしてごめんなさいね。」

頭を切り替えたようにそう言って、位置に着いた。

(どうしたのかしら、今日は誰も来ないはずじゃ・・・・・・。
 ウリユの予言が外れるなんて一度もなかったのに・・・・・・)

しかしその人は不思議そうな顔をしていた。
余程予想外のことだったんだろうなと思った。

私は予言者に会いに来たことを言って、部屋に入った。

「・・・・・・えっ?」

ウリユという女の子は驚いた。

「あの・・・・・・誰?
 ・・・・・・。
 お、お母さ〜ん・・・・・・。」

ウリユという子は動揺している様子で母親を呼んだ。
そして母親が部屋に来た。

「どうしたの、ウリユ?」

「こ、この人、誰・・・・・・?」

「えっ?人と会う時は、いつも会う前から名前が分かってるじゃない。」

どうやら普通なら会う前から名前が分かってるらしい、やっぱりこの子が予言者だと思った。

「わ、分からないの・・・・・・。
 どうしよう・・・・・・。」

「まあ・・・・・・ウリユに分からない事があるなんて・・・・・・。」

少しして、ウリユという子の母親は、

「あの、失礼ですけれど、あなたのお名前は?」

と訊いたので、私は「ナナシです。」と答えた。

「ナナシさん、ですか?
 それで・・・・・・ウリユ、ナナシさんが誰だか分かる?」

ウリユの母親は訊いた。

「・・・・・・やっぱり、分からないみたい。」

とウリユは答えた。

「そう・・・・・・。」

少しして、ウリユという子が、

「あ、あの、ナナシさんってお兄さんなの?お姉さんなの?」

と訊いてきた。母親は、

「ナナシお姉さん、ですよね?」

と答えた。

「じゃ、じゃあ、ナナシお姉さん・・・・・・。
 ちょっとだけでいいから、おはなししたいの・・・・・・ダメかな?」

とウリユが言ったので、私は

「いいわよ。」

と快く答えた。

「えっ、ほんと?」

ウリユという子は嬉しそうに言った。

「まあ・・・・・・本当にいいんですか?
 娘のわがままに付き合わせてしまって、何だか申し訳ないですけど・・・・・・。」

とウリユの母親が申し訳なさそうに言って、

「・・・・・・じゃあ、せめてお茶でも用意してきますね。」

と言って、部屋を出た。

「あ、あのね・・・・・・聞いていい?
 ・・・・・・ナナシお姉さんってどこからやってきたの?」

とウリユは訊いた。

「『どこからやってきたか』ですか・・・・・・なんと答えましょう?」

とスケイルは訊いた。
私はとりあえず正直に、

「この世界の外から来たの。」

と言った。

「やっぱりそうなんだ・・・・・・。」

とウリユは言った。・・・普通に信じたみたい。

「ナナシお姉さんが来るのが見えなかったから、
 一体どこから来たのかなって思って・・・・・・。」

「・・・・・・。」

ウリユは少し黙り込んだ。

「あの・・・・・・旅のおはなしとか、聞いてもいい・・・・・・?
 予知っていうけどね、わたしのは自分の周りのことだけしか分からなくってね・・・・・・。
 だから・・・・・・わたしの知らないおはなし、いっぱい教えてほしいな、って。」

とウリユが言った。私は、

「いいわよ。」

と再び快く言った。その後ウリユの母親が来て、

「はい、お茶が入りましたよ、ナナシさん。」

と言って、お茶を持ってきてくれた。

「ありがとうございます。」

私はお礼を言って、お茶を飲んだ。

その後、旅の事や日常の話などウリユとたわいもない会話をした・・・・・・。

そして、1時間後・・・・・・。


【14:22】
「そういえば、ナナシお姉さんってどうしてここへ来たの?」

とウリユが訊いた。
とりあえず予言してもらう為に来たのではないので、

「ただ何となくよ。」

と答えた。

「そうなんだ・・・・・・。」

ウリユは安堵したように言った。

「予言して欲しいって言われたら、どうしようって思っちゃったから・・・・・・。」

・・・確かにね、と思った。

「あのね、わたし、ナナシお姉さんの未来がこれからどうなるのか、全然分からないの・・・・・・。
 他の人がどんな未来になるのかは、分かるし、絶対に当たるんだけど・・・・・・。
 ナナシお姉さんって、なんだか特別な人みたい・・・・・・。」

特別な人・・・・・・、まあ確かに15回も生き返れるし、あと色々と特別だけど・・・・・・。

「何が特別かって言われても、ちょっと言いにくいんだけど・・・・・・。」

とウリユが話していると、ウリユの母親が来て、

「あの、だいぶ話し込んでますけど、旅の方はいいんですか?」

と訊いた。ウリユはハッとした調子で、

「あっ、そっか・・・・・・ナナシお姉さんもやる事があるんだよね。
 じゃあ、今日はこの辺でお別れだね・・・・・・」

ウリユは少し残念そうに言った。

「・・・・・・。
 あの・・・・・・。
 今日はありがとう、ナナシお姉さん。
 明日も来てくれたら、うれしいな・・・・・・。」

とウリユは言った。

私は二人に挨拶をして、街を出た。

そして途中魔物との戦闘もあったが、私はサーショに戻った。
そしてまた休憩した。

休憩が終わって、リーリルの街のことを聞いたので行ってみることにした。
途中で夕方になったが、リーリルの街に着いた。
そこでトカゲ兵の砦の話を聞いたので、その周辺まで行ってみることにした。


【18:00】
砦周辺に着く前に夜になった。

「夜ですね・・・。」

とスケイルは言った。

「そうね〜・・・。」

と私は返した。

スケイルは話を続けた。

「私のようなトーテムには夜空の冷たさは分かりませんが、
 星や月の美しさは分かるんですよ。
 ナナシ様は、星は好きですか?」

と質問してきたので、

「好きよ。」

と答えた。
するとスケイルは嬉しそうに、

「あっ、ナナシ様は星の美しさを分かってくれるんですね!?
 リクレール様ったら、星なんて惑星に光が反射してるだけで
 何も面白くないって言ってるんですよ!
 リクレール様はちょっとロマンに欠けていると思います!」

・・・途中でリクレールに対する愚痴に変わっていた。

その後砦周辺の森で適当に実力を計った。


【21:20】
そこそこお金が貯まったところで、エルークス薬のことを思い出したので、
私はリーリルへ戻って薬を買った。

そしてワープ屋の話を聞いたので、そこへ行ってサーショへ行った。


【22:23】
そしてシンの家に行き、薬を渡した。

「えっ、これは・・・・・・エルークス薬・・・・・・?」

シンは驚いた様子で言った。

「ほ、本当に・・・・・・いいんですか?こんな高価な物を・・・・・・。」

「いいのよ。」

と私は時間を措かずに言った。

「あの・・・・・・。
 あとで・・・・・・姉さんに飲ませます・・・・・・。
 あっ、ありがとう・・・・・・ございました・・・・・・。」

そして挨拶をして家を出て、宿屋へ行った。
部屋に入って、

「ナナシ様、トカゲ兵の砦はどうするんですか?」

とスケイルが訊いたので、

「う〜ん・・・・・・。」

と、私は暫く考えた。そして、

「寝ながら考えるわ。」

と言って私は横になった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『後書き』

〜小説を書いた感想〜
・・・正直恐怖です(滝汗

〜ジャンル〜
無し・・・というより現段階では未定です、次以降の方にお任せします。

〜主人公の性格〜
・・・・・・・・・・・・気分屋?
・・・自分の心に従って行動する・・・という感じ?
・・・・・・曖昧ですみません(汗

〜視点〜
主人公視点です。

〜時間について〜
四捨五入&微調整をしました。

〜次のお方(神凪様)へ〜
(余計なお世話と思いながらも念のために)
起きる時間はご自由にどうぞ。


〜最後に〜
どこか間違えているところがありましたらすみません。
7992
『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 2日目 by 神凪 2008/04/30 (Wed) 22:48
△up
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【6:00】

 夢を見る眠りは浅い眠りらしい。つまり、私はいきなり旅に出ろと言われて泳いだり歩いたり戦ったりしたのだが、それほど疲れていないという事だろう。何の夢を見たのかは忘れたけど……。

「起きてくださーい!」

 私は宿屋の主人の大声で目が覚めた。向こうも商売だ。そう長居しては悪いと思い、私はあわてて荷物を纏めて部屋を出た。荷物といっても、ショートブレイド一本にマント一着、回復薬数個……という所なのだけど。

 宿屋を出て、ほんの少し廊下を歩くだけで、そこはパブになっている。旅人や町人、兵士達が一緒になって食事を取っていた。サーショ唯一の食事処とあって、それなりに繁盛しているらしかった。

「おはよう、今朝はよく眠れましたか?」

 きさくに話しかけてきた主人に適当に応えて、そこで適当に朝食を注文すると、私はカウンター席に座った。噂話でも聞こうかと耳を済ませたのは席についてからの数秒で、すぐにスケイルの声が聞こえて意識をそちらに集中させねばならなかった。

『ナナシ様、砦をどうするか、考えられましたか?』
「って言ってもねえ……」

 シンを助けたのは、目の前で消えようとしている同族を見捨てるのは忍びなかったからだが、それは即ち、あの名前も知らないトカゲ兵士の命は見捨てたという事だ。

 人間とトカゲ兵士の間にあるものが何か、それさえも知らない『異世界の人間』が、(落とせるかどうかは別問題にしても)トカゲ兵士の砦に攻撃を仕掛けるのは如何なものか。寝ながら考えられる人間などいない。適当にはぐらかしたのは、その辺りの整理がいまいち出来なかったからだ。

 私は暫く悩んだ後、

「リーリルに行こっか。まずは情報収集から始めないとね」

 程無くして目の前に暖かいスープと焼きたてのパン、綺麗なオレンジ色の果実が運ばれてくると、私はそれを勢い良く食べ始めた。昨日は結局何も食べられなかったので、お腹が空いていた。


【9:00】


「あの砦には近付かない方がいいですよ」
「あの近くの森では、一度に2,3匹の集団に襲われる事もよくあるんです」
「砦に連れ去られた人もいるってウワサで……うう、ヤダヤダ。早く平和になればいいのにねえ」

 とりあえず、結論。

「……・『あの砦について何か知ってるか』聞くのは間違いだったわ」

 砦=拠点。そもそも砦を立てる理由とは、戦略的に重要な拠点の防衛だ。そして戦略的に重要な拠点というのは即ち、攻めやすく守りやすい場所だ。そんな場所にトカゲ兵士の砦を立てられて、無頓着でいられる人間がいるはずも無かった。

 しかも、知名度は高い割に役立つ情報は少ない。皆似たような認識であり、『砦について詳しい人は誰か』聞いたほうが遥かに早く、正確な情報を得る事が出来ただろうと思われた。

「見た感じ、勝ち目の無い戦いとも思えないけど……」

 今日新しく買ったフォース≪雷光≫≪波動≫は、無理に剣と≪火炎≫、《治癒》のみで戦ってきた私にとって、新たな力になると思う。勝てないと分かれば退却すればいいのだし、(痛いのは嫌だけど)もし死んでも『生命の結晶』がある以上、十五回まで復活する事ができる。

 何より、

「連れ去られた人がいる、っていうのも気になるわね」

 同族の命は他の種族の命と比べると、どうしても重く見てしまう。


【9:30】


「我が同胞たちよ!」

 砦の正面扉は大きく開いていた。ラッキーかと思ったのも束の間、扉の先は大広間となっており、そこでは4人のトカゲ兵士と、1人の、今までに見たことの無い……紫色の肌のトカゲ兵士がいた。気付かれずに入るのは無理そうだと判断した私は、正面扉の脇に隠れた。

「魔王様の復活までこの砦を守り抜くのだ!よいな、皆の衆!」

 魔王。いかにも≪災い≫らしいワードだったが、スケイルは頭を振った。

『魔王というのは、これまでにこの世界に二度現れた事のある、強力な力を持つトカゲ人間です。確かに強いのですけど、一度目はリクレール様が、二度目は賢者様と勇者様が倒しています。今ではめっきり少なくなりましたけど、まだこの世界にはトーテム能力者はいるので、対抗出来ない程ではないハズなんです』
「そう……」

 魔王に勝てるかどうかはともかく、復活と言うからには今は休眠状態か何かなのだろうか。もしそうだとすれば、速やかに永久の眠りについていただきたいと私は思う。

「おー!」

 上官らしい紫の兵士の演説が終わり、他の兵士が気合の声をあげた所だった。

パキッ

 叫びの後、一瞬だけ静かになった砦の中で、小枝が折れる音は酷く明瞭に各々の聴覚を打ったハズだった。私が舌打ちする間もなく、上級兵士が声を張り上げていた。

「侵入者だ!!突撃ー!」

 4人の兵士が、陣形を組んで襲い掛かってくる。私はバックステップで距離を取り、剣を抜いた。

 自慢ではないけど、私は戦うのはそれほど得意ではない。トーテムを宿してステータスが上がっても、根本的な技術が上がるわけではない。当然剣を抜くという動作ひとつ取っても遅いわけだ。バックステップはその為の時間稼ぎ。

 右側から切りかかってきた兵士の剣を受け止めて、力任せに弾く。集中をする暇は無かった。

「≪波動≫!」
「がぁっ!?」

 まっすぐに飛んだ光は、トカゲ兵士の腹の辺りに直撃した。気絶させる事すら敵わない、それほど威力の無いフォースだったが、それでも体をくの字に折った兵士を庇うように、左側にいた別のひとりが立つ。振るわれた剣を受け止め、またもや力任せに弾き返すと、集中する。

「≪火炎≫!」

 斬りかかってきた兵士が炎に包まれて石畳を転がる。攻撃の直後に生まれる一瞬の隙を逃さず、先に背後に回っていたらしい残る2人の兵士が同時に背後から斬りかかってきたが、前方にダッシュして逃げる。目標は先ほど波動を浴びせた兵士。背後にはろくすっぽ狙いもつけずに牽制の≪雷光≫を放つ。その攻撃の成果も見ず、私はもう1度その兵士に向かって光弾を投げつけた。

「≪波動≫!」

 集中はしない。まっすぐに飛んだ光弾が兵士の右肩を射抜くと、立ち上がってこちらに走ってきていた兵士が大きくバランスを崩した。

 チャンス。集中し、私が≪火炎≫を放とうとした時―――右肩から侵入した異物感が、胸の辺りまで降りてきた。

「くっ、あぁああああああああああッ!?」

 今何をされたのか。頭以上に体がよく分かっており、内側から零れ出る血液は必死で留まろうとする。生命の結晶を持っていても、生命を維持する機能は変わらないと言う事か。激痛と呼んでもまだ足りない、魂まで焼き尽くされる地獄の業火に晒される気分。猛烈な吐き気に襲われた私は、次の瞬間朝食べたものを血塊と一緒に吐き出してしまっていた。

 吐瀉物が石畳を汚し、もう戦えなくなっている私の状態を伝えたが、どうでもよかった。今警備の兵士を全滅させねば、先ほど倒した兵士は別の兵士と入れ替わり、警備状態に変更は無い。ここで警備兵だけでも全滅させねばならない。

 その為の血液はまだ残っており、酸素が十分に行き届かなくなった頭が痛みを訴えているのは、体内を駆け回るアドレナリンが打ち消してくれていた。

 まだ、戦える。この場合においては幸いにして、瀕死の女の子にトドメをさせるような非情な兵士はここにはいないらしく、石畳に膝をつき、剣に寄りかかって体を支えている私に攻撃をしかけようとする者はいまの所いない。

 集中―――体の中で、ただ力が溜まっていく感覚があった。

「≪雷光≫!」

 完璧な不意打ちは、三人の兵士を薙ぎ払い、更に背後にいた上級兵士を後ろの扉に叩きつけた。ガハ、と唸った兵士の顔は見えず、急速に霞んでいく視界に舌打ちしつつも、まだ戦えると言う状態を演じ続けねばならないのが今の私の立場だった。

 最悪、この兵士にトドメを刺されるかもな―――と考えたのは杞憂でしかなかった。典型的な捨てゼリフと共に、その兵士は言葉どおりあっという間に逃げ、向こう側から鍵を閉めてくれた。

