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リレー小説企画『一日一話で綴るシルフェイ... <風柳> 04/13 (21:33) 7987
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7993
『一日一話で綴るシルフェイド幻想譚』 3日目 by 慶(けい) 2009/05/06 (Wed) 16:51
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【05:59】

 私は昨日も疲れていたらしい。眠りが深かったようで、夢は見なかった。
私がベットから降りると丁度、朝ですよ。と宿の主人がドアをノックした。
 今日も一日が、始まる。

【08:53】

 ウリユと会話をして、私はユーミス堂を出た。ウリユがお守りを作ってくれているらしく、楽しみにして鼻歌交じりでシイルを出た。
「相変わらず大きなミミズね」
 サーショへ行く道中の森で、巨大なミミズに何度目かの遭遇した。そして《火炎》を放ち、息を絶つ。 《火炎》で焼けこげた長い巨体。こんなのが土の中をうねうねしながら耕しているのかと思うと少し複雑な気分になる。
『ミミズっておいしいのですか?』
「さぁ? 食べたいとは思わないわね」
 スケイルと会話を交えていると土の中からぼこぼこぼこっと巨大ミミズが姿をあらわした。
「っ……心臓に悪いわねっ」
 集中を瞬時にして《火炎》を放つ。
 私を襲おうとした巨大ミミズから奇妙な断末魔があがり、焼死体がまたひとつ、出来上がる。
 ふぅ。と私は息を吐く。集中の腕輪のおかげも有るのだろうけど、《火炎》の威力が少し強くなった気がする。私は少し間、自分の手を見つめて歩き出す。
「……少しずつ。で良いのよね」
 歩きながらゆっくりと言う。スケイルがきょとりとこちらに視線を向けているように感じた。そして私の意図を読み取ったように、そうですね。と答える。
『まだ3日目、あと今日も含めて12日有るんですから、少しずつで大丈夫ですよ』
 その言葉に、私は肯いた。

【09:20】

『また寝るのですか』
 スケイルの呆れたような声。
「少しずつ強くなるには休養も必要よ。寝る子は育つ。って言うでしょう?」
 サーショに着いて宿屋で代金を払いベットに潜り込む。
『それは確かに……。でも、ちゃんと考えて行動はしてくださいね?』
「ええ。わかってる」
 私は目をつむり、眠りについた。

【10:30】

 私は一時間ほど眠り、ワープを使ってリーリルに行き、トカゲの砦へと足を運んだ。
「……静かね」
 中に入ると昨日よりトカゲの気配を感じられなくなっていた。
 それでも残っている昨日あった戦闘の後の屍が、血とそれのにおいが、あちこちの床や壁に残っている。それらを見ると、昨日のあの、体中の痛み、トカゲ兵達を切り、《火炎》で、《波動》で、《雷光》で、殺したときの兵士達の憎しみや苦しみが、今でもここに残っていて、ぞわりと悪寒が私の背中を這いずり回る。
 下手をすれば、私もああなるのだ。
『ナナシ様、大丈夫ですか?』
「……大丈夫。平気」
 私は我に返る。
 気が付くと少し寒くなった気がする。汗が冷え、体に寒気が襲ったのだろう。慌てて汗をぬぐい、砦の探索を続けた。

【10:59】

 私は鍵で開けられるところを全て開けた。
 砦の内部に有る、牢獄のようなところに着く。
 暗くかび臭い中、かすかに人の気配がした。奥の檻に誰かいるようだ。
『ナナシ様、そこに鎧が有りますよ』
 私が奥に行こうとしたときだった。
「……気配が敵だったらどうするのよ」
『檻の中にいる可能性が高いですよ。警戒はするべきでしょうが、鎧を先に調べてはいかがでしょうか』
 確かに、檻の中にいるようだ。檻の外にいる私の目には、人もトカゲ兵士も見当たらない。
 広さは狭いし、廊下らしき部分はここっきり。私は少し警戒しながら鎧を調べた。
 鎧を調べるとクレッグと彫ってあった。頑丈そうな鎧。と思い、持ち上げてみるとすごく重たい。
 トーテム使いでも、肉体系が強くない私には重量的に厳しいものが有る。防御力が上がっても身軽に動けなければ回避もできないし、この鎧だけだと頭を狙われたらおしまいだ。
「諦めたほうが良いわ。持っていても荷物になるだけだもの」
 私はそう言い奥の檻に向かう。
 檻の奥には一人の、筋肉質の中年の男性が床に伏していた。
 私は慌てて檻を開ける。開けるには鍵がいるかと思ったけれど、あっさり開いた。こちら側からは簡単に開けられる仕組みのようだ。
 私は男性に近寄る。血の気が失せて、ぐったりとしている。
「う……」
 小さなうめき声。生きている。
 私は少しほっとする。
「誰か……いるのか……」
 私はええ。と、答える。
「悪ぃけど……リーリルまで運んでくんねぇか……」
 意識がもうろうとしているらしく、目の焦点が合っていない。このままだと死んでしまうだろう。
 私は素直に肯くと、男性を引きずりながらリーリルへと運んだ。

