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『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 2日目 by 神凪 2008/04/30 (Wed) 22:48
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【6:00】

 夢を見る眠りは浅い眠りらしい。つまり、私はいきなり旅に出ろと言われて泳いだり歩いたり戦ったりしたのだが、それほど疲れていないという事だろう。何の夢を見たのかは忘れたけど……。

「起きてくださーい!」

 私は宿屋の主人の大声で目が覚めた。向こうも商売だ。そう長居しては悪いと思い、私はあわてて荷物を纏めて部屋を出た。荷物といっても、ショートブレイド一本にマント一着、回復薬数個……という所なのだけど。

 宿屋を出て、ほんの少し廊下を歩くだけで、そこはパブになっている。旅人や町人、兵士達が一緒になって食事を取っていた。サーショ唯一の食事処とあって、それなりに繁盛しているらしかった。

「おはよう、今朝はよく眠れましたか?」

 きさくに話しかけてきた主人に適当に応えて、そこで適当に朝食を注文すると、私はカウンター席に座った。噂話でも聞こうかと耳を済ませたのは席についてからの数秒で、すぐにスケイルの声が聞こえて意識をそちらに集中させねばならなかった。

『ナナシ様、砦をどうするか、考えられましたか?』
「って言ってもねえ……」

 シンを助けたのは、目の前で消えようとしている同族を見捨てるのは忍びなかったからだが、それは即ち、あの名前も知らないトカゲ兵士の命は見捨てたという事だ。

 人間とトカゲ兵士の間にあるものが何か、それさえも知らない『異世界の人間』が、(落とせるかどうかは別問題にしても)トカゲ兵士の砦に攻撃を仕掛けるのは如何なものか。寝ながら考えられる人間などいない。適当にはぐらかしたのは、その辺りの整理がいまいち出来なかったからだ。

 私は暫く悩んだ後、

「リーリルに行こっか。まずは情報収集から始めないとね」

 程無くして目の前に暖かいスープと焼きたてのパン、綺麗なオレンジ色の果実が運ばれてくると、私はそれを勢い良く食べ始めた。昨日は結局何も食べられなかったので、お腹が空いていた。


【9:00】


「あの砦には近付かない方がいいですよ」
「あの近くの森では、一度に2,3匹の集団に襲われる事もよくあるんです」
「砦に連れ去られた人もいるってウワサで……うう、ヤダヤダ。早く平和になればいいのにねえ」

 とりあえず、結論。

「……・『あの砦について何か知ってるか』聞くのは間違いだったわ」

 砦=拠点。そもそも砦を立てる理由とは、戦略的に重要な拠点の防衛だ。そして戦略的に重要な拠点というのは即ち、攻めやすく守りやすい場所だ。そんな場所にトカゲ兵士の砦を立てられて、無頓着でいられる人間がいるはずも無かった。

 しかも、知名度は高い割に役立つ情報は少ない。皆似たような認識であり、『砦について詳しい人は誰か』聞いたほうが遥かに早く、正確な情報を得る事が出来ただろうと思われた。

「見た感じ、勝ち目の無い戦いとも思えないけど……」

 今日新しく買ったフォース≪雷光≫≪波動≫は、無理に剣と≪火炎≫、《治癒》のみで戦ってきた私にとって、新たな力になると思う。勝てないと分かれば退却すればいいのだし、(痛いのは嫌だけど)もし死んでも『生命の結晶』がある以上、十五回まで復活する事ができる。

 何より、

「連れ去られた人がいる、っていうのも気になるわね」

 同族の命は他の種族の命と比べると、どうしても重く見てしまう。


【9:30】


「我が同胞たちよ!」

 砦の正面扉は大きく開いていた。ラッキーかと思ったのも束の間、扉の先は大広間となっており、そこでは4人のトカゲ兵士と、1人の、今までに見たことの無い……紫色の肌のトカゲ兵士がいた。気付かれずに入るのは無理そうだと判断した私は、正面扉の脇に隠れた。

「魔王様の復活までこの砦を守り抜くのだ!よいな、皆の衆!」

 魔王。いかにも≪災い≫らしいワードだったが、スケイルは頭を振った。

『魔王というのは、これまでにこの世界に二度現れた事のある、強力な力を持つトカゲ人間です。確かに強いのですけど、一度目はリクレール様が、二度目は賢者様と勇者様が倒しています。今ではめっきり少なくなりましたけど、まだこの世界にはトーテム能力者はいるので、対抗出来ない程ではないハズなんです』
「そう……」