「く……≪治……癒≫……」

 傷口がゆっくりと癒着していく。私はゆっくりと立ち上がると、怪我を庇いながら砦を離れた。

 どうやら今日は、シンにエルークス薬を持っていってあげる事は出来そうに無い。


【10:30】


「……いやいやいや……ねえ?」
『ねえ、と言われましても……』

 エルークス薬の効果がやばすぎた。一分前まで瀕死だったのに、ごくごくと飲むだけで傷が治ってしまったのだ。クラートに末期の台詞を告げる事も覚悟していた私にとっては幸いだったが、幾らなんでも強力すぎるのではないかと思う。スケイルも同意見らしく、ヒかれてしまった。私が悪いわけじゃないっての。

 その事をクラートに言うと、彼は笑って言った。

「ははは。まぁ、1200シルバだしね」
「1200シルバで命が買えるなら安すぎよ!?」

 むしろもう一桁吊り上げても買う奴は買うのではないだろうか。実際に吊り上げられたら手が出なくなるのだが。

「まぁ、次からは無理をしないようにね。たったひとりで砦に乗り込むなんて、無謀以外の何でもないよ」
「う……うん……」

 自覚はあったのだが、最悪復活できるかと考えていた自分が甘かった。残り少ない力を振り絞って己に≪治癒≫をかけたのは、エルークス薬を買ってまで傷を癒したのは、ひとえに死にたくなかったからであり、それ以上の意味も理由も無い。

 命は大事にせねばならない。復活など出来れば使うものではない―――やむをえない場合を除いて、だが。

『集中をしている隙をつかれてしまいましたね』

 クラートと別れ、水路を渡る橋を越えた辺りで、スケイルが出し抜けにそう言った。

「うん……」

 今の私のフォースでは、≪波動≫だけでトカゲ兵士を倒す事は難しい。≪波動≫で牽制し、≪雷光≫や≪火炎≫でトドメ。それが私のスタイルになっていた。

 だが、集中している間、私は完璧に無防備になる。それを考えなければ、またエルークス薬のご厄介になるであろう事は疑い様が無かった。

 と、その時だ。傍のベンチで世間話に花を咲かせているおばさん2人の話し声が聞こえた。

 ムーの村で、集中の腕輪と呼ばれるものが売っている。いかにも、という名前に自然に耳が反応したという感じだった。次の瞬間には私は、ムーの村について情報を得るべくリーリルを出た。

 サーショの北西で野営をしていた旅人のキャンプがこの近くにある事は、こちらへ来る際に確認してあった。砦の事以外は特に重要でもない世間話の後、ムーの場所を聞いた私は、手を振って彼と別れた。

 ムーまで大体一時間。ひたすら南下していくだけなので、道に迷う心配はない―――そう教えられたままに、私はまっすぐに南を目指す。


【11:30】


 そろそろお腹が空いてくるくらいの時刻に、私はムーに着いた。

「あれが腕輪屋ね」

 いくつかの綺麗な腕輪を並べた露店があり、私はそこに近付いていった。隣で癒しの水を売っていた商人はスルーした。

「あの、≪集中の腕輪≫って売ってますか?」
「はい。こちらです……」

 一個三千シルバ。高い。が、集中力を高めると言う効果……ではなく、アクセサリとしての美しさは、かなり魅力的だった。

『動機が別だったらいいんですけどねえ……』

 スケイルが呆れたように言う横で、私は集中の腕輪を買い、早速嵌めてみた。

 特に激的な変化があるわけではない。だが、集中しよう、と思うと簡単に出来た。例えば耳を澄ませる事に集中すれば、肌を焼く陽光の暑さは無視できる、というように……。

「……これ、使えるわ」

 私は、すぐさまリーリルに帰った。もう1度砦に挑戦するつもりだった。


【12:30】


 リーリルで簡単な昼食を取ってから、私は森の中へ入った。

 入ってすぐ、巡回の兵士を物陰に隠れてやり過ごす。そのまま数メートルも進まないうちにまた隠れる羽目になり、私は小さく舌打ちした。

 森の巡回をやっている兵士が明らかに増えていた。理由は明白で、未だ砦の玄関口に倒れたままの四人の兵士達の死体だろう。『ただの人間にやられた』という情報は当然、逃げ出した上級兵士が伝えてしまったと見て間違いない。

 まぁ、私自身驚いている面もある。あまり戦いが得意ではない私に、たったひとりで四人を相手取り、勝てる日が来るとは。その事をスケイルに言うと、

『だって、あなたにはこの私が憑いているんですから』

 と返されてしまった。

 砦の門を潜る。警備兵はおらず、おそらく中で迎え撃つ準備を整えているのだろう。壁1枚隔てた向こうで相当殺気だった集団が待っている気配が伺える。私は受けて立つつもりで扉に向かったのだが。

「やっぱ、開いてないわね」

 上級兵士が閉ざした木の扉は、その気になれば吹っ飛ばせそうな民家のそれではなく、外敵を阻むべく設計された頑丈なものだ。回り道を見つける他に無く、東側にある別の扉も同じく開かないとなれば、西側の階段を上る他に選択肢が見つからない。

 だが、階段を上った先にも見張りの兵士が2人控えており、剣を抜いて飛び掛ってきた。

 出会った時に驚いていたように見えたのは気のせいではないだろう。きっと、ここまで深く砦に攻め入ってくる人間がいるなど誰も思いもしなかった……もしくは攻めてくるにしても大挙しての騒々しいものになると予想していたに違いない。私は凄腕の斥候とでも思われていたのだろう。

 悪いが、私はどの予想も裏切って今ここにいる。私も剣を抜き、兵士のひとりの剣を受け止めると、もうひとりが追いつくのを待って剣を僅かに引いた。ほんの少しだがバランスを崩した兵士の横っ面を平手で張り、ほんの少しの隙を致命的なそれに変える。と同時に、集中の腕輪により、全く隙を見せる事無く放った≪火炎≫が、もうひとりを業火の中に閉じ込めた。

 この世のものとは思えない絶叫が兵士の口から出て、すぐに静かになった。口から体内に侵入した火炎が、肺から心臓からカリカリに焼き尽くしたに違いなかったが、最初のひとりに仲間の死を詳しく分析する暇は与えられなかった。

 横薙ぎに振るわれたショートブレイドが、死神の鎌が持つ怜悧さを以って兵士の首を刎ねていた。派手に吹き上がった鮮血を避けて一歩下がった私は、兵士の亡骸ふたつを越えて階下へと続く階段を探し始めた。


【13:00】


 一対多は卑怯とよく言われるが、決して卑怯ではない。確実な勝利、少ない犠牲を望み、相手より多くの物量を投じるのはひとつの戦略である。

 戦略はそれひとつではないが、どんな戦いでも結局は事前に綿密なシナリオを立てて、シナリオ通りに敵と味方を動かした側が勝つのであり、『相手の10倍以上の戦力を持って始末する』という荒っぽいシナリオでも、即時対応が必要な状況では有効なものだろう。

 そう、頭では分かる。一対多は卑怯ではないし、一種の戦略である事は理解しているのだ。

 それでも、それを実際に実行されると少し話が変わってくるのではないかというのが私の意見だ。

「くっ!」

 先ほど玄関口にいた上級兵士の剣を受け止めながら、私はその圧力に歯を食い縛って耐えねばならなかった。≪剛力≫により強化された上級兵士の膂力は、トーテム能力者といえ理力主体の私には重過ぎた。

 一度目で腕が痺れ、二度目は避けて、三度目が肩口を浅く切り裂く。普段なら手早く治癒でもかけるのだが、今はそうもいっていられない。周りを敵に囲まれた状態で、他の兵士も相手にせねばならないからだ。

「≪雷光≫!」

 光が爆ぜ、一瞬だけ兵士が私の周りから下がる。最前列にいた兵士が吹き飛び、ドミノのように他の兵士を巻き込んで倒れると、ひとり倒れなかった上級兵士が再び剣を振るう。それを受け止め、受け止めきれずに半歩下がってから、再びフォースを使う。

「≪火炎≫!」

 業火が上級兵士を包み込むと、苦痛に身を捩りながら下がった上級兵士に代わり、何人もの一般兵が突撃してくる。時に雷光で纏めて薙ぎ払い、波動を連射して牽制していた私は、遂にその兵士の一人に後ろを取られ、背中から斬り付けられる羽目になった。

「ぐあああっ!!」

 苦痛の叫びをあげながら、決して私は倒れない。倒れれば最後、全員に圧し掛かられて絞め殺されるのがオチだと分かっていたからだ。傷は浅い。まだ戦えると自分を叱咤激励して、ろくにそちらを見もせずに、私は剣を後ろに向かって突き立てた。

 切っ先が鎧に弾かれて滑り、偶然間接の部分を抉ったのは僥倖としか言いようが無かった。右腕を剣で壁に縫い止められた兵士に向かって火炎を放ち、仕切り直しとばかりに剣を正眼に構えたのは一瞬の事で、次の瞬間、横薙ぎに振るわれた兵士の一太刀―――おそらく上級兵士が死ぬ前に≪剛力≫をかけたのだろう―――を受け止めた私の体は石畳を転がり、まだ十人以上残っている兵士が一斉に飛び掛ってきた。

 跳ね起きる間も惜しかった。倒れたまま、最前列の兵士を再び雷光で薙ぎ倒し、即座に起き上がる合間に集中。そうして波動を放てば、火炎より遥かに強力なエネルギーが私の手から迸り、同時に三人の兵士を撃った。

 吹き飛ばされた兵士が石畳を転がり、ぎょっとした他の兵士の顔が私を見る前に、私はすぐさま別の標的を見定め、火炎を放つ。

 業火に包まれた爬虫類の体が焼け焦げ、石畳に倒れるまでに炭素の塊と化す。その亡骸は、私の力の証明だった。

 あっという間に仲間の半数を倒して見せた人間に対する恐怖。それが兵士達の間を駆け抜けていくのが目に見えるようで、何処か余裕を感じた私は、自分の体を見下ろした。

 体の彼方此方に切り傷を作りながらも、私は今の所五体満足だし、疲労も思ったほど無かった。上級兵士を含めれば六人を倒しながら、未だにダメージがこの程度で済んでいると言うのは奇跡としか思えなかったが、これがトーテムの力だと言われれば納得する面もあった。

 時間にして10分足らず。残る兵士を倒していき、最後の一人を波動で背後の壁に叩きつければ、漸く私は一息つく事が出来た。

 死屍累々。そう形容するほかに無い惨状を前に、返り血で汚れたマントを靡かせながらたたずむ少女……今の私の状態を客観的に想像し、柄じゃないなという感想だけが浮かんだ。

『お疲れ様でした、ナナシ様』
「ほんとに疲れたわ……」

 石畳にぺたんと座り込みながら、私はスケイルに苦笑を返した。もう等分戦いたくないな、と思った刹那、ドアを閉める音と、慌しい足音が私の聴覚を打った。

 新手。そう知覚した体が自動で動き、臨戦態勢を整えると同時、曲がり角から二人のトカゲ兵士が姿を見せた。

 ひとりは頭巾を被った、経験上女性と思われる衛生兵士。フォースも使える、一般兵に比べると少し厄介な相手だ。

 もうひとりは明らかに上に立つ者だと分かる、雄々しい装飾の施された防具を纏う兵士。そのオーラは上級兵士など目ではなく、もっと強力な者のそれだった。

「こ、これだけの兵士を一人で……!?」

 衛生兵士が呻き、咄嗟に判断したらしい上官が前に出た。

「行くぞ……!!」

 衛生兵士に他の者を逃がすように命じたその兵士は、剣を抜いたと思う間もなく距離を詰めて来る。何も考えられずに波動を放ち、光弾が兵士の肩を打った、その一瞬で剣を抜く。そのまま振り下ろした剣は空を切り、刹那に走った激痛が左腕を走った。

 装備していたガントレットなどオモチャ同然だった。皮膚下数センチの深い傷が腕を走って、一筋の赤が服に浮かぶ。治癒をかけようとするが、それを熟練の兵が逃す道理は無かった。

「ハァッ!」

 裂帛の気合と共に突き出された剣が私の鼻先を霞める。兵士の体がバランスを崩し、私はすぐさま剣を振るった。肩口から袈裟切りにするつもりで振るった一太刀は、しかし肩に僅かに食い込んだだけだった。それでも痛みは尋常ではないのだろう。兵士の口から苦痛の呻き声が漏れ、その隙を逃さずに振り上げられた私の靴底が、兵士の腹にぶち込まれた。

 体をくの字に折って後退したその兵士に油断無い目線を送りつつ、私は左腕に治癒をかけた。兵士は肩の傷に治癒を施し、お互いが一番酷い傷を治し終わると、剣と理力の応酬が再開される。

 振るわれた一刀が私の前髪の一房を切り落とすのと、私の一突きが兵士の鎧の装飾を貫いたのはほぼ同士だった。黒と赤の糸が宙を舞い、そのうちの何本かが目に掛かり、思わず目を瞑った私は、以前感じたのとは逆に、右腰から左肩に突き抜ける感覚を感じて目をいっぱいに見開いた。

 逆袈裟切りと呼ばれる切り方を理解できたのは後になってからで、その時の私は絶叫をあげながら後退してしまっていた。

 接近戦において背後に下がると言うことがどういう意味を持つか。素人ではないにしても、玄人とも言い難い私の戦闘経験からはその答えは見つからず、半ば無意識の行動を責められても反省など出来ないが、それにしても迂闊だった。

 互いにそれほど重くなく、小回りの効く獲物を振り回している。しかも互いに壁を背にした立ち位置だ。この場で後退すればすぐに追い詰められてしまうのは明白だった。

「ハァアッ!」

 裂帛の怒声と共に、後退した私との距離を詰めるべく、兵士の足が石畳を蹴る。多い被さってくるような動き。全体重をかけた頭突きが私の腹部を直撃した。

「がっ」

 肺の中身が全て吐き出され、酸素が行き渡らなくなった脳がキリキリと痛む。そのまま後方に倒れた私は、石畳に後頭部を強かに打ち付ける羽目になった。

 視界が爆発し、何も考えられずにただ石畳を転がる。のた打ち回ったのが幸いだった。一瞬前まで私の頭があった場所をロングブレイドが貫いていたから。

 冷たい刃の質感が視界いっぱいに広がり、何も考えられない時間が終わる。腹筋の力のみで半身を起こすと、不安定な姿勢から石畳を蹴って飛び上がり、私は剣ではなく拳をその顎に叩き込んだ。

 いつの間にか剣が手を離れており、拾い上げる間も惜しかったというだけの話だったが、トーテム能力者の拳は思った以上の威力を誇り、兵士の足が石畳から一瞬離れる。剣を握っていた兵士の、右手を握り、膂力を総動員して握り潰すと、その右手から握力が消え、剣が滑り落ちる。駄目押しに、その鳩尾に蹴りを叩き込んだ。

「ガッ!?」

 肉弾戦に慣れていないのか、兵士の体は簡単に宙を飛び、石畳を転がる。私はトドメとばかりに踏み込み、兵士が落とした剣を拾ってその首を断ち切ろうとするが、その前に立ち上がった兵士が私のショートブレイドを投げつけてくる方が早かった。

 咄嗟に手にした剣で弾くが、その時には退くつもりでいたらしいその兵士は踵を返していた。

「次に会った時こそお前を討つ!覚えていろ!」
「待ちなさい!」

 追撃の波動はあっさりと避けられ、曲がり角を曲がった兵士が視界から消えて、「全員砦から退去しろ!ひとりでも多く生き残るのだ!」と叫ぶ兵士の大声が聞こえるのみになると、漸く「勝った」という簡単なワードが浮かび、再び私はその場に座り込んだ。

「つっかれた……」

 蓄積した疲労はもはや指一本動かすのも億劫な程で、一時間以上戦ったのではと思わせたが、時計の針は森に入ってから漸く一周した程度で、先程の戦闘の時間は信じられないが十分程度だった。