【12:40】

「処置は済ませたよ。でも、特殊な毒みたいでね。毒の進行は押さえられるけどしのぎにしかならない」
 私は男性をクラートさんのところにひきずりながら連れていった。クラートさんはすぐに処置をしてくれた。
「ああ。お金のほうは気にしなくて良いから。エージスさんのお財布から抜くからね」
 にっこりとクラートさんは微笑んだ。さらりと酷いことを言った気がするけど気にしないでおこう。
「ただいま」
 静かに女性の声が、部屋の中に響いた。
「おかえり。今回の旅はどうだった?」
「うふふ。いっぱい浮気してきちゃった」
「ええーっ!?」
「ふふっ。相変わらず面白い顔するわね。あら?」
 現れたのは、きれいなお姉さん。お姉さんの碧の瞳が私を捕らえた。
「お客さん?」
「ああ。彼女がトカゲの砦で倒れていたクラートさんを運んで来てくれたんだ。ナナシさんというそうだよ。ナナシさん、この人は僕の妻のイシュテナ」
「始めまして。ナナシです」
「こちらこそ始めまして」
 にっこりとイシュテナさんは微笑んだ。きれいな人だなぁと、私が見ているとイシュテナさんが口を開いた。
「ねぇ、サリムという人を知らないかしら?」
 私は首をかしげ、ちらりとスケイルのほうを見る。ふるふると首を振るので、すみません。わかりません。と答えると、イシュテナさんはそう。と答えた。
「サリムという人は私のおじいさんなの。何かどこかでわかったら、教えてくれないかしら?」
 私は特に何も気に留めず、はい。と答えた。
 その人がどんな人で、どうなっているかも知らずに。

【14:13】

 エルークス薬を購入し、私はサーショに行った。エルークス薬を買ったとき、これでエージスさんは直せないのかと聞いたら、それができるならすでに使ってるよ。といわれた。そういわれればそうね。と、私は今更納得した。
 シンにエルークス薬を渡し、再びリーリルへ。
「すみませ〜ん」
 リーリルの入り口で、兵士に声をかけられた。トカゲの、じゃなくて、若い、普通の人間の。
「トカゲの砦を落としたという人を探しているのですが……知りませんか?」
 落とした。のだろうかあの状態は。トカゲ達を撤退させたのだから落としたに入るのかもしれない。知っている。と、私が答えると、若い兵士は嬉しそうに笑う。心の中で多分。と付け足すけれど。
「本当ですか!? それじゃあこれ、その人に渡しておいてくださいっ!」
 そう言い兵士はがさごそと懐を探り、一枚の紙を取り出した。 城の招待状。のようだ。私が口を開いて何か言おうとしたときには既に押し付けられていた。
「これで残りの時間を休みに使える! それじゃあっ!」
 トーテムを宿していない普通の人間にしては凄く早いスピードでリーリルの町を出て行った。
 ……まぁ私だから良いんだけど。
『どうするんですか? 行くんですか?』
 瞬時に渡された招待状をまじまじ見つめているとスケイルが尋ねてきた。
「う〜ん。時間も何も書かれてないからいつ行っても良いんじゃないかしら。時間指定がないならそこまで急ぎ用じゃないでしょうし」
 内容は是非お越しくださいということが書いてあるだけだ。
「それにまた寝たいし」
『どれだけ寝る気ですか』
 ひとまず今は行く気が無い。という意図は伝わったらしい。