 魔王に勝てるかどうかはともかく、復活と言うからには今は休眠状態か何かなのだろうか。もしそうだとすれば、速やかに永久の眠りについていただきたいと私は思う。

「おー!」

 上官らしい紫の兵士の演説が終わり、他の兵士が気合の声をあげた所だった。

パキッ

 叫びの後、一瞬だけ静かになった砦の中で、小枝が折れる音は酷く明瞭に各々の聴覚を打ったハズだった。私が舌打ちする間もなく、上級兵士が声を張り上げていた。

「侵入者だ!!突撃ー!」

 4人の兵士が、陣形を組んで襲い掛かってくる。私はバックステップで距離を取り、剣を抜いた。

 自慢ではないけど、私は戦うのはそれほど得意ではない。トーテムを宿してステータスが上がっても、根本的な技術が上がるわけではない。当然剣を抜くという動作ひとつ取っても遅いわけだ。バックステップはその為の時間稼ぎ。

 右側から切りかかってきた兵士の剣を受け止めて、力任せに弾く。集中をする暇は無かった。

「≪波動≫!」
「がぁっ!?」

 まっすぐに飛んだ光は、トカゲ兵士の腹の辺りに直撃した。気絶させる事すら敵わない、それほど威力の無いフォースだったが、それでも体をくの字に折った兵士を庇うように、左側にいた別のひとりが立つ。振るわれた剣を受け止め、またもや力任せに弾き返すと、集中する。

「≪火炎≫!」

 斬りかかってきた兵士が炎に包まれて石畳を転がる。攻撃の直後に生まれる一瞬の隙を逃さず、先に背後に回っていたらしい残る2人の兵士が同時に背後から斬りかかってきたが、前方にダッシュして逃げる。目標は先ほど波動を浴びせた兵士。背後にはろくすっぽ狙いもつけずに牽制の≪雷光≫を放つ。その攻撃の成果も見ず、私はもう1度その兵士に向かって光弾を投げつけた。

「≪波動≫!」

 集中はしない。まっすぐに飛んだ光弾が兵士の右肩を射抜くと、立ち上がってこちらに走ってきていた兵士が大きくバランスを崩した。

 チャンス。集中し、私が≪火炎≫を放とうとした時―――右肩から侵入した異物感が、胸の辺りまで降りてきた。

「くっ、あぁああああああああああッ!?」

 今何をされたのか。頭以上に体がよく分かっており、内側から零れ出る血液は必死で留まろうとする。生命の結晶を持っていても、生命を維持する機能は変わらないと言う事か。激痛と呼んでもまだ足りない、魂まで焼き尽くされる地獄の業火に晒される気分。猛烈な吐き気に襲われた私は、次の瞬間朝食べたものを血塊と一緒に吐き出してしまっていた。

 吐瀉物が石畳を汚し、もう戦えなくなっている私の状態を伝えたが、どうでもよかった。今警備の兵士を全滅させねば、先ほど倒した兵士は別の兵士と入れ替わり、警備状態に変更は無い。ここで警備兵だけでも全滅させねばならない。

 その為の血液はまだ残っており、酸素が十分に行き届かなくなった頭が痛みを訴えているのは、体内を駆け回るアドレナリンが打ち消してくれていた。

 まだ、戦える。この場合においては幸いにして、瀕死の女の子にトドメをさせるような非情な兵士はここにはいないらしく、石畳に膝をつき、剣に寄りかかって体を支えている私に攻撃をしかけようとする者はいまの所いない。

 集中―――体の中で、ただ力が溜まっていく感覚があった。

「≪雷光≫!」

 完璧な不意打ちは、三人の兵士を薙ぎ払い、更に背後にいた上級兵士を後ろの扉に叩きつけた。ガハ、と唸った兵士の顔は見えず、急速に霞んでいく視界に舌打ちしつつも、まだ戦えると言う状態を演じ続けねばならないのが今の私の立場だった。

 最悪、この兵士にトドメを刺されるかもな―――と考えたのは杞憂でしかなかった。典型的な捨てゼリフと共に、その兵士は言葉どおりあっという間に逃げ、向こう側から鍵を閉めてくれた。