『本当にお疲れ様です、ナナシ様』
「寝たい……」

 先程の兵士が落としていった鍵が廊下に転がっており、拾い上げる。常識的に考えればそれは砦の鍵で、そのまま砦の探索を始めるべきだったが、今の私は兎に角寝たかった。

「リーリルに戻ろっか。疲れたわ」
『分かりました』

 宿屋に入ると、私はすぐさまベッドに入り、横になった。

 睡魔が私の意識を奪い、深い眠りの中に引き摺り下ろすまで、そう長い時間は掛からなかった。


【16:00】


『ナナシ様……』

 スケイルが遠慮がちに声を掛けてきて、私は重い瞼を開いた。寝足りないし、まだ二日目である。急ぎすぎて体を壊しては元も子も無い筈で、それはスケイルも承知のハズだった。にも拘らず起こすという事は、余程の理由があるのか?その思考に多少寝惚けた頭を覚まされた思いで、自らのトーテムを見上げた私は、次のスケイルの言葉で思いっきり目が覚めた。

『あの、ウリユさんにお会いしないで良いんですか?』

 私は即座に荷物を纏め、ワープ屋に向かった。座標安定に掛かる一時間が、これほど長く感じられた事は未だかつて無かった。


【17:59】


「ぎりぎりだったね、お姉さん」

 ウリユの弾んだ声は、裏を返せば今日はもう来ないと諦めたが故のもの、とも取れなくはなかった。今日も絶対会いに来ようと決めていた少女の前で、私は額の汗を拭った。

「ごめんね、遅れて」

 私は謝罪し、ベッドの脇に腰掛けた。さて、何を話そうか・・・・・・と考えが纏まる前に、ウリユが「予言とかで、聞きたいこと、ある?」と聞いてきた。

 そうして始まった話は決して楽しいものではなく、むしろ彼女にとって苦痛であるハズの記憶だったが、ウリユは全く動じずに全てを語り、私もせめてもの意地、そして相手に対する礼儀として全てを聞いた。

 かつてウリユが予言した、ひとりの少女の死。それがウリユが心許ない罵詈雑言を浴びる羽目になる原因になった。予言の内容は絶対に変えられず、どれだけ気をつけていても、死ぬ時は誰でも死ぬものだというのに。

 暫く後になって、村の皆が彼女のことを理解出来るようになるまでに、ウリユはどれだけ苦しんだだろう?そして理解されたその時、どれだけ嬉しかっただろう?そのどちらの感情も私が想像し、想像しきれるようなものではない。

「もしかしたら、ナナシお姉さんのおかげで運命が変わるなんて事も、あるかもしれないね・・・・・・」

 思考に没頭している間に何か重要な話を聞き逃した気がしてならなかったが、スケイルが『ナナシ様なら運命を変えられるかもしれないって言ってたんですよ。ちゃんと聞きましょうね?』と補足してくれた。

 もう予言の話は聞きたくない。他の話をしようと提案した私に頷いてくれたウリユも同じ思いであったハズで、再び他愛のない話に花を咲かせる一時間が・・・・・・私が年頃の女の子として振る舞える唯一の時間は、やはり楽しいものだった。


【19:00】


 ウリユと別れた私は、シイルの宿屋に直行した。

『また寝るんですか・・・・・・』

 流石に呆れられたが、ウリユと会って話した後、睡魔を払いのける術は無く、払いのけるつもりもなかった。リーリルやサーショに比べ幾分安い宿賃を払い、それに比例して硬さを増すベッドに体を沈めつつ、私は再び眠りに落ちていった。


【??:??】


 土はある。水もある。生命を感じさせる森はないが、鳥が羽を休ませる場所として使うことも可能だし、地面を掘り返せば虫の一匹や二匹見つかることだろう。陸続きになっていないのが異様と言えば異様だが、そのような離れ島はこの天空大陸周辺にはいくつも見つかっているし、それらはある程度の学識を持つ者に聞けば行き方も明らかになるだろう。そんなに離れていない小島のひとつには、人工の橋がかかろうとしているのだし。

 しかし、その『島』には、明らかに他の離れ島とは違う特性がふたつあった。

 ひとつは単純に、遠すぎる。人工的な橋をかけるにしても、神秘の力を借りるにしても遠すぎるのだった。

 もうひとつはもっと単純に、そこへ行き着く手段を誰も知らない。古代の記録を紐解いても、大賢者その人が調べても行き方が分からない。世界の作り手であるはずのリクレールその人ですら、そこへの行き方は知らなかった。

 だからだろうか。その『島』への人々の興味は次第に薄れ、今この瞬間、その『島』で太陽光を押し返さんばかりの白い閃光が発せられても、それを見た者は誰も―――本当に誰もいなかった。

 『島』の対岸が、どの町からでも森を越えねば行き着けないような場所にあったから、というのもある。いずれにせよ、その閃光が持つ意味を知る者からすれば、その反応はなんとも味気なく、物足りないものだった。

 畏怖と尊敬、そして恐怖を与える存在。鱗も、鋭い角も、禍々しい鉤爪も、一対の蝙蝠のような翼も全てが銀色で、その切れ長の瞳のみが、血のような紅を見せていた。

 それは、誰も知らない、歴史の1ページだった。


 魔王復活、という名の。
7993
『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 3日目 by 慶(けい) 2009/05/06 (Wed) 16:51
△up
レス/編集
 
【05:59】

 私は昨日も疲れていたらしい。眠りが深かったようで、夢は見なかった。
私がベットから降りると丁度、朝ですよ。と宿の主人がドアをノックした。
 今日も一日が、始まる。

【08:53】

 ウリユと会話をして、私はユーミス堂を出た。ウリユがお守りを作ってくれているらしく、楽しみにして鼻歌交じりでシイルを出た。
「相変わらず大きなミミズね」
 サーショへ行く道中の森で、巨大なミミズに何度目かの遭遇した。そして《火炎》を放ち、息を絶つ。 《火炎》で焼けこげた長い巨体。こんなのが土の中をうねうねしながら耕しているのかと思うと少し複雑な気分になる。
『ミミズっておいしいのですか?』
「さぁ? 食べたいとは思わないわね」
 スケイルと会話を交えていると土の中からぼこぼこぼこっと巨大ミミズが姿をあらわした。
「っ……心臓に悪いわねっ」
 集中を瞬時にして《火炎》を放つ。
 私を襲おうとした巨大ミミズから奇妙な断末魔があがり、焼死体がまたひとつ、出来上がる。
 ふぅ。と私は息を吐く。集中の腕輪のおかげも有るのだろうけど、《火炎》の威力が少し強くなった気がする。私は少し間、自分の手を見つめて歩き出す。
「……少しずつ。で良いのよね」
 歩きながらゆっくりと言う。スケイルがきょとりとこちらに視線を向けているように感じた。そして私の意図を読み取ったように、そうですね。と答える。
『まだ3日目、あと今日も含めて12日有るんですから、少しずつで大丈夫ですよ』
 その言葉に、私は肯いた。

【09:20】

『また寝るのですか』
 スケイルの呆れたような声。
「少しずつ強くなるには休養も必要よ。寝る子は育つ。って言うでしょう?」
 サーショに着いて宿屋で代金を払いベットに潜り込む。
『それは確かに……。でも、ちゃんと考えて行動はしてくださいね?』
「ええ。わかってる」
 私は目をつむり、眠りについた。

【10:30】

 私は一時間ほど眠り、ワープを使ってリーリルに行き、トカゲの砦へと足を運んだ。
「……静かね」
 中に入ると昨日よりトカゲの気配を感じられなくなっていた。
 それでも残っている昨日あった戦闘の後の屍が、血とそれのにおいが、あちこちの床や壁に残っている。それらを見ると、昨日のあの、体中の痛み、トカゲ兵達を切り、《火炎》で、《波動》で、《雷光》で、殺したときの兵士達の憎しみや苦しみが、今でもここに残っていて、ぞわりと悪寒が私の背中を這いずり回る。
 下手をすれば、私もああなるのだ。
『ナナシ様、大丈夫ですか?』
「……大丈夫。平気」
 私は我に返る。
 気が付くと少し寒くなった気がする。汗が冷え、体に寒気が襲ったのだろう。慌てて汗をぬぐい、砦の探索を続けた。

【10:59】

 私は鍵で開けられるところを全て開けた。
 砦の内部に有る、牢獄のようなところに着く。
 暗くかび臭い中、かすかに人の気配がした。奥の檻に誰かいるようだ。
『ナナシ様、そこに鎧が有りますよ』
 私が奥に行こうとしたときだった。
「……気配が敵だったらどうするのよ」
『檻の中にいる可能性が高いですよ。警戒はするべきでしょうが、鎧を先に調べてはいかがでしょうか』
 確かに、檻の中にいるようだ。檻の外にいる私の目には、人もトカゲ兵士も見当たらない。
 広さは狭いし、廊下らしき部分はここっきり。私は少し警戒しながら鎧を調べた。
 鎧を調べるとクレッグと彫ってあった。頑丈そうな鎧。と思い、持ち上げてみるとすごく重たい。
 トーテム使いでも、肉体系が強くない私には重量的に厳しいものが有る。防御力が上がっても身軽に動けなければ回避もできないし、この鎧だけだと頭を狙われたらおしまいだ。
「諦めたほうが良いわ。持っていても荷物になるだけだもの」
 私はそう言い奥の檻に向かう。
 檻の奥には一人の、筋肉質の中年の男性が床に伏していた。
 私は慌てて檻を開ける。開けるには鍵がいるかと思ったけれど、あっさり開いた。こちら側からは簡単に開けられる仕組みのようだ。
 私は男性に近寄る。血の気が失せて、ぐったりとしている。
「う……」
 小さなうめき声。生きている。
 私は少しほっとする。
「誰か……いるのか……」
 私はええ。と、答える。
「悪ぃけど……リーリルまで運んでくんねぇか……」
 意識がもうろうとしているらしく、目の焦点が合っていない。このままだと死んでしまうだろう。
 私は素直に肯くと、男性を引きずりながらリーリルへと運んだ。

【12:40】

「処置は済ませたよ。でも、特殊な毒みたいでね。毒の進行は押さえられるけどしのぎにしかならない」
 私は男性をクラートさんのところにひきずりながら連れていった。クラートさんはすぐに処置をしてくれた。
「ああ。お金のほうは気にしなくて良いから。エージスさんのお財布から抜くからね」
 にっこりとクラートさんは微笑んだ。さらりと酷いことを言った気がするけど気にしないでおこう。
「ただいま」
 静かに女性の声が、部屋の中に響いた。
「おかえり。今回の旅はどうだった?」
「うふふ。いっぱい浮気してきちゃった」
「ええーっ!?」
「ふふっ。相変わらず面白い顔するわね。あら?」
 現れたのは、きれいなお姉さん。お姉さんの碧の瞳が私を捕らえた。
「お客さん?」
「ああ。彼女がトカゲの砦で倒れていたクラートさんを運んで来てくれたんだ。ナナシさんというそうだよ。ナナシさん、この人は僕の妻のイシュテナ」
「始めまして。ナナシです」
「こちらこそ始めまして」
 にっこりとイシュテナさんは微笑んだ。きれいな人だなぁと、私が見ているとイシュテナさんが口を開いた。
「ねぇ、サリムという人を知らないかしら?」
 私は首をかしげ、ちらりとスケイルのほうを見る。ふるふると首を振るので、すみません。わかりません。と答えると、イシュテナさんはそう。と答えた。
「サリムという人は私のおじいさんなの。何かどこかでわかったら、教えてくれないかしら?」
 私は特に何も気に留めず、はい。と答えた。
 その人がどんな人で、どうなっているかも知らずに。

【14:13】

 エルークス薬を購入し、私はサーショに行った。エルークス薬を買ったとき、これでエージスさんは直せないのかと聞いたら、それができるならすでに使ってるよ。といわれた。そういわれればそうね。と、私は今更納得した。
 シンにエルークス薬を渡し、再びリーリルへ。
「すみませ〜ん」
 リーリルの入り口で、兵士に声をかけられた。トカゲの、じゃなくて、若い、普通の人間の。
「トカゲの砦を落としたという人を探しているのですが……知りませんか?」
 落とした。のだろうかあの状態は。トカゲ達を撤退させたのだから落としたに入るのかもしれない。知っている。と、私が答えると、若い兵士は嬉しそうに笑う。心の中で多分。と付け足すけれど。
「本当ですか!? それじゃあこれ、その人に渡しておいてくださいっ!」
 そう言い兵士はがさごそと懐を探り、一枚の紙を取り出した。 城の招待状。のようだ。私が口を開いて何か言おうとしたときには既に押し付けられていた。
「これで残りの時間を休みに使える! それじゃあっ!」
 トーテムを宿していない普通の人間にしては凄く早いスピードでリーリルの町を出て行った。
 ……まぁ私だから良いんだけど。
『どうするんですか? 行くんですか?』
 瞬時に渡された招待状をまじまじ見つめているとスケイルが尋ねてきた。
「う〜ん。時間も何も書かれてないからいつ行っても良いんじゃないかしら。時間指定がないならそこまで急ぎ用じゃないでしょうし」
 内容は是非お越しくださいということが書いてあるだけだ。
「それにまた寝たいし」
『どれだけ寝る気ですか』
 ひとまず今は行く気が無い。という意図は伝わったらしい。

【15:24】

『30分だけといったはずですよ?』
「あと5分って言ったじゃないの」
『それを6回も繰り返したのは誰ですか』
 私です。と、心の中で呟いておいた。さすがにちょっと寝すぎたかしらと思うが過ぎたことはしょうがないのだ。
 宿屋を出て回復薬を買いに露店へ行く。いくらか薬品を購入し、他の商品を見ていると、一人の老人が私に声を掛けてきた。
「あなたが砦を落とした勇者どのじゃな?」
「そうですけど……」
 二度目の返事。老人は嬉しそうに飛びはねる。
「よければ家に来てくだされ。あなたの力になりたいっ。家の中にあるものをなんでも持って行ってくだされ」
 私が有無をいう前に老人は私を引っ張ってその老人の家らしき所に導かれる。
「さぁ。好きなだけもっていってくだされ!」
 老人はふぬふぬと鼻息を荒くする。まぁ、もらえるものは貰って行こうかしら。
 部屋を見渡しまず目に付いたのはベットだった。
『ベットをどうやって運ぶ気ですか』
 何処ででも快眠ができるわよね。とベットを見ていたらそれを察知したようにスケイルが言った。冗談なのに。
『普通宝箱に目をむけるものでしょう』
「宝箱?」
 私はもう一度部屋を見回す。タンス、テーブル、イス、ベット。
 部屋の隅に、宝箱。
 開くかしら。そう思い私が箱に手をかけるとあっさり開いた。
 そこには鍵が一つ、入っていた。
 露店やお店で売っているような鍵ではなく、何か不思議な力を感じる鍵だった。
 これ、もらっていい? と老人にたずねるともちろんっ! と返ってきたのでありがたく頂戴した。