【15:24】

『30分だけといったはずですよ?』
「あと5分って言ったじゃないの」
『それを6回も繰り返したのは誰ですか』
 私です。と、心の中で呟いておいた。さすがにちょっと寝すぎたかしらと思うが過ぎたことはしょうがないのだ。
 宿屋を出て回復薬を買いに露店へ行く。いくらか薬品を購入し、他の商品を見ていると、一人の老人が私に声を掛けてきた。
「あなたが砦を落とした勇者どのじゃな?」
「そうですけど……」
 二度目の返事。老人は嬉しそうに飛びはねる。
「よければ家に来てくだされ。あなたの力になりたいっ。家の中にあるものをなんでも持って行ってくだされ」
 私が有無をいう前に老人は私を引っ張ってその老人の家らしき所に導かれる。
「さぁ。好きなだけもっていってくだされ!」
 老人はふぬふぬと鼻息を荒くする。まぁ、もらえるものは貰って行こうかしら。
 部屋を見渡しまず目に付いたのはベットだった。
『ベットをどうやって運ぶ気ですか』
 何処ででも快眠ができるわよね。とベットを見ていたらそれを察知したようにスケイルが言った。冗談なのに。
『普通宝箱に目をむけるものでしょう』
「宝箱?」
 私はもう一度部屋を見回す。タンス、テーブル、イス、ベット。
 部屋の隅に、宝箱。
 開くかしら。そう思い私が箱に手をかけるとあっさり開いた。
 そこには鍵が一つ、入っていた。
 露店やお店で売っているような鍵ではなく、何か不思議な力を感じる鍵だった。
 これ、もらっていい? と老人にたずねるともちろんっ! と返ってきたのでありがたく頂戴した。

【16:34】

 スケイルの不機嫌っぷりを気にせず私はムーに向かいつつ、巨大ミミズや鳥、トカゲ兵士を倒して行く。
「……あら?」
『どうしたのですかナナシ様』
 抑揚の無い声でスケイルが尋ねる。
「道に迷ったかもしれないわ」
 集中の腕輪を買いに行ったときのムーの道とは違う気がしてきた。
『どうするんですか……』
「う……まぁ、まだ迷ったとは限らないわ」
 戦闘で動き回って方向感覚が狂ったのかもしれない。
「寝たりないから頭が回らないのかしら」
『寝過ぎて頭が回らないんじゃないんですか!?』
 スケイルは声を荒げて言う。
「でも戦闘では大分動きはよくなったと思うんだけど・・」
『それとこれとは別問題です』
「それじゃあ後5分寝かせてくれれば良かったじゃないの」
『あれじゃあ15日で災いを止められませんよ・・』
 私は大丈夫。と言い、それに。と、付け足す。
「昨日おとといで寝るという素晴らしさを私は知ってしまったの。これからも寝るという心を忘れないようにしないと」
『昨日おとといよりよく口が動くようになりましたね・・』
 スケイルがぶつくさぶつくさと言う声を片隅において勘を頼りに歩いて行く。
 暫く歩くと建物を見つけた。川の近くに有る、静かな場所。
 看板には『サリムの別荘』と書いてある。
『サリムってイシュテナさんがおっしゃっていた人ではないでしょうか』
「そういえば……そうね。イシュテナさんの名前出してここで休ませてもらえないかしら」
『怒って良いですか』
 冗談よ。と言い扉をノックする。その音はやけに鮮明に、奇麗に響いた。
 誰もいないのかしら。と取っ手に手を掛けて引いてみる。びくともしない。押してみる。びくともしない。
『鍵がかかっているようですね』
 鍵。確かもらったような気がする。
 私は荷物の中を漁り、手応えを感じた。先程リーリルの老人にもらった不思議な鍵だ。
 私は鍵穴に不思議な鍵を差し込み、回す。
 カチャリという音とともに鍵は砂となった。一回きりの使い捨てのようだ。
 取っ手を回すとギィ。と音を立て、扉が開いた。
 すみません。念のため尋ねるが、やはり誰もいないらしい。足を一歩踏み込むと埃が舞った。
『どれくらい人が来ていないんでしょうね。誰かが踏み込んだ足跡も無いですし』
 こほこほと私は咳をしながら部屋の中を見渡す。
「ベットも埃だらけね。使えそうに無いわ」
『いい加減にしてくださいよ』
 冗談よ。と私はスケイルに言う。埃だらけのベットなんて使いたくない。体に悪そうだ。
 部屋を捜索すると一番印象的なのは本棚だった。スケイルは興味深そうに本棚を眺めている。
『ナナシ様。この本、ちょっと気になるんですが良いですか?』
 私はスケイルの指示に従い本を取り、ぱらぱらとめくると一枚の紙がはさまれていた。
 ナイスバディな水着姿のお姉さんがセクシーなポーズを決めている写真。
「・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・』
 私はぼすっと本を戻した。
 奇妙な雰囲気になったので適当に他の本をあさり、ぱらぱらとめくる。
 ひらり。と一枚の紙が舞い落ちる。今度は普通の紙であって欲しいと願う。
 月日が経っているからか、紙の端はぼろぼろで、色は黄ばんでいる。
「……何処かの地図のようね」
ここから←の洞窟に秘密の武器を隠した。いずれか使うときが来るかもしれない
 地図にはそう、示されていた。
『ナナシ様、これ』
 私が地図を見ていると後ろからスケイルの声。どうしたの。と尋ねると、テーブルの上にある本を見てほしいと言い出した。
サリムの日誌≠ニ表紙に書かれたそれを開こうとして首をかしげた。
「……開かないわね」
 何か仕掛けがあるのかしら。と、本の裏を見ると、書いた人の血筋の人しか開けられないらしい。
『イシュテナさんなら開けられるかも知れませんね』
 私は肯いて日誌を荷物袋に入れる。ついでに、先ほど見つけた地図も。
 そのあとも本棚を探ったけれど、特に収穫はなかった。