「く……≪治……癒≫……」

 傷口がゆっくりと癒着していく。私はゆっくりと立ち上がると、怪我を庇いながら砦を離れた。

 どうやら今日は、シンにエルークス薬を持っていってあげる事は出来そうに無い。


【10:30】


「……いやいやいや……ねえ?」
『ねえ、と言われましても……』

 エルークス薬の効果がやばすぎた。一分前まで瀕死だったのに、ごくごくと飲むだけで傷が治ってしまったのだ。クラートに末期の台詞を告げる事も覚悟していた私にとっては幸いだったが、幾らなんでも強力すぎるのではないかと思う。スケイルも同意見らしく、ヒかれてしまった。私が悪いわけじゃないっての。

 その事をクラートに言うと、彼は笑って言った。

「ははは。まぁ、1200シルバだしね」
「1200シルバで命が買えるなら安すぎよ!?」

 むしろもう一桁吊り上げても買う奴は買うのではないだろうか。実際に吊り上げられたら手が出なくなるのだが。

「まぁ、次からは無理をしないようにね。たったひとりで砦に乗り込むなんて、無謀以外の何でもないよ」
「う……うん……」

 自覚はあったのだが、最悪復活できるかと考えていた自分が甘かった。残り少ない力を振り絞って己に≪治癒≫をかけたのは、エルークス薬を買ってまで傷を癒したのは、ひとえに死にたくなかったからであり、それ以上の意味も理由も無い。

 命は大事にせねばならない。復活など出来れば使うものではない―――やむをえない場合を除いて、だが。

『集中をしている隙をつかれてしまいましたね』

 クラートと別れ、水路を渡る橋を越えた辺りで、スケイルが出し抜けにそう言った。

「うん……」

 今の私のフォースでは、≪波動≫だけでトカゲ兵士を倒す事は難しい。≪波動≫で牽制し、≪雷光≫や≪火炎≫でトドメ。それが私のスタイルになっていた。

 だが、集中している間、私は完璧に無防備になる。それを考えなければ、またエルークス薬のご厄介になるであろう事は疑い様が無かった。

 と、その時だ。傍のベンチで世間話に花を咲かせているおばさん2人の話し声が聞こえた。

 ムーの村で、集中の腕輪と呼ばれるものが売っている。いかにも、という名前に自然に耳が反応したという感じだった。次の瞬間には私は、ムーの村について情報を得るべくリーリルを出た。

 サーショの北西で野営をしていた旅人のキャンプがこの近くにある事は、こちらへ来る際に確認してあった。砦の事以外は特に重要でもない世間話の後、ムーの場所を聞いた私は、手を振って彼と別れた。

 ムーまで大体一時間。ひたすら南下していくだけなので、道に迷う心配はない―――そう教えられたままに、私はまっすぐに南を目指す。


【11:30】


 そろそろお腹が空いてくるくらいの時刻に、私はムーに着いた。

「あれが腕輪屋ね」

 いくつかの綺麗な腕輪を並べた露店があり、私はそこに近付いていった。隣で癒しの水を売っていた商人はスルーした。

「あの、≪集中の腕輪≫って売ってますか?」
「はい。こちらです……」

 一個三千シルバ。高い。が、集中力を高めると言う効果……ではなく、アクセサリとしての美しさは、かなり魅力的だった。

『動機が別だったらいいんですけどねえ……』

 スケイルが呆れたように言う横で、私は集中の腕輪を買い、早速嵌めてみた。

 特に激的な変化があるわけではない。だが、集中しよう、と思うと簡単に出来た。例えば耳を澄ませる事に集中すれば、肌を焼く陽光の暑さは無視できる、というように……。

「……これ、使えるわ」

 私は、すぐさまリーリルに帰った。もう1度砦に挑戦するつもりだった。


【12:30】


 リーリルで簡単な昼食を取ってから、私は森の中へ入った。

 入ってすぐ、巡回の兵士を物陰に隠れてやり過ごす。そのまま数メートルも進まないうちにまた隠れる羽目になり、私は小さく舌打ちした。

 森の巡回をやっている兵士が明らかに増えていた。理由は明白で、未だ砦の玄関口に倒れたままの四人の兵士達の死体だろう。『ただの人間にやられた』という情報は当然、逃げ出した上級兵士が伝えてしまったと見て間違いない。