【16:34】

 スケイルの不機嫌っぷりを気にせず私はムーに向かいつつ、巨大ミミズや鳥、トカゲ兵士を倒して行く。
「……あら?」
『どうしたのですかナナシ様』
 抑揚の無い声でスケイルが尋ねる。
「道に迷ったかもしれないわ」
 集中の腕輪を買いに行ったときのムーの道とは違う気がしてきた。
『どうするんですか……』
「う……まぁ、まだ迷ったとは限らないわ」
 戦闘で動き回って方向感覚が狂ったのかもしれない。
「寝たりないから頭が回らないのかしら」
『寝過ぎて頭が回らないんじゃないんですか!?』
 スケイルは声を荒げて言う。
「でも戦闘では大分動きはよくなったと思うんだけど・・」
『それとこれとは別問題です』
「それじゃあ後5分寝かせてくれれば良かったじゃないの」
『あれじゃあ15日で災いを止められませんよ・・』
 私は大丈夫。と言い、それに。と、付け足す。
「昨日おとといで寝るという素晴らしさを私は知ってしまったの。これからも寝るという心を忘れないようにしないと」
『昨日おとといよりよく口が動くようになりましたね・・』
 スケイルがぶつくさぶつくさと言う声を片隅において勘を頼りに歩いて行く。
 暫く歩くと建物を見つけた。川の近くに有る、静かな場所。
 看板には『サリムの別荘』と書いてある。
『サリムってイシュテナさんがおっしゃっていた人ではないでしょうか』
「そういえば……そうね。イシュテナさんの名前出してここで休ませてもらえないかしら」
『怒って良いですか』
 冗談よ。と言い扉をノックする。その音はやけに鮮明に、奇麗に響いた。
 誰もいないのかしら。と取っ手に手を掛けて引いてみる。びくともしない。押してみる。びくともしない。
『鍵がかかっているようですね』
 鍵。確かもらったような気がする。
 私は荷物の中を漁り、手応えを感じた。先程リーリルの老人にもらった不思議な鍵だ。
 私は鍵穴に不思議な鍵を差し込み、回す。
 カチャリという音とともに鍵は砂となった。一回きりの使い捨てのようだ。
 取っ手を回すとギィ。と音を立て、扉が開いた。
 すみません。念のため尋ねるが、やはり誰もいないらしい。足を一歩踏み込むと埃が舞った。
『どれくらい人が来ていないんでしょうね。誰かが踏み込んだ足跡も無いですし』
 こほこほと私は咳をしながら部屋の中を見渡す。
「ベットも埃だらけね。使えそうに無いわ」
『いい加減にしてくださいよ』
 冗談よ。と私はスケイルに言う。埃だらけのベットなんて使いたくない。体に悪そうだ。
 部屋を捜索すると一番印象的なのは本棚だった。スケイルは興味深そうに本棚を眺めている。
『ナナシ様。この本、ちょっと気になるんですが良いですか?』
 私はスケイルの指示に従い本を取り、ぱらぱらとめくると一枚の紙がはさまれていた。
 ナイスバディな水着姿のお姉さんがセクシーなポーズを決めている写真。
「・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・』
 私はぼすっと本を戻した。
 奇妙な雰囲気になったので適当に他の本をあさり、ぱらぱらとめくる。
 ひらり。と一枚の紙が舞い落ちる。今度は普通の紙であって欲しいと願う。
 月日が経っているからか、紙の端はぼろぼろで、色は黄ばんでいる。
「……何処かの地図のようね」
ここから←の洞窟に秘密の武器を隠した。いずれか使うときが来るかもしれない
 地図にはそう、示されていた。
『ナナシ様、これ』
 私が地図を見ていると後ろからスケイルの声。どうしたの。と尋ねると、テーブルの上にある本を見てほしいと言い出した。
サリムの日誌≠ニ表紙に書かれたそれを開こうとして首をかしげた。
「……開かないわね」
 何か仕掛けがあるのかしら。と、本の裏を見ると、書いた人の血筋の人しか開けられないらしい。
『イシュテナさんなら開けられるかも知れませんね』
 私は肯いて日誌を荷物袋に入れる。ついでに、先ほど見つけた地図も。
 そのあとも本棚を探ったけれど、特に収穫はなかった。

【19:57】

 ムーで仮眠をとり、サリムの別荘で得た地図に示されていた洞窟に入った。
 不思議な印象を感じる洞窟の中で、地図に示された場所に向かう。
「この地図は下の階の地図のようね。それまで迷わないといいけど」
『そうですね』
 抑揚の無い声でスケイルは言う。ムーの宿で目を覚ましたとき、スケイルは口では言えないほど恐ろしい目をして私を見ていた。声を発してくれるだけ、まだましになったほうだ。
 怒ってる? と、聴こうとしたときだった。
 かさかさかさっ。何かが動く、足音がした。
 私は身構える。どこからする? 暗闇の中で目を凝らし耳をすませて集中する。どこかで水が撥ねる音がした。かさかさと何かの足音が、どこに存在するかを感じ取る。
――後ろっ!!
 前に一歩とび、後ろを振り向く。
 さきほどいた場所には、白い糸の束。
 そして、狂暴で獰猛そうな6本の足を持つ、クモ。
「……多くない?」
『……多いですね』
 クモの後ろにはまた別のクモがいる。
 別のクモの側にはまた別のクモがいる。
 そのクモ達が、糸をはき、毒の有りそうな足で私に襲い掛かってくる。
 一秒の間もなく集中。
「――《雷光》っ!!!」
 その声は洞窟中に響き渡り、やがて消える。
 手を白い糸に絡め取られる。
 フォースが、発動していない!?
 一瞬頭の中が真っ白になり判断が遅れた。気持ち悪い感触のする白い糸に力強く引っ張られ、地面に倒れる。
『ナナシ様っ!?』
 溜めも無く《波動》を放つ。しかし何も起こらない。
「――くっ」
 足に、急激な痛みが襲う。
 一匹のクモが、私の足に獰猛そうな足を突き立てたから。と判断が付くのが一瞬遅れた。
 喉から込み上げる悲鳴を押え、近づいてきたクモを無理矢理腕で払いのける。私の足を襲ったクモも払いのけ、ショートブレイドで無理矢理気味に糸を千切り、立ち上がる。
「……囲まれたわね」
 360度クモクモクモクモ。これを全部相手に、フォース無しは、勝てない。
 かさかさという音とともに再びクモ達は私を襲おうとする。
「――このっ!」
 私はクモを蹴り飛ばす。凄く力を込めているはずなのに少ししか浮かないし、先ほどの足の怪我あってか足が悲鳴を上げる。剣を抜き、クモを払うように切るが硬く思い感触が手に伝わるだけで、本当に払う≠ニいう手段にしかなっていない。クモ達は重たい。それに、頑丈。
 それに量がものをいっている。分が悪すぎる。 必死にクモを蹴り殴り、空いたスペースに駆け込み、逃げる。
 そっちじゃないです! と悲鳴をあげるスケイルの声は妙に遠く感じ、いつのまにか階段を駆け下りているのにもあまり実感が無かった。
 それが悪かった。痛みとフォースが使えないという混乱で頭が回っていないから、敵の巣穴に突っ込んだ感じになってしまった。
 必死に走り、クモの白い糸から逃げる。
 途中何度か捕まり、体のあちこちに傷を作り痛みに襲われる。血が流れ落ち寒気を覚える。痛みが熱となり寒さとなり、感覚を奪われる。そのせいだろうか、どこをどのように、走ったのか、ここに入ってどれくらい経ったのかを覚えさせてくれなかった。覚える余裕が無かった。
 走り続けていると、やがてクモの足音が聞こえなくなった。
 聞こえるのは、自分の足音と、酸素を求め荒げる呼吸の音のみ。
『……撒いたみたいですね……』
 私はその場に座り込む。血がどくどくと溢れ出し、あちこちの肉か裂け、えげつないことになっている。
 回復薬を使い手当てをする。《治癒》もやはり使えない。慣れない手つきで、回らない頭で手を動かして回復薬を使う。あっという間に使い果たした回復薬の瓶が地面を転がる。それでも痛みからは多少開放されたが、体はふらふらしたままだ。血が、足りないのかもしれない。
 かさかさとどこかで音がする。
 逃げなくては。本能的に感じ、立ち上がろうとして失敗する。
 ぺたり。と、体は地面に伏せる。
『ナナシ様っ!?』っと、スケイルが叫ぶ声が、先ほどより遠くに聞こえた。
 足が、クモの糸に絡まり、ひきずられる。
 ずり。ずり。と、妙に引きずられるおとが、頭にひびく。
 ぼぉっとする、ぼやけた視かいの中で、何かをみつけた。
 足を、つらぬかれる。
せなかを、つらぬかれる。
しらず知らずの間に、悲鳴が、のどからかけはしる。
ぼやけたしかいのな中、見つけたなにかに手をのばす。
腕を、貫かれる。
びくん。と腕はけいれんし、腕が悲鳴をあげ、血がどろりとでてきた。
それでも私は求めたくて、手をのばし、それに触れた。
背中を、ふたたび、つらぬかれる。
せきずいにびりびりびりっっと電気がかけはしり、びくりとからだを震わせる。
むいしきのうちに力強く、手に触れたものをにぎりしめる。
ごほごほっ。とせきをすると血が口からあふれでた。
口の中に、ちのかんしょく。
 いたいのか、熱いのか、つめたいのか良くわからないものが、体中をぐるぐるとあばれる。
しぬ。 し?
まわら ないあたま。ぐるぐる しぬということばと、くものかさかさというおと。
すけいるの、わたしをよぶこえ。すべてがうすく、ぐるぐる ひびく。
そしてそれも、きず のいたみも、つかれも、わからなくなり、くらくなる。
ただ、ちがくちのなかで、おそう。わたしを、しへと。
まっくらな せか いで、わた しは、さ いごの力をふり しぼり、手にふれていたもの に、ちからを こめ   た。



 ――そしてそれを、一度だけ、振るった。





【??:??】

 白い世界。
 そのなかに一人、光輝くリクレール。
「……ナナシさん。聞こえますか、ナナシさん……」
 リクレールは、無感情にただこちらを見つめてきた。
「あなたは戦いに敗れ、肉体が滅んでしまったのですね……」
 肉体が滅んだ。いまいち実感がわかない。
「しかし、あなたに預けた生命の結晶は私の命の片割れ……。
それがある限り、あなたに新しい体を作ってさしあげる事ができるのです。
……さあ、あなたに新たな体をさずけましょう。あなたが目を閉じ、次に目を開い時、あなたは転移石の前に立っているはずです……」
 静かなリクレールの声は、私の頭の中で、よく響く。
「私はここで、あなたを見守っています。
どうか負けないで……ナナシさん」
 私はそっと目をつぶると、光に包まれた――。

【23:01】

『――様。――ナナシ様っ』
 私ははっと我に返った。
 辺りを見回すとそこは、ムーだった。周りの家からは物音がせず、村は眠りの時間のようだ。
 目の前には転移石。
「……私、死んだのね」
 恐る恐る、口にした。
 死。クモに、体を貫かれ、食われる。死。
『……そうです。ナナシ様は、生命の結晶の15のうちの1つを使い、リクレール様に蘇らせてもらいました』
 スケイルは静かに告げる。そう。と、私は返し、空を見る。
 死。砦で戦ったあのトカゲ兵達の様に、私はこの世からいなくなった。
 けれどもこうやって私は生きている。死を経験し、生命の結晶を代価にして生き返った。
 黒に染められた空には、星が輝き、その光で青が混じり、夜はかすかな光を帯びていた。
 体を軽く伸ばし、動かし、欠伸をする。もう正直、死にたくないなと思った。
『また寝るのですか』
 呆れ声のスケイルに私は微笑んだ。夜は寝るものよ。と。
 そして私は気が付いた。手の中に在るものに。
 あのとき、一度死ぬ直前に振るったそれは、炎を吐き、クモを何匹か焼き殺した。
 鮮明なまでの炎は、私の頭に焼き付いている。
 黒の中に炎はとてもよく映えた。

 その炎を放つものは、クリムゾンクロウ。



 私はそれを、一度だけ、空に向かって振るった。



7997
『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 4日目 by もナウ 2008/07/06 (Sun) 11:38
△up
レス/編集
 

【??:??】


 鳥になった夢を見た。


 私は翼を大きく左右に広げ、際限無い蒼色のなかを緩やかに滑空していく。
 遠く望める大地は不自然に切り取られ、
 空中に浮遊する周囲の離島を巻き込んで雄々しく佇んでいた。

 羽毛のような緑草の大地。
 生命に色づけされた森林。
 力強く立ち並ぶ山々。

 景観に非の打ちどころなどなかった。
 潤沢に湧き出づる清水は穏やかに大地を潤し、
 川となり湖となり、やがて滝となって世界の果てへと流れ落ちていく。


 満たされた場所だった。

 表層的深層的に紛うことなき楽園がそこにあった。


 セカイという名の。


 鳥瞰の故か、浮遊する孤島はよく出来た牢獄のようで。


 夢見る私はそこに刹那の神意を悟る。



 鳥は何処へでも飛んでいけるのだ。


 迫り来る一切を翼にして――――――





【6:00】


 その日の目覚めは唐突にやってきた。

 最初に、瞼越しにでもわかる強烈な光。次いで村人たちの大仰なザワメキ。
 当然のように覚醒した意識は、ほとんど条件反射的に自身を宿の外へ連れ出した。


 何が起こったのか、村人たちもよくわかってはいないようだった。
 しかし完全に予期せぬ異変に動揺している風でもなく、騒めきは興奮を含んだそれで。


「時の扉……? 救世主……?」


 聞き慣れない単語が周囲に囁かれる。
 胡乱な頭は与えられた情報を処理出来ないまま、しかし私の体を動かした。
 導かれるような感覚は、倒錯した意識に後押しされた結果のようにも思える。

 実際、錯覚には違いないのだけれど。


 ……かくして、「彼」はそこにいた。


 工業タイルのような、精密に研磨された真四角の石壁の中央。
 不自然な整然さで組み合わされた「時の扉」は、古代の神秘を思わせて幻想的に映った。

 私は目の前の「彼」を注意深く観察する。

 一見して、十代とも二十代とも判断しづらい外見をしていた。
 藍色がかって濃い紫の髪は、肩にかかる程度まで無造作に伸ばされている。
 目は切れ長で鋭く、左目を眼帯で覆っていた。
 シャープな顎のラインがより中性的な印象を増している。
 身長は高い。無駄な部分のない鍛え抜かれた体をマントで覆ったその姿は、猛禽類によく似ていた。
 雰囲気にしても同じだった。
 注意深く私を見る片眼は野生の獣の如く常に油断なく構えている。
 日常的な闘争の中に身を置いた、重く濃密な戦士の気配。

 救世主様、と周囲から声が上がる。

 ムーに伝えられる伝説。
 「時の扉」を介して現れる救世主なのだと、村人の一人が教えてくれた。


「スケイル、世を救う方がご降臨なされたそうだけど」
『そのようですね。ですが、ナナシ様も救世主です』
「随分と安いセリフね、それはまた……」


 はぁ、と意識的に深いため息をつく。
 都合よく救世主が現れた事から成立する推測。
 信用がないのか、単に用心深いだけなのか。
 物憂げに佇むリクレールの姿を連想しながら、収斂。


『ご自身の存在意義に悩まれていますか』
「悩むついでに責任も義務も押し付けたいもんだわ」
『……一度死んで、性格が幾分曲がられましたね』
「いやね、ほんの冗談よ」


 スケイルが困ったような苦笑いを漏らした。
 それに意地悪くウインクを返して、私は「彼」の元へ歩み寄った。

「……?」

 射抜くような視線の中には、微かに疑問と不安を含んだ兆しが垣間見える。
 こちらに害意がないことを悟ってか、「彼」は挙動をそれだけに留めた。
 その戦士として完成された対応に僅かの嫉妬を抱きながら、私。

「君、救世主とか初めて?」

 微量の皮肉も添えた問いかけは、自分的にもなかなかの自信作だった。
 先輩としての気概を含み、後発に対する威圧感すら滲ませた威嚇。
 しかし「彼」は整った眉を微かに歪ませただけで、逆にこう問い返してきた。



「△□●☆×◇■?」



 そんな言葉はこの世に存在しません―――。





【7:55】


『あのまま置いてきてよかったんですか? あの方は』
「言語による意思疎通が出来ないんだから仕方ないでしょ」


 村を出発し、青草茂る大地をもくもくと歩き続け。私はリーリルに到着していた。
 眼帯の青年はムーの長老に手厚く歓迎された。
 たとえ言葉が通じなくても「救世主様」は厚遇されるらしい。
 村人たちは皆それぞれに半信半疑の様子を見せながらも、唐突な来訪者に対して畏敬の念を露わにしていた。
 まぁ、そんな住民の総意に反した行動はマズい……という建前の元、厄介事を処理したわけだけれども。
 そういえば、村を出たところに例のアーサという旅人がいた。「救世主様」のことを話したとき興味深そうにしていたから、もしかしたら彼が何らかの行動に出るかもしれない。


「実際、面倒くさいことなんてまっぴらだもんね」
『言葉にしなくてもいいんですよ、そういうことは』



 再び訪れたリーリルの街は、整理された外観を誇示するように粛然とした趣をたたえていた。
 水路の流れは陽の光を反射してキラキラと粒子のように揺らめき、
 それは理知の光を思わせて眩しかった。
 研鑽と工事の末に成り立ったであろう石床を進むと、小橋の向こうに目的の建物が見え始める。