【19:57】

 ムーで仮眠をとり、サリムの別荘で得た地図に示されていた洞窟に入った。
 不思議な印象を感じる洞窟の中で、地図に示された場所に向かう。
「この地図は下の階の地図のようね。それまで迷わないといいけど」
『そうですね』
 抑揚の無い声でスケイルは言う。ムーの宿で目を覚ましたとき、スケイルは口では言えないほど恐ろしい目をして私を見ていた。声を発してくれるだけ、まだましになったほうだ。
 怒ってる? と、聴こうとしたときだった。
 かさかさかさっ。何かが動く、足音がした。
 私は身構える。どこからする? 暗闇の中で目を凝らし耳をすませて集中する。どこかで水が撥ねる音がした。かさかさと何かの足音が、どこに存在するかを感じ取る。
――後ろっ!!
 前に一歩とび、後ろを振り向く。
 さきほどいた場所には、白い糸の束。
 そして、狂暴で獰猛そうな6本の足を持つ、クモ。
「……多くない?」
『……多いですね』
 クモの後ろにはまた別のクモがいる。
 別のクモの側にはまた別のクモがいる。
 そのクモ達が、糸をはき、毒の有りそうな足で私に襲い掛かってくる。
 一秒の間もなく集中。
「――《雷光》っ!!!」
 その声は洞窟中に響き渡り、やがて消える。
 手を白い糸に絡め取られる。
 フォースが、発動していない!?
 一瞬頭の中が真っ白になり判断が遅れた。気持ち悪い感触のする白い糸に力強く引っ張られ、地面に倒れる。
『ナナシ様っ!?』
 溜めも無く《波動》を放つ。しかし何も起こらない。
「――くっ」
 足に、急激な痛みが襲う。
 一匹のクモが、私の足に獰猛そうな足を突き立てたから。と判断が付くのが一瞬遅れた。
 喉から込み上げる悲鳴を押え、近づいてきたクモを無理矢理腕で払いのける。私の足を襲ったクモも払いのけ、ショートブレイドで無理矢理気味に糸を千切り、立ち上がる。
「……囲まれたわね」
 360度クモクモクモクモ。これを全部相手に、フォース無しは、勝てない。
 かさかさという音とともに再びクモ達は私を襲おうとする。
「――このっ!」
 私はクモを蹴り飛ばす。凄く力を込めているはずなのに少ししか浮かないし、先ほどの足の怪我あってか足が悲鳴を上げる。剣を抜き、クモを払うように切るが硬く思い感触が手に伝わるだけで、本当に払う≠ニいう手段にしかなっていない。クモ達は重たい。それに、頑丈。
 それに量がものをいっている。分が悪すぎる。 必死にクモを蹴り殴り、空いたスペースに駆け込み、逃げる。
 そっちじゃないです! と悲鳴をあげるスケイルの声は妙に遠く感じ、いつのまにか階段を駆け下りているのにもあまり実感が無かった。
 それが悪かった。痛みとフォースが使えないという混乱で頭が回っていないから、敵の巣穴に突っ込んだ感じになってしまった。
 必死に走り、クモの白い糸から逃げる。
 途中何度か捕まり、体のあちこちに傷を作り痛みに襲われる。血が流れ落ち寒気を覚える。痛みが熱となり寒さとなり、感覚を奪われる。そのせいだろうか、どこをどのように、走ったのか、ここに入ってどれくらい経ったのかを覚えさせてくれなかった。覚える余裕が無かった。
 走り続けていると、やがてクモの足音が聞こえなくなった。
 聞こえるのは、自分の足音と、酸素を求め荒げる呼吸の音のみ。
『……撒いたみたいですね……』
 私はその場に座り込む。血がどくどくと溢れ出し、あちこちの肉か裂け、えげつないことになっている。
 回復薬を使い手当てをする。《治癒》もやはり使えない。慣れない手つきで、回らない頭で手を動かして回復薬を使う。あっという間に使い果たした回復薬の瓶が地面を転がる。それでも痛みからは多少開放されたが、体はふらふらしたままだ。血が、足りないのかもしれない。
 かさかさとどこかで音がする。
 逃げなくては。本能的に感じ、立ち上がろうとして失敗する。
 ぺたり。と、体は地面に伏せる。
『ナナシ様っ!?』っと、スケイルが叫ぶ声が、先ほどより遠くに聞こえた。
 足が、クモの糸に絡まり、ひきずられる。
 ずり。ずり。と、妙に引きずられるおとが、頭にひびく。
 ぼぉっとする、ぼやけた視かいの中で、何かをみつけた。
 足を、つらぬかれる。
せなかを、つらぬかれる。
しらず知らずの間に、悲鳴が、のどからかけはしる。
ぼやけたしかいのな中、見つけたなにかに手をのばす。
腕を、貫かれる。
びくん。と腕はけいれんし、腕が悲鳴をあげ、血がどろりとでてきた。
それでも私は求めたくて、手をのばし、それに触れた。
背中を、ふたたび、つらぬかれる。
せきずいにびりびりびりっっと電気がかけはしり、びくりとからだを震わせる。
むいしきのうちに力強く、手に触れたものをにぎりしめる。
ごほごほっ。とせきをすると血が口からあふれでた。
口の中に、ちのかんしょく。
 いたいのか、熱いのか、つめたいのか良くわからないものが、体中をぐるぐるとあばれる。
しぬ。 し?
まわら ないあたま。ぐるぐる しぬということばと、くものかさかさというおと。
すけいるの、わたしをよぶこえ。すべてがうすく、ぐるぐる ひびく。
そしてそれも、きず のいたみも、つかれも、わからなくなり、くらくなる。
ただ、ちがくちのなかで、おそう。わたしを、しへと。
まっくらな せか いで、わた しは、さ いごの力をふり しぼり、手にふれていたもの に、ちからを こめ   た。