 まぁ、私自身驚いている面もある。あまり戦いが得意ではない私に、たったひとりで四人を相手取り、勝てる日が来るとは。その事をスケイルに言うと、

『だって、あなたにはこの私が憑いているんですから』

 と返されてしまった。

 砦の門を潜る。警備兵はおらず、おそらく中で迎え撃つ準備を整えているのだろう。壁1枚隔てた向こうで相当殺気だった集団が待っている気配が伺える。私は受けて立つつもりで扉に向かったのだが。

「やっぱ、開いてないわね」

 上級兵士が閉ざした木の扉は、その気になれば吹っ飛ばせそうな民家のそれではなく、外敵を阻むべく設計された頑丈なものだ。回り道を見つける他に無く、東側にある別の扉も同じく開かないとなれば、西側の階段を上る他に選択肢が見つからない。

 だが、階段を上った先にも見張りの兵士が2人控えており、剣を抜いて飛び掛ってきた。

 出会った時に驚いていたように見えたのは気のせいではないだろう。きっと、ここまで深く砦に攻め入ってくる人間がいるなど誰も思いもしなかった……もしくは攻めてくるにしても大挙しての騒々しいものになると予想していたに違いない。私は凄腕の斥候とでも思われていたのだろう。

 悪いが、私はどの予想も裏切って今ここにいる。私も剣を抜き、兵士のひとりの剣を受け止めると、もうひとりが追いつくのを待って剣を僅かに引いた。ほんの少しだがバランスを崩した兵士の横っ面を平手で張り、ほんの少しの隙を致命的なそれに変える。と同時に、集中の腕輪により、全く隙を見せる事無く放った≪火炎≫が、もうひとりを業火の中に閉じ込めた。

 この世のものとは思えない絶叫が兵士の口から出て、すぐに静かになった。口から体内に侵入した火炎が、肺から心臓からカリカリに焼き尽くしたに違いなかったが、最初のひとりに仲間の死を詳しく分析する暇は与えられなかった。

 横薙ぎに振るわれたショートブレイドが、死神の鎌が持つ怜悧さを以って兵士の首を刎ねていた。派手に吹き上がった鮮血を避けて一歩下がった私は、兵士の亡骸ふたつを越えて階下へと続く階段を探し始めた。


【13:00】


 一対多は卑怯とよく言われるが、決して卑怯ではない。確実な勝利、少ない犠牲を望み、相手より多くの物量を投じるのはひとつの戦略である。

 戦略はそれひとつではないが、どんな戦いでも結局は事前に綿密なシナリオを立てて、シナリオ通りに敵と味方を動かした側が勝つのであり、『相手の10倍以上の戦力を持って始末する』という荒っぽいシナリオでも、即時対応が必要な状況では有効なものだろう。

 そう、頭では分かる。一対多は卑怯ではないし、一種の戦略である事は理解しているのだ。

 それでも、それを実際に実行されると少し話が変わってくるのではないかというのが私の意見だ。

「くっ!」

 先ほど玄関口にいた上級兵士の剣を受け止めながら、私はその圧力に歯を食い縛って耐えねばならなかった。≪剛力≫により強化された上級兵士の膂力は、トーテム能力者といえ理力主体の私には重過ぎた。

 一度目で腕が痺れ、二度目は避けて、三度目が肩口を浅く切り裂く。普段なら手早く治癒でもかけるのだが、今はそうもいっていられない。周りを敵に囲まれた状態で、他の兵士も相手にせねばならないからだ。

「≪雷光≫!」

 光が爆ぜ、一瞬だけ兵士が私の周りから下がる。最前列にいた兵士が吹き飛び、ドミノのように他の兵士を巻き込んで倒れると、ひとり倒れなかった上級兵士が再び剣を振るう。それを受け止め、受け止めきれずに半歩下がってから、再びフォースを使う。

「≪火炎≫!」

 業火が上級兵士を包み込むと、苦痛に身を捩りながら下がった上級兵士に代わり、何人もの一般兵が突撃してくる。時に雷光で纏めて薙ぎ払い、波動を連射して牽制していた私は、遂にその兵士の一人に後ろを取られ、背中から斬り付けられる羽目になった。

「ぐあああっ!!」

 苦痛の叫びをあげながら、決して私は倒れない。倒れれば最後、全員に圧し掛かられて絞め殺されるのがオチだと分かっていたからだ。傷は浅い。まだ戦えると自分を叱咤激励して、ろくにそちらを見もせずに、私は剣を後ろに向かって突き立てた。