『例の本……イシュテナさんなら読めるのでしょうか?』
「読めなければ血縁が否定されるわね。ま、それはそれで面白いけれど」
『一応聞きますけど、それ、冗談と解釈して問題ないんですよね』
「ご自由に」
『…………』




【8:30】


 建付けに若干の不具合を感じさせる扉をあけ、クラート医院の敷居をまたいだのが少し前。
 私は薬香に特有のすえた草のような匂いに顔をしかめながら、少々の感傷が入り混じった中途半端な叙情性を感じさせるであろう淡い思索に深窓のご令嬢の如くふけっている最中だった。


「おじいさま……」


 読み終えた本をパタリとたたみ、その味気ない装丁を苦しげな瞳で見下ろした後、イシュテナさんが静かにつぶやいた。
 賢者サリムの日誌≠ノ書かれた内容を大まかに、かつ分かりやすく箇条書きで説明してみるとこうなる。


 ・賢者サリムは魔王再臨を防ぐ手段を40年前から探索していた。
 ・そこで『魔王を生み出した何者かの存在』に行き着いた。
 ・その『親玉』を探すため島中を捜索し、一年をかけたが成果はなかった。
 ・しかし、そこで『新たな魔王』の存在を確認した。
 ・魔王に敗北し、死を予感したが『あと4年』と宣告され見逃された。
 ・やがて、自らの中に『魔王の意志』と直感するものが芽生え始めた。
 ・自分の体が魔王に乗っ取られつつあることを自覚した。


 そして、完全に魔王化してしまう前に『封印の神殿』に向かう。
 日誌の最後の方にはそう記述されていた。

 イシュテナさんは小さくため息をついた。
 様々な情感が入り混じったそれは重苦しく、薬臭い室内に沈んでいく。


「きっとおじいさまは、今も『待っている』のね」か細い声音は、溶けるような呟き。「自分を殺してくれる、『誰か』を」


 その言葉にどのような感情が籠められていたのかは想像に難くない。
 薄暗い室内は、空気までも涙しているかのように冴えた雰囲気の中にあった。
 呼吸の音さえ響きそうな静寂は息苦しい。
 スケイルの視線が切なげに私を見上げた。

 ……ふっ、と考える。

 たとえば、そういう事態に置かれた場合の人間心理。
 自分が自分でない何者かになっていくという、確固たる自覚。
 それに対応すべき自意識の崩壊と、着実に侵攻していく病魔。
 自我の拡散に伴う焦燥感。絶望に縁取りされた恐怖。
 それすら薄れていき、やがて自分が何者であるかを見失う。
 日を追うごとに自身の存在は変質していく。
 愛する孫娘を想いながら、変わっていく自分に怯えながら、ただひたすらに待ち続ける。


 自分を絶ってくれる者を。

 ひとりで。


『ひどい、話ですね』
「そうね…………」



 スケイルにそう頷き返しながらも、実際のところ、特別に湧く感情などなかった。




 封印の神殿の場所は、イシュテナさんが教えてくれた。



【15:00】


 それからの時間はめまぐるしく過ぎて行った。

 クラート医院からの出がけにエルークス薬を購入し、軽く街を散策し、翻訳指輪なるものを開発している老人に出会い、資金のカンパを金欠を理由に断り、その足でサーショに行ってシンにエルークスを渡し、それから少し寝て、何気なく川を泳いで渡った時には太陽は西に傾き始めていた。


『なんだか気味が悪い森ですね……』
「そうね。なんだか気味が悪い森ね」


 そうして辿り着いた場所への感想はその一言に尽きた。
 一般に森林と呼ばれる空間は基本的に薄暗くて気味が悪い場所である。
 齢を重ねた樹木が密集している分だけ、枝葉の連なりが大きな遮光作用を発揮するためだ。
 特にここのように木々の密度が高く、開けた場所があまりない場合はなおさらその傾向が強い。
 要するに、暗かった。
 かなり暗かった。
 隔絶された空間を想起させるほど光と音が遮断された森林世界だった。


「なんだってこんなところに来たのよ、私は!」
『冒険とは未知への挑戦と語彙変換できるものだからです』
「その小癪な発言すごいムカつくんだけど」
『あなたが言ったんじゃないですかっ!』


 勢いに流された数十分前のことを思い出して、嘆息。


「否定はしないけどさー……」
『されたら大変ですよ。主にあなたの頭が』
「……なんか、スケイル性格変わってない?」
『どうでしょう。ナナシ様に感化されたかもしれません』


 ここ三日ほど冗談を言い続けそのたびに窘められたことを思い出して、後悔。
 お小言をこぼし続ける背後霊なんて願い下げだ。ここらでガス抜きでもしてやろう。

「あらら、怒ってるのね」
『呆れているだけです』

 それ、通過点に喜怒哀楽の二番目の感情を通過することを知ってて言ってるのだろうか。
 
 旅も四日目、少しづつ情報は集まってきてるし、そこそこに人助けもした。
 けれど災いの暴く鍵となる情報をつかんだわけでもなく。
 病気の姉を抱えた少年に墓穴に片足を突っ込んでいるエージス、魔王になった賢者、片付けなければならない問題は山積みだ。


『ナナシ様には物事に対する姿勢というものが欠けているのです!』
「姿勢ね…………」


 確かに。

 スケイルが言っているのは、目標に向かって弦を引き絞り、それから一直線に疾る。矢のように迅速な行動。 
 実際は、同じところをグルグルと回遊魚みたいに町から町へと巡るだけ。
 基本几帳面なスケイルには、私の行動の無駄が歯痒いのだろうさ。

 だけど、それでいい。
 別に、私にしかできない特別なことを求められているわけではないのだ。
 そんなのはもう一人の救世主に任せておこう。
 私は順当に、行き当たりばったりに、旅を終えればそれでいい。

 執念や信念を滾らせた使命に殉じる駒が欲しければ、情勢が生死に直結する島民に力を与えればよかったのだ。
 部外者にではなく。
 だから

「そんなもの必要ありません」
『……何もかも適当すぎるんですよ、ナナシ様は』
「私は私なりの真剣さを以ってやってるつもり。スケイルのそれとは違うだけよ。
 最短距離を最速で駆け抜けるばかりが旅じゃない」

 恐らく私以外には理解できない棘と皮肉。
 そして知識だけでは人の世は渡れぬという頭脳屋スケイルへのちょっとした攻撃である。

『ナナシ様の頭は本当に大変なのかもしれません……』

 ふっふ、分かるまい分かるまい。悩め悩め。
 効果があったのか、それでスケイルはそれ以上の説得を諦めてくれた。

『女神様が私をこの旅に任命されていれば、疾風迅雷の理力使いが後世に書物に綴られたでしょうに……』

 なんか、違和感。

 スケイルは一貫として従者としての【姿勢】とやらを頑なに崩さなかった。
 だけど、今のスケイルの言葉には、本人も気づいていない、好いとも悪いとも判別出来そうにない「何か」がこめられている。
 そんな気がして……背筋がゾクリとした。
 おかしいな。今この森に居る人間、私以外いない筈よね。



 この先を考えるのは、やめておいた。
 虎口に入るのは虎子を期待する者だけなのだ。何故か余計な気を回したくなろうが、危険な行為はするべきではない。
 なので対応は一つ。

「ねぇ、クリムゾンクロウで鼻毛処理できるかしら?」
『鼻毛どころか耳毛も眼球も処理できるでしょうね。ナナシ様がどうなろうと知りませんけど命は大事にしてください』

 一を聞いて十を知り、五を知らん振りするのが私のモットー。
 だから、余計な引き出しは開けるべきではないのだ。
 出来るなら、最後まで。



【15:20】


 イシュテナさん曰く、封印の神殿は島のほぼ中央に位置するという。
 昨夜、最南西の洞窟に辿りつき、島の大きさをおおまかに把握しつつあった私は、頭の中に地図を描いてみた。
 島の中心にあるのは山岳地帯で、そこに人が踏み入るのはほぼ不可能に近い。
 わざわざ神殿というからには建築物に違いなく。人が入れない場所は除外される。

 山でなければ森である。

 島は大方一周したが、地図の中でも東の大森林地帯は黒く塗りつぶされており、未知。
 封印の神殿があるのならそこだろうとあたりをつけ、サリムの別荘から島の中央へ北上し始めることにした。

「行くわよ」
『はい、急ぎましょう』

 広漠な森を目前に言葉を交し合う。
 道しるべとなる太陽は、雲に覆われはじめていた。


【15:47】


 森が開けていた。
 晴れていれば木漏れ日の陽気が陰気さを取り払い、適度に涼しい天然の休憩所として機能しただろう。
 子供なら秘密基地に良いと歓喜しそう。

 だが大人なら持ち前の警戒心で絶対にここには留まらない。
 真っ暗な穴が、木の陰草葉の陰、そこらじゅうの地面にボコボコ【穿たれている】。
 大切なペットが死んでしまったので、埋葬用の穴を掘ったのだろうか。けど中身が空っぽだ。
 まるで入居者のいない新居みたいな不自然さ。
 無論人影はない。


 …ないはずがない。


「……ここは長居したくないわね」
『はぁ……そうですか?』

 ここに来るための洞窟を抜けた頃から、雨が降り始めた。
 この世界でも雨は降るんだな、と当たり前のことを呑気に考えられていたのも少しの間だけ。
 正直、この森を甘く見ていた。

 葉に弾かれた水滴は霧雨となって空気中を漂う。
 水捌けの弱い土地だったらしい。濃霧が発生していた。肌は不快にべたつき始めている。
 根っこを踏むだけで滑りそうになるし、見通しも最悪で遠方がまったくわからない。
 悪路に苦戦しながら森を彷徨うこと十数分。
 封印の神殿があるか確かめれば済む筈の森で、手間ばかりがかかってしまった。
 ここ、山に囲まれてるじゃないか。


【16:34】


 徒労感だけが濃い帰り道の途中。
 スケイルが声が聞こえると言い始めたのだった。

「幽霊かしら。スケイルなら居場所もわかるんじゃない?」
『……、私はトーテムですから。幽霊ではありませんので』
「冗談だからね」

 相方の静かな怒気を鎮めて、声のする方へ小走りで走っていくと、

「たすけっ、誰かたすけてー!!」

 それは誰かが偶然助けてくれることに賭けての、声の限りの叫び。
 何故今頃になって聞こえ始めたのだろうか。

「誰もいなかったわよね。動物すら」
『はい。ですがナナシ様、穴の中は調べてません』
「……雨で浸水か」

 嫌な予想は的中。
 ぬかるみ同然の穴から救い出したのは、トカゲ人の子供だった―――。


【16:44】


 名前はテサ、たぶん男の子。
 水汲みに来たのだが迷ってしまい、彷徨っている内に穴に落ちてしまったのだという。
 肌は日に透けた新緑のように瑞々しく、背丈は腰に届く程度、かなり小さいその身体は苗木を連想させた。
 砦で見た屈強なトカゲ戦士の印象が強くて、竜人も子を産み育てながら営んでいるということをすっかり失念していた。
 子供だっているのだ。

『まだ小さく、か弱い子供を……殺すんですか?』
「…………」

 小さく押し殺した声で、スケイルに聞かれる。
 どうせ聞こえないのだから、声をひそめる必要はないのに。
 それだけでスケイルはどうしたいか、わかってしまうのだ。
 
「殺さないわ」



「……お姉ちゃん」



 お互い泥だらけで、しげしげと観察し合う。
 砦で見た屈強なトカゲ戦士のイメージとはどこまでも食い違う。
 目を引くのはやはり肌だ。
 雨で洗い流された泥の下は、がさついた緑ではなく、新緑のように薄く透けた瑞々しい肌だった。
 シャープな体型も相まってか、人間では持ち得ないその流線形には美しさすら感じられて。

 つぶらな瞳でこちらを見つめていた。
 怯えといった感情は皆無だった。
 私は既に柄に手をかけているというのに。

『この子…どうするんですか?』

 小さく押し殺された声でスケイルに聞かれる。
 声を抑えるためではないのは明白だった。なら気づいてないか。

「スケイル、後ろよ」
『……?』

 返事を待たずに振り返る。

 見えたのは霧の中にうごめく灰色の塊、二つ。
 それらは徐々に像を結び、何の装飾もない無骨な鎧を着た王国兵二人になった。
 黙っていられると幽鬼と間違えてしまいそうなほど生気がない。

「はぁい! ご機嫌な陽気だけど、あなた達はどうかしら」

 こちらに剣を向けていることや

「ちっ……先に見つけられちまったか」

 よくよく見れば濁った刃の表面が不自然に水を弾いていることとかは

「一人で話を勝手に進めると嫌われるって女神は教えてないのかしら。
 まぁいいわ。御用は?」

 この際置いておく。
 今はさっさと話をつけて終わらせたい。
 片方の兵士が笑い掛けるように言葉を発した。

「2000シルバ出す。後ろのガキを渡して貰おうか」

『……っ!』
 
 背後、スケイルが凝結した。
 今の言葉が何を意味するのか理解したためだろう。
 兵士が言いたいのは、つまりは「そういうこと」。

「あははは。ごめん、よく聞こえなかった」

 だから、私はにこりと笑う。
 スケイルが息を呑む気配がした。

 二人の兵士もニヤニヤと笑っている。
 私の言葉を額縁どおりに理解したのか、
 私の真意を知りながらそうしたのかはわからない。
 どちらにせよ、彼らは彼らの態度を崩さなかった。
 勇敢にも。


「チッ、分かった分かった…。3000シルバ出そ―――」
「あははは。ごめん、何言ってるのかさっぱりなんだけど」


 トカゲの子供が、怯えたように低くうめいた。

 それは唐突に表情を怒らせた兵士たちのせいかもしれないし、
 沸点に達しそうな私のイライラを敏感に感じたからかもしれない。
 あるいはその両方という可能性も捨てきれなくはない。
 まぁ、どうだっていいんだけどね。あはは。

『ナナシ様、このまま子供を渡さなければ戦いになります。
 それも、向こうの態度から見て簡単に終わりそうには……』


「子供は渡さない」


 スケイルの言葉を無視して、私は言っていた。
 理由は分からないけれど、ただ無性にイライラしていて
 そのイライラの原因が目の前の兵士達にあるのだけは確かで
 なら子供を渡してさっさと終わらせればいいはずなのに
 そうすることを私は心の底から嫌悪していて
 この感情は何なんだろうと胡乱な頭で考えてみるけれど
 そんな自問さえ腹立たしい現状が本当にもう最悪で、


 結論を出すと





 

「あんた達が死ねばいい」






【16:55】


 …森は、静か。


 心はただ平穏の中にあった。
 晴れやかさも無ければ罪の意識など元より皆無。
 無色無音の自分に、時間さえ遠慮しているかのようで。


 すっと袖を引く気配を感じた。
 背後に視線を送るとそこには竜人の子供。
 忘れいていたが彼も当事者の一人、この後訪れる運命に誰よりも身を強張らせている者だった。

 彼は、静かにこちらに眼差しを送っていた。
 その目に涙はない。動揺した風もない。救いを求める嗚咽すらない。
 だがなんらかの意志を感じた。
 その真意を図りかね、そして唐突に理解した。

 幼いながらにこの子は理解していた。
 身体が死ぬ前に心が死なぬよう、思考を止め大人しく運命を受け入れる。
 それが無力な存在に出来る、精一杯の抵抗だということを。
 その意味で、彼は生物としてあれらよりも優秀だと言えるのだろう。
 賛美を送りたい衝動を押し退けて、優しく目じりを下げ笑う。


「もう心配いらないよ」


 喉を通り発音された言葉は不自然に掠れていた。
 彼はびくりと震え、泣きそうな顔で無理矢理と分かる笑顔を作った。
 優しい子だった。頭も良かった。察するに悪意にも敏感だったのだろう。
 恐れよりも感謝を優先させることで互いの立場を初期化したのだと分かった。
 おそらくは私に気を遣ってのことだと思う。