 ――そしてそれを、一度だけ、振るった。





【??:??】

 白い世界。
 そのなかに一人、光輝くリクレール。
「……ナナシさん。聞こえますか、ナナシさん……」
 リクレールは、無感情にただこちらを見つめてきた。
「あなたは戦いに敗れ、肉体が滅んでしまったのですね……」
 肉体が滅んだ。いまいち実感がわかない。
「しかし、あなたに預けた生命の結晶は私の命の片割れ……。
それがある限り、あなたに新しい体を作ってさしあげる事ができるのです。
……さあ、あなたに新たな体をさずけましょう。あなたが目を閉じ、次に目を開い時、あなたは転移石の前に立っているはずです……」
 静かなリクレールの声は、私の頭の中で、よく響く。
「私はここで、あなたを見守っています。
どうか負けないで……ナナシさん」
 私はそっと目をつぶると、光に包まれた――。

【23:01】

『――様。――ナナシ様っ』
 私ははっと我に返った。
 辺りを見回すとそこは、ムーだった。周りの家からは物音がせず、村は眠りの時間のようだ。
 目の前には転移石。
「……私、死んだのね」
 恐る恐る、口にした。
 死。クモに、体を貫かれ、食われる。死。
『……そうです。ナナシ様は、生命の結晶の15のうちの1つを使い、リクレール様に蘇らせてもらいました』
 スケイルは静かに告げる。そう。と、私は返し、空を見る。
 死。砦で戦ったあのトカゲ兵達の様に、私はこの世からいなくなった。
 けれどもこうやって私は生きている。死を経験し、生命の結晶を代価にして生き返った。
 黒に染められた空には、星が輝き、その光で青が混じり、夜はかすかな光を帯びていた。
 体を軽く伸ばし、動かし、欠伸をする。もう正直、死にたくないなと思った。
『また寝るのですか』
 呆れ声のスケイルに私は微笑んだ。夜は寝るものよ。と。
 そして私は気が付いた。手の中に在るものに。
 あのとき、一度死ぬ直前に振るったそれは、炎を吐き、クモを何匹か焼き殺した。
 鮮明なまでの炎は、私の頭に焼き付いている。
 黒の中に炎はとてもよく映えた。

 その炎を放つものは、クリムゾンクロウ。



 私はそれを、一度だけ、空に向かって振るった。



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