 切っ先が鎧に弾かれて滑り、偶然間接の部分を抉ったのは僥倖としか言いようが無かった。右腕を剣で壁に縫い止められた兵士に向かって火炎を放ち、仕切り直しとばかりに剣を正眼に構えたのは一瞬の事で、次の瞬間、横薙ぎに振るわれた兵士の一太刀―――おそらく上級兵士が死ぬ前に≪剛力≫をかけたのだろう―――を受け止めた私の体は石畳を転がり、まだ十人以上残っている兵士が一斉に飛び掛ってきた。

 跳ね起きる間も惜しかった。倒れたまま、最前列の兵士を再び雷光で薙ぎ倒し、即座に起き上がる合間に集中。そうして波動を放てば、火炎より遥かに強力なエネルギーが私の手から迸り、同時に三人の兵士を撃った。

 吹き飛ばされた兵士が石畳を転がり、ぎょっとした他の兵士の顔が私を見る前に、私はすぐさま別の標的を見定め、火炎を放つ。

 業火に包まれた爬虫類の体が焼け焦げ、石畳に倒れるまでに炭素の塊と化す。その亡骸は、私の力の証明だった。

 あっという間に仲間の半数を倒して見せた人間に対する恐怖。それが兵士達の間を駆け抜けていくのが目に見えるようで、何処か余裕を感じた私は、自分の体を見下ろした。

 体の彼方此方に切り傷を作りながらも、私は今の所五体満足だし、疲労も思ったほど無かった。上級兵士を含めれば六人を倒しながら、未だにダメージがこの程度で済んでいると言うのは奇跡としか思えなかったが、これがトーテムの力だと言われれば納得する面もあった。

 時間にして10分足らず。残る兵士を倒していき、最後の一人を波動で背後の壁に叩きつければ、漸く私は一息つく事が出来た。

 死屍累々。そう形容するほかに無い惨状を前に、返り血で汚れたマントを靡かせながらたたずむ少女……今の私の状態を客観的に想像し、柄じゃないなという感想だけが浮かんだ。

『お疲れ様でした、ナナシ様』
「ほんとに疲れたわ……」

 石畳にぺたんと座り込みながら、私はスケイルに苦笑を返した。もう等分戦いたくないな、と思った刹那、ドアを閉める音と、慌しい足音が私の聴覚を打った。

 新手。そう知覚した体が自動で動き、臨戦態勢を整えると同時、曲がり角から二人のトカゲ兵士が姿を見せた。

 ひとりは頭巾を被った、経験上女性と思われる衛生兵士。フォースも使える、一般兵に比べると少し厄介な相手だ。

 もうひとりは明らかに上に立つ者だと分かる、雄々しい装飾の施された防具を纏う兵士。そのオーラは上級兵士など目ではなく、もっと強力な者のそれだった。

「こ、これだけの兵士を一人で……!?」

 衛生兵士が呻き、咄嗟に判断したらしい上官が前に出た。

「行くぞ……!!」

 衛生兵士に他の者を逃がすように命じたその兵士は、剣を抜いたと思う間もなく距離を詰めて来る。何も考えられずに波動を放ち、光弾が兵士の肩を打った、その一瞬で剣を抜く。そのまま振り下ろした剣は空を切り、刹那に走った激痛が左腕を走った。

 装備していたガントレットなどオモチャ同然だった。皮膚下数センチの深い傷が腕を走って、一筋の赤が服に浮かぶ。治癒をかけようとするが、それを熟練の兵が逃す道理は無かった。

「ハァッ!」

 裂帛の気合と共に突き出された剣が私の鼻先を霞める。兵士の体がバランスを崩し、私はすぐさま剣を振るった。肩口から袈裟切りにするつもりで振るった一太刀は、しかし肩に僅かに食い込んだだけだった。それでも痛みは尋常ではないのだろう。兵士の口から苦痛の呻き声が漏れ、その隙を逃さずに振り上げられた私の靴底が、兵士の腹にぶち込まれた。

 体をくの字に折って後退したその兵士に油断無い目線を送りつつ、私は左腕に治癒をかけた。兵士は肩の傷に治癒を施し、お互いが一番酷い傷を治し終わると、剣と理力の応酬が再開される。