「なんだ、今の音は……」




 そこに、予期していなかった第三者が現れた。
 木立をかき分けて姿を見せたのは青い鱗と鎧の光沢。
 砦で戦ったトカゲ人間……だった。


「! おまえは、砦で戦った人間……」


 それについてはお互いに共通の認識を持っていたらしい。
 トカゲ人間はまず私の存在に驚き、次いで私の背後で震えている「彼」と
 私の前に転がっている「それら」に探るように視線を移していった。
 それをどのように認識したのか。
 蒼いトカゲ人間は静かに足を踏み出した。

「テサ……助けてもらったのか?」

「うん。だけどニンゲンさん……
 ぼくを連れていこうとしたヒトたち―――」


 子供の目が怯えながら「それら」をとらえる。






「殺しちゃった…………」






 一瞬で、森が静けさを取り戻したように思えた。
 今さら変えようのない事実に全てが戦慄したかのように。

 私は、ええそうですよとでも言ってやりたい気分だった。
 おっしゃる通りの大正解です。私がそこの二人を殺しちゃいました。
 ごめんなさい。
 謝りはしますが誤りだとは思いません。だから反省もしていません。
 贖罪は欲しませんし、法によって裁かれる気もさらさらございません。

 そんな風に。こともなげに。


「この子を助けるために同族を手にかけたのか…」


 トカゲ人間が静かに、確かめるような声で言った。
 同族を殺した私のことを外道と蔑んでいるのか、
 そうまでして子供を助けた私に感嘆を示しているのか。
 

「あの時。砦でも、おまえは―――」


 静かな呟き。
 トカゲ人間は静かに歩を進め、無言で「それ」を私に差し出した。
 見たこともない…それは不思議な形状をした草の束だった。
 手に持つと、微かながら脈打つような力強さが伝わってくる。

「これは―――?」
「マニミア草…これで牢に入れた人間の解毒が出来る」
『え……』


 スケイルが、驚いたように小さく声を発した。
 それだけ言うとトカゲ人間は私に背を向け、子どもの元に歩み寄った。
 まだ怯えている彼の頭を思い切り乱暴に撫でて、小さく微笑む。

 その優しい光景に…束の間、立ち尽くす。


「この子を助けてくれたことには礼を言う…ありがとう」


 こちらを振り向かずにトカゲ人間が言った。

「私の名はセタ。砦の副隊長を務めていた……
 よければ、おまえの名前を教えてくれないか?」


 ナナシ、と私が答えると、セタと名乗ったトカゲ人間は振り返った。
 その顔には万感悲喜交々といった感情とはまた違った、
 一人の戦士としての矜持を感じさせる凛々しさが見えた。

 


【17:00】


 森を出ても雨は容赦なく大地を打ちつけていた。
 ザアザアと降り止まない雨は私に何かを訴えているようで、うんざりする。
 スケイルがいかにも心配そうな視線を私に向けた。
 それに大丈夫だと視線で返して、私は口元だけで笑う。

「スケイル、近くに川とかないかな? 手、洗いたくて」
『平気ですよナナシ様。見たところ汚れてません』
「そ、かな……」

 理由はよく分からないけど……私は手を、洗いたい。


『それよりナナシ様、シイルに行かなくていいんですか?』


 あえて話を逸らすように、スケイルが早口で言った。
 気を遣ってくれているのだろうと分かる。
 その配慮が、私には少しだけ煩わしい。

 けれど、今はその優しさに後押しされてみるのも悪くはなかった。
 どちらにせよシイルに行くのはウリユとの約束なのだ。
 ウリユに会いたい、というのは私の本心でもあった。


「…そうね。それじゃシイルに行きましょうか」





 ……このとき、シイルの街で何が起こっているのかを。




 ……私はまだ、知る由もなかった。




 
8089
『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 5日目 by シなも 2009/04/19 (Sun) 13:53
△up
レス/編集
 
【17:15】

―――ここから動かなきゃ、と思った。

 身体は休息を欲していた。
 私は普段、何十分歩いたら何分間の休憩を入れる、という明確な基準がある。
 体力の枯渇を防ぎつつ効率よく移動する方法だ。

 そのほうが長く、そして結局は早く移動できることに気づいたから。
 だから今の強行軍は体力を消耗するだけだった。

―――それでもとにかく動かなきゃ、と自分を急かした。

 張り出した根に足を取られてバランスを崩しても、
 自分から樹にぶつかることで無理やり転倒を防いだ。
 倒れたら、どうしても立ち上がる気になれないのがわかっていたから、


 そのうち、私は息を切らしていた。
 移動を苦しいなんて思うのはこの旅ではじめてだ。

 自分の制御を失っている。
 そんな曖昧な危機感があったけど。
 それ以上の強い意志が心を括っていた。

―――「あれ」があった場所から少しでも遠ざからないと

 だから、限界だった。
 もう大丈夫だ、と思った所で、私はへたり込んでしまったのだ。


 仰向けに地面に転がる。空はもう真っ暗だ。じきに日も落ちるだろう。
 冷たい、と思ったけどもう動けなかった。
 このまま眠り込んだって構わないか、なんて思いもした。

 疲れていた。
 疲労困憊の極みにあった。

『ナナシ様?』

 スケイルが気忙しげに覗き込んでくる。
 大丈夫と伝えようとしたけど、気持ちが萎えてしまって言葉がしぼんでしまう。
 結局うやむやのまま言えずに終わった。

 身体を無理矢理に動かすのをやめると考える余裕が生まれた。
 分析しようとする冷静さと冷めた心が戻ってきてしまう。
 死んだはずの青ざめた兵士達を引き連れて。

  同じ人間が、どうしてだ―――

 幻聴だ、こんなの。
 頭の中でわんわん響く声は、私があの時のことを想起し、組み立てた妄想に過ぎない。
 でもいくら邪険に振り払っても中々消えない。
 煩わしい亡霊の恨み言は、じわじわと思考を蝕み、意識を下へ下へと傾けていく。


 そんな毒性の記憶に逆らいたくて、私は呟いた。


「私は間違ってなかったわ」
『ナナシ様……』


 一言口にすると、私の想いは急激に明確になっていった。
 思うままにその先を継いでいく。

「子供が襲われてたら庇うしかないじゃないのよ。
 非は明らかにあちらにあったし。
 大義名分があった兵士達もある意味運が悪かった……だけど」 

 今の私の状態を見れば、一時の激情だったのは間違いないだろう。

 でもあの時の私にとっては絶対強固な意志だった。
 どんな非難を受け止めた所で私はたじろかなかったろう。
 無敵でいられた。

 でも、時間が立つと激しく気炎をあげてたその何かは勝手に何処かに行ってしまって。
 私には、苛立ちが残された。

「だけど……とっても苛々したわ!
 なに勝手に大戦の火種になりかねないことしてくれちゃってるわけ!?
 救世主の私の立場はどうなるのよ!
 あとあの子の穴に落ちる間抜けさにも! 道に迷うにもほどがあるでしょうが!」

 いつの間にか私は立ち上がって、叫んでいた。
 限度を越えた苛立ちは身体を勝手に動かすのだなーとぼんやり思って、

「あの兵士達には『ふざけんな』って言ってやりたかったし、
 竜人の子供には『なんでまだ子供なんだ』って言いがかりをつけてやりたかった!!」
 嗚呼……なんか、止まらなくなってきた。
 どうしよう。

「そんな状況を巧く作り上げた【巡り合わせ】って奴には、もう断罪を下してやりたいくらいよ!!」




 ぶちまけてしまった、色々と。

 無闇な自己肯定も、亡霊の幻聴も、もう聞こえない。
 自分の胸の内に残された最後の一言を口にした。


「だから私は間違ってな…い……」


 後一歩で確信へと到るはずだった決定は、
 土壇場で意気地を失くした。

 間違っていない、それは本心だ。
 でもそれを磐石な物にしたいがために、同意を必要とした。

 そして、スケイルに甘えた。

「スケイルもそう思うわよね?」








『……わかりません』

【17:30】

「……スケイルは冷たい」
『ナナシ様、やはり気に病んでおられたのですね。しかし、えー……思う存分叫ばれて、すっきりした顔をなされています。素直なのはいいことですよ』

 スケイルは慰めなのかよくわからないこと言った。

「本心はそう思ってなくてもいいから、頷いてほしかったのに……」
『そんなズルはいけません。メッ!ですからね。
 ……ですけど、本当は私にもわからないかったんですよ』

 この実直で几帳面なトーテムにしては珍しいことに、それは告白だった。

『本来ならば、女神の使いであるこの私が率先して考えなければならないことでした。
 ですけど結局決められずに……ナナシ様に押し付けてしまいまったんです。
 心苦しく思い……、また嬉しく思いました。
 御自身のありかたに悩まれても、ナナシ様は答えを決することが出来るのですね』

 ここでスケイルは何故か、ほんのり頬を染めた。

 嫌な予感がしたのはこの時だ。
 なんかこのトーテム、今からすごく恥ずかしいことを言おうとしていないだろうか……?


『私、ナナシ様は本当に救世主なのだなと感激してしまって……
 女神様が否と言おうと、私のこの信頼は揺るがないでしょう。
 何があろうと、私はナナシ様の御傍でお手伝いしたいと思っていますよ』
「――――」


 やっぱりそうだった。

 あれだけ不真面目な私を見て、あれだけ暴走した私に気を揉んで、
 それでも貴方は間違いなく救世主ですなんて言いやがるのは、スケイルだけだろう。
 ……だからこれを口にするのは私のせいじゃないのだ。

「えっと、スケイル。聞いて」

 きっと、数時間前の私が見たら爆笑しただろう。

 顔を背けて

 「ちょっと嬉しかったわ」、ナンテ……!








 気恥ずかしさから回復した後、私は一つの誓いをスケイルにたてた。

「宣誓。もう、このことでくよくよするのはやめにします。
 ……私ってそんな人柄じゃないでしょう? ねぇ、スケイル」
『えぇ、困ったことにですけど』

 呆れたようにスケイルは笑った。
 そしてようやく、私も笑ったのだった。

【18:06】

 曰く、夜の森は人を飲み込むという。
 町中で出会った詩的な狩人が、確かそんなことを言っていた。

 隔絶されたこの大陸では、多くの糧をもたらす森は生活には欠かすことの出来ない存在だ。
 木材、肉、薬草…得られる恵みは枚挙に暇がない。
 それを求めて、結構な数の人が毎日出入りしているそうなのだ。

 その恩恵は抗い難く長居を誘う。
 熟した果実の甘い香りが、古木から溢れる木漏れ日の暖かさが、人を引き留める。
 中には自分が何処にいるかも忘れ、放心してしまう者もいるほどだそうだ。

 そんな美しい森なのだが、
 夜になるまでに帰ってこなかった者は諦める……という厳然たるルールが存在している。

 獣が多いとはいえ、救助を諦めるのが早すぎるのではないか。
 疑問に思って問うと、狩人はニヒルに笑って、森の本当の姿を見たら帰れない、と応じた。

 空から遠目に見ることが出来れば、この森の正体が大陸の三分の一を支配する巨躯の黒いケモノだと気づくだろう。
 百万の生と一億の死を内包する大いなる獣性の象徴だ。
 なるほど、そんな怪物が相手では人間は生き延びられない。

 そんな危険地帯を私は今から単騎で駆けなければならない。
 でも理由なんて一つあればいい。
 全ては麗しのウリユ姫に会うために!

 さあ行こうスケイル!
 すべてをワクワクに変える大冒険が―――!!








「―――なんて危険冒すのはアホだと思わない? 登山って素敵よね」
『……すごく納得がいかないんですけど』
「なにがよ。実にスマートで合理的な答えじゃない」
『違います! 私のシステマティックな部分が今のナナシ様を否と叫ぶんですよ!』
「あー? ……確かにあの狩人、ナルシストっぽい雰囲気があったものね。
 大袈裟に話す適当な人だったのかも。しくじったわ……」
『そうじゃなくて! 貴方はテキトーすぎるんですよ!さっきまでのナナシ様は何処にいかれてしまったのですか!?』

 勿論、そんなこと出来るわけなかった。
 雨の中での野宿を諦めた私達は、山と森の境界――中央山脈の麓を進んでいた。
 ケダモノだらけの森の中を突っ切るより、雨で滑る急勾配の山を越えるより。
 頭上の心配だけすればいい崖の下を行くことにした、というわけだ。

 周りに岩がゴロゴロ転がっていることを思えばちょっと危険かもしれない。
 だけど本格的な夜を迎える前にシイルの村に到着するためには仕方ないことだった。


『早すぎる……切り替えが早すぎる』
「なに?」
『いいえ。
 でも、ウリユ様に感謝しないといけませんね』
「まったくだわ」

 シイルの南には大森林地帯へ抜けられる洞窟がある―――
 そのことをウリユから教えてもらわなかったら、
 山に沿って進めば洞窟をほぼ確実に見つけられるという発想は出なかったし、視界を失くした私達は森からの出口を求めて彷徨ったあげく、確実に迷っていただろう。



 思えば、あの子には世話になりっぱなしだと思う。
 私がウリユの元へ通ってあげてる、なんてことになってるけど、実際は逆だと思う。
 血生臭さと無縁ではいられなかったこの旅を、暗くならずに続けられるのはあの娘のおかげだ。
 今シイルに向かっているのだって。

―――そうさ。
 今日あった嫌なことも、ウリユの顔を見れば、きっと忘れられる。
 何事もなかったかのように旅を続けることだって、ウリユの笑顔ならきっと可能とするのだ。


ああ、早く会いたいな。


【21:34】


 シイルに着いた私たちは、村人が全員死ぬ予言をウリユがしたことを聞かされた。
 スケイルは目を伏せた。
 私は―――呆然とするしか、なかった。

 例えるなら、それは死ぬ感覚に近い。今ある世界との繋がりがぶちぶちと音を立てて切れていって、必死で繋ぎとめようとしてもそれは叶わない、あの感覚。

 目眩がして、倒れこみそうになって、それに気付いて慌てて足を踏ん張る。
 たったそれだけの動作にも、私はありったけの気力を振り絞らねばならなかった。

「ああ、ナナシさん……」

 こちらに気付いたユーミスさんが駆け寄ってきた。私は何と言ったら良いか分からず、唇を噛んだ。

「ナナシさん、とにかくここを離れて、安全な場所へ行ってください」

 ユーミスさんは開口一番そう言った。

「で、でもっ!魔物なら倒せばいいじゃないですか!」

 生きることを諦めきったユーミスさんの言葉に、つい私は反発してしまう。

 ユーミスさんはそれを聞いて、とても小さく笑った。『どうやって?』と言外に問う笑み。
 それを見て、『倒せばいい』なんて力がある者の傲慢であることに気付く。

「すみません……」
「いえ。……あの、良かったら行く前に、ウリユにお別れを言ってあげてください。
 後、店にある物は何でも持って行ってくださって結構です。もうどうせ、売る相手もいなくなるんですから………」
「……お別れ、なんて…いなくなる、なんて……」

 そんな事無いですよ、と言いたかったのに、舌がもつれて上手く喋れなかった。



 ユーミスさんの店の鍵は、開いていた。シイルの夜は早い。普段ならこの時間帯は閉まっていたはずだ。店主のいない暗い店内は、間取りは同じでも私の知らない場所と化していた。

 ノックもせず、ドアを開ける。ドアを開ける音でこちらに気付いたのだろう。ウリユが私の方を―――ドアの方を―――見て、寂しそうに微笑んだ。

「来てくれると思ってたよ、ナナシお姉さん」
「……!!」

 口の中に鉄の味が広がった。唇を噛みすぎて裂けたのだ。

「もう聞いた?私が今朝した予言……」
「……うん」

 ウリユは目を閉じる。さながら、夢の中で見た魔物の姿を、思い出そうとするかのように。

「夢に出てきた魔物はね、とても強い力を持ってたの。きっと、今のナナシお姉さんでも敵わないと思う。

 だから、ね。今日でお別れ」



 『さようなら、ナナシお姉さん』―――



【22:00】


 私は、シイルを出た。

 シイルは高い丘の上にある村だ。空を飛ばない限り、道は1本しかない。
 そこを守れば、シイルを守れる。

 スケイルも同じ事を考えたらしい。

『敵は必ずここを通るでしょう。真夜中にやって来るそうですが、待ち伏せますか?』

 私は深呼吸の後、応えた。

「ええ」
『では、待ち伏せしておきましょう』

 スケイルの言葉は、何処か事務的に聞こえた。


【23:50】


 カタカタカタ、という耳障りな音が聞こえた。

「……?」

 何だろうと訝しく思い、辺りの気配を探る。真夜中にはまだ少しだけ早い。何の気配も感じられない。もし気配を消した敵が潜んでいるなら、わざわざ変な物音など立てないだろうと結論して、私は装備の点検に戻った。

 ピカピカに磨き上げたロングブレイドとチェインクロス。紅い光を宿すクリムゾンクロウ。ユーミスさんの店にあったありったけの理力と治癒の水。
 これが、現状で揃う最高の装備だ。だからといって不安が無いわけではないけれど、もしここに伝説級の武具が全て揃っていたとしても、不安がなくなるわけではない。

「無い物ねだりをするくらいなら、今あるものを最大限に生かす術を考えないと」
『珍しく良い事を言いますね』
「何、スケイル」

 眉を吊り上げて睨むと、スケイルは冗談ですと苦笑する。異変に気付いたのは、その時だった。

 武器の点検を終え、鞘に収めようとして、剣を落としてしまった。それだけならまだいい。でも拾い上げようとして、上手く掴めずに何度も失敗して。
 目で見て分かる程に震え始めた両手。その震えが全身に伝播するのに、時間はかからなかった。

『ナナシ様………』

 スケイルが目を伏せて呼びかけてくる。私はそれに応える事が出来なかった。


 怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!
 もう一人の私が私の中で絶叫したようだった。それはカタカタという音を更に大きく、更にテンポを速めた。
 私は自分を抱き締めて、恐怖に耐えるしかなかった。

 ―――今のナナシお姉さんでも敵わないと思う。
 ―――どうせ、もう売る相手もいなくなるんですから……。

 耳の中で、2人の声が繰り返しわんわんと響く。それが不意に途絶えた時、私の背後でゴウ、という唸り声にも似た音が聞こえた。振り返ると、シイルが業火に包まれていた。
 そんな馬鹿な、もう真夜中になっていた!?戦慄する私を嘲笑うかのように幻覚は消えて、雨の暗闇に沈むシイルが戻ってきた。

 カタカタカタ。耳障りな音が響く。

 頭が真っ白になる。何で私はこんな所で雨に打たれているんだろう?明らかな死を待っているんだろう?