 振るわれた一刀が私の前髪の一房を切り落とすのと、私の一突きが兵士の鎧の装飾を貫いたのはほぼ同士だった。黒と赤の糸が宙を舞い、そのうちの何本かが目に掛かり、思わず目を瞑った私は、以前感じたのとは逆に、右腰から左肩に突き抜ける感覚を感じて目をいっぱいに見開いた。

 逆袈裟切りと呼ばれる切り方を理解できたのは後になってからで、その時の私は絶叫をあげながら後退してしまっていた。

 接近戦において背後に下がると言うことがどういう意味を持つか。素人ではないにしても、玄人とも言い難い私の戦闘経験からはその答えは見つからず、半ば無意識の行動を責められても反省など出来ないが、それにしても迂闊だった。

 互いにそれほど重くなく、小回りの効く獲物を振り回している。しかも互いに壁を背にした立ち位置だ。この場で後退すればすぐに追い詰められてしまうのは明白だった。

「ハァアッ!」

 裂帛の怒声と共に、後退した私との距離を詰めるべく、兵士の足が石畳を蹴る。多い被さってくるような動き。全体重をかけた頭突きが私の腹部を直撃した。

「がっ」

 肺の中身が全て吐き出され、酸素が行き渡らなくなった脳がキリキリと痛む。そのまま後方に倒れた私は、石畳に後頭部を強かに打ち付ける羽目になった。

 視界が爆発し、何も考えられずにただ石畳を転がる。のた打ち回ったのが幸いだった。一瞬前まで私の頭があった場所をロングブレイドが貫いていたから。

 冷たい刃の質感が視界いっぱいに広がり、何も考えられない時間が終わる。腹筋の力のみで半身を起こすと、不安定な姿勢から石畳を蹴って飛び上がり、私は剣ではなく拳をその顎に叩き込んだ。

 いつの間にか剣が手を離れており、拾い上げる間も惜しかったというだけの話だったが、トーテム能力者の拳は思った以上の威力を誇り、兵士の足が石畳から一瞬離れる。剣を握っていた兵士の、右手を握り、膂力を総動員して握り潰すと、その右手から握力が消え、剣が滑り落ちる。駄目押しに、その鳩尾に蹴りを叩き込んだ。

「ガッ!?」

 肉弾戦に慣れていないのか、兵士の体は簡単に宙を飛び、石畳を転がる。私はトドメとばかりに踏み込み、兵士が落とした剣を拾ってその首を断ち切ろうとするが、その前に立ち上がった兵士が私のショートブレイドを投げつけてくる方が早かった。

 咄嗟に手にした剣で弾くが、その時には退くつもりでいたらしいその兵士は踵を返していた。

「次に会った時こそお前を討つ!覚えていろ!」
「待ちなさい!」

 追撃の波動はあっさりと避けられ、曲がり角を曲がった兵士が視界から消えて、「全員砦から退去しろ!ひとりでも多く生き残るのだ!」と叫ぶ兵士の大声が聞こえるのみになると、漸く「勝った」という簡単なワードが浮かび、再び私はその場に座り込んだ。

「つっかれた……」

 蓄積した疲労はもはや指一本動かすのも億劫な程で、一時間以上戦ったのではと思わせたが、時計の針は森に入ってから漸く一周した程度で、先程の戦闘の時間は信じられないが十分程度だった。

『本当にお疲れ様です、ナナシ様』
「寝たい……」

 先程の兵士が落としていった鍵が廊下に転がっており、拾い上げる。常識的に考えればそれは砦の鍵で、そのまま砦の探索を始めるべきだったが、今の私は兎に角寝たかった。

「リーリルに戻ろっか。疲れたわ」
『分かりました』

 宿屋に入ると、私はすぐさまベッドに入り、横になった。

 睡魔が私の意識を奪い、深い眠りの中に引き摺り下ろすまで、そう長い時間は掛からなかった。


【16:00】


『ナナシ様……』

 スケイルが遠慮がちに声を掛けてきて、私は重い瞼を開いた。寝足りないし、まだ二日目である。急ぎすぎて体を壊しては元も子も無い筈で、それはスケイルも承知のハズだった。にも拘らず起こすという事は、余程の理由があるのか?その思考に多少寝惚けた頭を覚まされた思いで、自らのトーテムを見上げた私は、次のスケイルの言葉で思いっきり目が覚めた。