 逃げろ、ともう一人の自分が叫ぶ。逃げたくない、と私が叫び返す。



「―――たったひとりで、何か出来ると思っているのか?」



 そんな私に、低く怜悧な声が投げかけられた。



【24:00】



 魔王の姿を見た時、私は思ったほど驚きを感じていない自分に気付いた。

 確かに今までの敵と比べれば脅威ではある。勝てるかどうか分からない。が、敵の力がはっきりした事で、想像上の強敵という人間が絶対に敵わない存在からは逃れる事が出来た。

 まだ、怖い。だがそれは、何故怖いかすら分からなかった先程までとは違う。
 だから、応えられる。

「ええ」

 と。

 魔王は返す。

「殺せ」

 と。


 命令の下、すっと動いた兵士達が突撃してくる。恐ろしく統率が取れていた。砦の部隊長をしていたような紫の肌のトカゲ兵士が6人。まずは中ボスという所か。ひとりの少女に6人の竜人。普通なら話にならない。だが、私はトーテム能力者だ。

 剣を抜く。腰を落として低く構え、迎え撃つ姿勢をとった。

「来いッッ!!!」
「オオオオオッ!!!」

 啖呵と咆哮が交差する。私の剣が竜人のひとりが振り下ろしてきた剣を受け止め、その衝撃で半歩下がりながらも、集中を途切れさせず、フォースを練り上げた。

「《雷光》!!」

 星も月も無い暗闇に閃光が爆ぜた。竜人達に目を瞑る暇は与えられず、彼らの間近で発生した本物の雷に匹敵するかという閃光が竜人の瞳を一時使用不能にしていたが、彼らの体が受けたダメージを累計すればさしたる割合を占めるものでは無かった。

「ぐぅうあぁあああああああああああッ!!!!」

 私と鍔迫り合いの真っ最中であった竜人は直撃を受け、この世の物とは思えない苦痛の咆哮を上げながら地面に仰臥する。他の5人とて視力が戻らず軽いパニックに陥る―――私はその隙を逃さない。

「はぁああああああああッ!!!」

 気合の声を張り上げ、大袈裟なモーションで振り下ろした剣は、ひとりの竜人の体を肩から腰に掛けて両断していた。その動きから流れるように体を一回転させ、すぐ傍の竜人の腹に回し蹴りをぶち込んだ。それだけでは決定打にならないが、仰臥した竜人の喉に楔を打ち込む様に剣を突き立てれば致命傷になる。

 視力が回復するまでに3人。悪くない出だしだ、と内心でガッツポーズをした一瞬後、悲鳴のような―――いや悲鳴そのもののスケイルの声が発した。

『ナナシさまッッ!!!』

 その声が無ければ死んでいた。背後に発した別の竜人の気配に気付た私は、全脚力を以って前へ跳んだ。それでも走る激痛。背中を右肩から左腰に斬られ、かつてリーリル東の砦で負ったのとほぼ同じ傷が刻まれた。

「ああああああああああッッ!!!」

 苦痛に耐えかね、私は泥の中へ頭から突っ込んだ。ダメージ甚大、治療優先。泥をいっぱいに含んだ口中に、こんな所で死ねるかの怒声を飲み込んだ私は、即座に起き上がり、《治癒》をかけた。

 口の中の泥を吐き出す暇も惜しい。目の前に迫った竜人に向かって手を挙げ、『爪を振るった』。

 クリムゾンクロウ。火炎のフォースを理力の消費ナシに使える、私の隠し玉だった。剣より速く、剣より使い易い。魔王戦まで取っておく心算だったのだが。

 私を斬った兵士が業火の中へ閉じ込められた。苦痛の咆哮を聞きながら、私は泥を吐き出し、雨水で口を濯いだ。

 どうにかして火を消して仲間を助けようとした2人の兵士は、この豪雨の中でも燃え続ける炎を見て救出を諦め、恐怖と怒りとを湛えた4つの瞳が私を注視する。私はそれを正面から睨み返し―――その後、双方から同時に襲い掛かった。

 ひとりの剣を受け止め、ひとりの剣を波動で弾き飛ばす。受け止めた剣を僅かに引き、バランスを崩した竜人の腹目掛けて蹴りを入れる。その隙に波動で仕留め、剣を失った最後のひとりをクリムゾンクロウで仕留めてフィニッシュ―――というのが初期の予定だったのだが、そう上手くいくものではなかった。

 蹴りを入れた直後、剣を投げ飛ばされた兵士はあろう事か素手で殴りかかってきた。想定外の攻撃に、顔面でもろに受けてしまい、竜人の腕力で虚空に投げ出された私の体は、2メートルは空中を飛んで、そのまままた体を泥に投げ出す事になった。

『ナナシさまっ!』
「私は大丈夫ッ!!」

 即座に跳ね起きる事が出来たのは、下が泥だったからだ。これが硬い地面だったら決定打になっていたに違いないが、幸い着地のショックが弱かったので見た目の派手さほどのダメージは無かった。

 顔面でもろに受けたというのに脳震盪にもなっていないのはトーテム能力者の頑丈さ故か、と私は理力を司るというトーテムに感謝する。これが肉弾戦特化であればそもそもあんな拳を食らう事も無かったのかもしれないが、それを後悔すべきなのは今ではない。

 起き上がりざま、すぐ近くまで迫っていた竜人に対して救い上げるように剣を振るう。それを受け止めて、抑えきれずに剣を投げ出した竜人に、私は泥を蹴って飛び上がり、顔面に靴底を叩き込んだ。

 先程の仕返しだが、やはり私は肉弾戦向きではないので、さしたるダメージを与えることは出来なかった。だが、隙が出来るのみで十分。間髪入れずに押し潰すような波動を放つと、起き上がろうとしていた竜人は両手両足を大きく開いたまま意識を失った。

 残りひとり。最早チームワークを取る仲間もおらず、単騎で向かってくる兵士を迎撃するのは容易い筈なのだが、既にダメージを負い、疲労を蓄積させている私は苦戦してしまった。

 剣を受け止め、流し、敵の体勢を崩し、フォースを叩き込む。これまで殆ど一貫してそのスタイルで戦ってきたのも裏目に出た。兵士はどっしりと構え、容易には体勢を崩してくれそうも無かった。そして体勢を崩せなければ、私の細い体では竜人に決定打を与える事は難しい。

「くぁっ!」

 何度かの剣戟の後、腕力に任せて振るわれた剣を受け止めた手が痺れる。流石熟練の兵士、隙を逃さぬ体当たりが、私の手から剣をもぎ取り、体を後方へ投げ飛ばした。

 泥に叩きつけられるのはこれが3度目だ。肺の中身が全て吐き出された感覚がし、一拍遅れて腹の辺りに圧迫感、そして、紫色の大きな手が首を絞めて来た。

「―――――ッッ!!!」

 全身の細胞が酸素を求めて咆哮するが、完全に気道を塞がれ、声は出ない。神経がぶちぶちと音を立てて寸断され、視界がどんどん黒に塗りつぶされる。意識が途切れてしまう直前、私は首を絞めてくる指の一本を掴み、持てる力の全てを使いそれをめちゃくちゃに動かした。

「ォオオオオオオッ!!!!」

 決して曲がらない方向に曲げられた指を押さえ、獣のような悲鳴を上げながら竜人は私から仰け反って離れた。咳き込みながら起き上がると、お互いの剣が彼方へ転がっているのがちらと見えたが、拾おうとは思わなかった。

 手の痛みを無視する事に決めた竜人の視線と、喉の痛みを無視する事に努める私の視線が絡み合う。再び同時に踏み込んで、それからすぐクリムゾンクロウを使えば良かったと後悔したが、結果オーライという意味では問題なかった。

 危うい所で竜人の拳が右耳を掠める。私の拳は竜人の首の下、人間の鎖骨に当たる部分をカウンター気味に打ち抜いた。拳が骨を砕く嫌な感触が私の手に伝わり、再び苦痛の咆哮を上げた竜人がのた打ち回って泥に突っ込んだ。

 人間の骨の中でも、鎖骨は割と簡単に折れる。そして折れれば当然ながらかなり痛い。竜人もそれは同じだったらしい。私はそれ以上近付く愚は冒さず、そこらに転がっていた竜人の剣を拾い上げて投げつけ、止めを刺した。

 その一連の戦いの中、魔王は加勢しようとはせず、感情の無い瞳でそれを見ていた。

「……仲間が殺されたっていうのに、随分な王様じゃない」

 魔王は答えない。だが、何かに納得したかのように口を開いた。

「なるほど、我らの砦を落としたのは貴様だな?」
「………」

 私は答えない。唯集中する。理力使いの私にとって、集中出来る時間は貴重だ。

 それを意に介さず、魔王は、告げる。

「愚かな人間よ―――己の無力さを嘆きながら死ぬがいいッッ!!!」

 それは―――絶対ニブチ殺シテヤル、という宣言だ。その瞬間、私の目の前に居るのは思考する生物としての個体ではなくなり、私と私の世界に害なす存在となった。

 先に動いたのは私だった。集中し続けた理力を爪に乗せる。クリムゾンクロウから放たれた業火が、今まさに突進せんと前傾姿勢になっていた魔王を包んだ。

「ぐぉっ!?」

 更に二度、三度と火炎を叩き込む。容赦はしない。

「ニンゲン如きがッッ!我に傷を負わせるかッ!」

 怒声が弾け、魔王を覆っていた業火が花火のように内側から爆ぜた。鱗が多少焦げているとはいえ、さほどダメージを負った様子は無かった。流石にフォース耐性は高い。魔王相手に理力戦では分が悪いか?

「でぇやぁあああああああッ!」

 そうして選択したのは、急所狙いの肉弾戦。私は武器を剣に持ち替えて突進する。そして身の軽さを生かして飛び上がり、振るわれた魔王の拳さえ足場にして、その首に剣を振り下ろした―――が。

 剣が何かにぶつかった。硬い手応え。澄んだ音が響いた。ヤバい、と本能的に察知した私は、地面に落ちるまでの時間も惜しく、魔王の体を蹴って距離を取った。間一髪、一瞬前まで私がいた空中を銀色の爪が横切った。

「どうした?その程度なら蚊が刺したほうがまだマシだぞ?ククク……」
「ちぃっ!!!」

 剣の手応えと、先ほど蹴った足の感触。どちらも魔王の鱗とは思えない。
 嫌な予感を無視してもう一度。剣を突き出し、突進すると見せかけて途中で方向転換。あっという間に背後に回りこむ。そのまま喉に向けて剣を振り下ろすが、返ってきたのは再び硬い感触。皮膚に弾かれている?実際は、皮膚との間に薄い障壁が存在していた。

『《結界》ですッ!!貫通できるのは理力攻撃だけですッ!!』

 先に言え―――という思考が身を結ぶ前に、私の目の前に銀色の何かが広がった。慌てて顔をそらすと、耳を何か銀色の巨大なものが横切った。

 魔王の手による強打だった。巨大な手が襲い掛かってくるのを避けながら、私は全身から冷や汗が噴出すのを感じていた。
 この巨体で、他の竜人の兵士と変わらないかそれ以上のスピード。これでは武器など要らない。その図体全てが武器になる。それに恐怖していた私は、魔王が理力を使うという事を完全に失念しており―――その瞬間、私の視界は白く塗り潰された。

 当事者以外の者が脇から眺めていれば、コンマ以下で集中を終えた魔王が本物の雷を圧倒する程の紫電を放った事を感知出来たかもしれない。だが、自分が竜人に放った攻撃と同じダメージを負う羽目になった私としては、フォースが雷を圧していようがそんな事は瑣末事でしかない。
 今度の戦闘で慣れ親しんだ泥に突っ込む感触も、全身をズタズタにされた今では耐え難い苦痛だった。

「うぉぁああああああああああああああーーーーーーッッ!!!!」

 苦痛の咆哮が口をついて出る。次の一撃を許せば絶対死ぬ。やばいやばいやばい、と全身の細胞が叫んでいるのに、治癒を施すにはフォースが足りない。

 理力の水を取り出そうとする手が上手く動かず、それが更に手の動きをめちゃくちゃにする。シイルを守ろうという決意も何も無く、ただ生にしがみ付く行為。その間に坂を上ってシイルを攻め入るなり、私に止めを刺すなり出来た筈の魔王は、私を嘲笑うかのようにそこに突っ立っていた。

 皮肉にもそれを確認して僅かばかりの冷静さを取り戻した私は、一刻も早く傷を癒し、理力の回復をする事に勤めた。全回復まで悠然とその場に立っていた魔王に、私は剣を挙げて対峙する。

 ああ、でも分かっているのだ。さっきの一合で分かってしまったのだ。絶対に敵わない。このまま戦い続ければ絶対に負ける。絶対に殺される。剣は通らない。フォースの威力は段違いで、互いの体力差を考えれば理力合戦でも勝ち目は薄い。

『私が…戦えれば……!!』

 スケイルが悔しそうに呻く。私は苦笑する。戦いに「もしも」や「こうだったら」は無い。在るのは、私が死ねばシイルは滅ぶという事のみだ。

「ククク……まだ戦う気か?」
「ふっ、当然でしょう?私の実力がこの程度とでも?あんたも魔王って言うからには、もっと強いんでしょうね?」

 精一杯の虚勢。一気に増した魔王の殺気を全身で感じつつ、私は魔王目掛けてクリムゾンクロウを振るった。

 並のトカゲ兵士ならそれだけで火達磨になって死ぬだけの威力を持つはずのそれは、魔王の全身を覆いはしたものの、消えた後には変わらない銀色の鱗。雷光、波動と私が持てるフォースの全てを叩き込んでも結果は変わらなかった。

 そして魔王は、一発一発が私にとっての致命傷となる攻撃を連続で放ってくる。拳による強打、回避困難な雷光、一撃必殺の波動。本気で振るえばもう10回以上私を殺せるだけの力を持ちながら、魔王はわざと遊んでいるようだった。

 冗談じゃない、と雑念が混ざり、集中が途切れた刹那、回避しそこねた拳が私の腹にめり込み、全身がベキベキと嫌な音を立てた。

「がはっ!!!ごふっ、がはっ…!!」

 口の中いっぱいに血の味が広がる。ヤバい、と思った時には既に魔王は私の首を掴んで持ち上げていた。

「そろそろ終わりにしよう」

 そして、首から下がぶつん、と感覚が消失して。

 私は、死んだ。


【??:??】


 壁を崩す地鳴りのような音が断続的に響いていた。誰かが恐怖に泣き叫ぶ声はもう止んでいたが、代わりにぱちぱちと爆ぜる炎が、嘆きの声を響かせていた。

 それは虐殺と呼んでもまだ温い、徹底した破壊と殺戮の連続だった。

 主にそれを行うのは魔王だ。兵士達は村を包囲し、逃げようとする村人がいればそれを殺す役目。だが、ウリユの予言を聞いていた村人達は、徒に逃げ、苦しむ時間を長引かせようとする者は殆どいなかった。

 ナナシは知らないが、村の老人が勇者の再来までそこにあり続ける事を疑わなかった《大地の鎧》さえも奪われていた。防壁を全て破壊するという荒っぽいやり方で。先程から聞こえ続けていた壁を破壊する音はそれだった。

 家は破壊され、命は殺され、宝は奪われ、シイルの村は彼らに蹂躙されていた。

 いや、彼らではない。蹂躙しているのは魔王だけだ。

 トカゲ兵士の誰もが、こんな惨劇を望んでいなかった。ただなんとなく敵であるだけで、人間を心の底から憎んでいるトカゲ人などもう殆ど残っていない。

 どうしてこんな事になったのか?そもそも何故この2つの種族は対立しているのか?

 誰も分からない。誰も知らない。破壊している魔王は知っているのかといえばそうでもない。寧ろ魔王はこの場において誰よりこの戦争の構図を知らないといえた。

 彼は"神"に作られた存在。"神"が用意した、人間を殺す為の武器だった。

 武器は破壊の象徴かもしれない。だが、武器が意識を持って破壊するわけではない。それを振るうのはあくまで人であり、それによって傷ついたとしても、責められるべきは武器ではない。

「あなたは、可愛そうな人だね」

 だから、ウリユはそう言った。

 シイルを滅ぼし、自らの母を殺し、今まさに自分を殺そうとしている存在に向けて、そう言った。

「………なんだと?」

 魔王は驚く。神に絶対殺せと命じられた白い髪の少女、預言者の少女の、あまりにも堂々とした態度に。

「あなたには、何も無いの。あなたの未来を視た。何も無かった」

 はっきりした声。敵意が篭った声でも無く、淡々とした声でもなく、ただ見た事を告げる声。神託にも似た雰囲気を持つ言葉に、魔王は最後まで聞かざるをえなかった。

「あなたは戦うだけ。誰からも愛されない。誰も愛さない。誰かを殺して生き、誰かに殺されて死ぬ。モノの未来を見てるみたい」
「…………、れ」
「ナナシお姉さんがあなたの未来をどう変えるかは分からないけど、これだけは言えるよ…………あなた、本当に可愛そう」

 黙れ、という咆哮は声にならなかった。ナナシが与えた傷などとは比べ物にならない程深い傷を魔王に負わせた少女は、その万分の一にも満たない痛みで生を終えた。



【07:00】



 目を瞑っている。
 力一杯、全身全霊の力を込めて、一切の光景を遮断している。
 目を開けたら、それは怖い。とても怖いに違いないって分かっている。

 だけど、そんな抵抗は無意味だ。

 瞼の裏にだってそれはある。粘つくように不快な匂いにも。ざあざあと喧しい静寂にさえ。
 それの名前は、現実といいます。黒い手足をパタパタさせて、私を、殴りつけます。

「ナナシ様…」
 
 スケイルの声。何かを堪えるように震えて、おぼつかない。
 それで、何となく分かった。彼女は現実を直視したのだろうと。
 どうしよう。どうしましょう。
 それはまるで、取り返しのつかないヘマを犯した子どものよう。
 震える彼女が悲しくて、彼女だけをそこに取り残すのが忍びなくて。
 目を開けた。


 ……一瞬、どこだか分からなかった。


 崩れた瓦礫。倒壊した家屋。何かの冗談みたいなカタチをした人々の名残。
 ほんの少し前まで生き物がいたのか疑いたくなるくらい、その光景は終わっている。

「…………」
 
 ああ、と思う。
 目を覆いたくなる。だから、これが現実なのだと理解した。
 世界は散々に壊されて、残されたのは血と肉と骨と木片と鉄くずと石ころだけ。
 笑ってしまうくらい完成された暴力を目の当たりにして、浮かぶ感想は一つだった。


「ここまで…」


 徹底すること、ないのに。
 呟きにも似た嗚咽は雨に融けて、無音だった。
 骨が溶けそうな。色なんて無いくせに、黒い雨。
 崩れ去った村。もうこの場所はどこでもない。
 倒れている誰か。もうこの人は誰でもない。
 怒りに任せたように原始的な破壊の爪痕が、深く胸を抉る。


「ナナシ様―――」
 スケイルは、ごめんなさいと言った。
 泣いているんだなぁ。他人事みたいに思う。
「私が…もっと、もっとしっかりしていれば、こんなことには……」
 声が震えている。悔恨の響き。怖くて耳を塞ぎたくなる。
 仮定の話。豚にも劣る醜悪な感情の逃げ場を誰が許すのか。
 私がもっとしっかりしていれば。
 それはいったい、誰の言葉だって言うんだろう。

「…仮定の話なんか、しても仕方ないわ」
 私の声はひどく平坦だったと思う。喉が痛くて、泣きそうだった。
 焦燥。混乱。不安定。 放心。絶望。喪失。嫌悪。
 いくつもの感情をかみ殺して、私は目を閉じた。静かに、開く。
 これが全て。目を背けることを許してくれるとは思えない。
 スケイルは泣いていた。
 何が怖いの? どこが痛いの? 聞いてみたかった。
 そうやって茶化せたなら、どれだけ楽になれたか分からない。

 
 土を掘って、丁寧に誰かを埋める。
 添えるべき品も言葉もない。ただ手を合わせた。
 …吐き気がする。今の自分は余りにも滑稽にすぎる。
 飲み込んだ感情は、苦くて酸っぱくて、最低な味がした。

「ナナシ様…私は……」
「まだ泣いてるの、スケイル」

 後ろからの声に振り向きもせず答える。
 自分でもぞっとするくらい、優しい声だった。

「私たちは全力で戦った。でも負けたの。仕方ないと思わない?」
「でも…! 何かあったはずです。何か、違った未来、が―――」

 泣き崩れるようにスケイルの声が掠れた。
 とめどもなく。彼女の涙は枯れ果てはしない。
 それは雨に似ている。
 吐き出すような懺悔の雨。降り続いては心を濡らして。
 そうして、ひどく空っぽになってしまうまで止むことはない。

「…私たちに出来るのは、次に生かすことしかない」
 私は次の誰かを埋葬して、そっと手を合わせる。
 どうか安らかに眠れますように。

「私はこの人たちの無念も背負った。だから逃げない。戦う」

 スケイルの泣き声はもう聞こえなかった。
 それが代わりであるように、息を呑む気配がする。

「…それは、救世主としてですか」
 低い声。
 それに、あえて答えることはしなかった。


【14:00】


 村の大半の人を埋葬した頃、雨は降り止んでいた。

 建物の残骸と薄闇が見守る中、最後に私はウリユの家に入った。

 ウリユの家を最後にしたのは何故だろう。分からない。目先の事から片付けようとしていたのか、それとも無意識に避けていたのか―――どちらにせよ、考えてした行動ではないものに理由付けても無駄だろう。

 ウリユがいたベッドの残骸の前で、私は静かに手を合わせた。

 死体は無かった。だからといって生きていると思うほど、私は楽観主義ではない。もしかしたら私が既に埋葬し終えた人々の中にいたかもしれない。もしそうならあの墓の前で祈るべきかもしれないが、ウリユと話すとすれば、ここしか考えられなかった。

「ゴメンね、ウリユ」

 でも、出てきたのは結局、それだけ。

 結局、私には運命を変えることが出来なかった。
 "運命の線"が無い私なら、運命を変えられるかもしれなかった。
 誰か一緒に戦ってくれる人がいたら、結果は違ったかもしれなかった。

 ぼんやりとそんなことを考えて、これでは先程のスケイルと変わらない事に気付き、私は頭を振ってその考えを追い出した。

 混乱の極みにあった心はとりあえずは落ち着きを取り戻し始めていた。
 時間経過のためか、人を埋める作業の冷たさのせいか。
 焦燥も混乱も不安定も放心も絶望も喪失も嫌悪も。
 溜め込んだ涙は腐ってしまって、私はあまりにも無感動だった。

「…………」

 そんな私を、スケイルは何も言わずに見つめている。
 彼女は既に泣き止んでいて…瞳は、もう前を向いていた。

「ナナシ様。私は今日ほど自分の無力を呪ったことはありません」
「…強くなりましょう。もう、こんな思いはしたくないもの」

 はい。頷いて、スケイルは目尻を下げた。

 私も釣られて下を向く。そしてふと、視界の端に、三角形の何かを見つけた。

 それはベッドに使われていた木の残骸などでは決してなく、荒削りだが間違いなく、作り手の望む形のまま―――或いは作り手が目指していた形の中間で、そのまま放置されていた。

 ああ、そういえば前にウリユと話した時に言ってたっけ。

『今ね、ナナシお姉さんのためにお守り作ってるの』

 冷たい雨に打たれていた手に、温かい雫が一粒落ちた。


【17:00】


 それからどのようにしてここまで移動したのか、私は全く覚えていない。

 ただ、気付いたらリーリルの宿屋にいた。スケイルに聞いてみようかなと思ったが、無駄だろうと思ってやめた。

 ……不思議だった。シイルが滅んで、私は心に穴が開いたという言葉そのままの心境を体験しているのに、この街はこんなに平和で、普段と変わらない。

 噂話として滅んだ事自体は伝わっているらしいが、だからといって何かが変わったわけでもない。普段どおり。いつも通り。

 なら私も、普段通り振舞うべきなのだ。それがウリユ達への供養になると、信じている。

 私はポケットの中でウリユのお守りにそっと触れる。ざらついた荒削りな木の感触が心地よかった。

『ナナシ様……』
「私は大丈夫よ」

 気持ちの整理をつけるまでかなりの時間はかかったけれど、私はまた、戦える。

「まずはマニミア草か………」

 解毒剤を貰っておいて、配達が手遅れでしたでは洒落にならない。


【17:30】


「便利ね」

 今日発売されたばかりのフォース、《転移》。一度行った事のある街なら瞬間移動出来るその効果を形容するに、それ以上の言葉は無かった。

 特に私には、15日という時間制限がある。移動が早くなるに越したことは無い。
 クリムゾンクロウがあるので、最早覚える必要が無くなっている《火炎》は忘れさせて貰った。他人に記憶を消して貰うというのは、何とも言えない奇妙な体験だった。

 リーリルとサーショ間を転移し、マニミア草をクラートさんに、エルークス薬をシンに渡した後は、今日は他に何をするべきか分からなくなった。

 賢者サリムが魔王化しているという封印の神殿……は駄目だ。シイルで戦った魔王と同じ力を持つか、若しくは元が元なのでそれ以上の可能性もある。今の私ではおそらく敵わない。残り13回死ねるといっても、無駄死にはゴメンだった。

「さて、どうしようかな………」
『占ってみてはどうですか?』

 スケイルの思わぬ発言に、私ははい?と頭上に疑問符を浮かべた。スケイルの示す先には、如何にもな風体の占い師がいた。兵舎と宿屋に挟まれた路地の奥に、その占い師は店を構えていた。黒いローブを着た、いかにもな感じの老婆。……怪しさ抜群だった。

「……マジで言ってるの?」
『え?ナナシ様は占いを信じないのですか?』

 そんなバカな、という態度のスケイルに、私はいやいやいやと頭を振る。

「占いよ?信じるに足りる根拠なんてあるの?」
『ナナシ様はウリ……予言は信じるのに占いは信じられないのですか?』

 ウリユ、と言いかけたスケイルが予言と言い直したことにチクリと胸を刺されながら、私は知らぬフリをした。スケイルだって悪気があったわけではない。

「だって、占いだし」

 それ以外に言い様が無い。予言は確定した未来を示しそうだが、占いは嘘臭いのだ。私の独断と偏見だろうと関係ない。そんなものを旅の指針にする心算は無い。

 だがスケイルは私などより余程乙女チックな性分らしく、占いに関してはかなり粘りを見せたので、私は渋々従った。

「おや、その様子じゃ北東にある洞窟には行ってきたみたいだねえ」

 開口一番そう言った占い師に、スケイルは、

『……』

 ……なんというか、とてもとても曖昧な表情を浮かべた。期待外れだったのか。

「そうだねえ、アンタはなかなか頭が良さそうだし、ちょっとばかりいい話を教えてあげようかね」

 こちらの反応を待たずに、誰にも言わないようにと念押しの上、占い師はここから北西の方角にある森の奥に隠れ里があると教えてくれた。

「もっとも、ちょいと悪い事やってる連中が集まってるわけだけどねえ」

 そう言った占い師は、ヒッヒッヒと笑った。私は曖昧な笑みでその場をやり過ごし、サーショを出た。

『……行くんですか?』
「何、スケイル。あんた占い信じないの?」
『………』

 生真面目な性質のスケイルはどうだか知らないが、私は悪人住まう隠れ里という響きに冒険心を掻き立て仕方が無いのだ。

『まぁ、ナナシ様が元気になられる分には問題ありませんけどね』

 ぼそっと言ったスケイルは、まるで母親面だった。


【18:00】


「おや、来たね」

 あんたさっきまでサーショにいたのに、という当然の疑問は無視され、占い師はヒッヒッヒと笑いながら自己紹介など始めた。

「あたしの名はオーバ。元の名はもう捨てたよ」
「えっと……私はナナシです」
「名無しさんかい」
「『ナナシ』って名前です!」
「そうかい」

 さして興味は無いようだった。

「ここは純粋に戦う為だけの理力を研究する場所さ。あんたならあたし達の作ったフォースを使いこなせそうだしねえ」

 はぁ……と生返事をする私を残し、オーバさんはさっさと行ってしまった。

「……変な人」
『はあ……では、気を取り直してみて回りましょうか』


 間。〜〜見て回り中〜〜


「高いわ!!!」

 裏手突っ込みの姿勢で固まり、さてこれをどこに叩きつければいいやらと思案するも、良い的は無く、仕方なく降ろした。

『高いですね……』

 スケイルも度肝を抜かれていた。

 結界・反射の二大防御フォースは1500シルバ、単体最強攻撃である衝撃は2300シルバ、自動復活の再生はなんと3500シルバ。
 エルークス薬ですら四苦八苦している私にそこまでの経済力は無い。なまじどのフォースも強力で魅力的であるだけに、値段の高さは少々(かなり)痛かった。

 泣く泣く隠れ里を後にした私は、ひとつの目標を立てた。

「今夜寝るまでに1500×2+2300+3500=8800シルバを稼ぐッ!」

 わー頑張ってくださいねー、と、スケイルの見事な棒読みの応援が、耳に痛かった。


【21:00】


 結局、世の中はそんなに甘くなかった。魔物を倒す程度では8800シルバは遠い事にすぐ気付かされた私は、サーショのベッドに突っ伏して、世の中を呪った。

『まぁまぁナナシ様、先は長いですから』
「そうよ、先は長いのよ!」

 焦っても仕方が無いのだ。うん。

「あ、駄目だ。そろそろ疲れて来た。寝るわね」
『はい、おやすみなさい。今日のナナシ様はいつもより頑張っていたと思いますよ』

 そういえば今までずっと寝すぎだと小言を言われていたっけ。

 意識が眠りに落ちる一瞬前、きっとそれは、行動していなかったら悲しみに押し潰されそうだったからだろうな、と思った。
p.ink