『あの、ウリユさんにお会いしないで良いんですか?』

 私は即座に荷物を纏め、ワープ屋に向かった。座標安定に掛かる一時間が、これほど長く感じられた事は未だかつて無かった。


【17:59】


「ぎりぎりだったね、お姉さん」

 ウリユの弾んだ声は、裏を返せば今日はもう来ないと諦めたが故のもの、とも取れなくはなかった。今日も絶対会いに来ようと決めていた少女の前で、私は額の汗を拭った。

「ごめんね、遅れて」

 私は謝罪し、ベッドの脇に腰掛けた。さて、何を話そうか・・・・・・と考えが纏まる前に、ウリユが「予言とかで、聞きたいこと、ある?」と聞いてきた。

 そうして始まった話は決して楽しいものではなく、むしろ彼女にとって苦痛であるハズの記憶だったが、ウリユは全く動じずに全てを語り、私もせめてもの意地、そして相手に対する礼儀として全てを聞いた。

 かつてウリユが予言した、ひとりの少女の死。それがウリユが心許ない罵詈雑言を浴びる羽目になる原因になった。予言の内容は絶対に変えられず、どれだけ気をつけていても、死ぬ時は誰でも死ぬものだというのに。

 暫く後になって、村の皆が彼女のことを理解出来るようになるまでに、ウリユはどれだけ苦しんだだろう?そして理解されたその時、どれだけ嬉しかっただろう?そのどちらの感情も私が想像し、想像しきれるようなものではない。

「もしかしたら、ナナシお姉さんのおかげで運命が変わるなんて事も、あるかもしれないね・・・・・・」

 思考に没頭している間に何か重要な話を聞き逃した気がしてならなかったが、スケイルが『ナナシ様なら運命を変えられるかもしれないって言ってたんですよ。ちゃんと聞きましょうね?』と補足してくれた。

 もう予言の話は聞きたくない。他の話をしようと提案した私に頷いてくれたウリユも同じ思いであったハズで、再び他愛のない話に花を咲かせる一時間が・・・・・・私が年頃の女の子として振る舞える唯一の時間は、やはり楽しいものだった。


【19:00】


 ウリユと別れた私は、シイルの宿屋に直行した。

『また寝るんですか・・・・・・』

 流石に呆れられたが、ウリユと会って話した後、睡魔を払いのける術は無く、払いのけるつもりもなかった。リーリルやサーショに比べ幾分安い宿賃を払い、それに比例して硬さを増すベッドに体を沈めつつ、私は再び眠りに落ちていった。


【??:??】


 土はある。水もある。生命を感じさせる森はないが、鳥が羽を休ませる場所として使うことも可能だし、地面を掘り返せば虫の一匹や二匹見つかることだろう。陸続きになっていないのが異様と言えば異様だが、そのような離れ島はこの天空大陸周辺にはいくつも見つかっているし、それらはある程度の学識を持つ者に聞けば行き方も明らかになるだろう。そんなに離れていない小島のひとつには、人工の橋がかかろうとしているのだし。

 しかし、その『島』には、明らかに他の離れ島とは違う特性がふたつあった。

 ひとつは単純に、遠すぎる。人工的な橋をかけるにしても、神秘の力を借りるにしても遠すぎるのだった。

 もうひとつはもっと単純に、そこへ行き着く手段を誰も知らない。古代の記録を紐解いても、大賢者その人が調べても行き方が分からない。世界の作り手であるはずのリクレールその人ですら、そこへの行き方は知らなかった。

 だからだろうか。その『島』への人々の興味は次第に薄れ、今この瞬間、その『島』で太陽光を押し返さんばかりの白い閃光が発せられても、それを見た者は誰も―――本当に誰もいなかった。

 『島』の対岸が、どの町からでも森を越えねば行き着けないような場所にあったから、というのもある。いずれにせよ、その閃光が持つ意味を知る者からすれば、その反応はなんとも味気なく、物足りないものだった。

 畏怖と尊敬、そして恐怖を与える存在。鱗も、鋭い角も、禍々しい鉤爪も、一対の蝙蝠のような翼も全てが銀色で、その切れ長の瞳のみが、血のような紅を見せていた。

 それは、誰も知らない、歴史の1ページだった。


 魔王復活、という名の。
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